4 鳳凰暦2020年4月20日 月曜日昼休み 国立ヨモツ大学附属高等学校・中学校内ダンジョンアタッカーズギルド出張所4階第13ミーティングルーム


 受付での換金を済ませ、大量のバスタードソードでギルドの美女さんの顔を能面のようにした上で、岡山さんの4月末退学RTAをとりあえず防いでから、岡山さんが呼ばれたというミーティングルームへとやってきた。4階とか、階段がかなり面倒だったけど。


 あと、なんかものすごく見られてる気がするけど……初対面のはず……。


 岡山さんにとってはクラスメイトでも、僕からすると知らない女の子、しかも二人だ。見られたとしても、どう返していいものやら。


「あの、とりあえず、座ってもいいでしょうか?」

「あ、うん。座って……下さい」


 ん? なんで丁寧語? 岡山さん、この人たちに、何かしたのかな? あ、岡山さんがいつも丁寧だからあっちが合わせてる感じかな?


 岡山さんが座ったので、僕もその隣に座った。向かい側で女の子が二人、座る。


「あ、紹介しますね、こちらは……」

「あ、大丈夫、です。その人を知らない人の方が、たぶん、少ない、ですから。1組の鈴木くん、ですよね? あたしは高千穂、です。こっちが……」

「酒田、です」

「あ、うん」


 右が高千穂、左が酒田。右が高千穂、左が酒田。右が……岩戸、で、左が……最上、で、よし、連想できる。これで覚えられるはず……連想大事……。


 そして、そこで一度、シーン、と静かになった。


 あれ? なんで?


「……あの? それで、相談したいこと、というのは何でしょうか?」


 切り出したのは岡山さん。さすが、岡山さん。僕には無理だな。面倒だから。必要性も感じないし。


「あ、うん。それなんだけ……ですけど、ええと、まず、確認させてほし……、ください。岡山さんと、鈴木くんが、一緒にダンジョンに入ってるってことでいい、ですか?」


 岡山さんの方を向きながら、高千穂さんがそれでもちらちらと僕を確認しつつ、そう聞いた。


「はい」


 岡山さんは返事をして、僕はこくりとうなずく。


「あ……」


 高千穂さんが口をあわあわと動かすけど、音が伴わない。どうした、高千穂さん? いや、よく知らない人だけど?


 岡山さんと僕は首をかしげた。

 沈黙が少しだけ続き、高千穂さんが困ったように微笑んだところで、伏兵が槍を刺した。突然立ち上がったもう一人の女の子が叫ぶ。


「あのっ! お願いですっ! 岡山さんをあたしたちに返して下さいっ!」


 ……ええと、酒田、さん? だったっけ? どういうこと? 返して、下さい?


 僕は岡山さんを見た。岡山さんはますます首をかしげた。でも、ちょっとだけ怒ってるようにも見えるけど気のせいかな? それを見て、僕ももう一度首をかしげた。


「あの、率直に言って、意味がよくわからないので、最初から、順を追って、説明してもらえますか?」


 岡山さんが、努めて淡々とした感じで、そう言った。






「……知りませんでした。鈴木さんはご存知でしたか?」


 高千穂さんの説明を受けての、岡山さんの問いかけに、僕は首を横に振った。


「……そうですね。鈴木さんは、最初からソロでした」


 いや、僕の中ではDWは基本、ソロだから⁉ そりゃ、レイドに参加したり、臨時パーティーを組んだりはしたけど……。


 高千穂さんの説明によると、初ダンの実習以降は、各クラス、パーティーを組んで動くらしくて、そのパーティーの割り振りは、学級代表……つまりそのクラスの附中出身者の中でもっとも順位が高い人が考える、らしい。全然知らなかった。というか、そんな時間、あったっけ?


 それで、「これは、言いにくいことで、あたしが思ってる訳じゃないし、もちろん岡山さんに責任はないけど」との前置きがあった上で、パーティー分けの時には、みんな勝手なことを言って、しかも、順位が低い人と組むのは嫌がって、などなど、そういう点から、クラスの中の順位の低い生徒については、学級代表になった附中生がお世話をするのが一般的なんだとか。ご苦労様です。


 4組の学級代表として、高千穂さんは他より一人少ない3人パーティーで、しかも一般の最下位の岡山さんと、附中普通科からの転科の最下位の酒田さんの二人を引き受けることに、自分で決めた、とのこと。そうしないと、他の附中生が、その次に順位の低い人の世話をしようとしないだろうとのことだった。


