12 鳳凰暦2020年4月20日 月曜日夕刻 国立ヨモツ大学附属高等学校・中学校内ダンジョンアタッカーズギルド出張所


 自分の事務机に肘をついて手であごを支えるようにして、パソコンの画面をにらんでいた私――宝蔵院麗子は報告書をどのようにまとめるべきか、ずっと悩んでいた。


 今回の一件は、速報で本所――ダンジョンアタッカーズギルド平坂支部には報告済みではある。でも、まあ、速報というのは、詳細は後で送る、というのが本筋だ。


 詳細を送る時に、問題点と解決策を同時に併記して示すのが、仕事のできる者のすべきこと、ではある。そう思う。でも、もう嫌だ。アレと関わると苛立ちしかない。


 そもそも、いったいどのようにしてバスタードソードを120本も入手したのか? 入手するのは勝手だが、それをここに一度に納品して換金するとかどう考えても嫌がらせとしか思えない!


 1本3万円よ! 3万円! 合計で360万円! しかも、大量の魔石も合わせて! 総額400万円を超える納品と換金が一度に行われるとかどうなってるのよ!


 それも、4月8日に入学して、9日はガイダンス、10日に初めてのダンジョン、そして、11日から20日までの、わずか10日間での成果がこれだ。これ以外にも既に1個2000円の魔石を100個納品して換金した実績まである。


 魔石はいい。エネルギー資源なのだから。いくらあっても困ることはない。

 我が国で魔石のエネルギー資源としての利用が可能になるまで、西洋文明が進めた化石燃料によるエネルギー生産でこの星が深刻な環境ダメージを受けてきた。

 今のところ魔石はクリーンなエネルギーとして、環境を汚染していないから、これからもエネルギー資源としての需要は大きい。


 でも、バスタードソードはダメだ。これはまずい。10日で120本ではどう考えてもこの先、供給過多となる。もちろん、10日後に必ず120本もの納品が行われるとは限らない。限らないが、一度は起きたことなのだから、起きないとは言えない。起きたら、大問題で、大惨事だ。


 救いは、アレが換金してすぐ60万円のマジックポーチを購入するような、40本のスタミナポーションを購入するような、つまりは5分もかけずに100万円も遣ってしまうような高校生アタッカーであること、ぐらいだろうか。

 それを、そんな高校生の存在を、救いと思うような大人にはなりたくなかったが……。

 しかも、それでも、こっちはまだ300万円の持ち出しなのだ。そのことも頭が痛いが、今はとにかくバスタードソードだ。


 バスタードソード――それは、新人アタッカーが、アタッカーになる前やアタッカーになってから、ひと月ほどのアルバイトで貯めた10万円で購入可能な、まさに、背伸びしたい新人のためのちょうどよい武器。

 ショートソードよりも価格は高いが、長くて、両手でも握れる。

 だからそれなりに需要はある。需要はあるが、10日に120本ではどう考えても供給過多だとしか言えない。


 だからといって、買取価格と販売価格を引き下げてしまえばいい、という風に、単純に価格を動かす訳にもいかない。

 バスタードソードの価格変動は、それも安くなるという変動は、確実にショートソードの需要を奪う。

 ショートソードは一般には販売価格6万円で設定されている。そして、通常ならば、バスタードソードよりもショートソードがドロップして、納品される数の方が多い。それは、ドロップするモンスターの強さの差が主たる原因だ。

 そのバランスを崩すのが今回の10日間で120本のバスタードソードだ。


 バスタードソードとショートソード、そのどちらもが新人の装備だというのも、今回の問題を根深くしている。

 バスタードソードの価格を下げると、ショートソードの需要を食い散らかして、ショートソードが余り、ショートソードの価格も下がる。価格低下は、安くなるのは、新人アタッカーにとってありがたいことだろう。

 しかし、新人向けの武器の価格低下は、アタッカーとなることに対するハードルを下げることになる。ハードルが下がると、新人アタッカーが増加する。

 その分、アタッカーではない、アタッカー以外の、社会を支える様々な職種から人材を、労働力を、奪う結果になる。

 ダンジョンアタッカーは年齢制限のみなので、誰でもなれる。そして、トップランカーたちの高収入は若者に夢を与えている。現実では、新人アタッカーのほとんどは中堅アタッカーにすらなれないというのに。

 その結果、夢破れた新人アタッカーは、気力を奪われた求職者となるのならまだマシで、下手をすれば犯罪者や反社会的な組織に所属することもある。


 たかがバスタードソードではなく、これは、この日数でのこの本数は、そういう可能性を含んだ、実は社会問題だと、私は思う。だから、アレには極力、関わりたくない。今は本当にそう思う。

 バスタードソードごときで妄想が過ぎると言われるかもしれない。

 でも、本当に妄想で終わるのなら、それでいい。

 妄想で終わらなかったら……? 私が安易に、解決策として価格を下げることを提案して、この妄想が現実化したら……?


