第13話 昨日までの自分にさよならを告げて(前)
B級冒険者パーティー「虹色の架け橋」は、メビウス法国サイダー大司教領ではちょっとした有名パーティーである。
片田舎の村から幼馴染み四人で飛び出し早十年。とにかくがむしゃらに依頼をこなし続け、彼らはいわゆる「成功した冒険者」になっていた。
だが、同時に、いつしかあの頃の彼らはいなくなっていた。
十年だ。
十年もあれば、人は変わる。
などと言ってみたものの、別に悪い変化というわけではない。単純に皆、守るものができたというだけの話だった。
大柄で力持ち、誰よりも前で斧と盾を振るうブラウンは、すでに二人の子持ちだ。最近の悩みは、長く家を空けると、帰った時に「誰この人?」という顔を三歳の息子にされること。
いつも元気で明るく、水氷魔法で野営から戦闘まで支えるシアンは、どこで知り合ったのか、寺院兵団の有望株を捕まえて昨年結婚した。
視野の広さと智謀の深さでパーティーの司令塔として活躍し、聖光魔法で邪を払い、傷を癒すヴァイオレットは、才能をとある司祭に買われて、その息子と今度結婚する予定だ。
そして、足の速さを生かして斥候役をしているアッシュも、そろそろギルドの受付嬢をしている恋人と結婚しようかと考えていた。
とにかく皆、守るべきものができたのだ。
だから、それは誰ともなしに決まったことだった。
次の依頼を「虹色の架け橋」の最後の依頼にしよう、と。
狙うは大物! ――と行きたいところだったが、自分達のケジメのためだけに危険を冒していいような身ではない。
冒険者だが冒険はせず、無難に討伐難易度C級のモンスターを狙うことにした。
ちなみに、討伐難易度C級というのは、C級冒険者なら倒せるという意味ではない。C級冒険者と同等の危険度があると思えという意味だ。C級冒険者はC級モンスターを討伐するものと考えるのは危険である。
さらに言えば、C級冒険者とC級冒険者パーティーは同じC級でも意味が違う。C級冒険者パーティーは「全員揃ってC級相当」という意味だ。こちらはこの世界の常識だが。
だから、彼らが請けた最後の依頼も、普段請けていた依頼と同じくらいの難易度で、別に楽というわけではなかった。
当然のことながら、討伐難易度C級の上は討伐難易度B級だ。いったい、誰が命がけの仕事で対等な相手と戦うというのか。そんな者はただの死にたがりである。
だが、彼らもかつてはそんな死にたがりだった。
つい今し方言ったことをひるがえすようだが、冒険者として成功するには、誰しもどこかしらで死にたがりになるしかない。だから、彼らが「自分達は死にたがりだった」ということに気付けたのは、非常に幸運なことだった。
その頃の彼らは、まだC級で、もうすぐB級になれそうだと浮かれていた。もしもブラウンの結婚が少し遅れて、何も気付かないまま討伐難易度B級に挑んでいたら――もしもあの時、ブラウンが「子どものために、もっと慎重にやりたい」と言わなかったら――きっと彼らの中の誰かが死んでいた。
冒険者の中で一番死亡率が高いのはD級だが――実は次に高いのはB級である。
その頃の彼らは知らなかった。その二つが最も無謀になる時期だと。自分達はA級にはなれないとわかっていたはずなのに。
A級というのは、才能のある者が幼い頃から必死に努力してようやくなれる高みだ。
だから、片田舎の村から飛び出してきた彼らが行けるのはB級までだった。ベテランと呼ばれ慕われるそのB級が見えて、光に目がくらんでいたのだ。
当時は気恥ずかしくて言えなかったアッシュ達も、今なら堂々とこう言える。
――俺達がB級になっても生き残れたのは、間違いなくブラウンのおかげだ――
彼らは進むべき道を間違えなかった。
もちろん、最後の依頼も間違えなかった。
討伐難易度C級ソリッドイーグル。
やたら硬いかぎ爪と、同じく硬い骨格、それ以上に硬いくちばしが特徴で、上空から急降下しその硬いくちばしやかぎ爪で攻撃したり、羽を硬質化させて飛ばしたりしてくる厄介なモンスターだ。
だが、討伐できさえすれば、鈍い銀色に輝くその骨やかぎ爪、何よりくちばしが高値で売れる。鉱石を食べてまで得たと考えられているその硬さは、素材として一級品である。羽も研究者や好事家に人気だ。
それが彼らの――B級冒険者パーティー「虹色の架け橋」の最後の標的。無事に依頼を達成できれば、パーティーは解散。皆、それぞれの新しい居場所へと帰る。
決して冒険などしない。締めとしては自慢にもならない無難な標的――そのはず、だった。
いや、ソリッドイーグルの討伐は上手くいったのだ。
ブラウンとアッシュが惹きつけ、ヴァイオレットが強い光でひるませて、シアンが翼を凍らせて動きを封じ、あとは全員でひたすら攻撃する。
ヴァイオレットが考えた作戦は確実にソリッドイーグルの息の根を止めた。
全員で確認したのだ、そこに間違いはない。
ならば答えは一つしかない。
「……? ねえ、何か妙な音がしないかしら?」
それに最初に気付いたのはヴァイオレットだった。
「「妙な音?」」「……?」
全員で耳をすませる。
……………………。
「……聞こえた?」
「わからない」
シアンの問いにブラウンが首を振る。
…………ィィィィ――
「っ! 聞こえた!」
(だが、何の音だ……?)
