第19話 決着 されど戦士は還らず

(あっちだ、あっちだ、あのほうだ)

 ソレが抱いているはその一念のみ。仄かに自分を呼ぶような光の許にと、思い通りにならぬ重鈍な体を引きずって進む。ただただ、進み続ける。

(・・・なに?なに?)

 とぷん、とぷんと、何かが自分へ投げ刺さったような気がした。だが、それで自分の動きは変わらず、痛くも無い。ならば、

(しらない、しらない、どうでもいい。それよりはやく、はやくはやく)

 ずるりずるりとソレは木々や地に繁茂する草を押し退けながら、一刻も早くと先を急ぐ。すると不意に、前に何やら他の邪魔者とは違う気配が2つ。

 しかしそんな事はどうでもいい。どうせ自分の体は通り過ぎるだけ、同じように呑み込んで進めばいい。

 筈だったが、

(・・・え!なんで!!どうして!!!)

 その気配の少し前で今までに無い感触にぶつかり、どうしてだかそれ以上進めない。何かの間違いかと2度3度と前進するが、同じようにぶつかる。これまでの道のりには存在しなかった、押し退けたり踏みつぶしたり出来ない物体が前進を阻む、まるで壁のように。

(なぜ?なぜ!?じゃま!じゃま!!じゃま!!!)

 先ほど感じた2つの気配、あれが原因だ。ソレは本能で悟った。

(じゃま!いらない、いなくなれ!)

『怒り』と『焦燥』。ソレへ新たに芽生えた2つの感情は、新たな進化を呼び起こす。ぞろりと、辛うじて腕と称せる触手のようなモノが1対、2対とソレの体より生え出したのだ。


「はぁっは、どうじゃ四郎ぉー丸ぅー、儂の力は!」

「喧しい!!」

 両手より武蔵坊の『因果妙』、その1つであるという障壁を左右数里に渡って展開し、猛進する将門モドキを押し留める果心を素直に称賛する余裕は、今の四郎丸には無かった。

 無論、四郎丸とてそれが凄いことは分かる。四郎丸に宿った『因果妙』と異なり果心のそれは、云わば式霊を遷現せずしてその『因果妙』のみを使わせているようなもの。通常なら選択肢にも入らぬ事を成しているのだ。

 また、あそこまで気分を高揚させているのもそこまで気勢を上げねば『因果妙』を維持し続けられないことの裏返しということも重々承知。

「だがなあ!」

 しかし、将門モドキが多数の蛸や烏賊のような触腕を生やし、障壁を乗り越えて襲い掛かって来るのを来る端から切って防いでいる状態で素直に称賛できるような余裕があろう筈が無い。

 寧ろ苦情の1つも出ようものだ。事実、吐いて出た。

「こんな事になるたあ、聞いて無いぞ!!」

 怒声をあげつつも手は緩めない。襲い来る触腕は狙いは大雑把ながら間違い無く果心と四郎丸を狙っている。自身は避けられても、障壁を張ることに精いっぱいの果心は身動き出来ない。迎撃の手を緩めれば忽ち絡め捕られるか叩き伏されるか、どちらの状況にせよ障壁は消える。

 だから、四郎丸は全力で刀を振るい続ける。時には両腕で大小それぞれを振るって左右から来る攻撃を切り防ぐことすらした。二天一流じゃないなどと嘯いていたのが遥か昔のようだ。

「切り落とした端から消えるのが救いとは言え・・・ええい!」

 切った数については10から先は覚えていない、その余裕も無い。切った端から新たに生えて襲い来るのだから、例えるなら終わりの無い防衛戦である。

(人型の成り損ないだからか、1度に生えるのが4本までのようだから、何とかなってるが・・・)

 しかしいつまでも抑えられるか、と言われればそれは否、だ。ずしんずしんとソレが障壁にぶつかる度に大きく揺れ、その揺れ幅はぶつかり続けるに従い大きくなってきている。明らかに支え切れていないのだ。

