9 鳳凰暦2020年4月20日 月曜日放課後 小鬼ダンジョン 2層 その2


「じゃあ、平坂さんたち、3層へ進んだ3人は何をしてたのか? もうわかったかな、高千穂さん?」

「……モモたちは、制限回数を、守ってなかったって、こと?」


 あたし――高千穂美舞は自分でそう口に出して、それは自分の言葉だったのに、それでも軽く衝撃を受けた。附中で、3年間ずっと首席で、みんなのお手本で、憧れだったモモ。

 そのモモが実は制限回数を守ってなかったってこと⁉


「まあ、高千穂さんの言い方を真似るなら、その3人は命懸けの努力をしたってことかな」

「命懸け……あ、そっか。安全のための制限回数だもんね……それを守らないってことは確かに命懸けだね……」


 酒田さんが納得してうなずいた。

 鈴木くんに突きつけられた真実にあたしは言葉を失った。あたしがモモの努力だと思っていたものは、努力なんて呼ぶものを通り越した何かだったのだ。


 命懸けの努力……。


 中1の夏、スタミナ切れで倒れたモモ。苦しそうなモモ。先生が助けにきてくれて、あたしたちを先にダンジョンから出して、後からなんとか歩いて戻ってきたモモ。

 それを見たあたしや五十鈴は、ある意味でトラウマみたいになって絶対に制限回数を守ろうと思ったのに、実際にスタミナ切れになったモモは制限回数を守ってなかったって、そんなことが……。


「あくまでも、高千穂さんから聞いた話の中での推測でしかないけど……」

「うん、何々?」


 酒田さんがとても楽しそうだけど、あたしはそれどころじゃない……。


「まず、最初にスタミナ切れを経験して、しかも2回っていうから、平坂さんはそこで、スタミナ切れと制限回数の関係がおかしいと思ったんじゃないかな? スタミナ切れまでの制限回数は全員が10回じゃなくて、人によって違いが、個人差がある、とか。あと、2回目はその確認のためにやったのかもしれないし」

「え、個人差、あるの?」

「身長が高い人、低い人、体重が軽い人、重い人、足が速い人、遅い人。いろいろあるけど、全員、制限回数は一緒だと思う?」

「……なるほどです、鈴木先生」

「スタミナ切れを経験した平坂さんは、自分のある程度正確な、制限回数に気づいたんじゃないかな? それでぎりぎりまで戦えるようになった。他の人よりも。それなら気づいてない人との間で差がつく可能性は高い」


 ……あ。スキル講習を受けたモモへの対抗心で、2年の夏に、月城とクミが確か無理をしてスタミナ切れになったはず。スタミナ切れになった3人がこの学年の3層進出者だ。なんで、気づかなかったんだろう?


「あと、『釣り』の話か。これも、ゴブリンを『釣り』に行く時は単独行動が基本で、みんなが見てないところになるんじゃないかな? 『釣り』上げるゴブリンとは別に、ついでに1匹倒せば、人より多く魔石は手に入る。平坂さんは、人の代わりに『釣り』、やってたんだよな?」


 ……やってた。疲れたりした時、代わってくれて嬉しかった。鈴木くんの言う通り、『釣り』は単独行動だ。その間にゴブリンを倒す……モモなら、問題なくできる。


「あとは、ライトヒールだけど、あれも、自分が何回までライトヒールが使えるか、限界を確認してたのかもしれないな。まあ、悪い意味ではなくて、僕はそれだけ平坂さんが真剣にダンジョンと向き合ってきたんだとは思うけど」

「……勉強になります、鈴木先生」


 酒田さん。気持ちはわかるけど、その人、先生ではないから。しかも鈴木先生とか、ほんと、どこにでもいそうだし。

 あたしには鈴木くんの語る話が附中時代に本当にあったことのように思えていた。






 話はこれくらいで、と鈴木くんはあたしや酒田さんにも戦闘に参加するように指示を出した。

 あたしは酒田さんの戦闘については反対しようと思ったけど、何を言っても言い負かされそうな気がして、結局、何も言えなかった。


「ここからは、岡山さんは、2匹釣りの練習をしようか」

「はい。バックアタックですね」

「そう。高千穂さんと酒田さんは、岡山さんが2匹のゴブリンメイスの間に飛び込んで、ゴブリンメイスが岡山さんの方を向いたら、ゆっくり、静かに近づく」

「うん」

「わかった」

「それで、岡山さんが2匹を釣って、向こうへ抜けると、ゴブリンメイスは高千穂さんたちに背中を見せる。そしたら、そこへ背中への一撃」

「え? そんなこと、できるの?」

「ま、やればわかる。それで一撃入れたら、すぐにバックステップで離れること」

「はい、鈴木先生」

「なんか、理解できた。そうしたら今度はあたしたちの方を向くから、岡山さんが攻撃するんでしょ?」

「あっ! すごい! さすが高千穂さん!」


 あたしが気づいて、酒田さんが感動して……鈴木くんって……ほんと、何者……?


