鋼鉄のインパクト
登魚鮭介
ιστορία1 神に与えられた名
唸るエンジンの音。コックピットに伝わる揺れ。
軋むアームとレッグパーツ。
モニターの中には、敵機体が映っている。
照準を合わせてレバーのトリガーを弾こうとする。
「やっと、私の事も殺してくれるのね......」
無線で相手の女の子が喋りかけてきた。
私は何も答えずにトリガーを弾く。
それと同時に、画面の中の敵機体は轟音と共に爆散した。
「勝者はエルピス・クセキナス!大して敗者はイタ・プロディフォーダ!『エヴロギーア』に傷一つ付ける事無く空中に散りました!」
アナウンスが入るのとほぼ同時に、観客席から歓声が沸く。
「やったぜ!またエルピスが勝った!俺の掛け金は二倍だ!」
「くそっ!また負けちまったっ!今度こそは勝者に掛けてやる!」
「ぐへへへへ......。エルピスちゃん......可愛いね......。僕の奴隷になってくれないかな......。ぐへへへへ......」
「エルピス・クセキナスの圧倒的な勝利です!そして、エルピスファンの皆様に朗報がございます!今回の試合でエルピス・クセキナスが着用したパイロットスーツは、インターネットオークションにかけられます!」
「ぐふふふふ......!エルピスちゃんが生で着たパイロットスーツは僕が貰うよ......!」
どうやら私のこのパイロットスーツもオークションに出品されるらしいが、私にとっては関係のない話。
何故なら、私は神に与えられたこの名の使命を果たすだけだから。
* * *
アリーナ。何も知らない少女はこう呼ぶ。『
試合に勝てば、一攫千金を得て裕福になれるかもしれないからだ。
だが、アリーナに一度でも足を踏み入れた事がある少女はこうも呼ぶ。
『
試合に勝てば一攫千金を得られる可能性がある事は確かだが、負ければ死しかないのだ。
アリーナを運営する『大手賭博運営企業エピキリシキュベリウテーリオン』は、金融的に余裕のない家の少女を、『衣食住を必ず保証するから』という名目で、少女たちを半ば強制的に『アリーナ選手専用寮』と呼ばれる、半ば牢獄のような場所に少女を収容する。
牢獄の様でも、最初は質素だがしっかりと栄養バランスがとれた食事、清潔な衣類。風呂の提供などをしっかりと行ってくれる。
だが、気づけば、食事は一日に食パン一枚という事も珍しくなく、衣類は洗濯されずに放置されるので、寮の中では同じ服を着続けるか、それが嫌なら全裸で過ごすしか選択しが無くなるのだ。もちろん、風呂の提供などない。
試合前の生きているだけの少女たちには人権などはないのだ。
だが、流石に試合前には食事と風呂が提供される。
劣悪な環境の中で選手を養っていることが、世間に知られれば、マスメディア等に叩かれ、公的手段でアリーナを閉鎖されるかもしれないからだ。
『この劣悪な環境でいつ死ぬかも分からない恐怖と隣り合わせで暮らすのならば、死んだ方がまし』という考えの少女が大多数を占めているが、『地獄の中にも勝利という希望はある!』という考えの少女も中にはいるため、理想郷とも呼ばれる。
アリーナの試合にルールなど存在しない。
問答無用で自分の機体の武器を駆使し、相手の機体を破壊し、少女を殺す。それしか、アリーナで生きていく術はないのだ。
だが、稀に試合で勝った後に『アリーナ選手専用寮』を脱出する少女もいる。
試合の後には勝者の着用したパイロットスーツなどがネットオークションに出品される。そして、ごく少数の美人な少女はパイロットスーツと共に出品される。
このタイミングで出品された少女が貴族に落札されると、少女は落札した貴族の所有物となる。
一見買われた人間が幸せのように思えるが、これが必ずしも幸せという訳ではない。
所有物になった少女はどんな扱いを受けるのか分からない。
つまり、貴族に買われても必ず幸せになり平和に暮らせるとは確定しないのだ。
そう。これが『
* * *
「無事に救済できた......」
私は満足感とも虚無感とも言えない感情を抱きながら一人呟く。
今回も運よくオークションに私は出品されなかった。
だが、私を所有したいと思っている、貴族達は大勢いる事だろう。
「まあ、いくら貴族達がそんな事を思っても、アリーナに私が居なければ企業が儲からない事は確実だから、多分一生出品されないでしょうけどね」
そう言いながら私は湯舟につかる。
試合前後では流石に風呂と食事と衣類を提供してくれる。
十五歳とは思えない発育をした自分の胸を見つめながら私は物思いにふける。
「みんなは私に殺されて幸せなのかしら......。これが神の名に与えられたこの名の使命だというのなら、もうちょっとましな使命がよかったわね。今更言ってもしかたないのだけれど」
私しかいない大浴場に私一人の声が響く。
湯舟とシャワーと石鹸類しかないこの大きな浴場で、私は毎日の様に考えてはしょうがない事を延々と考えては、疲れて湯舟で眠るという事を繰り返していた。
* * *
「そろそろ上がろうかしら......」
気づけば三時間もの時間が過ぎていた。私がどれだけ長くこの浴場で湯舟に浸かっていても、私がアリーナの勝者である限り、誰も何も言わない。
むしろ、少女たちは私の使命を待っている。
そう。神に与えられたこの名の使命を。
「それまで私は絶対に負けられない」
そんな事を呟きながら、私は浴場を出た。
* * *
薄暗い共同の寝室ではみんなはもう寝ていた。
まだ夜の二十三時なのに。
「私が寝るまで暇じゃないのよ......。どうやって眠気を誘おうかしら」
私は、風呂で寝てしまっている分、共同の寝室で寝つくまでは時間がかかるのだ。
そこで私は今日のこうの少女たちが何をしていたのかを分析することにした。
「恐らく、昨日と同じ面子が揃っているという事はこの部屋の女の子たちは、試合が無かったか、試合で勝って生き残ったかの二択ね......後者はちょっと考えにくいけど......。見た感じみんな浴場にはいけてなさそうだし......」
そんなことを考えていたら、私にしては珍しく早く眠気が襲って来た。
そして、私は夢を見た。
アリーナの少女たちに罵倒される夢だった。何故かは分からない。
でも、夢で見たアリーナの少女たちは私に罵声を吐いてきた。
「アンタがいなければみんなが幸せに死ねるのに!」
私が幸せに殺してあげてるのに?それを拒むの?
「あなたが居なければ私達は穏やかに暮らすことが出来るのです。多数の犠牲と少数の犠牲。あなたはどちらを選びますか?少数ですよね?死んでください」
私が死ぬ?なんで?私は神の名の使命を果たすまでは絶対に死なない。
「あんたウザいからさー......。さっさと負けて死んでくれないかなー......」
......?何を言ってるの?死ぬのはあなたよ......?
「―ッ!」
そこで私の意識は覚醒した。枕を見ると大量の汗が付いている。
呼吸も荒い。
「気味の悪い夢だわ......」
夢を思い出している最中に起床を知らせるベルが鳴った。
今日は試合がない。
『
試合が無ければ少女たちを殺して救済してあげることはできない。
「おはよー......」
一人の少女が伸びをしてベッドから体を上げる。
「おはよ......」
「おはよう!」
「おっはー!」
それにつられて部屋の少女たちが次々と目を覚ます。
「おはよう」
私もそれに対しておはようを返す。
この「おはよう」の連鎖こそが、本当の『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます