第11話 正体見たり枯れ尾花

(・・・母上、母上!どうしてそのように意固地になるのです)

 煩い、煩い。どんな理由があろうと、義興殿を害した外道共に従えるか!

(・・・しかし、母上。三好の発展を思えばこそと、病身の長慶様も・・・)

 黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れぇ。貰い子風情の貴様が!貴様如きが長慶を語るな、三好を語るな!

(・・・母上)

 ふう、行ったか・・・。長慶の奴も、もうそれほど永くはあるまい。

 ならば・・・あ奴らのおらぬ三好家なぞ、最早どうでもよい、滅びてしまえ。しても、儂から手を出すのは拙い。飽く迄、あの馬鹿共らが自ら不手際を起こさねばならぬ。なあに、あの低能共の事、好きに泳がせれば馬脚を現そうぞ。

 おのれ、おのれおのれおのれおのれ外道共め、この恨み晴らさずおくべきか。

 

 ははは、ははは、はあははは。やりおった、やりおった。とうとうしでかしおった!まさか阿波公方如きを担ぎ出す為に現将軍を弑するとは何たる蒙昧、何たる短慮、呆れて物も言えんわい。

 ふふふ・・・荒れる、これは荒れるぞぉ。誰が将軍を弑した者に、はいそうですかと従うものか。

 さてしかし、このまま思い通りにはさせては儂の目論見が通らぬ。義晴の血統の内、誰かを残して阿波公方が唯一の後継、という線を潰しておこう。興福寺門跡の覚慶に鹿苑院院主の周高・・・儂の手で保護し、あわよくば・・・・・・。

 興福寺は兎も角、鹿苑院は遠い。急がねばならん、奴らに殺される前に。

 

 やった、ようやくやった。ざまあ、ざまあ、ざまあ見さらせ!

 政勝も死んだ、友通も死んだ、長逸は分からんがよもや生きてはおるまい。哀れな義継も、久通の恩知らずも!あの馬鹿共、儂から孫次郎を奪った連中は皆死んだ!善哉、善哉、ははははははははははは!

 ははは、はあ。ふう、はて、儂は何がしたかったんじゃろう?

 主は死んだ、継嗣は死んだ、主家は滅亡間近。首を垂れよと言ってきたが、あの尾張の田舎者に仕える気も毛頭無い。ぼうぼう燃える天守閣、配下は逃げるか討ち死にし、近くにあるのは茶釜が一つ。

「誰も、居らん」

 さあどうしよう?誰の為、何の為に生きようか?応えてくれ、教えてくれ、諭してくれ、ああ、あああ、ああ―


 ―助けてよ、長慶―


「・・・うぅむ?」

 かふ、と取り戻した意識が呼吸を急く。しかしそれによって薄く積もった埃が巻き上げられ、こほこほとせき込むも更に吸い込んでしまう。堪らず手で口元を抑えようとして初めて、

「・・・お?」

 動かそうとした肩口がミシリと痛み、体が拘束されていることに気が付く。

(そうか・・・あの時)

 そうだ。四郎丸が負けて、あの<僧兵>とやらに拉致されたのだった。命があるのは救いだが、その一方で体は寸とも動かせない。体中がズキズキと痛むのは、決して拉致された折の攻撃に依るものだけではあるまい。

(まあ・・・敵の首班が儂の思うあの男なら、あり得るか)

 目は未だ良く見えないが、頬から伝わる感触と空気感から、どこか板の間の広い部屋に転がされているようだ。

「公方様、恐らく気が付いた事」

「おお、そうかそうか。・・・こちらを向かせろ<僧兵>」

 頭上で「御意」と聞こえるが早いか、武骨な手で髪を持たれてぐいと顔を無理やりあげさせられる。ブチブチと何本か抜けるほどの勢い。その痛みで無理やり覚醒させられた目は、束帯姿でふんぞり返る男を捉えた。

 手に持った扇子で口から下を隠してはいるこの男が、先ほど自分たちを襲った<僧兵>が唯々諾々と従っていることからも敵の首班、由井正雪と名乗る男と判断できる。日の光が差すにもかかわらず、広い額は顔色を伺わせるほどに青白い。