 ……個人的に思ったのは、いっそ全員ソロにすればいい、ということだったけど、事故確率から考えたら、学校側はそういうことはできないだろう。責任問題になるよな、たぶん。


 でも、高千穂さんの考えてたパーティー編成は岡山さんには伝わってなくて――まあ、岡山さんはいろいろあって必死だったから、仕方がない面もあるとそこは強く擁護したいけど――ようやく、声をかけられた時には、もう一緒にダンジョンに行く人がいる、と、断られてしまった、と。


「本当に、鈴木くんが、岡山さんと一緒にやってるんですよね?」


 そう言われて僕はうなずいたのに……。


「本当なんですよね?」


 なぜか二回続けて聞かれて、もう一度うなずくことになった。なんで?


 それはともかく。

 ただでさえ、4人パーティーではなく、3人パーティーになることで、1年4組のパーティー編成の調整役を務めていたというのに、岡山さんまでそこから外れて、ペアになってしまった、と。

 そして、どうしても、ペアだと安全面の不安とかで効率が落ちてしまうから、今、岡山さんと組んでる人に相談して、その人が別に困ってないだろうという前提で――他のクラスの生徒を受け入れられるのは3人パーティーだけだと考えていたとのこと――岡山さんにパーティーに戻ってきてもらえるように頭を下げよう、そういうつもりで今日は僕にも来てもらった、ということみたいだな。

 理解できたような、できなかったような、中途半端な気はするけど、酒田さんが岡山さんを返して、と言った理由はなんとなくわかった。


 ただ、岡山さんについては、こう、学校でみんながなんちゃってで組んでるパーティーではなくて、僕ときちんと秘密保持契約まで結んでいる、本物のパーティーだ。


「あの、それで……岡山さんとのパーティーを……解消して、くれます、よね?」


 なんで僕と岡山さんのパーティーの解消前提かな? あと、なんで三人そろってじっとこっちを見てるのかな? 岡山さんまで?


 僕はゆっくりと、大きく、首を横に振ってみせた。

 それを見た岡山さんが小さくうなずいてぎゅっと拳を握った。


「え? そ、そうなんだ……ですか……」


 高千穂さんはまるで予想外、という顔をした。

 もう一人の酒田さんも沈痛な面持ちで、高千穂さんと見つめ合ってから俯いてる。あれ? なんか、すっげー困ってるみたいだけど? ペアってそんなに大変なのか? 僕たちもペアだけど?


 いや、返してくれとか言われても……岡山さんはもう完全に僕のパーティーメンバーとして育成してるし、できればこのまま卒業後も扱き使いた……待て、よ?

 …………これは、ひょっとして。


 リアルになったDWの世界って、チュートリアルの高校生活の後は、自由に世界中のダンジョンへって思ってたけど、その前に、できることがあるんじゃないか?

 自分が世界へ羽ばたくための、サポートスタッフたち……つまり、仲間を、このチュートリアル期間に育成して……あ?


 リアルDWって、RPGというより、実際は育てゲーよりなのか? その気になれば、高校時代の同級生を鍛えて、仲間にしたまま、世界へ……?


 DWだと、チュートリアル期間だけのパーティーだったし、卒業式の後はお別れでどこにいるかもわかんないという、そういう感じだった。MMOの部分にはチュートリアルの高校時代の同級生は出てこないし、そこまで意識してなかったけど。MMOに参加してるフツーのプレイヤーがたくさんいるんだから当然だよな。


 いや、3年間かけて育成したら、そりゃ、かなりのプレイヤーに……って、そうか。自律式AIのNPCどころじゃない、生身の脳髄があるリアルなプレイヤーを育成できる……僕と同じモブなはずの同級生たちが、卒業後はトップランカーとして世界中のダンジョンへと羽ばたいていく……。

 競走馬を育てたり、野球チームを育てたりするゲームみたいに都合よくはいかないし、本人の人格と人権もあるから、そこをどうやって納得させて契約させるか、というのがクリアできれば、リアルDWでの育てゲーって、可能性の塊かも……?


