第6話 闇夜の襲撃
ホーホーと梟の囀る闇夜の中。横になる主たちを尻目に泣丸はまんじりともせず、ただじっと空気と一体化したように座っていた。
行動は明日からと決したものの、既に此処は敵地である。
「だのに、全員で馬鹿みたいに惰眠を貪る訳にもいかぬのう」
「馬鹿みたいに、は余計だが・・・まあ、そうだな」
そんなやり取りの結果、それぞれが交代で寝ずの番をすることになった。もっとも、泣丸としては死闘で疲労の色の濃い主や、夜が明けて出立する前に付術をしてもらう予定の果心を起こす気はサラサラ無い。いまだ役立たずの自分が夜を明かし、2人には万全の体調となって貰う心算だ。
「・・・む?」
のであるが・・・。
「のう、のう泣丸とやら」
窓のそばで様子を伺う泣丸に、何を思ってか隣の間で横になった筈の果心が殺した声を掛けてきたのだ。
「・・・未だ、交代まではかなりありますな。明日に障りますので、早くお休みあれ」
普段のやり取りは兎も角、敵地とあれば泣丸も非情である。しかし、そんなことは知ったことかと言わんばかりに果心は退くどころか、するりと泣丸の傍ににじり寄って来る始末。
「面白く無い事を言うでない。なに、少し聞きたいことがあっての。お主の主、四郎丸についてじゃ」
ふむ、と泣丸が四郎丸へ気をやると、幸いにもと言うべきか。流石に驚きの連続だったのが堪えたようで、このやり取りにも目を覚ますことなく横になっている様子。
対して果心。声音から判断するに、差し込む月明かりの下で目を爛々と輝かせているのが容易に想像がつく。とても、このまま何も聞かずに退くような様子は無い。
(明日に響いては元も子も無い・・・か)
仕方なし、と泣丸は心の中で主に詫びつつ渋々と口を開いた。
「仕方ありませんな、飽く迄答えられる範囲で、ですぞ。しかし・・・ある程度は天海僧正より聞き及んでおいででは?」
「うむ。羽柴の茶坊主の孫、という事は聞いておる。そして、兄が津軽で重鎮という事もな。じゃがなあ泣丸よ、先程の四郎丸の身のこなし、あれは武家のものでは無かろう。むしろ忍びの動きに近かったと見える、如何じゃ」
ほう、と泣丸は感嘆の息を漏らした。あの短時間の、それもあの一方的な戦いでそこまで推察出来ようとは。
「御慧眼、真にその通りで。四郎丸様の兄上が早道之者を統括しておられるからでしょう、幼少より主殿は郷へ預けられておいででして」
実際の理由は少し異なるのだが、主たる四郎丸すら知らぬそんなことまで、赤裸々に語る気は泣丸には無い。
「まあ、なにせ子供ですから。郷の童たちと野山を駆けたり修行の真似事をしたりとする内にあの通り。加えて筋が良いもので、すっかり大人衆も面白くなって・・・とまあそういった次第にて」
「なるほどの。では、お主と四郎丸もその頃からの付き合いかの?」
「いえ。私と主殿は齢が五つも離れておりますので左程でも。その時分は寧ろ、大人衆が面白がって稽古をつけておるのを苦々しく見ていたくらいで」
「ほう、では何故?国元の命でかの」
そう、果心が何気なく続けると泣丸は口ごもり、途端にしんと空気が冷えたように感じた。
「・・・・・・その話をするのであれば。・・・その前に、天海僧正より拙者の事は、何か?」
「いや、何も。すまん、聞いてはならんかったかの」
申し訳ないと果心が頭を下げた為、泣丸は慌てて「いえいえ」と否定の意を込めて手をひらひらと振った。
「お止め下され。ただそのことを話すには自身の恥を話さねばなりませんので、どう話したものかと・・・なに、それほど変わった話ではありませんが」
そう言いつつ、泣丸のもごもごと少し口ごもる様子に、流石の果心も空気を読む。
「・・・いや、別に言いたく無ければ・・・」
「いえ・・・言わせて下され。かつて、もう何年になりましょうか。・・・拙者が任務に失敗、いや正確には任務は成したのですが、離脱にしくじりましてな。捕らえられて拷問を受け、体中二目と見れぬ有様になりまして。面構えなどもこの通り」
面を外して見せれば、それは百戦錬磨の松永久秀をして尚、正視に耐えぬものだったらしい。微かだが「うっ」と息を呑む音が聞こえた。
「仕舞っておけ、見世物では無かろう。いや、よい。もうよいぞ。言わんでよい」
「ここまで言えばもう同じにて。で、何とか郷へは戻れましたが、この顔に加えて仲間内からは『生き恥を晒した』と排斥されましてな」
然もありなん、と小さく果心は呟いた。どんな理由があろうとも、敵の手に落ちた忍びの扱いなぞ知れたものだ。
「そんな失意の中に居た拙者でしたが。主殿が御用向きとして上野の飛び地へ向かわれる際に、忍びの供が要るとの仰せがありまして」
「なるほど、汚名返上、と」
「まあ、そんな話で」
これも実際は少し違うのだが、それを話していては長くなることだし、大意は同じ。まあ良かろう。
