ιστορία2 理想郷という名の絶望

 私以外の少女は、大抵起きたら、特にすることもなく、寝室で呼ばれるまで待機する。

 でも、今日は少し違った。いつもはベッドにみんな座っているのに、今日は一人の少女がベッドから起き上がった。


「今日は貴方も試合?」

「やっと、救済してくれるのね......。」

「―ッ!」

「フフフ......。今日は宜しくね......」


 私の今日の対戦相手は、同室のこの娘らしい。名前はヘスティア・デュカキス。

 乗っているオープラの特性は知らないけれど、どっちにしろなめてかかったら、逆に殺されてしまうかもしれない。

 私はの使命を果たすまで死ねない。



 ***



 ヘスティアは喜んでも、悲しんでも居なかった。せっかく、エルピスの救済アナクフィスィを受けられるというのに。


「あの人に殺されるなんて冗談じゃないわ!何で対戦相手がエルピスなのよ!」

「残念ながら貴方に拒否権はございません。大人しく我々に従って下さい。でなければ、今すぐにでも強制排除致しますよ?」

「クソッタレッ!これがアンタたちのやり方なのね!いいわよ!試合で勝って、アリーナを脱出したら、告発してやるんだから!覚えておきなさいよ!」


 そう言って、私は部屋から出た。私の対戦相手がエルピスだなんて......

 オープラ性能が驚くほど弱い私の機体で、エルピスなんかに勝てる訳ないじゃない。

 それを、運営は分かっていないのかしら。『ザキ』で『エヴロギーア』に勝てる訳ないじゃない。

 やる意味がいまいち分からないけど、一応オープラの整備をしに行こうかしら......

 ああ。勝てたら脱出できるかもだけど、負けたら『ザキ』が私の棺桶になるんでしょうね......



 ***

 オープラとはアリーナの少女たちが使用する戦闘用ロボットの総称である。

 少女たちは自身のオープラに関してはどんなカスタムをしても、許される。

 これに関しては、試合に勝っていなくても、アリーナにいる限り自由なのだ。

 カスタムは自由でも、オープラには基本性能が存在する。アリーナに勝ち続けている限り、基本性能の高いオープラを与えられる。だが、アリーナに入ったばかりの少女や、普段から労働をこなしていない少女には基本性能の低いオープラが与えられる。

 エルピスは勝ち続けており、カタログスペックだけで見ると、他のオープラとは凌駕する性能を持つ。加えて、彼女自身の操縦センスも相まって、カタログスペック以上の性能を出すことができる。

 そして、エルピスは時間が許す限りオープラにカスタムを施しているので、その性能は日々上がっている。つまり、今のままではヘスティアに勝ち目はないのだ。



 ***



「でも、今からカスタムしたところで間に合う訳がないじゃない......。本当に私は死ぬしかないのかしらね。性奴隷でもいいからここから脱出できないかしら......」


 ヘスティアはそう呟きながらも、淡々とオープラに改造を施していく。

 武器をアップグレードしたり、装甲を厚くしたり、システムを変えたりと、出来る限りのカスタムを施した。

 それでも、カタログスペックだけで見ると、エルピスのオープラには到底かなわない。


「これ以上は流石に私が操縦できなくなるから無理ね。ここら辺が潮時かしら」


 そうやっていると、アリーナスタッフに浴場に行く許可が出された。

 ヘスティアは浴場へ向かう。



 ***



 誰もいない浴場にヘスティアの体を洗う音だけが響く。


救済アナクフィスィか......。それがエルピスの使命だというならたまったもんじゃないわね。改めて思うけど、みんながみんな死にたいと思っている訳じゃないのよ」


 ヘスティアは体の石鹸をシャワーで洗い流していく。あえて、湯舟には浸からなかった。

 そして、気づけば試合の時間が迫っていた。



 ***



『エンジン起動。パイロットアシストLv.5、バトルアシストAI、その他システム全て正常に動作中。システムチェック完了。異常なし』


『エヴロギーア』のコックピットに機械音が響く。


『第一次エンジンから第二次エンジンまで出力最大。パイロットの精神、肉体ともに状態良好。』


 体にはエンジンの唸りが直に伝わってくる。モニターには私の情報が映し出される。

 エルピスにとってはありふれた日常なのに、今日はやけに特別に感じた。


「ヘスティア。今から私が救済アナクフィスィしてあげる。だから待ってて」



 ***



『エンジン起動。パイロットアシストLv.1、アシストAI、その他システム正常に動作中。システムチェック完了。一部AIに異常あり。正常に動作しない可能性があります。全システム再起動を推奨。全システム再起動を推奨』

