ιστορία4 名の使命、前夜

 私自身が出品されたものの、何故か私を落札する人はいなかった。競りであまりにも高額になったため、誰も払う事の出来ない金額へとなったのだった。

 だが、最後に言われた言葉が頭からずっと離れずに、残っている。

 とは、一体どういう事なのだろうか。少なくとも私は、使として、アリーナにいる少女達を救済アナクフィスィしてきた。神に与えられた名前なら、私も神の名という事でもいいのではなかろうか。

 そんな事を考えている内に、私は眠りに落ちた。久しぶりにあの悪夢を見なかったのはどういう事なのだろうか。

 


 ***



 窓から差し込む朝日で私の目は覚めた。以前まで聞こえていた朝の挨拶が聞こえないのは、私が怒涛の連続試合でほとんどを救済アナクフィスィしたからだろう。

 もうこの部屋には私ともう一人の少女しか残っていない。

 彼女は、朝に挨拶をすることを好まないのか、一度も挨拶をされたことがないし、それどころか、他の少女がいた時も、一言でも喋っている姿を見たことがなく、生きているのか、時々心配になるほどだった。

 それでも一応、私は毎日、挨拶を欠かさなかった。


「おはよう」

「......」


 今日も予想通りの無言。彼女は今日、試合があるのだろう。起床のベルと共に、食堂には行かず、浴場へと向かって行った。

 一方、私は試合が無いので、食堂で食事を食べた後、与えられた報酬を使い、エヴロギーアのカスタムを施そうと、格納庫へと向かう。

 あの試合以降、私には労働が課されていない。というよりも、労働を課すことのできるだけの少女がいなくなったと言った方が正しいと思う。

 だから今、運営が必死になって少女を集めようとしているらしいが、どうにもうまくいっていないらしい。

 何か外部メディア等に情報が露出でもしたのだろうか。所詮は籠の中にいる私達には外の世界の情報など何一つ入ってこないので、唯の憶測でしかないのだが。


「今気づいたけど、これ以上、私のエヴロギーアを改造しても、意味ないじゃない。武器を改造した方が戦闘力も上がるのでは?いやでもそもそも、これ以上試合があるのかしら?」


 エヴロギーアを改造しようにも、今日以降の試合が行われるのかも分からない。だが、何か有事の際に脱出できるよう、改造を施すのも何かの手かもしれないと思い、私はエヴロギーアにできる限りのカスタムを始めた。



 ***



「もう生き残っている少女は少ない筈なのに、一体どうするつもりなんだ?運営は」


 そう私は浴槽に漬かりながらふと呟いた。前のエルピスの試合によって、多くの少女が殺されるか、貴族に買われていった。

 だから今、アリーナに残っている少女はとても少なくなっている。まあ、運営は何とかして試合を続けているらしいが、一体いつまでもつことやら。

 まあ、私が知ったことではないので、考えれば考えるだけ恐らく無駄だが。

 さて、今日の試合の相手は誰だろう。

 誰にせよ、ぶち殺して、私が生き残る為の踏み台にするだけだ。



 ***



 試合は終わり、私が勝利して終わった。相手の少女の名は聞いたことも無かった。だが、特別ルール故、相手を殺す事は出来なかった。

 運営のスタッフが話しているのを聞いたが、ある貴族に落札されたという。その娘が着たパイロットスーツも同じ貴族に落札されたらしいので、ソイツは余程あの娘を気にいったんだろう。