「うむうむ、孤の知る松永弾正に相違ない」

 そう喜色ばみ、2度3度と扇を打つ。そのお陰で覗けた顔は血色の悪い瓜実顔に悪い意味で印象に残る目鼻立ち。

(成程・・・想像に違い無し、か)

 恐らく、果心はほくそ笑んだのだろう。さっきまで上機嫌だった正雪はたちまち不機嫌そうにひくひくと口角を揺らすと、

「おお、これはいかん、痛がっておるぞ。如何な術士と言っても術封じの巻物に囚われていては只の小娘同然。離してやれ、の」

 一転、愉快そうに口角を上げ、そう掴む<僧兵>に命じた。

 瞬間、髪を掴んでいた手を離された結果、果心の顔は板間へ落下しガンと打ち付けられる。何とか顔の向きを変え顎から落着する事は避けたが、頬を打ち付けられた痛みで表情は歪む。当然、こうなるのを予期してのことだろう。「ほほ」と笑う満足そうな声音からも、この男の持つ嗜虐欲は明らかだ。

(・・・何にしても、状況を把握せねば)

 痛みを端に追いやった果心が不格好な姿勢のまま周囲へ眼球を巡らすと、自身の右手直ぐに図太い足が2本。先のやり取りからこれが<僧兵>、武蔵坊弁慶の式霊に違い無かろう。左手奥には<銃坊>、杉谷善住坊道峻が控えている。果心の記憶にある自身に満ち満ちた姿は何処へやら、すっかり消沈しているように見受けられた。他に人影は無い。

「ふ・・・ん。御大層な格好をして、手勢はこれだけかの?のう、正雪とやら」

「ほほほ、強がりを。他の者は出払っておるだけよ。仕留め損ねた貴様の連れを始末しに、の」

 連れを始末。その言葉に、果心の頬にさっと朱が差した。そして、それを見た正雪はさも愉快そうに扇を打つ。

「おお、良い顔よのう。怒りと恐れで強張っておる、愉快愉快」

「下種が。おい、武蔵坊。嘗ては音に聞く九郎判官に仕えたお主が何故このような男に従う?」

「無駄よ、無駄。かつてがどのような人物であろうと、今のこ奴は孤が遷現し名を与えた操り人形に過ぎん。事理弁識は出来ても、孤の掌中からは逃れられんわ」

 その言葉に「おや?」と果心は疑問を覚えた。幾ら自分が遷現した式霊と言えど、そこまで言い切るほどの強固な指揮命令権は例え『渾名法』を用いたとしても持ち得るものでは無い。

(儂の知らぬ要素が有るのか?それとも、こ奴・・・・・・)

 不自由な姿勢のまま視線を由井正雪へと向けると、男は不用意に言葉を漏らしたことにも気付いておらぬ様子。さも上機嫌そうに微笑む彼に、果心は小馬鹿にしたような口調で吐き捨てる。

「ふん。長慶に見捨てられた血族が、将軍に成れずじまいが大層な口を利くものじゃ。有名人を配下に持てたことがよっぽど嬉しいようじゃのう、浅ましい」

「何?」

「ばれぬと思うたか。のう、室町殿十四代足利義栄が嫡子、足利義弼」


 開けろ、開けろ、開けろ、開けろ!

 こんな所にいる場合では無いのだ。仇が、玉の仇がいたのだ。少し変わっていたが間違いない、石佐の臭いだった。あれを討てば、討ち首級を持ち帰れば、今度こそ玉は俺を、俺だけを見てくれる。

 だから、だからだから、俺は殺しに行かねばならんのだ。あの男を、あの仇を!

「開ケロォ!」

 しかし、変わらず真っ暗闇。斯様な冷たき闇は嫌だ。玉の、俺を突き放すような眼を思い起こさせる。

 あのような眼をするようになったのは岳父惟任日向が信長公を弑した時、俺と父が岳父を見捨てた、あの時からだ。あの時から玉は俺一度たりと微笑みを向けてくれなくなった。しかしだ、父が出家し、俺が筑前めの足下に下り、奴の走狗となり、名門の矜持すら捨てたのは全て、お前の助命の為ではないか。

