8 鳳凰暦2020年4月20日 月曜日放課後 小鬼ダンジョン 2層 その1
岡山さんが質問して鈴木くんがそれに答えてる。それを見て酒田さんが尊敬の目を向けてる。あたし――高千穂美舞も酒田さんみたいにそういう視線を向けたいけど、驚きの方が勝って、尊敬したいのになぜかできない。しかも、岡山さんと鈴木くんの意見交換がなんか高度で……。
「それじゃ、行こうか」
「あ、うん」
あたしは来た道を戻ろうとしたら、鈴木くんは先へと進み始めた。
「え? 鈴木くん⁉」
「ん?」
「ん、じゃなくて! 酒田さんがもう5回で、折り返しだけど!」
「ああ、なるほど」
……あ、良かった。わかってくれて。
「岩戸さんはそっちの人か」
「……へ?」
明らかにあたしの方を見てるけど、岩戸さんって誰?
「ま、とりあえず、行こうか」
そう言って、鈴木くんが先へと進む。
「行きましょう」
岡山さんもそう言って、続いた。酒田さんもそっちへと足を踏み出す。
「酒田さんっ?」
「え?」
「危ないわよ⁉」
「え、でも、高千穂さん、どう見ても鈴木くん、強いよね? 鈴木くんが言うのなら、たぶん、大丈夫じゃない?」
「それは……」
そのまま、酒田さんもついて行く。あたしも仕方なくそれに……って⁉
「ここ、2層への坂だよ⁉ 鈴木くん⁉」
「そうだな」
そういえばゴブリン22匹倒してた気がする⁉ 2層への最短コースの時の討伐数じゃない⁉
「なんで? さすがに酒田さんが2層とか……」
「……2層がダメな理由は?」
「それは、まだ1層でゴブリンを100匹までは倒してないし……」
「うーん。その考え方が、もう効率が悪いけど。まあ、歩きながら話そうか」
「あ……」
そう言って鈴木くんはやっぱり進んでいく。止まってくれない。
「酒田さん、2層は初めて?」
「うん」
「なら、2層からは走らずに進もうか」
「ありがとう。ちょっと、疲れてたから、すごく助かる」
……なんで、酒田さんは普通に応じられるの?
あたしも慌ててついて行く。
「それで、高千穂さんは附中のダン科ってことだけど、附中のダン科の人は全員2層? 3層は?」
「全員、2層にはなんとか。あと、附中の間は、3層まで行けたのは3人だけ」
歩きながら、鈴木くんはあたしに附中のことを質問してきた。
「その3人って、誰かわかる?」
「モモ……平坂さんと、クミ……外村さんと、月城くんの3人」
「……外村さんと月城くんは、知らないな……」
「あの? その二人も鈴木くんと同じ1組だけど⁉」
「あ、そうなんだ。そう言われてみたら、外村さんっていうのはなんとなく聞き覚えがあるかも……?」
……確かにまだ半月も一緒に過ごしてないけど、あの二人はこの学年のトップランカーなのに知らないの? あれ? それならどうしてモモは知ってるの?
「あの、モモ……平坂さんは知ってるの?」
「ああ、平坂さんは同じ小学校だったから」
「ええ?」
「……同じ小学校の人がこの学校にいるって、すごいんじゃ?」
酒田さんがつぶやいた通り、それはすごいことで……。
「それはともかく」
あっさりスルーした⁉
「高千穂さんは、制限回数があるのに、どうして3層へ行ける人と、2層止まりの人に、差がついたと思う?」
「それは、努力を……」
「うーん。制限回数が努力で越えられるなら、みんな努力すればいいのに、高千穂さんはなんで引き返すの?」
「え? それは安全のための制限で……」
……ダンジョンで命を守るためには当たり前のこと、だと思うけど?