「……問題点は書けても、解決策が……思い浮かばない……」


 頭の中に、上に丸投げ、というひとつの正解が思い浮かぶ。


 でも、私は約束したから……あいつがアタッカーとして頂点を極めるのなら、それを支えるこの組織で上に行くと、約束したから……。


 そんなことを考えていると、ドンドンドン、という乱暴なノックと同時にドアを開いて、筋肉ダルマのようなおじさんが突入してきた。これを入ってきたとは表現したくない。


「なんですか返事も待たずに? のうきん支部長?」

「のうきんじゃねぇ、能美だ」

「間違えました、すみません。ノックの音すら騒音だったので、きっと脳みそまで筋肉なのだろうと思いまして」

「おまえはホンっと、かわいげがねぇな。まあ、いい。速報は見た。だが、端末からの記録で、中央本部からこっちに問い合わせっつーか、調査命令がきたぞ。宝蔵院、おまえ、まさか、架空取引とかやってねぇーだろーな? 少なくとも、入力ミスは確実だろうって、本部は考えてるぞ?」

「……なんで私がこんな目に……」

「おい? まさか、やったのか?」

「馬鹿にしないで下さい! やる訳ないでしょう!」

「でもよ、納品で400万以上出して、すぐに100万ぐらいの物品を売ってとか、中央本部でなくても、いろいろと考えんだろ、そりゃ」

「わかります。わかりますよ、それは。どうせ、100万円分の物品をエサにして、アタッカーと架空取引をして、浮いた300万円分、私が横領したって話なんですよね? 私が今、本部にいたら、それと同じことを考えますよ。だから、そうならないようにわざわざ速報なんて無駄なものを先に送ったのに、なんで部下を守ってくれないんですか? そんな屈強なガタイのクセに!」

「おれだってなぁ、こんなガタイに生まれたくて生まれたワケじゃねぇーよ……」

「現物なら武器庫のスペースが足りないから、釘崎さんがとりあえず休憩室にって、運び込みましたよ。それを見ても信じられないなら、とっとと解雇通告でもなんでもして下さい……もはや物騒な物が山積みで休憩すらできない出張所なんですよ……」

「お、おう、ちょっと見てくらぁ……おい、泣くなよ?」

「泣いてませんよ!」


 入ってきた時とは……いえ、突入してきた時とは違って、意外と大人しく出ていくギルマス――能美支部長が悪い人ではないというのはわかっては、いる。

 それでも腹は立つ。そんな暇があるなら、ここに来てアレを直接見てみればいい。どれだけ常識外れか、すぐにわかるから。


 それにしても、中央本部の動きが早い。まるで私を蹴落としたい人でもいるみたいに。


 まあ、受付ブースは防犯のための録画と録音が残るから、そんな人がいたとしても、せいぜい疑念を残すぐらいのことしかできないが。どちらかというと、アレとの別のやりとりの方を知られる方がよっぽどマズイことになる。あの時のアレのクレームは流石に問題になるだろう……。


 ドタドタドタ、ガン、バタン、と、絶対に必要以上に物音を立てているとしか思えない騒がしさで、能美支部長が戻ってきた。


「宝蔵院! なんだ、ありゃ!」

「見てわかりませんでしたか? どこからどう見てもバスタードソードですよ」

「ちげーよ! 数だよ、数! 本所の武器庫にもあの数はねぇよ⁉」

「その数は速報でお報せしましたが? 脳みそが筋肉で記憶のための脳の領域が圧迫されてるんじゃないですか?」

「おう、相変わらず、きっつい毒、吐きやがるな……」

「支部長が必要以上に騒がしいからですよ……」

「……これがホントのバスタード騒動」

「脳筋のクセにひねったバカなこと言ってないで、解決策、考えて下さい!」

「いや、そりゃ、値下げして売り捌くしかねぇだろ?」

「それじゃダメなんです! いいですか、この問題は単なる数じゃなくて、これがたった10日間で持ち込まれた数だということで……」


 私は自身の鬱憤を晴らすことも合わせて、非常に合理的に、なおかつ論理的に、能美支部長にこの問題点について説明した。あくまでも説明であって、説教ではない。


 30分後には、どでかい屈強な体を持つ男性が、小さくなって椅子に座っていた。


 この時は、まさか、中央本部でも、この出来事が『バスタード騒動』と呼ばれるようになるとは、私も思ってなかったのだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る