「成程のう・・・・・・ん?待て待て。大人しく聞いておったが、後半の殆どはお主の話ではなかったか?」
「はは、その通り」
ほほほ、と口を窄めたような笑い方をする泣丸に、
「むう・・・汚いのう。流石忍者、汚い」
そう言って果心は恨めしい視線を送るが、拗ねた小娘のような視線なぞ泣丸にとって恐るるに足らずだ。
「忍びに卑怯は褒め言葉にて。そんなことより・・・さて主殿、起きておいでですね」
「応」
声かけにそう応えた四郎丸はむくりと起き上がり、果心は飛び上がる程驚き、泣丸は愉快そうに頬を緩めた。
「な、ななな!お、お主、いつからじゃ!」
「・・・泣丸が面を外した辺りかな。それより果心、しゃんとしろよ」
いつから起きていたのか。その顔は既にしゃんと直っており、目の輝きも爛々と覚醒していた。そしてその視線は果心の頭上を通り過ぎて泣丸へと一旦向かい、そしてそのまま、窓の外へと注がれる。
「泣丸、敵襲だな」
「左様で」
しゅるり、しゅるり、ふしゅるり
「臭ウ、臭ウゾォ・・・石佐ノ臭イダァ・・・」
しゅるり、しゅるり、ふしゅるり
その言葉を受け果心が探索の術を張ってみれば、確かにこちらへ近づく気が2つ、微弱ながら感じとれた。
「これが分かったのか・・・。なんとまあ」
「森が騒がしゅう御座いましてな。しかし、主殿が気付いておられたのは意外でしたな」
「いや、何だか嫌な心地がしてな。狙われているような、覗かれているような、うーん」
頭を掻きつつそう言うも気配が落ち着かないのか四郎丸は首の後ろをしきりに摩る。
「しかし困ったのう。敵地とは言え、まさかこれ程手回しが早いとは思っておらなんだわ。泣丸の武具への付術が出来ておらぬし儂は眠いし、流石に手に余るかのう・・・」
「おいおい。まあ、果心の睡魔は捨てておくとしても」
「おい」
「俺意外に打ち手が無い、というのは不安だな・・・よし、泣丸はこの脇差を使え」
そう言って、四郎丸はポンと石田正宗の脇差を泣丸へと投げ渡した。
「よ、宜しいので?」
「俺は二天一流じゃ無いからな。一本差しだと少々不格好だが、まあよかろう。具足を着けている猶予は・・・無さそうだな、出るぞ!」
間一髪とは正にこの事。全員が戸口より飛び出したその刹那、轟音と共に屋根が抜け、異形の武士が眼前へ姿を現した。
「ふう、危ない危ない。ああ!酒が!」
「気を抜くな、来るぞ!」
廃屋と化した屋敷へ伸ばす果心の手をピシャリと打つと、轟音の轟いた方をキッと見つめる。
四郎丸の言の通り、もうもうと立ち上る煙を抜けて、ずしゃりずしゃりと此方へ向かう足音が1つ。常人なら両足の骨が砕けん程の衝撃だったろうが、式霊とやらには物の数では無いらしい。
しゅるり、ふしゅるりとまるで蛇の様な耳障りな呼吸音をあげるソレは、縦横に走る刀傷が目立つ顔をこちらへ向け、それこそ悪鬼の様な表情でニヤリと笑った。
「カカ、カカカ、カカカカカ。来タ、見タ、見付ケタァ!」
石佐ァ!と怒気と歓喜がない交ぜになったような声で喚くソレはしかし、狙い過たず一心に四郎丸を睨みつけていた。
「お主、知り合いか?」
「生憎と・・・おわ!?」
瞬間、一気に跳躍したソレは四郎丸が構えをとる暇も無い程迅速に、腕を振りかぶり眼前へと迫っていた。
「避けよ!」
「っつ!応」
その声に応じて四郎丸が間一髪、大きく飛び退くと、眼前に広がった爆発がソレを吹き飛ばす。流石は自爆で有名な松永久秀、術も爆破が上得意らしい。
しかし派手に民家の残骸へ叩きつけられた様に見えたソレは、どうやら咄嗟に受け身を取ったらしく、何事も無かったかのようにふらりと立ち上がる。受け身といい先の動きといい、化物めいた見かけとは裏腹に武芸の心得も人並み以上にあるようだ。
「カア、カアッカカカカカカカア!」
そして、その痛みも心地よいと言わんばかりの高笑いの後、ベロリと長い舌で月明かりで光る刃を舐る。手甲へ据え付けられているそれはギラリと鈍く輝いており、具足無しの今、先ほどの一撃をまともに貰っていれば間違いなく四郎丸の命は無かっただろう。
「すまん、助かった」
「よいよい。・・・しかし、何とも頑丈な。お主、呼ばれておったが本当に知り合いでは無いのかの?」
「重ねて問われても知らん。例えそうだとしても、あんな知り合いは御免被る」
「しかし主殿、ここは一先ず」
そう言って、泣丸が取り出した閃光玉を投げようとするのを四郎丸は「待て」と押し留める。
「逃げる前に、俺に考えがある」
そう前置きし、ひそひそと口寄せるように紡がれた『考え』を聞くと泣丸は静かに頷き、
「なんと・・・」
果心は危ぶむような声を漏らしたが、直ぐにコクリと頷いた。
「なら、その方策で、そのあとは流れだ。一旦逃げるぞ、泣丸!」
「では、お目を拝借!」
瞬間、4者の周囲は光と白煙に包まれた。
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