 ちなみに私に関しては、何一つ出品されていない。まあ、気にすることでもないのだが。

 そんな事を思いながら再び風呂に入り浴槽に漬かって、疲れを癒す。

 風呂から出ると、運営に呼び出された。


「ご用件は何でしょうか」

「貴方の明日の試合ですが、『エルピス・クセキナス』と対戦して頂く事となりました」

「......は?」


 私はそう告げられた時、驚きのあまり一瞬声が出なかった。あの同室の女と戦えと?救済アナクフィスィ等と言いながら、唯々殺戮を繰り返すあの女と?冗談じゃない。

 そう思ったが、運営の決定に逆らう事は出来ない。逆らえば一体どうなる事やら。考えたくもない。

 まあ、どうせ死ぬのなら、いつ死んでも変わりないとは思ったが。


「よろしいですね?分かっているとは思いますが、貴方に拒否権はありませんよ?」

「分......かりました......」


 この時、私の中に確かな決意が生まれた。


「私の『ペルセポネ』という名前に泥を塗る訳にはいかない。冥界の王の妻の名を背負っている以上、負けはしない。絶対殺してやる。待ってろエルピス」



 ***



「明日の貴方の対戦相手が決定いたしました。『ペルセポネ・コンスタントプロス』です」

「分かりました。明日の試合は一人だけでしょうか」

「その予定です。イレギュラーにより追加はあるかもしれませんが」

「分かりました」


 急に運営に呼び出されたので何かと思えば、試合の通告だった。もう慣れたものだ。今更気にするものでもない。


「ペルセポネか。喋ったこともないし、挨拶をしてくれたこともないけど......。でも今もいるって事は結構強いんだろうな」


 そう呟きながら自分の部屋へと続く廊下を歩く。すれ違う少女の数も大分と少なくなった気がする。

 まあ、原因は全て私にあると自覚しているのだが。


「今日はさっさと寝よ」


 そうして、私は部屋に入り、自分のベッドに入った瞬間に眠った。



 ***



『システム起動。第一次エンジンから第二次エンジンまで出力最大で稼働済み。パイロットアシストAI、アシストAI、その他全てのAIシステム正常に動作中。パイロットの精神に一部不安定な部分を発見、肉体状態良好。推奨、メンタルチェックの再確認』


 モニターには今の私の体の状態と、システムの状態が映し出されている。だが、私のオープラに搭載されている特殊システム『ハデス』の表示がされていない。


「私は大丈夫。ハデスシステムの状態は?」

『特殊システムAIハデス、不完全状態で起動中。推奨、システムの再起動とシステムチェック』

「じゃあ、高速でそれやって」

『特殊システムAIハデス再起動』

「どう?」

『特殊システムAIハデス再起動完了、システム動作に異常なし』

「エルピス、私はお前に勝つ」



 ***



『エンジン起動。パイロットアシストLv.5、バトルアシストAI、その他全システム全て正常に動作中。システムチェック完了、異常なし』


 コックピットに聞きなれた機械音声が響く。何回聞いただろうか。


『第一次エンジンから第二次エンジンまで出力最大。パイロットの精神、肉体ともに状態良好』


 このシーケンス完了の音声を聞く時、私は何故かいつも安心してしまう。安心する要素など一つもないというのに。

 モニターにはいつもと変わらない、私の肉体が映し出されている。

 今日も、使命を果たさなければならない。

 たとえ、自分に神の名が無くても。それだけは変わらない事実だと私は信じている。



 ***



『本日もお集り頂き、ありがとうございます!さて本日第一戦の対戦カードは、光の様に早いオープラを操る最強少女『エルピス・クセキナス』と自作の特殊システムで相手の少女を瞬殺し続けてきた、『ペルセポネ・コンスタントプロス』でございます!オープラ名はエルピスが皆様ご存じ『エヴロギーア』、ペルセポネが『ハデス』となっております!』


