第7話 闇夜の襲撃
時刻は草木も眠る丑三つ時、には早い時間帯。横になる主たちを尻目に泣丸はまんじりともせず、ただじっと空気と一体化したように座っていた。
元より住む人を失くした集落であるから当たり前ではあるが、神経を周囲への警戒に回す彼の耳には、暗夜の中でホーホーと梟の囀る鳴き声のみが聞こえてきている。
「行軍は明日からじゃが、既に此処は敵地である。だのに、全員で馬鹿みたいに惰眠を貪る訳にはいかぬじゃろう」
「馬鹿みたいに、は余計だが・・・まあ、そうだな」
「然り、然り。道理ですな」
そんな満場一致の採決の結果、それぞれが3交代で寝ずの番をすることになった。先ずは泣丸、次いで四郎丸、そして明けるまでが果心という順序だ。
もっとも、泣丸としては先立っての死闘で疲労の色の濃い主を起こす気はサラサラ無い。果心にしても夜が明けて出立する前に付術をしてもらう予定であるから、寝坊は許さずとも気の済むまで寝かせる算段をしていた。そうして、いまだ役立たずの自分が寝ずの番を務めることで、2人には万全の体調となって貰う心算だった。
「・・・む?」
そう、『だった』だったのであるが・・・。
「のう、のう泣丸とやら」
何故か。窓のそばで目を瞑り休息を取りながら様子を伺う泣丸に、何を思ってか隣の間で横になった筈の果心が、殺した声を掛けてきたのだ。
「・・・未だ、交代まではかなりありますな。明日に障りますので、早くお休みあれ」
普段のやり取りは兎も角、敵地とあれば泣丸も非情である。語りかけてきた声をすげなく退け窘める。
しかし、そんなことは知ったことかと言わんばかりに。果心は素直に寝床へと退くどころか、するりと泣丸の傍ににじり寄って来る始末だ。
「これこれ、その風体で面白く無い事を言うでない。なに、少し聞きたいことがあっての」
「・・・・・・何でしょう」
「そう警戒するでない。他事では無し、お主の主、四郎丸についてじゃ」
ふむ、と泣丸が四郎丸へ気をやると、幸いにもと言うべきか。流石に驚きの連続だったのが体にも心にもそれなりに堪えたようで、このやり取りにも目を覚ますことなく横になっている様子。
対して、この果心居士を名乗る少女である。声音から判断するに控えめな台詞とは裏腹に、差し込む月明かりの下で目を爛々と輝かせているのが容易に想像がつく。とても、このまま何も聞かずに大人しく退くような様子ではない。
(明日に響いては元も子も無い・・・か)
仕方なし、と泣丸は心の中で主に詫びつつ渋々と口を開いた。
「仕方ありませんな、飽く迄答えられる範囲で、ですぞ。しかし・・・ある程度は天海僧正より聞き及んでおいででは?」
「うむ。羽柴の茶坊主の孫、という事は聞いておる。そして、兄が津軽で重鎮という事もな。じゃがなあ泣丸よ、先程の四郎丸の身のこなし、あれは武家のものでは無かろう。むしろ忍びの動きに近かったと見える、如何じゃ?」
ほう、と泣丸は感嘆の息を漏らした。あの短時間の、それもあの一方的な戦いで、所見でそこまでの推察が出来ようとは。
「御慧眼、真にその通りで。四郎丸様の兄上が早道之者を統括しておられるからでしょう。幼少より、主殿は我らの郷へ預けられておいででして」
もっとも、預けられていた実際の理由はそれとは少し異なるのだが、主たる四郎丸すら知らぬそんなことまで、赤裸々に語る気は無かった。
「そうかの。しかし、預けられたとは言え忍びらしい身のこなしまで習得するとは、武家の子息としては珍しいのう」
「まあ、習得と申しても、なにせ子供のことですから。特段身を入れて修行に挑んだという訳ではなし、郷の童たちと野山を駆けたり修行の真似事をしたりとする内にあの通り。加えて筋が良いもので、すっかり大人衆も面白くなって・・・とまあそういった次第ですな」
「成程の。では、お主と四郎丸もその頃からの付き合いかの?」
「いえ。私と主殿は齢が五つも離れておりますので左程でも。その時分は寧ろ、大人衆が面白がって稽古をつけておるのを、傍から苦々しく見ていたくらいで」
「ほう、では何故?国元の命でかの」