内心で首をひねるアッシュ。
一度も聞いたことがない音。強いて言うなら、レイピアを振り回す音に近いだろうか。かなりの高音だが。
その音の正体は、探るまでもなくアッシュ達の前に現れた。
「!!! 上!」
ヴァイオレットが叫んだ瞬間、アッシュ達の体は反射的に動いていた。
直後――衝撃。
「ゲホッ、ゲホッ! な、何が――!?」
巻き起こった粉塵にせき込む。次の瞬間、不自然な風によって粉塵が吹き飛ばされ、アッシュはその正体を見た。
ソリッドイーグルは翼を広げると三メートルを超えるが、そいつはそれよりも二回り以上大きい。特徴はソリッドイーグルとほぼ同じだ。ただ一つ違う点は、他のソリッドイーグルの骨を体に埋め込むということ。
自分の肉を削ってまで。
なぜ、そのようなことをするようになったのか――とある学者は、「鉱石から得られる硬さの限界に達し、なお、より硬くなろうとした結果」という説を唱える。仮にそれが正しいとしても、生き物として破綻していることに違いはないだろうが。
時に同族を殺し、その骨を使ってまで硬さを求めるその姿は、民の命を金に換えて数多の宝石で着飾る強欲貴族にたとえられる。
故に、その存在はこう名付けられた。
グリードイーグル――討伐難易度B級、恐るべき強欲の巨鳥である。
もちろん、アッシュは逃げるべきだと思った。どうせ目的は彼らが倒したソリッドイーグルの骨だろうことは明白だったからだ。
「逃げ――っ!」
ただし、シアンが気絶していなければ。
そして、グリードイーグルの目がシアンを見ていなければ。
「ぉ……おおおおおおぉぉぉぉ!!」
「ちょ、アッシュ何を!?」
「……っ!」
気付いた時には体が勝手に駆け出していた。間に合う自信があったわけではない。ただアッシュは、似たような場面に遭遇した時、パーティー内で最も速い自分がそれをやらなければならないと、常日頃からそう心構えをしていただけのことだった。
グリードイーグルがそのくちばしでシアンをつつく寸前に割り込み、アッシュは手にした双剣で下から上にかちあげた。あり得ないくらい硬い。それだけで片方の剣にヒビが入ったほどに。
「キィャァーォ――!」
当然、グリードイーグルは激怒した。獲物にとどめを刺そうとしたのを邪魔されたからだ。
だが、二回目にはブラウンが間に合い、しっかりと防いだ。
「三度!」
「充分よ。――目覚めの眩光!」
ブラウンが叫んだのは連続で耐えられる限界で、ヴァイオレットが使ったのは、きつけの効力がある魔法だった。
「――ハッ……! 死んでない? 死んでないよね!? よっしゃ、あとは任せ――ってデカい鳥!?」
「グリードイーグルだ! だよな!?」
「そう思うわ!」
「同じ、くっ!」
三回目もブラウンはきっちり防いだが、これで耐えられるのはあと一度だけ。
アッシュ達は一瞬目配せし合い、
「逃げるわよ!」
「「「賛成!」」」
全員一致の即断即決だった。
だが、そのまま背を向けて逃げ出したのでは、冒険者としては二流だ。
まず、ブラウンが最後の一度を使ってグリードイーグルの体勢を一瞬だけ崩し、
「――見当狂いの極光!」
ヴァイオレットが視認妨害の効力がある魔法でひるませ、
「氷雪よ、舞え――ブリザード・ダンス!」
シアンが吹雪を起こす魔法でダメ押しし、
「行くぞ!」
その間にアッシュが逃走方向を決める。
これくらいの連携は余裕だ。でなければB級にはなれない。
ただし、
「ダメっ、飛ばれたわっ!」
それが通じるかどうかは別の話である。
ヴァイオレットの魔法を受けた瞬間、グリードイーグルは大きく翼を広げ、暴風を撒き散らしながら飛び上がった。
アッシュ達としてはそのまま帰ってくれることを願ったが、グリードイーグルは上空で首を数度振ると、再びアッシュ達を睨み、翼を大きく一度羽ばたかせ――
「まずいわっ! ブラウン、盾を!」
「皆、後ろに!」
――空中で静止した次の瞬間、硬質化させた羽をいくつも降り注がせた。
しかも二度。