 それに果心の体力にも限度がある。滝のように汗を流し、見れば足元もふらついているようだ。仮に障壁自体は支え続けられても、彼女がそれを永続出来るようには思えない。

「ええい、このままでは持たんぞ!果心、天海は本当に大丈夫なんだろうな!」

 そも果心の策としては「武蔵坊の『因果妙』が弁慶の立ち往生に起因するものであれば、護る者が本懐を成すまで敵は留められる」という仮定に依るものだ。こうして障壁を張れている事からその仮定はある程度正しかったのだろう。

「だがな、あの糞坊主の本懐とは、何だ!?」

 念話でどんな話をしたのかは知らぬが、果たしてあの天海坊主がコレへの王手を打てるのか。元々が無理無茶無謀な博打なのだから、楽観を外せば立つ瀬すら無くなる、というのは理解出来る。だが四郎丸としては、そもそもそこまで天海を信頼出来ない。しかし、

「当然じゃ!」

 そう力強く答えた言葉の重さは、彼には無い確かな信頼の証。

「儂らが共に将軍家に仕えて以来、あ奴ほど万事においてソツの無い男は知らぬ。奴が手を打つ、と言うたのならば間違いは無いわ」

「だがな、コイツが出たって知らせの念は飛ばしただけなんだろ?」

「にしても、じゃ。それに・・・仮に届いておらねば儂らがここでこのままやり続ければ良いだけじゃ!」

 しかし、その強がりのようにも聞こえる言葉とは関係なく、地力に違いのあるもの同士による拮抗なぞ長持ちするものでは無い。つとに、その拮抗をもたらすのが他力に拠るものならば、特に。

「はあっ・・・かは!」

 果心の口より赤いものが数条流れ落ちるのと、その手に持つ<僧兵>の木札が四分五裂に砕けるのとはどちらが早かっただろう。今まで猛進を受け止め続けた障壁は、その途端にゆらゆらと揺らぎ出した。

「果心!?」

「ば、馬鹿者、気を逸らすでない!」

 まったく、憎たらしいほどに正しいことしか言わない奴だ。現に、気を逸らしてしまったせいで攻め寄せた触腕を捌ききれず、刀が弾け飛ばされてしまったのだから。

「っく!」

 次に見舞われる攻撃を予測し、果心の襟首を引っ掴んで後ろに跳び下がる。

「あわわ、何をする!?」

「黙ってろ!」

 彼が飛び退いた次の瞬間、既に影形しかなかった障壁はズンと将門モドキがもたれかかった衝撃で砕け散った。砕けた障壁の破片はキラキラと光り、それは不思議なほどに綺麗に思えて。そんな場合では無いにもかかわらず、四郎丸はその光景をただ漫然と眺めていた。

「これまで・・・か?」

「べへっ。じゃな」

 血の混じった唾を吐き捨てつつ、淡々とした調子で紡がれた果心の言葉。だが、その意図するところは明白である。障壁が砕け、張り直す手段の無い以上、次の突進から自分たちを守るものは無い。そして、無いということはその突進を自分たちの体で受け止めなければならないということだ。

 つまりは死ぬ。

「やれやれ、結構頑張ったんだがな。・・・ここまでか」

「じゃの。十兵衛の奴め、間に合わなんだか。逃げよ四郎丸、お主だけなら・・・」

「馬鹿を言うな」

 郁子なくそう切り捨てた四郎丸に、果心を放って逃げるという選択を取る気は初めから無い。元々、この事態は自分が果心へ張った我儘が原因だ。その結果として巻き込まれた方の者を捨てて行く、なぞ在り得べからざることだ。