そう、果心が何気なく続けると泣丸は口ごもり、途端にしんと空気が冷えたように感じた。
「・・・・・・その話をするのであれば」
「む?」
「・・・その前に、天海僧正より拙者の事は、何か?」
「いや、何も。すまん、聞いてはならんかったかの」
申し訳ないと果心が頭を下げた為、泣丸は慌てて「いえいえ」と否定の意を込めて手をひらひらと振った。
「お止め下され。ただ・・・そのことを話すには先ず、自身の恥を晒さねばなりませぬので、どう話したものかと・・・なに、それほど変わった話ではありませんが」
そう言いつつ、泣丸のもごもごと少し口ごもる様子に、流石の果心も空気を読んで嘴を挟む。
「いや、別に言いたく無いのなら・・・」
「いえ、ここまで申せば同じ事。言わせて下され。かつて、もう何年になりましょうか」
泣丸はそう言って1本、2本と、まるで懐かしむように指を折って数える。
「・・・拙者が任務に失敗、いや正確には任務は成したのですが、離脱にしくじりましてな」
「・・・ほう」
「そうなった間者の行く末など、果心殿も御存じでしょう。捕らえられて拷問を受け、体中二目と見れぬ有様になりました。面構えなども・・・これ、この通りに」
面を外して見せれば、それは百戦錬磨の松永久秀をして尚、正視に耐えぬものだったらしい。暗闇の中に微かだが、「うっ」と息を呑む音が聞こえた。
「・・・仕舞っておけ、見世物では無かろう」
はい、と泣丸は頷いて面を着け直した。
「それでですな、そこより・・・」
「いや、よい。もうよいぞ。儂が悪かった、言わんでよい」
「はっは。なあに、ここまで言ってしまえば、ここで止めようと既にもう同じにて。それでまあ、処される前に逃げ出して、何とか郷へは戻れましたが・・・この顔に加え、仲間内からは『生き恥を晒した』と排斥されましてな」
然もありなん、と小さく果心は呟いた。どんな理由があろうとも、敵の手に落ちた忍びの扱いなぞ知れたものだ。
「後は、せめてどこぞの女子と子を生して才覚を受け継がせるだけの生き人形として生きるのみ、と。そのような失意の中に居た拙者でしたが・・・」
「が?」
「有難いことに、四郎丸様が御用向きとして上野の飛び地へ向かわれる際に、忍びの供が要るとの仰せがありましてな。」
「なるほど、汚名返上、と」
「まあ、そんな話で。そうして、これまで付き従ってきたという次第にて御座います」
これも実際は少し違うのだが、それを話していては長くなることだし、大意は同じ。まあ良かろう。
「人に歴史あり、じゃな。成程のう・・・・・・んん?」
「はて、どうされました?」
「待て、待て待て泣丸よ。大人しく聞いておれば確かに琴線に触れる話ではあったがの。じゃが、後半の殆どはお主の話ではなかったかの?」
「はは、その通り」
ほほほ、と口を窄めたような笑い方をする泣丸に、
「むう・・・汚いのう。流石忍者、汚い」
そう言って果心は恨めしい視線を送るが、スッカリと彼に引け目を感じて拗ねた小娘のようなものしか送れない視線なぞ、今の泣丸にとっては恐るるに足らずだ。
「忍びに卑怯は褒め言葉にて。そんなことより・・・さて主殿、起きておいでですね」
「応」
声かけにそう応えた四郎丸はむくりと起き上がり、果心は飛び上がる程驚き、泣丸は愉快そうに頬を緩めた。
「な、ななな!お、お主、いつからじゃ!」
「いつからと問われれば、そうだな・・・・・・泣丸が、面を外した辺りかな。それより果心、しゃんとしろよ」
いつから起きていたのか。その顔は既にしゃんと直っており、目の輝きも爛々と覚醒していた。そしてその視線は果心の頭上を通り過ぎて泣丸へと一旦向かい、そしてそのまま、窓の外へと注がれる。
「泣丸、敵襲だな」
「左様で」
しゅるり、しゅるり、ふしゅるり
「臭ウ、臭ウゾォ・・・石佐ノ臭イダァ・・・」
しゅるり、しゅるり、ふしゅるり
「ふむ・・・確かに来よるの」
その言葉を受け果心が探索の術を張ってみれば、確かにこちらへ近づく気が2つ、微弱ながら感じとれた。
「じゃが、これが分かったのか・・・。なんとまあ」