 それなのに、それなのに・・・どうして・・・

 ああ、分かった、まだ足らんのだな。そうか、そうならそうしよう。お前に不忠不義を成すものは全て、俺が全て殺そう。殺して、殺して、その首級を全てお前に差し出そう。だから、だから、だから、だから、だから―

「出セエ、殺サセロォ!」

 まるでその悲痛な叫びに応えるように、岩戸は開かれた。


 ほっ、と愉快そうな笑い声が止まった。

「何じゃ、そんなに驚くものかの。であればもう少し勿体ぶって取っておくのであったのう」

 ふん、と再び鼻を鳴らす。青ん膨れした顔にキタキタと血が上る様は成程、親にそっくりだ。

「貴様の父君とは面識がある、その義栄に似た目鼻立ちで公方様、であれば弟か息子と推察は容易じゃと思わぬか?」

「ふん、わが父を知っておったか松永弾正よ」

「それと、まつわるあれこれも、の。しかし、女をふん縛って悦に入るとは。お主の人品もお角が知れるものじゃ」

 尤も、自信満々に言い切った果心にも確証があった訳では無い。義栄の弟という線も考えられたし、他人の空似ということも考えられる。

(まあ、流石に平島公方が動けば天海がそう言うじゃろうがな)

 つまりは、カマをかけたのだ。それに気付いた様子もなく、ただ驚くだけの義弼を見れば、担ぎ出す気になれないのも良く分かる。

「ほほ、何と言われようと貴様は孤の虜囚。そんな無様な姿勢では、何とも恐ろしくも無いわ。・・・しかしまあ、多少の計算違いは出たがのう」

 そう言うと、義弼は頭だけくいと動かし視線を<銃坊>へ向ける。それはまるで汚物でも見るような蔑みを、傍で見る果心も感じる程の悪感情を込めた代物であった。

「さて<銃坊>、孤は失望した。あれ程単純な命令一つ、果たす事も出来ぬとはな」

「ち、違います公方殿、私は・・・」

「何も、違わぬ」

 <銃坊>の弁明を、ぴしゃりと一刀両断するかの如き否定の言は、唯々冷たい。

「何が違うと言うのか、馬鹿者め。貴様が孤の命通りに誘引しておれば、控えておった<唐琵琶>がそれを始末する手筈となっておったのだぞ」

「そ、そんなことは・・・」

 聞いていない。そうすがるように手を伸ばす<銃坊>の鼻柱を打つように、

「何故、言わねばならぬ?」

 ピシャリと、義弼は言い放つ。

「然るに・・・貴様が余計な口出しをしなければ、この果心の心は打ち砕かれたまま。さすれば儀式は成り、今頃は平家の亡霊が関八州を焼き尽くしておったであろうに・・・・・・全く、いくら果心を殺せぬからと苦労してお主の遺骨を調達したのにこの体たらく、人選を誤ったわ」

 その言葉に、<銃坊>が食って掛かった。

「そんな!公方殿が我を選ばれたのは我が銃砲の腕を見込まれたからと・・・」

「たわけ。二度もしくじった貴様の腕に、そんな信用など有る訳無かろう。孤が貴様を選んだのは、貴様なら仮に果心が来たとしても殺せぬからに過ぎん。腕だけで呼ぶなら雑賀の鈴木、稲富祐直、貴様である必要なぞ無いわ」

 身の程を弁えろ。そう言い捨てられ、がっくりと肩を落とす<銃坊>に対し流石の果心も哀れに感じ、

「道峻・・・」

 と、思わず出た憐憫は口の中を転がった。しかし義弼は最早<銃坊>へは何の関心も無いのであろう、一瞥することなく視線を果心へと戻した。

「さて、果心よ。ここまで言えば、孤が貴様に拘る訳も見えて来よう。阿波本家の意向に逆らい、父の擁立を妨害した報い、今こそ与えてやろうぞ」

 だが、と義弼は苛立たし気に扇を畳むとバンバンと脇の柱へと打ち付けた。

「・・・だがな、この間抜けの御蔭で貴様の心は持ち直してしまった。心を砕き虚とせねば、孤の求める贄とはなれぬ。<僧兵>!」

「は。拙僧の一撃、確かにあの若武者に通りました事。普通とは手ごたえが違っておりましたので断言は出来ませぬ由、しかし大層な勢いで飛んで行きました故、深手は間違い無く候」