 そして、3回ほど、鈴木くんに言われたように戦って、言われたように倒せた。すごいのはあの2匹の間に入って、あっちを向かせる岡山さんだけど。


「じゃ、岡山さんは、訓練のレベル、上げるからな」

「……はい」


 そう言った鈴木くんはショートボウを取り出して、矢筒を腰の高い位置につけた。うわぁ、本当にマジックポーチだ。本当に鈴木くんも持ってる……。どう考えてもそのウエストポーチには入らないサイズの物が出てくるのだ。間違いない。確か……60万円……やっぱり、鈴木くんって御曹司なの?


「ちゃんと視野を広く持てば大丈夫」

「はい」


 次の戦闘も、同じパターンで動いたけど、今までと違ったのは鈴木くんが矢を放ったことだった……それも、岡山さんに対して。


「なんで岡山さん狙ってんの⁉」


 あたしは戦闘終了後に思わず叫んだ。


「ん? 3層の練習。アーチいるし」

「はい。実戦の中での訓練は初めてでしたけれど、これまでに盾で受ける訓練はしてきましたので。あと、鏃は安全ゴムが付いてます」

「……二人が凄すぎて理解できないです、鈴木先生」


 酒田さんがついに思考を放棄した。あたしも考えるのをやめたいかもしれない……。






 それから何回か戦って、そこで酒田さんが膝をついて、そのままゆっくりと倒れた。呼吸が荒く乱れて、顔色がおかしい。あたしはそれを見たことがあった。


「酒田さん!」


 慌てて駆け寄る。スタミナ切れだ。


「どうしよう!」


 いろいろあり過ぎて、基本を忘れてしまっていた。あせって鈴木くんと岡山さんを見た。二人は全然慌てていない。いないけど、岡山さんは少しだけ、どこかへとすっと視線をそらしていた。


「大丈夫。これを飲ませて」

「え? これ、ポーション?」

「僕が飲ませるより、同性の高千穂さんの方がいいと思うな」

「あ、うん……」


 あたしは言われた通り、酒田さんにポーションを飲ませる。効果はすぐに出た。驚きの回復力だ。初めて見たけどこれはすごい。


「……あ、すっごく楽になった。何これ? 鈴木先生?」

「スタミナポーション」

「あー、これがポーションかー」


 そう言った酒田さんに、鈴木くんがウエストポーチから取り出した何かを差し出し、それを見た岡山さんがさらに目をそらす。

 え? 何?


「…………にこにこすずきいーろーん?」


 酒田さんがまるで子どものような棒読みで首をかしげた。


「スタミナポーション、1本、1万円だから」

「へっ⁉」

「現物で返してくれてもいいけど、ニコニコ鈴木Eローンは、卒業からその3月31日までは無利子で対応してる。親切設計だからな。Eはエデュケーションで教育と、いいローンと掛けてます。もちろん、僕個人への借金だからこの学校の月末支払とは関係ないし、これで退学にもならない。ただし、卒業後の4月1日を過ぎたら、利子は法律の範囲内で計算するけど」

「……」

「どうする? 現物を買って返す?」

「……いいえ。お借りします。鈴木先生」


 酒田さんが鈴木くんから筆記用具を受け取った。


 ……これ、岡山さんが強くなった秘密なんじゃないの⁉


 あたしは酒田さんが何かを鈴木くんに書かされてる間に、すっと岡山さんに近づいた。さっきの目のそらし方が気になったからだ。


「……ね、岡山さん。鈴木くんにいくら借りてるの?」

「……」

「さっき、目、そらしたよね?」

「……誰にも言わないで下さいね?」

「うん。パーティーの秘密は守るって、これまで教わってきたから」

「……ポーションとか、マジックポーチとかで、もう100万円近く、お借りしています。鈴木さんは、マジックポーチは貸しにしてるつもりはないみたいですけれど」

「っ!」


 あたしは思わず叫びそうになったけど、ここはダンジョンだからと必死で我慢した。


 100万円って! 100万円って!

 何やってんの、岡山さーん!

 しかもなんかちょっと、嬉しそうに言ったのはどうしてっ⁉ それ借金だから⁉

 この二人っていったいどうなってんのーっ!


 はっ……借金漬けで鈴木くんから離れられないとか、まさか、そういうこと⁉





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