「なに、森が騒がしゅう御座いましてな。しかし・・・起きておりました拙者は兎も角、主殿まで気付いておられたのは意外でしたな」
「・・・いや、何だか嫌な心地がしてな。狙われているような、覗かれているような、うーん、分からん」
頭を掻きつつそう言うも気配が落ち着かないのか四郎丸は首の後ろをしきりに摩る。
「しかし・・・困ったのう。敵地とは言え、まさかこれ程手回しが早いとは、流石の儂も思っておらなんだわ」
「拙いのか?」
「拙いの。泣丸の武具への付術が出来ておらぬし儂は眠い。奇襲を受くるは愚か者と申せど、確かに受ける側となれば気が急くものじゃなあ」
「おいおい。・・・まあ、果心の睡魔は捨てておくとしても、だ」
「おい」
ブスリ、と据えた目を向ける果心を無視して、四郎丸は泣丸へと向き直ると、
「俺意外に打ち手が無い、というのは不安だからな。泣丸、この脇差を使え」
そう言って、四郎丸はポンと腰に差してあった石田正宗の脇差を鞘ごと引き抜くと、泣丸へと投げ渡した。
「よ、宜しいので?」
「ああ。俺は二天一流じゃ無いからな、無くても何とかなる。確かに一本差しだと少々不格好だが・・・まあ、よかろう。それと、具足を着けている猶予は・・・ん。無さそうだな、出るぞ!」
間一髪とは、正にこの事か。全員が戸口より飛び出したその刹那、轟音と共に屋根が抜け、異形の武士が眼前へ姿を現したのだ。
「ふう、危ない危ない。・・・と、ああ!酒が、儂の酒が!」
「気を抜くな、来るぞ!」
廃屋と化した屋敷へ伸ばす果心の手をピシャリと打つと、轟音の轟いた方をキッと見つめる。
四郎丸の言の通り、もうもうと立ち上る煙を抜けて、ずしゃりずしゃりと此方へ向かう足音が1つ。常人なら両足の骨が砕けん程の衝撃であろうが、式霊とやらには物の数では無いらしい。
しゅるり、ふしゅるりと、まるで蛇の様な耳障りな呼吸音をあげるソレは、縦横に走る刀傷が目立つ顔をこちらへ向け、それこそ悪鬼の様な表情でニヤリと笑った。
「カカ、カカカ、カカカカカ。来タ、見タ、見付ケタァ!」
石佐ァ!と怒気と歓喜がない交ぜになったような声で喚くソレはしかし、狙い過たず一心に四郎丸を睨みつけていた。
「お主、知り合いか?」
「生憎と・・・おわ!?」
瞬間、一気に跳躍したソレは四郎丸が構えをとる暇も無い程迅速に、腕を振りかぶり眼前へと迫っていた。
「避けよ!」
「っつ!応」
その声に応じて四郎丸が間一髪、大きく飛び退くと、眼前に広がった爆発がソレを吹き飛ばす。流石は自爆で有名な松永久秀、術も爆破が上得意らしい。
しかし派手に民家の残骸へ叩きつけられた様に見えたソレは、どうやら咄嗟に受け身を取ったらしく、何事も無かったかのようにふらりと立ち上がる。受け身といい先の動きといい、化物めいた見かけとは裏腹に武芸の心得も人並み以上にあるようだ。
「カア、カアッカカカカカカカア!」
そして、その痛みも心地よいと言わんばかりの高笑いの後、ベロリと長い舌で月明かりで光る刃を舐る。手甲へ据え付けられているそれはギラリと鈍く輝いており、具足無しの今、先ほどの一撃をまともに貰っていれば間違いなく四郎丸の命は無かっただろう。
「すまん、助かった」
「よいよい。・・・しかし、何とも頑丈な。お主、呼ばれておったが本当に知り合いでは無いのかの?」
「重ねて問われても知らん。それに、例えそうだったとしても、あんな知り合いは御免被る」
「しかし主殿、ここは一先ず」
そう言って、泣丸が取り出した閃光玉を投げようとするのを四郎丸は「待て」と押し留める。
「逃げる前に、俺に考えがある」
そう前置きし、ひそひそと口寄せるように紡がれた『考え』を聞くと泣丸は静かに頷き、
「なんと・・・」
果心は危ぶむような声を漏らしたが、直ぐにコクリと頷いた。
「なら、その方策で、そのあとは流れだ。一旦逃げるぞ、泣丸!」
「では、お目を拝借!」
瞬間、4者の周囲は光と白煙に包まれた。
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