閑話   光が強すぎて進むべき道が見えない

 ソレイユがその発想に至ったのは、ザインに完膚なきまでに負けてから三日後のことだった。

 ソレイユはザインとカロンを追いながら、あの無数の影の手をどう攻略すればいいか考えていた。

 真っ先に考えたのは手数を増やすことだ。圧倒的な手数に手数で対抗するというのは無謀に思えるかもしれないが、決して間違った発想ではない。

 そもそも、いくらザインの手数が圧倒的でも、一度に対する数には限りがある。前後左右上下――それらの組み合わせの最大が限界だ。つまり、それをどれだけ早く防げるか、を考えればいい。

 手数を増やすと一口に言っても、そのやり方にはいくつかある。

 一つはより速くすることだ。

 例えば、ソレイユはザインとの諍いで剣を使ったが、これを短剣にするだけで動きを速くできるはずだ。

 ソレイユもまずはこれを試してみた。

「光武創製――ショートソード」

 光が手の中に集まり、短剣を形作る。

 これはラプラスに与えられた使徒の力だ。光を束ね、武具を創り出す。ちなみに魔力は必要ない。ソレイユは創り出した武具の中に、魔力で一回り小さな武具も創り出して使用している。

 もちろん、短剣の中にも創り出し、軽く振ってみる。

「――ふむ……確かに速くはなったが……」

 遅い。

 あの無数の影の手を全て叩き落とすには足りない。

 もっと小さくすべきだろう。

「光武創製――ナイフ」

 光が束なり、ナイフを形作る。そして軽く振ってみる。

「うぅむ……軽いな……」

 もちろん、光に重さなどあるはずもない。この場合の重さとは空気抵抗の重さだ。

 普段、剣を使っているソレイユにとって、ナイフの刃渡りは短すぎた。確かに速くはあるのだが、どうにもしっくりこない。

「大きくしては先ほどと同じだし……数を増やすか」

 光武創製――ナイフ×三。

 光のナイフを一本ずつ指の間に挟み、再び振ってみる。

「しっくりはくるが……」

 遅い。

 物理的に遅いわけではなく、単純に準備に時間がかかりすぎる。一本一本ナイフを指の間に挟む時間があまりにももったいない。ソレイユならその間に三度は剣を振れる。

「どうしたものか……」

 その時、ソレイユはふとカロンのことを思い出した。

 ナイフ三本を指の間に一本ずつ挟んだ状態は、カロンの大爪手甲に似ているな――と。

 師匠と弟子は似るものだが、まさか弟子の発想に似たものを師匠が発想するとは。

「……いや、待てよ……?」

 創製の光は光を媒介に武具を創り出す力だ。

 武器ではなく、武具。同じように思えて、実のところこの二つには明確な違いがある。

「光武創製――シールド」

 光が束なり、円形の盾を形作る。

 そう、武具には防具も含まれているのだ。そして防具と言うからには、当然、籠手も含まれている。

「光武創製――ガントレット」

 魔力を流すのと同じ感覚で、腕全体を覆うように使徒の力を展開していく。

「……! できた……が……」

 少々てこずったが、二秒ほどで光輝く籠手が創り出された。

 だが、手首から先が全く動かせない。

 よく考えてみれば、ソレイユは今まで一度も籠手など着けたことがなかった。

 新人だった頃は単純に金がなかったからだが、実力が上がるうちに、どうやら自分は技術と速度で戦うスタイルが合っているらしいと感じ、充分な金が稼げるようになっても、要らないと判断していたのだ。

