第5話 師承教授

「ふう。善哉、善哉、余は満足じゃ・・・すやあ」

「寝るな!教えてもらわねばならん事が多々ある、しゃんとしろ!」

 満腹とばかりにゴロンと寝転がる果心に対して、苛立たし気に火の消えた囲炉裏を火箸でガシガシ小突きつつ怒鳴る四郎丸。

(遊ばれておりますのう、主殿)

 残念ながら、そう思いながら生暖かい目で見る泣丸の目線は面で隠され、誰も窺い知ることは出来ない。

「うみゅう・・・何じゃのう」

 ぐしぐしと目を擦りつつ、不承不承起き上がる様は増々百年以上生きる術士には見えない。

「で、だ。先ず式霊とは何だ?式神とは違うのか?」

 が、最早その程度で態度を変えるほど、四郎丸も迂闊では無いようで。発する言葉は苛立ち交じりなれど、そこに軽んじる響きは毫ほども無い。

「原理としては同じじゃ。違いとしては・・・式神が低級の鬼神やあやかしを依代に憑依させて使役するのに対し、式霊は死した人間の魂を遷現せんげんし、憑依させて使役するところじゃな」

「ほう!かつて蒙古の役の際に対馬にて、死した侍が生き返り島に蔓延る蒙古勢を闇討ちして回ったとの風説がありますが、それに近いものでしょうかな」

「それは知らん。まあ、南蛮人の言う『ねくろまんしい』じゃったか?そういう類に近しいらしいの。ただ、なにせ人の魂を呼び起こす訳じゃからの、その辺の妖を使うのとは訳が違う」

「ふうむ、詳しく教えて頂けますかな」

 興味を引かれたか、泣丸がついと膝を出した。その勢いに、自称不老長寿の果心もつい気圧される。

「おおう、そうじゃな・・・なに、難しい話では無い。死した人の魂と言うのは得てして祟るものじゃ。よほどの人格者の霊なら兎も角、大方は悪霊と思うて良い。ここまでは良いかの?」

 その問いに、すっかり教えを受ける弟子のような立場になった2人は黙って頷いた。それを見て果心も「うむ」と鷹揚に頷くと、どこからか出した木の棒を弄びつつ、説明を続けた。

「よって、そんな悪霊じゃ。何らかの手管無しに、大人しく呼んだ術士に従うことはありえんし、最悪呼んだ術士を祟りかねん」

「まあ・・・道理か?だが、さっきのは」

「無論、先程くらいのモドキに近い雑霊であれば使役に支障は無い。が、逆を言えば、あれくらいなら式神で良いということになる。つまりは塩梅の問題じゃな」

 それ程に、人の想いと言うのは重いのじゃ。そう淡々と語る果心の表情の暗さと重さに、四郎丸は初めてこの少女のことが年上に思えた。

「ふうん・・・しかし、その上で敢えて式霊を使うということは、だ。式霊には式神には無い何らかの利点がある、と言うことか?」

 その問いに、果心は「良い質問じゃ」と言わんばかりにピシリと手に持つ木の棒で床を叩いた。

「うむ。まず、式神と異なり呼び出されるのは専ら意識を持った人間じゃ。ただの手駒でなく配下として使う気で、且つ従えられるとならば、それはただ1柱の式神を使役する以上の戦力になろうもの。数が揃えられれば、死者の軍勢とも言えようかの」

 死者の軍勢。その響きで先ほど自分たちが戦ったモノの異質さを思い出し、四郎丸たちはゾクリと身を震わした。

「また遷現出来る、ということは輪廻の先、仏の御許へと召されてはおらぬということでな。即ち、その霊の魂は、現世に何らかの未練を残しておるということじゃ」

「成程。つまり、その未練に従う形か未練を果たさせる形か、いずれにせよその式霊の欲する方向に誘導してやれば、操縦も容易と?」

 再び、パチンと床を打つ。どうやら、この仕草が教えを乞う者が良い回答をした際の、果心の癖のようだ。

「そうじゃ泣丸。加えて、その霊についての伝説や市井で語られ人口に膾炙した逸話が作用することで、その魂が説話にて語られるモノへと変節することもある。道真公や後鳥羽院、果ては崇徳院などを例に考えれば分かり易いかの」