 無論、ただ一緒に死んでやる、と考えている訳でも無い。

「あとは・・・届くかどうかだ」

 気力を振り絞って出した刀を、突き入れるように構える。その切っ先は、丁度将門モドキの中心部へと向けられていた。

「無駄じゃ。恐らく、依り代があるとすればアレのど真ん中よ。届く前にお主が死ぬだけじゃ」

「やってみなけりゃ、分からんだろ?」

 果心の言う通り、可能性は限りなく低いのだろうが、今更博打も何もない。

「それに、お前こそ逃げたらどうだ?」

「馬鹿を言うでない」

 そう言って、果心はゲシと四郎丸の脹脛を蹴りつける。

「痛!」

「博打なら、最大限勝つための方策は使うべきじゃろう、馬鹿者が」

 血の気の失せかけた顔に苦笑を浮かべつつ、果心は両手に一杯の符を構えた。どうやら、彼女もまた彼を置いて逃げる気は無いようだ。

「お互い、損な性格だな」

「なに、生涯に一度くらいは律義者と呼ばれてみたいだけじゃ」

 その人を食ったような言い草に、自然に笑みが漏れる。

「らしいな、とでも言っておこうか。・・・さあ、来い!」

 ギンと睨めつけるように前を見つめる。緊迫した心の中で、1つ、2つ、3つと無限とも思えるような時間が過ぎ、

「・・・来ない?」

 その将門モドキはじっと動かず触腕も出さず、どっしりとその場に鎮座し続けている。何かの謀りかと益々緊張で息が詰まりそうになる四郎丸だが、その緊張を解すかのような「はあ・・・」という溜息が隣から聞こえた。

「果心?」

「・・・良かった」

 疑問符で頭が一杯の四郎丸とは対照的に、肩から力を抜きそう独り言ちた果心はどこか満足げな表情で、それを眺めていた。

「どうやら、間に合うたようじゃな」


 それより少し前、違う場所にて。


 もう直ぐ夜も明けようという時間帯。本来なら使用人がそろそろと動き出す頃合いで、特に今、その者がいる大名の江戸屋敷であれば当主の出仕に備えて間違い無く。

 しかし、どうしたことか。今その者の耳に入る音は、自身がたてる草履の音だけである。他にはまるで屋敷の主含め、人っ子一人いないような静けさだ。

「・・・やれやれ。まさか、儂がこうして動く羽目になろうとは」

 いや、『ような』ではない。事実この場にいるのはこの男、顔を顰めっぱなしの南光坊天海ただ一人だけなのだ。

「しかし果心め、よりにもよって酒井雅樂の屋敷周辺から人を締め出せとは。まったく、無体な事を・・・公には儂は死んでおる上に、酒井の童は政敵なのだぞ」

 不承不承なのは顔だけでは無いようで。ぶつぶつと僻言は止む様子は無く、彼はその屋敷の片隅に作られた祠の四隅に細工をしていく間中ずっと、誰に聞かせるでも無い独り言を呟いていた。

「さて、と。こんなものか」

 全ての作業が終わり、よいしょと立ち上がったその時、天海の頭の中へ念が飛び込んで来た。

「出てしまいおったか・・・果心め、相変わらず詰めの甘い」

 しかしその言葉に咎める響きは無い。この場にいない者を叱りつけるほど、天海は能無しでも暇人でも無いのだ。ただ少し、それまでよりホンの少しだけ顔を一層顰めると、

「しかし阿波公方、そして平将門とは・・・儂の今生の最期の折も近かろうに、因果なものよな」

 そう独り言ち、少し自嘲地味に笑みを漏らした。しかし、それも直ぐに収めると、そのまま祠に背を向けて立つとパンと柏手を打ち経文を唱える。それはまるで、祠の前に塞がるようでもあり、祠を守るようでもあった。

 勿論、戸惑いもある。嘗ての自分が行ったことが此度の事態を納める一助に成るなぞ、自分にまとわりつく運命とやらを呪いたくもなる。

(しかし、しかし上様。これも御身の姪子殿、その血族を絶やさんが為)

 勿論、それに応えてくれる方はもう居ない。第一、そんな詫び言を聞き入れてくれるような人では無かった筈だ。

(一瞥して切り捨てるか快活に笑い「是」と言うか)

 恐らく後者だろうと天海は思う。何につけ、面白いことが好きな人だったから。

 ならば是非は、最早無い。雑念を切り捨てるとくわと目を見開いた。

「聞けい!我はかつて、室町殿を追放せし者なり、天に代わらんと欲した平氏を討伐せし者なり!故に、よってに。我は足利将軍の野望を阻む者、天を望む平氏を阻む者!!」

 途端にパアと地面に光が走る。その光はたちまち祠を囲うように立ち上がり、大きな壁のように立ち塞がる。

 その光景に天海は軽く安堵の息を吐くと、不敵に笑い、嘯く。

「かつては第六天魔王すら屠った儂に、たかが新皇を名乗っただけの悪霊崩れ如きが勝てようものかよ」

 細工は成った。あとは、果心の頑張り次第。

「頼むぞ、同輩よ」


 ソレにとって、生じた事態は正に青天の霹靂、と言えるだろうか。今まで自身を呼ぶように、導くように、遥か彼方にて仄かに感じられた光。それが今、見えない、感じられない、まるで消え去ってしまったかのように。

(あれ?あれ?どこ?どこ?)