 うぉ、なんかテンション上がってきたかも⁉


「あの、鈴木さん。お話がこういう内容であれば、お二人には申し訳ない気持ちはあるのですけれど、だからといって鈴木さんとのパーティーを解消するようなことは……」

「待って、広島さん。ちょっと待って」

「岡山です……」

「あの、岩戸さんだったっけ?」

「……え? それ誰?」

「さっき、ペアで、効率が落ちて、困ってるって、話、だったよな? 間違いないかな?」

「え、う、うん。そうだけ……ですけど……」

「ああ、丁寧な言葉とか、いらないし、気にしないから。そんなことよりも、条件をひとつ、のんでくれるなら、その、ペアで困ってる二人を手助けしてもいい。というか、ぜひしたい。僕にヘルプをさせてくれ。もっといえば二人をきっちり育てる自信もある。条件をのんでくれれば」


 僕は立ち上がって身を乗り出し、前に座っている二人の顔を交互に見る。


「あ……これは、また、何か、始まってしまいましたね……」

「えっと、あの? 鈴木くん? え? 岡山さん、これって、何? え……?」

「鈴木さんは、自分のテンションが上がると、すごく口が滑らかになる人なのです……」

「え? 何それ?」

「こうなったら止まりません。たぶん求められている返事は、はい、か、イエス、か、わかりました、のどれかです」

「え? 拒否権ないの? なんで?」


 僕の方をちらちらと見ながらも岡山さんと高千穂さんが話してる。全部聞こえてるよ? おおむね岡山さんの言う通りだけど。


「大丈夫、そんなに難しい条件じゃない。下のギルドで手に入る書類に日付と名前を書くだけ。それだけ。たったそれだけで、僕が、二人のダンジョンアタックを完璧にサポートする。本当にたったそれだけの負担だけど、その成果は期待してもらっていい。手をささっと動かすだけのほんのわずかな労力で確実にこの学校なら上位に入れるようになるし、いずれはトップランカーにもなれると思う」

「……あの、それ、本当、ですか?」


 食いついたのは、もう一人の、酒田さん……最上さん? ま、どっちでもいいけど、そっちの方だった。


「あの……あたし、完全に高千穂さんの足を引っ張ってて、それでもいつも高千穂さんが優しくて。あたしが高千穂さんを困らせてるのに、でも、どうにかして高千穂さんの役に立ちたくて。本当に、日付と名前だけで、上位になれるんですか?」

「酒田さん⁉ え、ちょっと? 酒田さん?」


 ……おお、釣れたか!


「なれる。余裕でいける。次の学年が上がれば確実に1組。それも上位で。ヨモ大附属のレベルなら確実に。もちろん高千穂さんの役に立つ人材にだってなれる。しかも、今なら本当に、この後で下に降りて、日付と名前を書くだけ。もう大サービスで! 日付と名前だけだから! それだけで大丈夫だから!」

「あたし、あたし……毎回、心苦しかったんです。高千穂さん、真面目で、優しいから、何も言わずに、ずっとサポートしてくれて。魔石だって、あんなに助けてくれてるのに、半分ずつで。それなのに魔石が奇数になった時に、たった1個だけ、自分の方が多くなるだけでも、あたしのことを気にして、心を痛めてくれてて。だから、あたし、高千穂さんの役に立つアタッカーになりたいんです。そのためなら、なんでもやります。日付と名前を書くくらい、大したことじゃありません!」

「その通り! 大したことじゃない! よし、じゃあ、行こう、最上さん!」

「はい!」

「え、酒田さん⁉ ちょっと、それは……」


 僕はミーティングルームのドアを開いて、酒田さんを手招きした。酒田さんは閉じ込められていた子犬が解放されたみたいにぱたぱたぱたっと小走りでやってきた。犬っぽいな?


「ああ、これは、もう、ダメだと思います……」

「そんな⁉ 岡山さん⁉」

「高千穂さんも覚悟を決めた方がいいのかもしれません。まあ、おそらく、それほど悪いようにはならないとは思います。たぶん……」

「おそらく、で、しかも、たぶんって言ってるけど⁉ 2回言ってるみたいなもんでしょ⁉ マイナス面が強調されてる⁉」

「……少なくとも私は、鈴木さんに助けられました」

「え?」

「わたし、もう4月で退学にはならないです」

「嘘……」

「本当ですよ。鈴木さんには、それだけの実力があるのは間違いありません」


 二人の会話は聞こえてるけど、スルーして、僕はもう一人の高千穂さんに目を向ける。


「岩戸さん。ダンジョンアタッカーには一瞬の決断力が運命を分ける時もある。キミは、どうする?」

「え……」


 それだけ言うと、僕は酒田さんとミーティングルームを出た。


「……書類に名前を書く時は、間違いなく、じっくりと考えるべき時です、鈴木さん……」


 その岡山さんのつぶやきは聞こえたけど、もちろん僕はあえて聞き流すことにした。






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