 今日もアリーナが始まる。そして、エルピスに対する期待は、あの連続試合以降上がりまくっていた。

 応援の声で呼ばれている名前のほとんどはエルピスである。


「今日も頼むぜー!エルピスー!」

「あの連続試合でも全て勝ち続けたからな......!今回はどんな戦いを見せてくれるんだ!?なあ!エルピス!」

「おぉぉぉん゛!今日も可愛いよぉ゛ぉ゛ぉ゛!早く僕の物に......なってくれないかぁぁいぃ!?」


 だが、その中に微かにペルセポネの名を呼ぶ声も聞こえてくる。ごくわずかな人数だが、ペルセポネに届く様、とても大きな声で叫び続けていた。


「いけー!エルピスなんてぶっ殺してやれー!」

「いいかー!?絶対に勝てよー!?俺様の掛け金無駄にすんじゃねぇぞー!?」

「今回はどのタイミングでシステムを起動するのでしょう......?とても楽しみですねぇ!ペルセポネ!絶対に勝ちなさい!」


 会場の盛り上がりもいい感じになってきたところでアナウンスが入る。


『今回のルールは通常通り、問答無用で相手を殺せば勝ちです!特別ルール等は適用されていません!それでは、皆さまお手元の準備はよろしいでしょうか!?』


 アナウンサーがそう言うと、皆一斉に手を伸ばしボタンに触れる。


『掛け金を確定してください!』


 そのアナウンスと同時にモニターには『掛け金確定』の文字が現れる。いよいよ試合開始だ。


『それでは、試合開始です!』


 そのアナウンサーが言い終わった瞬間、エヴロギーアとハデスは両機とも、一気にブースターを吹かし、正面から衝突し、インパクト状態に入る。

 だが、両機とも武器を装備していなかった為、一度お互いに距離を取った。すると、すかさずエヴロギーアがエネルギーライフルを放つ。

 だが、放ったエネルギー弾は軽々とよけられた。



 ***



「避けた!?エネルギー弾を!?」


 私はそう思い、もう一度トリガーを弾く。だが、また避けられたと思うと、目の前にブレードを持ったペルセポネが一気に近づいてきた。

 私は回避しようとしたが、操作が間に合わず、正面から攻撃をまともに受けてしまった。


『蓄積ダメージ上昇、二十パーセント。戦闘継続に問題なし、AIに異常なし。推奨、上空からの高出力エネルギー攻撃』

「分かってる!」


 そう言って、私は上空に向かって飛んだ。



 ***



「甘い。そんな攻撃に私があたるとでも?」


 そう言いながら私は手にブレードを装備し、一気にエルピスのエヴロギーアへと距離を詰める。

 当たるか当たらないか微妙だったが、見事に当たった。

 画面の中でエヴロギーアがよろける無様な姿が映っている。そして、次はどうするのかと思っていると、体制を復帰した瞬間、エヴロギーアはお得意の空中戦に出た。



 ***



 エヴロギーアは一気に上空へと上がり、上から高出力のエネルギー弾を乱射する。ハデスはその全てを避けようとしたが、さすがにそれは実現ならず、二、三発攻撃を喰らった。

 攻撃がやんだ一瞬の隙をついて、ハデスも上空へと両手にブレードを装備した状態で空に上がる。

 そして再び、空中で両機はインパクト状態に入り、戦況は膠着し始めた。



 ***



「近距離での格闘戦メインの武装か......。凄く分が悪いな......」


 私が操るエヴロギーアは、遠距離からの射撃戦をメインに想定した武装に対し、ペルセポネのハデスは、近距離での格闘戦をメインに想定した武装だ。

 エヴロギーアに搭載している格闘武器はブレード一振りだけだが、ハデスにはブレードが二振り装備している。

 二刀流の状態で、距離を詰められたらどう回避しても、力で押してくるだろう。

 私はそう思いつつも、ミサイルを放ちながらエネルギーライフルの射撃を続ける。

 だが、恐れていたことはすぐにやってきた。

 ハデスが両手にブレードを装備した状態で、こちらに距離を詰めてきたのだ。慌てて下に下がろうとするが、下からは事前に放ったであろうミサイルが邪魔していて下がる事ができない。

 ブレードを装備しても間に合わないので、私はエネルギーライフルの銃身でブレード二振り分の衝撃を受け止めた。



 ***



「そろそろ詰めるか」


 私は両手の武器をブレードに変更し、空中へ飛び出す準備をする。エネルギー残量はまだ十分にある。

 あの調子でエネルギーライフルを使っていたら、すぐにエネルギーが枯渇するだろう。

 私の武装はブレード二振りとアサルトライフル、ミサイル系装備三種なので、エネルギーの心配は、ブースターでしかする必要はない。

 だが、エルピスの武装は基本機体エネルギーを使用するので、長期戦には向かない。

 そのため、私が長期戦に追い込めば、私の勝率がぐっと上がる訳だ。そう思いながら、私はブースターのスイッチを押し、一気に空中へと上昇する。

 そして、両手のブレードを交差させる様に振るう。受け止められないだろうと思っていたそれは、エネルギーライフルの銃身によって受け止められた。


「チッ......!受け止めたか!」



 ***



 ハデスの攻撃をエヴロギーアはライフルの銃身で受け止める。そして、一度離れたかと思うと、再び別の姿勢でハデスが斬りこんだ。

 二度の攻撃をエネルギーライフルの銃身で受け止める事は出来ず、エネルギーライフルは真っ二つに斬られた。

 だが、受け止められなかった事により、力は流され、ハデスの機体頭部は下を向く。そしてハデスは何故かブースターを吹かし、地面へと猛スピードで落下していった。

 落下した瞬間、轟音がアリーナ内に響く。そして、その衝撃に耐える事が出来なかったのか、ハデスの二振りのブレードは折れて無残な姿になっていた。

 その瞬間、エヴロギーアはブレードを構え、地面に向かって斬りこむ姿勢を取っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鋼鉄のインパクト 登魚鮭介 @doralogan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