 それがあるから、それが呼ぶから、一心にここまで突き進んできたのだ。最早、自身を阻んでいた壁も、それを作り出していたらしき気配も埒外、どうでもいい。

(もっとうえから、もっとがんばれば、みえるかも)

 端から論理的な思考能力すらないソレは単純にそう事態を捉えた。

 ならば話は早い、自身の中、奥深くにある真に自身を司るもの、それをうんと高い所に先ほどまで攻撃していた触腕のように張り出せば、今よりもっと、見えるだろう。

(うんしょ、うんしょ。うんせ、うんせ)

 流石に腕とは違い、体の中心にあるそれを表層に出すのは骨の無い身でも骨が折れる。しかし見るという一念のもと、ずるりずるりと天頂より1本、まるで亀が首を伸ばすかの如く生やし伸ばす。努力は発明の母、欲望は進化の母だ。

(やった、できた。やったやった!)

 後は光を探すだけ、ぐるりと1週するべく巡らせようとしたソレ。しかし、それが彼の光を再び感じ取ることは、無かった。


「あれじゃ、見えるか四郎丸!」

 息荒い果心に言われるまでも無く、同じように肩で息を吐く四郎丸もそれを確認していた。していたが、

「はあ・・・はあ。ああ、糞、高いな畜生!」

 最後の最後で見舞われた不運に、思わず天を仰いだ。

 考えてみれば当然の事。導く光、江戸の首塚を隠してしまえば『それを探る為に出来損なって感覚器官の無い将門モドキは恐らく、自身の依代となるものを物見の為、表層へ出すだろう』という、果心の予想は当たった。

 しかし、ものを探すなら高い所から見ようとする、それは本能と呼べるものがあるなら当然の事で、それを予想に入れていなかったことは自分の不明。しかし、思わぬ陥穽に自己反省より早く、悪口雑言が口を吐く。

「糞、あの化け物め、やたらめったら仕掛けてくる余波で周りの木々を薙ぎ倒しやがった!」

 如何に身軽な四郎丸とは言え、地面からの跳躍ではそこまでの半ばが精いっぱいだ。

「どうする果心!?」

「ふう・・・何、案ずることは無い。四郎丸よ、お主儂の上に乗れ」

「は?」

「乗れ、と言うたのじゃ。今から儂の術を地面に向けて発し斥力とし、天に向け上昇する。どこまで上がれるかは分からぬが先のお主の言ならば、半ばまで行けば良いのじゃろう?」

「確かにそう言った、言ったがなあ・・・」

 心配されるのは果心の体力。ハッキリって目に見えて限界の彼女にそこまでの無茶が可能なのか。だが、そんな四郎丸の内心を見透かしたかのように不敵に笑う。

「ナニ、あと一回やらかすぐらいの霊力は残っておるわい。まあ、これで打ち止めじゃがな。それより急がぬか、天海がどれ程状況を維持できるのかは分からぬのじゃ、時間は儂らの敵じゃ」

 そこまで急かされて尚、道理の分からぬ四郎丸では無い。一瞬躊躇はしたものの、「ええい、ままよ」と果心の両肩にその足を預けた。

「っと、大丈夫か?」

「だ、大丈夫じゃ、問題無い」

 そう答えつつ、果心の頭には全く別の、それも一切緊迫感のない考えが過っていた。

(思ったより重いものじゃな)

 果心にはついぞ経験は無かったが、育った我が子を背負う、というのはこのような心地なのやもしれぬ。

(しかし・・・)

 先程ああは言ったが実際のところ、果心に残された霊力体力から換算すると上手くいくかどうかは五分五分がいいところだろう。少なくとも、彼女はそう判断していた。

 無論、四郎丸もある程度は察しておろう。なのに、乗ってくれた。それが今ずっしりと感じる重さの正体、つまりはその双肩に感じる重さは即ち自身にかかる責任の重さだ。

(ならば!)