 むしろ邪魔だ、くらいには思っていたかもしれない。

 つまり、ソレイユは籠手の構造を知らなかった。

「…………。……いや、諦めるには早い……!」

 はずだ。

 たぶん。

 とりあえず最寄りの街まで急ぎ、鍛冶屋で総鉄製の籠手を見せてもらった。

 もちろん、買う気などない。

 だが、そんなことを正直に言っては見せてもらえるはずもない。

 だからソレイユは、場合によっては籠手を使うことを考えているとだけ伝えた。

 嘘はついていない。ついていないからいいのだ。

 これもザインに勝つため、と自分(と鍛冶屋)を騙し、ソレイユは籠手の構造を必死に覚えた。

「光武創製――ガントレット」

 光が腕を覆っていく。

 構造を把握したからか、今度は一秒ほどで創り出すことに成功した。

「手首は……動くな。指も……よし、全て動くぞ」

 あとは指先にかぎ爪をつけるだけだ。

「光武創製――ビースト・ガントレット」

 カロンの発想から着想を得た感謝を忘れないよう、名前に刻み付ける。

 各指先にナイフほどの長さのかぎ爪がついた籠手が創り出された。

 とりあえず軽く振ってみる。

「……………………」

 そして致命的な欠点に気付いた。

「…………重い……」

 思ったよりも、空気抵抗が重かった。

 当たり前の話だが、ナイフは腕の力で振るものだ。ナイフを指の間に挟んでいた時も全て腕の力で振っていた。

 だが、この指先にかぎ爪がついた籠手を振るには、指の力も必要だ。

 グーとパーならグーの方が振りやすい。

 自明なことだった。

 ソレイユはカロンの発想に囚われすぎていた。というより、カロンの発想が獣人だからこその発想だということに気付いていなかった。

 元来、身体的能力が優れている獣人ならば問題ない。

 だが、ソレイユはエルフである。

 そしてもう一つ、これには欠点がある。端的に言って、何も握れない。

「うぅむ……これではとっさの時に何もできないな……」

 指先にかぎ爪をつけるのはやめることにした。

 とはいえ、着想自体はいいはずだ。次は甲の部分にかぎ爪をつけてみた。

「光武創製――ガントレット・クロー」

 さすがにナイフ程度の長さでは足りないことはわかっているため、かぎ爪の長さは短剣ほどにしてみた。

 軽く振ってみる。

「――うむ、しっくりくるぞ」

 こうして、ソレイユは新たな武器を見つけたのだった。

 だが、どうにももの足りなかった。

 近距離戦時のザインを相手にイメージトレーニングをしているうちに気付いたのだが、剣ならば防げたはずの攻撃を防ぐことができなくなっていた。

 理由は目の前にある。

 剣に比べ、かぎ爪の守備範囲が狭すぎた。

 剣は順手と逆手を選ぶことができる。一方、かぎ爪は固定だ。

 籠手の部分で防ぐことも考えたが、ザインには杭を拳から打ち出す技がある。

 あれを腕で受けるのは危険すぎる。

 ならばと両腕に盾もつけてみたのだが……ナイフの時と同じく、準備に時間がかかりすぎた。

 あと、単純に振りにくかった。

 もういっそのこと剣も持ってしまえ、と両手に剣を持ったところで、

「…………最初から二刀流で良かったな……」

 それに思い出してみれば、ザインの無数の影の手は、「創製の光」で創り出した武具と相殺することが前提の戦い方だった。

 創り出すのに一秒もかかる籠手では、その速度に追いつけるはずがない。

「……結局、私の苦労は無駄骨だったわけか……」

 意気消沈したまま街へと戻り、その日はもう宿を取って休むことにした。

 宿の食堂で夕飯を食い、水浴びをしてベッドに横たわる。目を閉じて眠りへと落ちるのを待ちながら、つらつらと昼間の続きを考えていた。

 ガントレット・クローという発想自体は良いのだが、相手にザインを想定すると欠点の方が際立ってしまった。

 まあ、攻撃の選択肢の一つとしてなら使えないこともないだろう。

 崖を登る時にもいいかもしれない。

 籠手が創り出せたのだから、もしかして他の防具も作り出せるのだろうか。脚甲とか、兜とか。案外、鎧一式創り出せるかもしれない。

 まあ、ザインザードには通じないだろうが。

 二刀流でも足りない。

(ああ……手がいっぱいあったら……ザインザードの「ハンドレッド」にも勝てるのになあ…………)