絶望的な音が響く。グリードイーグルはソリッドイーグルよりも二回り以上大きい。その分、降り注ぐ羽の数も多くなる。しかもその上さらに硬い。
アッシュ達が生き残れたのは不思議なくらいだった。
そう、それでもアッシュ達は生きていた。
だがそれまでだった。
ブラウンは盾も鎧もボロボロで、あちこちに羽が刺さっていた。
頭を打って気絶した記憶がこびりついていたシアンは、頭をかばいすぎて腕がもう上がらなくなっていた。
何とかマシだったのはアッシュとヴァイオレットだったが、アッシュは自身が走れそうもないことを自覚していた。その右の太ももに、羽が一枚深々と刺さっている。
だからアッシュは叫ぶ。
「ヴァイオレット、行け!」
「……!?」
「行けぇっ!」
覚悟を決めて叫ぶ。
ヴァイオレットはいつもクールな顔を涙でくしゃくしゃにして、背を向けて駆けるしかなかった。
「……ブラウン、いけるか?」
「もん、だいな、い……」
「シアン?」
「腕の感覚も杖も無いけど、魔力だけならまだあるよ!」
「ならやるぞ」
「「「『虹色の架け橋』に」」」
その時、間違いなく彼ら三人は人生で最も強かった。
最も強い思いを抱いていた。
たった一人でも生きて帰れれば、それだけで「負け」ではなくなる。「冒険者に求められる第一の資質は、諦めないことだ」――同郷の大先輩の教えは、十年前、まだ駆け出しの冒険者だった彼らの心に深く刻まれ、そして今、何よりも強い輝きを放っている。
冒険者がパーティーに付ける名は特別なものだ。それは彼ら自身を表すと同時に、彼らが生涯をかけてでも追い求める目標も表す。形ある物とは限らない。神話や伝説に登場する英雄であったり、名声であったり、生き様であったり、信念であったり――アッシュ達は「誓い」であった。
――故郷に恥じない冒険者に。
決意を込めて敵を睨み――そこでようやく、その敵が、自分達を見ていないことに気付く。
グリードイーグルはアッシュ達の後ろを見て首を傾げていた。
死にかけの獲物に用は無い。それより、生きの良い獲物が逃げようとしていないか? もったいない。この程度の獲物なら、造作もなく捕らえられるのに。
「ぉぃ……待て。まさか……。おい! 待てっ!」
「ぅぅ…………!」
「あ……あ、あ、ああ……ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
無理だった。
アッシュは走れない。ブラウンは動くのもつらい。そしてシアンの魔法はとても間に合わない。
「やめろおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
必死に手を伸ばし叫ぶアッシュ達を嘲笑うように、グリードイーグルは大きく一度だけ羽ばたくと――アッシュ達を飛び越え、ヴァイオレットをそのくちばしで貫いた。
あとは語るまでもない。
その日、B級冒険者パーティー「虹色の架け橋」は全滅した。
ザインとカロンが森へと入ったのは、ちょうど「虹色の架け橋」がグリードイーグルに遭遇した頃だった。
ある程度奥まで入ったところで、またしても「血ん臭いがする」と言ってザインを導くカロン。
そして冒険者風の死体を四つ発見する。
人気のない森。全滅したと思われる新しい死体。ザインは周囲の状況を確認し、
「ふむ……実験材料にちょうどいいか」
だが、この妙な巨鳥が邪魔だ。
少しして、森に静寂が戻る。
「
そして死んだはずのアッシュは同じ場所で目を覚ました。
意味がわからなかった。
確実に
「ふむ……前々から気にはなっていたが、やはり人間も違和感なく復元されるのか……」
わけがわからず困惑していると、そんな声が聞こえた。
声がした方を向くと、黒髪に金眼の若い男にまじまじと観察されていた。
「まあ、多少、肌色が黒くなったが……日に焼けすぎたとでも言えば誤魔化せる範囲か? どう思う、カロン?」
「元が白すぎんば、いくるて思う」
「となると、冒険者ならば問題ないか。最初の実験た――協力者として選んだのは運が良かったな」