 そう、示された信頼には応えねばならぬ。出来ると信頼されたのならば、やってやれぬことは許されぬ。

「いくぞ、四郎丸!」

 応さ、と応える心地よい声を背に受け術を発する。爆発の術と防壁の術の同時展開は今の果心には想定以上に難儀だったようで頭へと、万力で締め付けられるような痛みが襲う。

「く、くうううううっ、せえい!!」

 しかし、痛みなぞ何するものか。怯懦を考慮の埒外へと追い出して術を行使した瞬間、爆発的な衝撃が果心へ迫る。しかしそれは防壁に防がれ勢いそのままに、2人を真上へ打ち出す推力と化した。

「おお!」

 頭上から聞こえる感嘆符を他所に、果心は次なる苦痛と戦っていた。上昇と同時に果心の体にはそれまで背に感じていた重さを数倍したような重圧が襲い、苛む頭痛は術の維持に従っていや増すばかり。苦痛に歯を噛み締めるとパキリという音と共に再び鉄臭い味が口腔内へ漂う。どうやら昨夜以降、酷使し続けた奥歯が自身より先に限界を迎えたらしい。

 しかし、感じる風や浮遊感から、博打に勝ったことは分かる。ならば、老人の出番はこれまで。後は、若い者に任せるとしよう。

「飛べ、四郎丸!」


「応!」

 下よりかけられた言葉に言葉だけでなく行動で応えるべく、四郎丸も一切の加減をすることなく踏み切った。線の細い、それこそ幼子と大差ないような背中にもかかわらず、四郎丸の踏切をブレることなくしっかと受け止める。

「・・・良し」

 大きく飛び上がった四郎丸の下にそれはあった。探る為に直上に真っ直ぐと生やし、そこから真横に伸ばした触腕、その折点。丁度西瓜の蔓のように生えた触腕の先に、恐らく依り代が在る筈。

(・・・無かったら?)

 一瞬、心に湧き出たそんな怯懦を振り払う。果心は四郎丸が踏み切るのをしっかと支えてくれた。ならば、それに応えて飛んだ自分が、今更何を迷おうか。

 ぶんと刀を振りかぶる。薪割りのような不格好な姿勢だが、どのみち足の踏ん張りが利かない空中だ。まともに刃筋を通して切ろうとするよりは、

(力技で、叩き切る)

 勿論、それで切れるという保証は無い。が、それがどうした。

「応えねば、ならんのだ!」

 ぐっと、柄を握る手にも力が入る。やれない、出来ない、そんな考えは掃いて捨てる。やれる、出来る、今の四郎丸が持つのはその一心!

「イ、エエエエエエエェェェェェェイ!」

 一閃。きらりと光る白刃は、狙い過たず折点へと叩き付けられ、

「ヤア!」

 そのまま一刀両断、腕ほどもある触腕を見事、叩き切った。

「キイイイイイイイイイィィィィィィ~!!」

 正しくそれは、末期の悲鳴に他ならぬ。強かに耳朶を打つその大音声に、大仕事を終えた充足感に半ば切れていた四郎丸の緊張の糸はプッツリと切れた。そして、その手から刀は滑り落ち、とぷんと将門モドキの中へと沈み込む。

「・・・ああ」

 それを見て四郎丸は、己の行く末を理解した。単純な話、彼は空中で動く術を持たない。ならば当然、振り下ろした勢いそのまま、怨執がたっぷり詰まった将門モドキへ飛び込む他ない。

(・・・それも、仕方なし、か・・・)

 少なくとも彼らは由井正雪の野望を挫き、蘇った将門モドキを始末できたのだ。それを勝ちと言わず何と言う。

 そんな万感を以て、すうと目を閉じようとした四郎丸であったが、

「っ四郎丸!」

 その割れ声が、意識を現世へ呼び戻す。見上げればそこにはどうして宙空で姿勢を変じ得たのか、こちらへと手を伸ばす果心の姿。最後に残った力を振り絞り、その手を目指して手を伸ばし、しっかと掴む、その瞬間。

 全てを白一色に染めんばばかりの閃光が、四郎丸の感覚全てを塗り潰した。確かに掴んだ腕の感触だけを残して。

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