10 鳳凰暦2020年4月20日 月曜日放課後 小鬼ダンジョン 3層
この日、あたし――高千穂美舞は初めて3層へと入った。しかし、そのことに感動してるヒマはなかったけど。
「ここからはソードが2、アーチが1で3匹との戦闘になる。基本は2層と一緒。広島さんが釣って、バックアタックだけど、バックアタックのタイミングに注意すること」
「岡山です」
「タイミングって? 鈴木先生?」
「岡山さんがソードを2匹釣って、そのままアーチに向かう。岡山さんはソードを引き離し過ぎないように気をつけて」
「はい」
「それで、バックアタックがあまりにも早いタイミングだと、ソードが完全に高千穂さんたちの方を向いて、高千穂さんと、特に酒田さんが困る」
「や、困るのはちょっと……なんとかして下さい、鈴木先生」
「タイミングの判断は、岡山さんがアーチを倒した時、もしくは、アーチを倒す前に岡山さんが攻撃されそうになった時。岡山さんが攻撃されそうになってバックアタックした場合は、僕が割って入るから、その時は迷わず背中を攻めるように」
「はい、鈴木先生。つまり、岡山さんが危なくならない限り、岡山さんと交代でバックアタックができるタイミングを待つ、ということでいいですか?」
「うん。その理解でいいと思う」
「よし」
……酒田さんの成長っぷりがすごい。そうさせた鈴木くんがすごいのはもちろんだけど。ていうか、あたし、3層、来ちゃったんだ。どうしよう。
「それじゃ、やってみよう。9回あるから、3層は」
……9回? あれ? なんか勉強した記憶が?
そうして、3層の3対3が始まった。4人でダンジョンに入ったのに、どうして3対3なのかは考えてはいけないのかもしれない。誰かがひとり、戦ってないけど、そこは考えない。
4回目までは、作戦通り、うまくできた。本当に鈴木くんのアイデアと、それを実現させる岡山さんの実行力がすごい。特に、このバックアタックで、こっちがやって、岡山さんがやって、またこっちができるという、背中側への交代での攻撃は、教えてもらえば簡単だけど、知らなかったら考えつかないと思う。
5回目、岡山さんがアーチに向かって走るのに、ソードを引き離し過ぎて、バックアタックする前にソードがあたしたちの方を向いた。
あたしはともかく、酒田さんは向き合った瞬間にびっくりして硬直した。戦闘経験が圧倒的に足りない。
その瞬間には、右手にショートソード、左手にメイスを持った鈴木くんが本当にあっという間にソード2匹を倒して終わらせ、岡山さんへの注意事項を述べていた。
頭の中のどこかで、こんなん惚れてまうやろー、って叫び声が聞こえてきた気がするけど、ひょっとすると酒田さんの口から漏れ出たのかもしれない。あたしの心の声ではないと思いたい。
残り4回の戦闘は順調で、そして、噂には聞いていたけど、初めて見る、豪華な両開きの扉の前へとたどり着いた。
……これが、ボス部屋。ていうか、あたし、どうしてこんなところにいるの?
「それじゃ、ボス戦は岡山さんに任せるとして。二人は気合を入れて、しっかり見ること」
「……先輩から、噂で、すごい叫び声がするって聞いてるけど?」
「フィアー……恐怖状態にさせられるあの叫びだな。あるけど、相手が格下になるくらいこっちの肉体強度が上がらないと、無効にはできないから。慣れて、回数をこなせば、恐怖状態の時間はどんどん短くなってくる。ま、今は、気合で、気持ちだけで耐えるしかない。震えがきても、完全に体を動かせなくなる訳じゃないから、しっかりと防御の姿勢をとることかな。ボス自体は岡山さんがそれほど時間もかからずに倒すし、ボス部屋の転移陣の方が圧倒的な近道だから」
「……ボスかぁ。強いんですか、鈴木先生?」
「それも相対的な話かな。今は強いと思ってても、いつかは、しょせんはゴブリンの仲間って、思うだろうし」
「そっかぁ……」
「それじゃ、入るから、二人は武器を落とさないようにしっかり握っとこうか」
そう言って、鈴木くんは両開きの大扉を押し開いて、中へと入っていった。もちろん、あたしたちもそれに続いていく。ボス部屋の中には、教科書の絵で見た、ゴブリンソードウォリアーが立っている。
……1層のゴブリンと比べたらかなり大きいけど、3層のソードと比べるとそこまで大きくはないのか。
右手にはバスタードソード、左手にはスモールバックラーシールド。盾を持つ敵は初めてだ。
そして――。
「グゥギャオオオオオゥゥッッ!!」
――う、これ……。うわ、力が……震えが、止まらない……。
内股になって踏ん張ろうとするけど、あたしは耐えられずに座り込んでしまう。震えが治まった時には、もう戦闘は終了して、鈴木くんが岡山さんにアドバイスをしていた。
「……ファンブルさせたところまでは良かったけど、拾いにいったところでの頭への攻撃に、岡山さんがジャンプしたのは考えどころだと思うな。空中だと、もうそこから動けないから、地に足をつけた状態で戦うのがやっぱり基本」
「う……背の低さがこれほど悔しいのは初めてかもしれません……自分ではそこまで低くないとは思っていますが……」
「いや、身長とか関係なくあそこまで下がった頭なら普通に届くよね? ジャンプして体重乗せなくてもメイスは手首の使い方で威力を出せるし」
そんな会話をしている二人の後ろで、あたしは立ち上がって、隣で座り込んだ酒田さんを見て……あ……。
「バスタードソード、どうするか。ドロップについて話すの忘れてたな。あー……」
鈴木くんがこっちを振り返ろうとした瞬間、岡山さんもあたしと同じことに気づいた。
「鈴木さんっ! どうかこのまま転移陣を使って先に戻っていて下さいっ!」
「うぇっ?」
「いいから! 急いで下さい! そのまま、まっすぐ、振り返らないで、転移陣へ! 1層で待っててくださいっ!」
「う、あ、はい」
岡山さんの珍しい、すごく大きな声で、言われるがままに鈴木くんが移動して、そして、消えていく。あ、転移って、外から見たら、こんな感じかぁ……って。そうじゃない。
「……酒田さん、大丈夫?」
「うぅ……う……ぐす……」
「大丈夫です。いろいろと準備はしてあります」
そう言って近づいてきた岡山さんがウエストポーチ――本当にただのウエストポーチにしか見えないけどマジックポーチ――からタオルを出し、酒田さんの手に握らせる。
「とりあえず、立たせて移動を」
「あ、うん」
岡山さんに言われるまま、あたしと岡山さんでそれぞれ左右から支えて、酒田さんを立たせて、移動させる。移動させたところの地面が濡れている。
「うぅ……」
「下着の着替えもありますし、あ、ちゃんと未開封の新しい物です。それに、ハーフパンツはわたしの予備がありますから。まずは着替えましょう」
「ご、ごめ、んね……うぅ……」
「いいんです。あれは、本当に怖ろしい叫びですから……」
岡山さん、身長は低めだけど、人間はすっごく大きい人なのかもしれない。
……酒田さん、トラウマにならなきゃいいけど。
小鬼ダンジョンのボス、ゴブリンソードウォリアーは、とても恐ろしいモンスターだった。乙女のピンチを招く最悪の敵だったのだ……。
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