「とのことよ、果心。今、<狂者>と<唐琵琶>に追討を命じておる。式霊二柱に対して、手負いの若者とその従者なぞ物の数では無い、直に首が届くであろうよ。この上は孤自ら一寸試し五分試し、じわりじわりと貴様の心を殺してやろう」

 ほほっと愉快そうに笑う義弼に、体の自由が無い果心はギリと奥歯を砕けんとばかり噛み締めるしか無かった。


 終わった。全てが終わった。

 俺は確かに、生前は事を成すことは出来なかった。だからこそ、降って湧いた2度目の生では依頼主に「流石は」と「依頼して正解であった」と言って貰いたい。それだけを思っていたのに、それだけで良かったのに。

 それが、初めから求められて無かったとは。

(・・・何たる、何たるお笑い種か)

 結局のところ、俺は何事も成せない。誰からも必要とされない。哀れな哀れな独り相撲。ふふふ、ふふふ、ふふふふふふふふ―

 ―ふざけるな、ふざけるな。

(ふざけるなぁ!)

 ああそうか、いいとも、要らぬ。主も、評価も、何もかも。そもそも、俺が根來を飛び出したのは郷の大人たちのやりようが気に入らなかったからだ。腕一本で渡っていけると、そう信じた。

 それが今更、それも2度目の生において、己を求める主を求めようと汲々するなど。

(女々しいにも程があるではないか!)

 何が式霊、何が<銃坊>か!我は道峻、杉谷善住坊道峻よ。ならば、ならば―

「逃げよ、果心!」


「逃げよ、果心!」

 その言葉に、一同はまず驚愕した。先ほどまで打ちひしがれ、項垂れていた男がいきなり言葉を発したのだから当然だろう。

 しかし、同じであったのはそこまで。果心が不格好に体を捩らせ立ち上がったのに対し、義弼は間抜けにも頭に浮かぶ疑問符のまま「は?は?」と眼球を動かすばかり。<僧兵>も今まで茫然とし膝を落としていた男がいきなり発した言葉の意味に辿り着くまで一暇を要した。

 この差は勿論お互いの素養の差、と言うことも出来よう。しかし、それ以上に戦場を知るか否か、そして杉谷善住坊という人物を知るかどうかであった。

 戦場いくさばでは、不意の事態に動けるかどうかが生死を分かつ境界線。そして果心は<銃坊>、否、杉谷善住坊道峻が言葉で騙して罠にかける様な人物で無い事に賭けた。

 そして、その結果、賭けに勝った。言ってしまえばそれだけの話だ。

「良おし!」

 ドオン、とくぐもった銃声が響く。無論、果心が動いた事を確認してからではとても無い早業で、即ち道峻も果心が動いてくれる事に賭けたということ。

(分の悪い賭けには違いない)

 しかし、戦場においては状況を見極め、動くべき時に動けた者に奇跡は訪れる。道峻の放った弾丸は自身の『因果妙』に従い「逃げようとした果心へと向かい」、しかし「果心やその守護を受けた者へは絶対に当たらない」為、弾丸はその体をギリギリに逸れる。

 結果、弾丸は果心を縛っていた術封じの巻物、それを擦り破いた。


「・・・いかん!」

 今だ状況が良く分かっていない義弼とは異なり流石の武蔵坊。足下にて動いた果心と道峻の言動から咄嗟に判断し捕まえるべく体を動かすが、その行動は一呼吸遅れた。

 それは確かに一呼吸に過ぎない。しかしそれは、巻物という枷から逃れた果心が術を見舞うには十分過ぎた。

「せい!」

 懐から取り出した符が宙を舞い、眼晦ましの閃光が<僧兵>と義弼を襲う。特に、捕まえようと果心の方へ手を伸ばし目を見開いていた<僧兵>にとって、それはまさしく眼前に太陽が現れた如くであった。

「む、くく!」

 真っ白に塗り潰された視界の先で爆発音が微かに聞こえる。

(あの方向は窓のあった方・・・であれば、次は)

