第9話   強すぎる光は進むべき道を見えなくする(中)

 それはソレイユがザインと出会う一ヶ月半ほど前のことだった。

 ソレイユは上司――のような人物から、ある連絡を受けていた。もちろん、ソロで活動する冒険者に上司などいない。それとは別口の話だ。

 ちなみに別の組織でもない。何と言えばよいかわからないが、ともかくそれはチームでも班でも支部でもサークルでもなかった。それぞれがそれぞれの目的のためにそれぞれ好き勝手にそれぞれ行動しているが、時には力を合わせることもあり、中には別口で上司と部下の関係にある者達もいる。

 そういう緩いつながりでしかなかった。

 例外はただ一つ、トップのお願いだけ。

 これもまた何と言えばいいか迷うのだが、トップはあくまでトップでしかなく、ボスではなかった。

 要望はなるべく叶えるという不文律のようなものはあったが、あくまで要望であって命令ではないため、拒否することもできる。

 そして連絡してきたのはそのトップではなかった。

 つまり、平等な関係の相手からだったのだが、これまたややこしいことに、トップのお気に入りが二人いるのだ。

 となれば、上司と言うより先輩やまとめ役と言った方が近いのかもしれない。

 話がズレたが、ともかくそういう関係の相手からの連絡だった。

 そしてそこにその名があった。

 ザインザードブラッドハイド。

 新たなる十番目。

 黒髪金眼。

 二十歳くらいの若い男性。

 異端の影。

 異名授与を拒否。

 通称:異端のザイン。

 放置推奨。

 期間:面白くなるまで。

 最後のがいわゆるトップからの要望だ。

 十番目が変わった時は、ソレイユが知る限りいつも「処分期限:つまらなくなったら」と書かれていたので、今回のは「当たり」らしかった。

 ――連れに魔力の扱い方を教えてほしい――

 ザインの依頼を引き受けると決めたのは、この連絡に「放置推奨」と書かれていたからで、ソレイユ達の間では、放置推奨とは「やりたいようにやらせておけ」という意味だった。

 だからソレイユは、ザインのやりたいようにやらせることにしたのだ。

 その監視も兼ねて。




 カロンへの教授は順調だった。

 順調すぎるほどに順調だった。

 まさかザインはこの才能を見抜いていたのか、とソレイユがおののくほどに、カロンは凄まじい速度で魔力の扱い方を習得していった。

 魔力が流れる感覚をつかみ、自ら魔力を流せるようにし、徐々にその量を増やしていく。一週間が経つ頃には、カロンは「魔闘術」のスキルを得て、魔力で大爪手甲を創れるようになり、次は大爪脚甲にも挑戦していた。

 もちろん、まだまだ安定してはいなかったが、形を覚えてしまえば、あとは練度の問題だ。それはカロン自身でしか解決できない問題だし、ザインの依頼にもそれ以上のことは含まれていない。形だけでも大爪手甲と大爪脚甲を四肢全てである程度維持できるようになれば、ソレイユはザインの依頼を達成したことになるだろう。

 一方、ザインはというと、意外なことに何も口出ししなかった。というか、そもそも魔力の扱い方を知らないため口出しできなかった。魔力でどのような形を創るかもカロンに全て任せた。

 結果、大爪手甲と大爪脚甲という形になったのだが。

 カロンがその形にしようと思ったのは、単に自分の体の延長線上として認識しやすいからだった。もしかしたら、そのうち大顎兜も創るようになるかもしれない。

 ともかく、ザインはカロンをソレイユに任せて別のことをしていたのだ。

 何をしていたかというと、毎日毎日どこかに出かけては様々な物を購入していた。保存食だったり、調味料だったり、衣類だったり、よくわからない木彫りの何かだったり、とにかく細々とした雑多な物を購入していた。

(全く……一週間もかけて買う物なのか……?)

 と、ソレイユの呆れが少しずつ大きくなっていったのは言うまでもない。

 もちろん、カロンはマカロン公爵領の領都マカロニでもザインが同じようなことをしていたと知っている。単なる悪癖なのか何か狙いがあるのか、少なくともただの気紛れではなさそうだ。

 ザインはソレイユと会った時には駆け出し冒険者のような格好をしていたが、翌日以降はそこそこ上等な服を着ている。あれもあれでバカを引っかけるための罠の一つだったのだ。やはり悪質だが。

 早朝にカロンやザインと合流し、再び何かを買いに行こうとするザインを見送り、カロンの鍛錬を見守りながら時折アドバイスをし、共に楽しく昼飯を食い、夕方にはまた何かよくわからない物を買ってきたザインに呆れ、三人でたわい無い話をしながら夕飯を食い、一人別の宿へと帰る――ソレイユのそんな生活も、あと一週間ほどで終わることだろう。

(ザインはザードどうでもいいが、カロンと別れるのは少々寂しいな……)

 期間は短いが、一応は弟子なわけだから。

(いっそのこと、こちらで引き取ると提案してみようか。旅中に拾っただけの孤児という話だったし、金を全て返せば首を縦に振るかもしれない。新しい武器は諦めることになるが…………いや、そうじゃないな。きっとカロン本人が嫌がる。妙に懐いている様子だったし、恩人と短期間だけの師では前者の方が大事なはずだ。ままならないものだな……寂しいのは私の方だというのに)

 自身の浅ましさを自虐する鬱々とした思いは、宿の部屋に帰って十秒もしないうちに吹き飛んだ。

 「遠見の鏡」に定期連絡が来ていたからだ。正確には、その内容が原因だった。

 「遠見の鏡」とは、二つ一組の魔術道具で、片方が映したものをもう一方でも見ることができる。本来は、腕の良い斥候に持たせるなどして、偵察して得た情報を即座に共有するためのものだが、ソレイユ達はこうして定期連絡に使っていた。さて、誰かが似たような魔術道具を持っていたはずだが……。