「関係ない。再起動はしない。このままいく」


 そう言ってへカティアはモニターを操作する。推奨されたプログラム実行を停止。

『ザキ』はシステムが不完全状態で出撃する。


『第一次エンジンから第二次エンジンまで出力60パーセント。出力最大まで最短10秒。パイロットの精神の一部に不安定な部分が見られる。出撃停止を推奨。肉体状態は良好』

「私は戦える。機械なんかに私の気持ちが分かるわけない。AIプログラムを強制停止して」

『AIプログラム停止。第一次エンジンから第二次エンジンまでの出力最大』

「エルピス。私は朝、貴方に猫を被った。でも、それを謝る気はない。それでアンタがちょっとでも動揺したらいいなって思った。みんながみんなあなたに殺されたがってるわけじゃないってことを、分からせてあげるわよ」



 ***



 アリーナ内にアナウンサーの声が響く。いよいよ試合が始まるのだ。


『本日もお集り頂きありがとうございます!本日の対戦カードは『エルピス・クセキナスvsヘスティア・デュカキス』でございます!そして、今回は特別ルールとしまして、殺したら勝利ではありません!相手のオープラを機動不能にすれば勝利となります!』


 このアナウンスで客席が一気に盛り上がった。


「特別ルール来たぁー!」

「今回は掛け金何倍だ!?」

「ぐぅっ!今日はッ......!今日こそはッ!エルピスちゃんの生脱ぎパイロットスーツを落札するんだぁッ!あ゛ァ!エルピスちゃんッ!早く僕の物になっでよッ!」


 観客たちは飛び跳ねるように喜んだ。特別ルールともなれば盛り上がるだろう。だが、今回は普段以上の盛り上がりだった。


『そして、いよいよ選手の入場です!』


 アナウンスと同時に格納庫へとライトが向けられる

 徐々にオープラが格納されているハッチが開く。


『ヴォ―リオスはエルピス・クセキナス!搭乗機は『エヴロギーア』です!』

「エルピス―!今回も期待してるぜ!」

「おお!流石『エヴロギーア』だ!美しい!まるでここに降臨する光の女神の様だ!」

「エルピスぢゃぁ゛ーん!勝って僕の物になってよ゛ぉ!」


 エルピスがアリーナに入場しただけでさらに会場は盛り上がった。中央の巨大モニターには、現在の掛け金の総額が表示されている。そして、その額は過去最高だった。

 それと同時にヘスティアも入場する。


『ノートスはへスティア・デュカキス!搭乗機は『ザキ』!』

「お前が勝たなかったら俺の掛け金がチャラになっちまう!勝ちやがれッ!勝たなかったら俺様がこの手でお前を何が何でも、殺してやるッ!」

「おやおや。この娘の初対戦相手がエルピスちゃんとは。なんとまあ可哀そうなことだ。君が負けた暁には、僕が性奴隷として買い取ってあげよう。その代わり、毎日僕にご奉仕するんだよ?」

『さあ、前置きが長くなりましたが、いよいよ試合開始です!皆さん掛け金を確定してください!』


 観客席の視線が中央の巨大モニターに集まる。そこには掛け金確定の文字。

 少女達は掛け金確定の文字を見た瞬間、自らの運命を悟るのだ。

 と。

 再びアナウンスが流れる。これが最後のアナウンスだ。


『それでは本日のアリーナ第一戦開戦です!』


 両機が一斉にブースターを使い、急発進した。その瞬間、凄まじい衝撃と轟音と共に、両機の狭間から火花が散る。

 両機とも、一定時間これを保ったが、エヴロギーアが上方に向かって急発進したので、膠着状態が一度溶ける。そして、そのままエヴロギーアは四方八方へとブースターを使いながら、移動する。

 まるで反射するの様に。



 ***



 私が殺してあげないと、救済アナクフィスィにはならない。

 そう思いながら私はエヴロギーアを駆る。そしてそのままの勢いで右手武器のアサルトライフルをザキに向かって、射撃する。AIのおかげで、ザキに全弾命中した。

 でも、そんな時に限って、コックピットの中に機械音が流れる。


『エネルギー残量残り23パーセント。ブースター過剰使用を停止することを推奨』


 私は操縦桿を握る手を少し弱めた。



 ***



 やっぱり、基本性能があまりにも違うのに勝てる訳ないじゃない!最初のインパクト時点で、負けが確定したようなものじゃないのよ!

 そう思いながら私はエネルギーシールドを展開する。幸いにも飛んできたアサルトライフルの弾丸は防ぐ事が出来た。

 エルピスからしたら、全弾直接命中した様に見えているでしょうけど。それにずっとブースターを使っていたみたいだから、そろそろエネルギーが切れる頃合いじゃない?次は私の番よ。受けてみなさい!