何やら不穏な単語が聞こえかけた気がしたが、アッシュは努めて無視することにした。
どう考えても命の恩人だからだ――アッシュ達の。
すぐに涙で何も見えなくなった。
ブラウンも、シアンも、ヴァイオレットも――パーティーメンバー全員が同じように困惑した顔でザインを見ていた。誰もが同じように何も見えなくなっていた。
「ぁ……。あ……とう……。ありがとう……。ありがとう……!」
アッシュはもはやそれしか言えなかった。きっと貴重な凄い秘薬でも使ってくれたのだろう、と途切れ途切れにでも礼を言う。
だが、それはザインにとって予想外のことだった。
「な、に……? 意識があるのか……!? いったい……あぁっ! クソッ! なるほど、『異端』とはそういう意味かっ!」
頭をかきむしるザイン。
「主様……?」
「ちっ……いや、すまん、少々取り乱した」
カロンが怯えながら声をかけると、すぐに落ち着いたが。
いくら何でも弟子に当たるのはあり得ないし、今の問題はそこではない。ザインは少しの間だけ思案し、
「……問題はない。むしろ僥倖なくらいだが……場合によっては困るな」
鋭いまなざしをアッシュに向ける。
「まずは確認が必要か……。おい、灰色の髪の貴様、『三回回ってワンと言え』」
とんでもないことを言われたはずだというのに、命の恩人に言われたことだから、とアッシュは素直に従った。
「――ワン!」
「……ふむ」
ザインは一つ頷くと、すぐに他のメンバーのところへ向かい、アッシュに言ったことと同じことを言う。
「「「――ワン!」」」
他の者も素直に従った。
「主様、今んないったい……?」
「どんな命令にも服従するかどうかの確認だ。『三回回ってワンと言え』というのは、『自分はあなたの犬だと言え』という意味だ。本来は屈辱的なことなんだが……全員、嬉々としてやったな……」
自分で言ったくせに引くザイン。
確かにそういう力があればいろいろと楽になるとは思っていたが、いざ実際に得てしまうとそのとんでもなさに少々嫌悪感が生じたのだ。
「どぎゃん命令にも服従……主様!」
「ん?」
「――わ、ワン!」
「…………カロン、それは言われてやらなければ意味が――いやいいわかった。カロンの気持ちはよくわかった」
「えへへ……」
カロンの勘違いに、ザインは呆れつつも頭を撫でる。
アッシュ達としては、恋人同士とはまた違った甘い空気を見せつけられた形になったが、特に何とも思わなかった。アッシュも恋人のミランダとはよくいちゃつくし、皆もそれぞれで似たようなことはしていたからだ。
三回回ってワンはさすがに……なかったと思うのだが。
ひとまず、全員の無事を確認し、喜び合ったアッシュ達は、ザインに改めて向き合っていた。
「私達は、B級冒険者パーティー『虹色の架け橋』。リーダーのヴァイオレットよ」
「アッシュだ」
「ブラウン」
「シアンだよ!」
「なるほど……わかりやすいな」
アッシュ達の名前は、全員、髪色と同じだった。
「よく言われるわ。改めてお礼を言わせて。本当に助かったわ。ありがとう」
「何、こちらも見返りを期待してのことだ。過剰に気にする必要はない」
「見返り……ええ、当然よね。何でも言って。体以外なら何でも差し出すわ」
では、その恩にどう報いるかという話になるわけだが、
「では情報を寄こせ。『シトロン』という男について何か知っているか?」
ザインの要求は意外なものだった。
「シトロン……?」
「そうだ。細かい情報があればいいんだが、生憎、年齢が五十代半ばという程度しかわからん」
致命傷を負ったB級冒険者パーティーを助けて要求するのが、まさかの「人探し」。欲が無いにもほどがある。
「聞いたことあるか?」
「全然」
「同じく」
アッシュにとっては全く聞いたことがない名前だった。シアンとブラウンも首を横に振った。
「シトロン……シトロン……いえ、まさか、そんな偶然……」
だが、ヴァイオレットだけは何やら頭を悩ませていた。
「何か心当たりがあるのか、ヴァイオレット?」