「まあ、いいか。その三人は、どんな努力をしてたのか、附中の時のエピソードがあれば、教えてもらえる?」
「ええと……」
あたしは附中時代を思い出す。ダンジョンへは毎年、夏合宿と冬合宿で入る。日数は学年が上がれば増えるけど、今みたいに毎日入れる訳じゃなかった。
「モモ……平坂さんは、附中の首席だけど、初めての夏合宿の時は、学年で一人だけ、それも2回もスタミナ切れになって。そのことでモモのことを馬鹿にする人もいて。でも、そういうのに負けないでそれを乗り越えて、すっごく頑張ってたから、放課後とかもずっとメイスを振ってたし、そういうのを挽回して首席になった、本当にすごい子で」
「ふむふむ……」
「ゴブリンの魔石、100個、集めるのも一番で、この学年だと最初にスキル講習を受けて、それで覚えたライトヒールでみんなを治療してくれてた。使えなくなるまで、一生懸命に。それを見た男子の中には聖女とか言い出す人もいて、モテてたなぁ。まあ、モテるとかは今は関係ないけど」
「へえ……」
「2層へ進んだのも、3層へ進んだのも、モモ……平坂さんが一番だった。本当に努力家だし、みんなのために頑張る人で、『釣り』をやるのだって、率先して走って、ゴブリンを引っ張ってきてくれたなぁ。あたしとか、他にも『釣り』が苦手な子がいたら、任せてって言って、代わりにやってくれたりとかもあった。すっごくお世話になった」
「……なるほど。で、平坂さんが、他の人に差をつけて、先へ先へと進めたのはどうしてだと思う?」
「それはモモ……平坂さんが努力して、頑張って……」
「でも、制限回数は5回が基本で、それはみんな同じ。それなのに誰かが一番って、変じゃないかな?」
「……確かに」
そう返したのはあたしではなく、酒田さんだった。
「制限回数があるんだから、もっとみんな、足並みそろえて次へ進んでないとおかしい気がするね」
「おっと、2層に入ったな。岡山さん、最初の分かれ道は右、次も右、3つ目で左。あと、しばらくは戦闘を任せるから、しっかり練習しようか」
「はい。わかりました」
「お、岡山さんに任せるの? 2層なのに?」
「たぶん、余裕だと思うけど。見た感じ、申し訳ないけど、高千穂さんより、岡山さんの方がずっと強いし」
「それは……あたしもそう思ったけど……」
「まあ、2層の練習も1層でしてきたし、問題ないよ」
「……まさか、だから、1匹釣って、2匹と同時に戦ってたの?」
「え? 何のためにやってたと思ってたの?」
「……」
……発想が違う。そんなことを考えてたなんて。
「それで、話を戻すとして、酒田さんの疑問に対して、答えは努力とか、頑張りとかで、片付くと思う?」
……制限回数があると、足並みはそろうはず……それは、そうだけど。
「……行きで5回でも、帰りは少し差がつくこともあると思う。実際、あたしと酒田さんでダンジョンに入った時も、取れた魔石が多い日もあれば、少ない日もあるし。あと、中1の夏合宿の時は、1日で魔石2個とか、3個とか、極端に少ない子もいたし」
「……あ、そうだったね。うん。日によって数は変わるよね」
「極端に少ないのは戦闘への恐怖心とかの個人の課題だとして……じゃ、ええと、土曜日が最初で、日、月……金曜日がなしで、この土日だから、8日間……だいたい一週間と考えて、高千穂さんと酒田さんの魔石の差は何個になった?」
「あっと……確か、あたしが3個、多い……」
自分が酒田さんから多めに取り上げたみたいでちょっと、アレなんだけど……。
「1週間で3個か。単純計算で、1年を50週間と考えて、150個、差がつく可能性がある」
「あ、なるほどね。それなら、100個で次の階層って話なら、高千穂さんが言うみたいに、平坂さん? とかが先に進む可能性もあるんだね」
「うん。酒田さん、ナイスだな。ところで、今のってほぼ毎日、ダンジョンに入った場合の計算だけど、高千穂さん? 附中ってどれくらいの日数、ダンジョンに入るんだっけ?」
「え……」
「え? 附中って、毎日ダンジョンに入るんじゃないの?」
「……毎日とかは有り得ない。1年は夏合宿で3日、冬合宿で3日。2年は……夏合宿前半4日、後半4日、冬合宿前半3日、後半2日で……そっか……50週間なら350日、それで100個の差っていうのは、2層ぎりぎりの人と、3層に進んだ3人の差だから、数が全然……ああ……」
「気づいたみたいだな、高千穂さん」
「え、どういうこと?」
「実は、附中のダン科がダンジョンに入るのは3年間で35日しかない」
「え? そんなに少ないの⁉」
「少ないっていうのは、考え方、感じ方の違いだろうな。これは附中の生徒募集パンフレットに書かれてる日数だから間違いないと思うし、本人の希望で入学してるとはいえ、まだ義務教育の中学生を命の危険があるダンジョンへと入らせる日数として考えたら、多いとも言えるかな。考え方次第だけど」
「あ、確かに……そう言われたらそうかもね」
酒田さんがうなずいている。
……鈴木くんって、すごい。さすがは学年首席。ちょっと変な人だと思ってたけど。
「で、35日間って考えたら、1週間で魔石3つの差なら?」
「……15個だね。100個の差って、あれ? 明らかにおかしくない?」
「まあ、制限回数は増えるから、必ずしもさっきの計算が全てじゃないけど、おかしいってことはもう高千穂さんも気づいたんだよな?」
「うん……」
そこで岡山さんから声がかかる。
「鈴木さん、次はどっちでしょうか?」
「次は右で! それから左、右で!」
「……話に夢中になって忘れてたけど、ここダンジョンだったね。しかも2層って……岡山さん、普通に2層でソロっていうの? 一人でやってるって、びっくりを通り越して、なんだろうね? うん。もうどうでもいいや」
酒田さんが、そう言って肩をすくめた。気持ちはわかる。何かが違い過ぎる。目の前であたしの常識が破壊されていく感じがする……。
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