第22話 続く 道
「ふーむ・・・参ったな、これは」
鬱蒼とした森からようやっと抜け出し、その周囲を見回して四郎丸はポツリと呟いた。木々の植生や見かけた野生生物から半ば諦めていたがこうして見れば、現実は残酷なほどに一目瞭然だった。
「・・・これは、間違い無く日ノ本では無いな」
今、抜け出した森の周囲は一面の草原、そして森から少し離れた所には石畳にて舗装された道が稜線の向こうまで敷かれているのが見える。江戸は勿論、南蛮文化が流入したとされる大坂や博多ですら石畳が街道に敷かれたなどという話は寡聞に聞かない。ならば、
「一体何処なんだ、此処は?」
続けざまに呟かれたその独り言は、困惑に満ち満ちていた。
「おお、抜けたか!」
四郎丸の心配とは裏腹な、底抜けに明るい言葉が背後より投げかけられる。振り向けば、そこには袖や裾を枝やら何やらに引っ掛けたか、襤褸切れのようになった衣を纏った果心居士が不満顔で頬を膨らませていた。
信じ難いが、これが我が祖母らしい。真に、真に信じ難い話であるが。
「しかし四郎丸よ、森を抜けたら声を掛けよと言うたであろう。儂はお主と違うて脚が強うは無いのじゃぞ、まったく」
「・・・お前、この景色を見て良くそんな事が・・・まあ、そうだったな。済まんかった、婆さん」
そう発した瞬間、手に持っていたらしき木の棒がひょう、と喉元に突き付けられた。
「言うな、と言うたであろう?」
ほどほどの殺意と共に、果心はスイ、と細めた目で睨めつけてくる。
「しかし、事実は事実なんだろう。他に呼びようも無いしな」
だが、最早2人にとってその程度の殺意のぶつけ合いは児戯のようなものだ。いけしゃあしゃあとそう嘯く四郎丸の言葉が正しいことは明白で、行きようの無い怒りを果心は地団太を踏むことで発散する。
「今まで通り果心で良いじゃろ!まったく・・・流石の儂もよう気持ちを切り替えられんというに・・・ええい十兵衛の馬鹿たれめ、よりにもよって宛名をテレコになぞ、斯様な悪ふざけを!」
そう、あの大爆発の後、俺たちは気付けば今出てきた森の中にいた。互いの無事を確認した上で、預かった書簡を読んでみよう、何が起こったか分かるかも、となったのだが、
「まさかとは思うが、何か意味でも・・・」
「そんな訳あるか!ただの嫌がらせじゃ!!」
何をどう血迷ったのか、果心に向けた書簡が四郎丸宛になっていたのだ。そのため、予期せず彼は果心と自分の関係性について知ることになってしまったという訳である。
無論、逆を言えば果心の側も四郎丸の出生の秘密について知ってしまった訳だが、それについて彼女が悪びれる様子はまるで無い。
「はあ・・・はあ・・・。それとの、四郎丸」
「何だ?」
「
はあ?と小首を傾げる四郎丸の尻を、果心は手に持つ棒で引っ叩く。
「何だよ!?」
「喧しい!・・・・・・儂の名じゃ」
「はい?」
再び首を傾げる四郎丸であったが、このような異境に放り込まれようと流石に頭の回転は変わらない。「・・・ああ」と合点がいったように呟くと、
「それは・・・しかし、聞いても良かったのか?」
「悪ければ言わぬ。それに・・・どうせ、その書状に認めてあったであろうしの」
「まあな」
本当のことを言えば、彼が読んでしまった範疇にそのような名前は記されてはいなかったのだが、さりとて正直に述べても良い結果は導かれまい。そう考えた四郎丸は、曖昧に頷いて見せた。
「それにの。不服ではあるが嫡孫であると言われれば、今更内密にしておく必要もあるまいて。じゃがの・・・」
「?」
「名前でなどは呼び慣れぬ。故に、これからも儂のことは果心と呼べ。よいな?」
「ああ、了解した。さて・・・では果心、これからどうする?」
柊、いやさ果心へと問いかけると、彼女はスイと前方を指さした。
「どう、じゃと?決まっておろう、あの道の先に言ってみるしかあるまい」
果心が指差しそう言ったのは、延々と伸びる石畳の先、稜線の向こう先であった。
「道がある、ということは少なくともその先には村落が在る、という事じゃ。そこが日ノ本かどうかは分からぬが、儂の術を使えば南蛮人じゃろうと明国人じゃろうと会話はお茶の子さいさいじゃて」
兎に角、今必要なのは情報収集。その言葉に四郎丸は大きく頷いた。
「しかしの、それ以上に大切なのが・・・」
「それ以上に?」
「うむ。それはの・・・」
「それは?」
思い当たる節の無い四郎丸に対して、一変して果心の表情は真剣なものと化した。その変わりように、彼は思わずゴクリと生唾を飲み込む。
「酒じゃ!」
「酒・・・・・・て、馬鹿かお前は!」
「馬鹿とは何じゃ、馬鹿とは!一昨日に細川の小倅に襲撃された時から、こちとら一滴も口にしとらんのじゃぞ!」
本人は真剣なのかもしれないが、あんまりにもあんまりなその主張に思わずため息が漏れた。
「ああそうかい。・・・・・・まあ、あればいいがな」
「問題無い。街道というのは、あれで中々に維持が難しい代物なのじゃ。ましてや、あのような石畳とくれば尚更じゃろう。荒れておる様子は無いから、少なくとも状態を保全しておる連中は居る筈じゃ」
「成程、そうだな」
「そして、人がいる以上・・・必然的に酒類は必ずある。人の営みとは、そういうものじゃて」
「・・・そうか?」
こいつ、あの戦いの反動と断酒で本当に馬鹿になっているのではなかろうな。有り得そうで思わず、四郎丸は頭を抱えた。
「まあいいか、どうでも」
動機は不純だが、情報を得るには人に会わざるを得ない。その動機だてということで、四郎丸は自分を無理やり納得させる。
「そんなことより、お前。酒があったにせよ銭は・・・って、おい!」
買うにしても、先立つものはあるのか。そう問いかけようと、抱えていた頭を上げ視線を戻せばそこに果心は無く、まさかと振り向けば街道へ向けてたったと走る黒髪が躍っていた。
「お、おい!?」
慌てて周囲を見渡すが、野獣や野伏なんかの目に見える脅威は無いようだ。ホッと胸を撫で下ろし、やれやれと視線を再び果心へ向けると、こちらの気苦労を知ってか知らずか「おうい」とばかりにこちらへ手を振る果心の姿が彼の目に映る。
その呑気な様子に、大きな溜息を吐き「まったく・・・」と独りごちるが、
「ま・・・確かに、悩んでいても仕方がない、か」
それに、この今いる世界が自分たちに敵意を向けてくると決まった訳でも無い以上、警戒をするのは兎も角、必要以上に惧れて動けなくなる必要も無い。
見上げれば、そこには日ノ本と同じく曇り無き青空が広がる。大きく息を吸い、眼前の祖母に倣うかの如く、四郎丸もたっと走り出した。
日ノ本で無くとも、どんな場所であっても。前を向き走る若者の上の空は何時だって。
そう、どこまでも青いのだ。
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