 ***



 エヴロギーアはエネルギー不足で一度地上に戻った。その瞬間、ザキから火炎放射器が放たれる。

 あまりに突然だったため、エヴロギーアは避けきれなかった。更にエヴロギーアはシールドを持っていない。追い打ちといわんばかりにザキの手から、エネルギーの弾丸が放たれる。

 エネルギーが完全回復していないエヴロギーアは諸に喰らってしまった。これにより、エルピスとへカティアの戦況が入れ替わる。



 ***



 全弾命中したと思ったのに......!シールドで防がれてたなんて!ヘスティアは救済アナクフィスィされたくないの!?

 モニターを見る。ダメージは機体操作に影響はでないくらいの物だったが、次に同じ攻撃を諸に喰らってしまえば、機体操作に不備が生じる。

 そして、エネルギー残量は完全回復している。

 エルピスはもう一度上空へと舞い上がる。



 ***



 ザキの威力を思い知ったかしら?ザキはギリシャ語で暖炉を意味するの。だから、火炎系の威力が高い装備を搭載できる限り搭載してあるのよ。あなたの、速度特化で威力の低い装備を連射する戦い方に、対抗するためにね!

 機体ダメージは負っていない。このまま照準を合わせることが出来れば、空に上がったエルピスを確実に落とす事ができる。



 ***



 そうして、空中を舞うエヴロギーアにザキはミサイルを発射する。

 エヴロギーアは飛来したミサイルをはブレードで全て切った。

 間髪入れずに、ザキからエネルギー弾が放たれる。エヴロギーアは正面からその弾を受け止め、そのままブースターを最大出力に切り替え、ザキへと空中から一直線に飛び込んだ。

 ザキはエネルギーシールドを展開するが、正面からの衝突にはとても耐えられず、そのまま倒れた。



 ***



『全システムダウン。全システムダウン。応急処置不可能。第一次エンジンから第二次エンジンまでの出力0。行動不能。AIの再起動を推奨』


 コックピットの中で、機械が私にそう告げた。

 全速力で一直線に向かってくる衝撃に耐えられるほどの装甲はザキにはないのよ。

 特別ルールのおかげで私は殺される事はなかった。だから、私は救済アナクフィスィはされなかった。

 これで、私自身がネットオークションで売られて誰かに落札されれば、私はアリーナから解放される。


「無事に負けて良かった......!」



 ***



『エネルギー残量0パーセント完全回復まで待機を推奨』


 あの局面から打ち合いをしても、恐らく無駄に終わった。だから、私はこうやって正面から突撃した。

 案の定、元の性能の差でそこまで強い装甲は装備していなかったみたいだから、助かった。


『ブレ―ド、及びアサルトライフルの交換を推奨。兵装パイロンに在庫あり』


 機械が私にそう言っている。でも、戦いは終わった。今更交換する必要はない。



 ***



『最後はエルピスの圧倒的な正面衝突でフィニッシュしました!皆様エルピス・クセキナスに対し、盛大な拍手をお願い致します!』

「よっしゃー!今回も掛け金たんまりゲットだぜー!」

「流石だなー!エルピス―!」

「エルピスちゃん!良かった!勝てたんだね!デュフフフッ!」

『これにて本日の第一戦目のアリーナは終了となります!そして、ネットオークションにて、生脱ぎのエルピス・クセキナスのパイロットスーツが商品となります!更に、今回は敗者のヘスティア・デュカキス本人が出品されます!ぜひともご参加下さい!』



 ***



 六時間後


「やあ。ヘスティア。今日から僕が君の持ち主だ。奴隷として色々な事をしてもらうつもりだからよろしくね」


 私は無事に購入され、その日のうちに所有者の屋敷に住むことになった。無事に、脱出できて良かったと思う。

 ザキが私の棺桶になる事はなかった。でも、これもある意味一つの棺桶なのかもしれない。

 何故なら私は、この先一生所有者にご奉仕して、子供を産み続けなければならないのだから。



 ***



「ヘスティアは無事かしら。無事だと良いけど......。まあでも、私が知る由もないし、私が知るメリットもないわね......」


 そして、いつもの様に私は一人で湯舟に漬かっていた。

 いつの間にか眠ってしまいまたあの夢を見た。

 少女たちに罵倒される夢だ。胸が苦しかった。

 そうして、浴場からでて部屋に戻っても、ずっと胸が苦しかった。眠りについた時にもまた同じ夢を見た。

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