「成程な」

 確かに彼の人たちが死後、本当に天災や疫病なんかをもたらしたのかは定かでは無い。が、後の世の人々が『それを為した』と信じ、実際『それが起こった』のならば、彼の人たちが式霊となれば『それが出来る』のも道理いうことらしい。若干、屁理屈のようにも感じるが、少なくとも論理的な破綻は無い。

「つまり、そういった逸話なんかを持つ故人の魂を呼んで式霊とすれば、それに見合った能力やら異能を持つ。そういうことか」

「その通り、界隈では『因果妙いんがみょう』と言うてな。敏いのう四郎丸」

「まあな、っておい止めろ、頭を撫でようとするな」

 いい子いい子、としようとした手を無下に払われた果心は無念そうに手を擦ると、

「・・・減るモノで無し、良いではないか」

 そう、不満そうに頬を膨らませた。

「しかし、それが事実とあれば・・・何とも恐ろしい話で。彼の『飛び加藤』やら『飛騨の朱面頬』などが相手に居るかと思うだけで拙者、身の震えが止まりませぬ」

「・・・まあ、目当ての魂を都合よく遷現することは、生半には出来ぬがの。・・・待て、そもそも『飛び加藤』は兎も角『朱面頬』とは誰じゃ?」

「おや?ご存じありませんかな」

 そう、虚ろな面の奥でからりと嘯く泣丸は兎も角として。特異な能力を持った死者の軍勢と、いささか現実離れした話に思考が追いつかぬ四郎丸だったが、

「待てよ、確かに先程のはその式霊とやらかもしれんがな。敵がそれを使役しているとは、まだ限らんのじゃ無いのか?」

 そう、ハタと気付いた。しかし、果心はフルフルと首を振ると、それを否定する。

「確かにお主の言う通り、確証は無い。じゃが、遷現の儀式はいささか以上に特殊な術式を用いる必要があるのじゃ。先に言うたようにあの程度の、それこそ式神と同程度の式霊で良いのなら」

「それほどの手間を掛けてまで、わざわざ遷現する必要は無い。つまり、あの雑兵どもは本命を呼び出したついで、ないし習作の様なものであると」

 後を継いでそう述べた泣丸の言葉を、果心はコクリと首肯した。

「確証は無いが、まあ、そう考える方が筋は通る。そういうことじゃな。もっとも、儂ほどの腕を持つ術士なら話は別じゃがの」

 そんな果心の自慢話は耳に入らず何処へやら。説明を聞いて四郎丸は怒りで臓腑がむかむかするのを感じた。由井正雪というのが何処の誰か知らないが、死した魂とは仏の御許へ召されるか、少なくとも冥府にて眠らせておくべき代物だ。それを我欲で現世へ呼び起こし、下らぬ目的の為に使役しているというのなら、

「・・・それは、先達への侮辱だ」

 そう、絞り出すよう呟かれた言葉には、流石の果心も茶々を入れる気にはならなかった。


「ところで果心殿、肝心要の由井正雪とやらについては何か知りませぬか?そこまで大規模な術を行使できるなら、さぞかし名の知れた術士でしょうに」

「・・・それがな、禁裏守護やら五山やらにも使いを出したが、とんと分からぬとの返事じゃ。なんでも各地を放浪し、四国の霊山にて術を極めたとか申しておったそうじゃがな。・・・三好の伝手でも聞いた事の無い男であるし、本当かどうか分からん」

 そう切り捨てるように言う果心の表情は苦み走っており、分からない事への無念のほどが伺える。

「・・・そう言えば果心、さっき『敵は先右府では無い』と言ったな。先右府、つまり彼の織田信長のことだと思うが、何故そう思うんだ?今の話だと、敵の正体は分からないんじゃ」