「おお!?逃げた、逃げたぞ。ええい、待てえい!」

 <僧兵>より早く視界を取り戻した義弼が金切り声をあげ、果心の逃げた窓へと駆け寄ろうとしたその刹那、ギインと鈍い音が堂内へ響く。

「ひ、ひやぁ!」

 情けない悲鳴を上げてへたり込む義弼を庇うように前に立つと、<僧兵>は薄ぼんやりしたまま目でギンと睨みつけた。思った通り、その先からは人を食ったような声が届く。

「おーおー、やるねえ。まだ目は十分に見えてねえだろうに。容易く俺の弾丸を防ぐたあ・・・まったく、嫌になるねぇ畜生め」

「じゅ、<銃坊>!き、貴様ぁ裏切るのか、この孤を!」

「これはこれは依頼主様あ!なあに、依頼の内容に過誤が有りましたのでなあ。そう言った場合、俺は意趣返しとして、依頼人の意に添わぬよう動くようにしてんですよぉ」

 ヘラヘラと、されど殺意のこもった台詞に、<僧兵>は<銃坊>が本気で義弼を殺す気であると確信した。

「公方様、拙僧の後から動いてはなりませぬ事!<銃坊>から逃げると判断される動きをした場合、『因果妙』にて狙い過たず撃たれます故」

 「ひや」悲鳴をあげ、上げかけた腰を再びその場にしゃがみ込ませた義弼へ道峻は揶揄うような口ぶりで、

「馬鹿にしなさんさ、武蔵坊さん。そんな腰抜け阿保公方一人、『因果妙』なんて使わずとも、この距離で外しゃあしねえよ」

「あ、阿保じゃとおっ!能無しが言うに事欠いてえ!!<僧兵>やれ、やってしまえ!・・・あ、いや、殺すな。奴にはまだ利用価値がある、無力化せよ!」

「・・・・・・御意」

 あまりに悠長な義弼の命に、<僧兵>は内心臍を噛んだ。最早取り繕うのを止めたらしい<銃坊>の言葉遣いは下人のそれだが、その腕は折り紙付きだ。

(・・・捕まえよと言うなら、援護でも)

 最低限、せめて自分の身くらいは自身で守って欲しかった。しかし、義弼は背を向けて丸くなると忙しく術にて念話をしだす体当たらく。恐らく<唐琵琶>へ連絡しているのだろうが、少しは周りを見て欲しい。

「聞くだけ聞くぞ<銃坊>、如何なる了見の故?」

「なあに、気付いただけさね。俺にゃ元より忠義だ何だまどろっこしい、腕と相棒、それだけだってねえ」

 仕方なし。命令は命令だ、と意を決した<僧兵>が薙刀をぶんと揮う。自身の『因果妙』は刀にしか効かない。生きていた折には無かった代物、鉄砲相手に切り込むとは、<僧兵>にとって初めての事態。

「・・・ふん」

 ぶるりと身を震わすのは恐怖か、それとも武者震いか。

「やれやれ、薙刀でコイツに敵うとでも?悪い事は言わねえ、ソコをどいてくれませんかね。あんたもそこな阿保公方に、義理なんざ無いでしょうに」

「笑止!命令故殺しはせぬが、死ぬより酷い目にあってもらう事、<銃坊>!」


(―<唐琵琶>、<唐琵琶>!聞こえるか!―)

(―はぁい。どうしたの、そんな慌ててぇ?―)

(―果心が逃げた。捕まえろ―)

(―あらあら、男どももだらしの無いことねぇ―)

(―事の子細は捕まえた後にでも話してやる!兎に角、急げ!―)

 何時もならば噛みついてこよう皮肉にかかずらわない様子から、余程に余裕が無いのだろう。

(―ふぅん、<狂者>の援護はいいのねぇ?―)

(―それよりも果心だ、急げ!!―)

(―あらそぉ。でも妾、捜索なんて、ねぇ。それに・・・―)

 <唐琵琶>の言葉が終わるより早く、ブツと念話が途切れた。急いているのかおちおち話していられない事態になったか、それとも両方か。「まあいいわぁ」と独りごち<唐琵琶>は干戈を交える<狂者>たちを背にして走り出した。

 そう、彼女は続けようとした。

「<狂者>さん、苦戦しているようだけれど、いいのぉ?」と。

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