「いえ、ただ、その……ねえ、そのシトロンという男について、もう少し情報はないかしら? 例えば……瞳の色とか」
「瞳の色か……残念ながら不明だ」
「そう……」
「が、あまり目立たない色ではあるはずだ。茶色か、青か――あるいは、緑」
「……!」
ザインの言葉にヴァイオレットは目を見開き、そして深いため息をついた。
「……たぶん、私、その男のことを知っているわ」
「ほう?」
「知っていると言うより、知り合いと言った方がいいかしら……」
実に頭が痛いと言わんばかりに、ヴァイオレットはその名を告げる。
「シトロン・レモネード司祭――私の義父になるはずの人よ」
「司祭……。なるほど、それなりの地位に食い込んでいたか。……それで、義父になるはず、とは?」
「来月結婚するのよ。その息子のライム・レモネードと」
これにはザインもさすがにキョトンとし、
「――くははははははははっ! それはそれは、とんだ偶然もあったものだな」
「全くよ……。それで、その……どうしてシトロンという男を探しているのかしら……?」
ヴァイオレットの不安そうな問いに、ザインは肩をすくめる。
「祖父の知人というだけだ。メビウス法国で困ったことがあれば頼れ、と言われている」
「そう……因縁めいたことじゃなくてよかったわ」
ホッとするヴァイオレット。
「ところで、司祭ということは領地持ちだな。ここからどれくらいかかる?」
「馬車を使ったとして……六日くらいかしら」
「二つ隣といったところか……。では、紹介状を書いてもらえるか?」
だが、ザインの頼みを、ヴァイオレットはバッサリ切り捨てた。
「必要ないわよ。一緒に行くから」
「何……?」
「俺達、今回の依頼が終わったら、解散するつもりだったんだ」
「皆、それぞれ帰る場所もあるしね!」
「子ども二人いる」
アッシュ達が口々に理由を告げると、ザインは少しの間、考え込み、
「……つまり、冒険者は引退するわけだな?」
「そうなるわね」
「ならば他にも使えるか……。これは、告げるか告げまいか迷っていたんだが、貴様らの肉体はあくまで復元――別のもので補っているに過ぎん。率直に言って、戦闘には耐えられんだろう」
正直、何を言われるか結構ビビっていたアッシュ達だったが、ザインに言われたことは彼らにとってさほど問題ではないことだった。
ブラウンは妻の実家の鍛冶屋に弟子入り。シアンは夫が高給取りであるため、冒険者を続ける必要はない。ヴァイオレットはこれから大変だが、次期司祭の妻になる。そしてアッシュは冒険者ギルド職員として内定済み。
もちろん、残念ではあったが、問題ないということを口々に告げる。
「そうか……。では、同行を願うとしよう。……ああ、そういえば、ソリッドイーグルの死体があったが、それが討伐対象か?」
「「「「……っ!!」」」」
その言葉で、アッシュ達は何に襲われたのかをようやく思い出した。
グリードイーグル。恐るべき強欲の巨鳥。ここはまだ、あいつのテリトリー内だと。
「ん……? 急にどうした?」
「???」
「……俺達はグリードイーグルっていうデカい鳥にヤられたんだ。あいつがソリッドイーグルの死体を放っておくとは思えない。きっとまだ近くに――」
「何だ、それのことか。
アッシュ達は度肝を抜かれた。
ザインの足下で影が広がり、その影に手を突っ込んだと思ったら、あのグリードイーグルの首が出てきたではないか。
唖然とするしかない。
ザインにとってはただの事実確認だったが。
「理解したな? ……そうそう、まだ名乗っていなかったな。俺はザインザード・ブラッドハイド。C級冒険者だ」
「カロンばい。……まだF級ばい……」
B級冒険者パーティー「虹色の架け橋」はこの二人の名前を生涯忘れないだろう。
命を救ってくれた恩人であると同時に、間違いなくビッグになるという確信があるからだ。
それが同業者の上、まだ格下だったのは複雑な気分だったが。
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