「まあの。ただ・・・」

 そう、苦み走った表情のまま、

「ただ、あの男ならこんな戦ぶりはせぬ。目的は分からぬが仮に敵の首班があの男なら、こんなただ待ち受けるだけ、配下を動かすだけの、無様な戦はな。手勢が少なければ少ない程、素早く決し自分から動く。あ奴はそう言う男じゃった」

 つまりは、ただの勘じゃ。そう言い切った果心に、泣丸が思わず関心の息を漏らす。

「成程。流石は共に江州大樹を担ぎ上げたお歴々、良く御存知で」

「まあの」

 しかし、一応は褒められたにもかかわらず、果心の頬はブスリと膨らんだまま。よっぽどその信長のことを理解していたのが悔しいのか、「止め」とばかりにパンと柏手を打つと、

「それとの・・・儂も使いを出して初めて聞いたのじゃが、京の連中も独自に追捕の術士を出したと言っておったぞ」

 そう、露骨に話題を変えた。しかし、その内容が聞いた事の無い話だったから、四郎丸も泣丸もそこには茶々を入れず、それどころか真剣な顔でついと膝をつき出す。

「それは俺も聞いてないな。いつの話だ?」

「儂が大和にて情報を集めておった頃じゃから・・・時間としてはずいぶん経つのう」

「であれば、少なくとも七日は経っていましょうか。それで、その者たちは?」

「敵も儂らもこうしてここにおる、それが全てじゃろう」

 つまり、京都からの術士は全滅したということだ。

「恐らく儂がワザワザ呼び出されたのも、それが影響してよう。先右府が叡山を荒らしたせいで、京の守護はカツカツの状態じゃからな。これ以上の浪費は許されん、ということじゃろうて」

「・・・つまり、少なくとも敵の手勢は一廉の術士たちをあしらえるほどの力、と。それはそれは・・・困りましたな。主殿は兎も角として、拙者は霊を倒せるような武具は持っておりませんで」

 そう言いつつバリバリと頭を掻き回す泣丸の声こそ変わらぬ調子だが、その仕草は彼が本当に困った時にする仕草。忍びとして、何より従者として無力であることの無念が伺える。

「ああ、先程の奴らか?あれは式霊としては低級も低級、幽霊みたいなものじゃしな」

 その言葉に頭を掻く音は止み、クイと泣丸の面が表を向く。

「本命は異なると?」

「少なくとも、儂の脅威足りうるくらいの式霊であれば、それなりの依代を用意せねばならぬ。痛打となるかは兎も角、透過するということは無い筈じゃが・・・まあ、どうしてもとあれば儂がなんとかしよう」

「そんな簡単に出来るものなのか?」

 あまりにも簡単に出された申し出に、思わず四郎丸は目を剥いた。

「四郎丸のその太刀程に強力な付術は流石に無理じゃがの。並みの式霊相手に致命の傷を負わせられる位の付術なら、お茶の子さいさいじゃ」

 その申し出に、泣丸は姿勢を正座から胡坐に改めると深々と頭を下げた。

「では、是非ともお願いしたく。敵に対して、致命の手段が無いでは従者の名が廃ります」

「俺からも礼を言う。助かった」

 そう言って四郎丸も倣って頭を下げると、今度は果心が慌てたようにワタワタと両手を振るう。

「止めよ、止めよ。こそばゆいわい!」

「これは失敬。・・・して、夜も更けて参りましたな。今宵は此処で夜を明かし、明朝より行動開始と参りましょう。果心殿も、それで宜しいですな」

 気付けば、説明に夢中になり過ぎたか外はすっかり漆黒の帳の中。2人がコクリと首肯したのを確認した泣丸が灯台の火を吹き消すと、途端に室内は真っ暗に落ちる。そして、その真っ暗になった室内で四郎丸は1つの考えに思い至り、それが現実にならぬよう祈った。

 どうか、どうか祖父が式霊として、由井正雪方に呼ばれておりませんように、と。

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