 ソレイユの視界が影の手で埋め尽くされていく。

「――百手ハンドレッド

 ザインとの再戦で、ソレイユはやはり無数の影の手と対峙することになった。

 ザインは余裕の笑みを浮かべている。

 だが、ソレイユはすでにこれを打ち破る手段を得ていた。

「ふふふ……それさえ出せばまた勝てると思ったか、ザインザード」

「何……?」

「これを見てもまだ、余裕の笑みを浮かべていられるか!? 光武創製――」

 膨大な光がソレイユの全身を包み込む。

「何だ……これは……!?」

 そして創り出される光輝く鎧。その背中には四本の腕があり、それぞれが光輝く剣を握っていた。

「――アシュラ!!」

 計六本。

 この鎧を着用している限り、ソレイユは六本の腕で戦える。

 あの無意味とも思えた努力はソレイユを裏切らなかったのだ。

 籠手を創り出せるように頑張った時は、まさかこんな形で役に立つとは思いもしなかったが。

「くっ……だ、だが、こちらはこの数だ。たかが四本増えた程度で……」

「ふっ……まだわからないのか?」

「何……?」

「私はどんな武具でも創り出せるのだぞ? わざわざ六本だけにする必要などないだろう? つまり――六本あれば、お前の影の手に完璧に対処できるのだ!」

「何……だと……!?」

 ソレイユの言葉に衝撃を受け、硬直するザイン。

 実に間抜けな表情である。

「それで――覚悟はいいか?」

「ぐっ……!」

「まあ、せいぜい足掻くことだな!」

「……っ! ソレイユゥゥゥウウウウウウ!!!!」

 そこから始まったのは、まさしく激突だった。

 無数の影の手が、六本の剣で次々と切り払われていく。

 相殺しても相殺しても切り払われる。次の剣を創るまでの間を他の剣で補えるからだ。

 少しずつ、少しずつ、確実にザインへ迫っていくソレイユ。

 そして遂に、その剣がザインの頭をとらえた。

 もちろん、殺しはしない。ソレイユの目的はザッハトルテ子爵令嬢に面通ししてもらうことだからだ。

 気絶したザインを光の縄で縛り上げていると、カロンが駆け寄ってきた。

「さすが師匠ばい! あん主様ば倒してしまうなんて! これからは師匠についていくたい!」

 そしてキラキラとした瞳でソレイユを見上げた。

 ザインの魔の手からカロンを救えたことに、ソレイユは大満足だった。

(ふふふ……ふふふ……ふはははははははは!!)




「――はっ…………夢か……」

 気付くと、ソレイユの視界には宿屋の無機質な天井があった。

 どうやら考えごとをしながら眠ったせいで夢にまで見てしまったらしい。

 だが――だが、だ。

 たとえ夢であろうとも、その発想は本物だ。

 光武創製――アシュラ。四本の腕が生えた光輝く鎧。あれはまさしく、ソレイユが求める力に違いなかった。

「……そうか、なるほど……人として戦うことに囚われすぎている、とは確かにその通りだったわけか……」

 腕が六本ある人などいるわけがない。まさしく「アシュラ」は人として戦うことを捨てた姿だ。

「そうとなれば早速試さなくては……!」

 ソレイユは急いで身支度を整え、朝飯も食わずに宿屋を飛び出した。

 街の姿が遠くなったところで、街道から少しずれる。

「……うむ、この辺りでいいか」

 辿りついたのは、木漏れ日が差す森の広場だった。

 逸る気持ちの命ずるままに木漏れ日の中に立ち、使徒の力を発動する。

「光武創製――」

 夢と同じく、膨大な光が私の体を覆っていく。

 光は鎧を形作り、次いで四本の腕となった。

「――アシュラ!」

 手で触って確認してみる。

「おお……!」

 間違いない。

 間違いなく、夢で見た姿そのものだった。

 あとは六本の腕で剣を握るだけだ。

「光武創製――ソード」

 まずは自前の両手で。

 そして鎧から生えた腕で――

「……? …………???」

(――どうやって握ればいいのだ……???)

 結論を言おう。

 鎧から生えただけの腕は動かせない。そして腕が六本ある人などいるわけがない。

 奇しくも、ソレイユは自分の言葉を自分で証明したわけだ。

 ソレイユが人である以上、偽者の腕を増やしたところで無意味でしかない。

 ソレイユはまだ――人として戦うことに囚われたままである。

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