 そこに映った文章を読み、ソレイユはすぐにでも駆け出したい思いに駆られた。あまりにも許しがたい事実が書かれていたからだ。

 だが、すでに陽は暮れている。いくら領都とはいえ、就寝している人々もいるだろう。どのような展開になるか予想がつかない以上、迷惑になることはしたくなかった。だからソレイユは必死に荒ぶる心を鎮めてベッドに横たわった。

 結局、ろくに眠れなかったが。

 翌朝――ソレイユははやる気持ちを抑えながら、ザイン達との合流場所へと向かった。合流場所である領都近くの草原には、すでにザインとカロンがいた。

「おはよう」

「おはようございます!」

「っ………………」

 端的にあいさつするザインも元気にあいさつするカロンも無視し、ソレイユはザインの腕をつかむと、そのまま草原のさらに奥へと歩みを進めた。

 黙ってただ歩き続けるソレイユに何も言わず、ザインは腕を引かれるままについていった。カロンもやはり何も言わず、不安そうにしながらついていった。その時すでに、ザインはソレイユが何を言うかある程度の予想がついていた。

 ソレイユがザインの腕を放したのは、領都の姿がだいぶ遠くなった頃だった。

「……まずは理由を聞こうか」

 突然の暴挙に怒鳴ることなく、ザインはあくまで冷静だった。

 一方のソレイユは冷静ではなかった。睡眠不足もあり、二人と合流したその時から、表情も思考も強張っていた。

「…………ザインザード・ブラッドハイド。お前――サーターアンダーギー伯爵家を滅ぼしたな?」

 ソレイユの詰問に対し、ザインはわずかに目を細め、

「何のことだ?」

 そう首を傾げ、とぼけた。

 もちろん、ソレイユもわかっていた。正直に言うはずがないと。

「……お前はマカロン公爵領領都マカロニの冒険者ギルド支部に、アングリーベアーの死体を持ち込んだな?」

「突然何を――」

「いいから答えろ」

 言葉をさえぎってまで回答をせっつかれ、ザインはため息を一つつく。

「……事実だ」

「エッグボーロ辺境伯領領都カステラの冒険者ギルド支部に、グラトニーウルフの死体と賞金首:裂刃のジョニーの死体を持ち込んだな?」

「……それも事実だ。だがそれがどうした?」

「ああ……そうだな、それ自体は何の問題もない」

 アングリーベアーもグラトニーウルフもそれなりに強いモンスターだ。倒したことを褒められこそすれ、決して貶されることはない。

 賞金首もそうだ。ましてC級になるには、そうした犯罪者を殺せることを証明する必要がある。

 どちらも冒険者ならば肯定してしかるべきことだ。

「しかし、アングリーベアーは首を一撃で落とされ、グラトニーウルフは頭部に穴が空き、賞金首にいたっては股から頭のてっぺんまで串刺しにされたような傷跡だった。この殺し方は――伯爵家の屋敷で見つかった遺体と同じだ」

「殺し方が同じだから俺がヤったと?」

「もちろん、それだけじゃない」

 それだけなら――ソレイユはただの偶然だと思っていた。

「伯爵家が滅ぶ数日前に、隣領のザッハトルテ子爵家の令嬢が盗賊に襲われた。幸いにも令嬢は無事だったが、盗賊の一人に奇妙な魔法を使うザードと名乗る若い男がいたと証言している。お前と同じ、黒髪金眼の男だ」

「それはまた奇妙な偶然だな」

「そうだな、誰もがそう思うだろう……名前は当然偽名だと思うし、髪も瞳も変えていると思う、思い込む。まさか実名の一部だとも、髪も瞳も元のままだとも思うまい」

「まさかそれが俺だと?」

「その通りだ」

「だがそれは、俺に似た男が盗賊の中にいた、ただそれだけだろう。なぜ伯爵家の滅亡に結びつく?」

「伯爵家と子爵家は隣領同士で特産品が重なっていた。しかし、両家の仲は悪くなく、子息と令嬢の婚姻の噂があったほどだった。……私は、実は両家の仲は最悪だったのじゃないかと思っている」

「ほう、それで?」

「伯爵家が滅ぶ前、子爵令嬢が盗賊に襲われるよりさらに前に、子爵家の当主が何者かに殺害されている。これが伯爵家のしわざだとすれば、伯爵家滅亡はその報復だと考えるのが妥当だ」

「……子爵家当主殺害が伯爵家のしわざならば、令嬢が盗賊に襲われたのも伯爵家のしわざではないか? となると、俺に似た男も伯爵家が雇ったことになるが」

「確かに誰もがそう考えるだろう……しかし、私は盗賊の件はブラフだと思っている。そもそも、ザードと名乗る男がお前だとすると、伯爵家が雇うことは不可能だ。お前が公爵領領都を出た日から計算すればな。しかし、盗賊の件がブラフならば話は別だ。令嬢を襲った盗賊と認識されていれば、誰もザードと名乗る男が伯爵家滅亡に関わっていると思わないからな」

「根拠は?」

「ない! ただの直感だ」

 堂々と告げられ、ザインは「困ったな」という顔をするしかなかった。

 一方で、それを見た瞬間、ソレイユは確信していた。

 ああ、間違いなくこの男がやったのだ――と。

 ソレイユはザインザード・ブラッドハイドという男に関する情報を求めると定期連絡に記載した。そして返ってきた回答に、子爵家当主殺害事件や子爵令嬢誘拐事件、伯爵家滅亡事件、ザードと名乗る若い男のことが記載されていたのだ。

 その時点で、ザードがザインであることは確実なのだが、情報源を明かせない以上、ソレイユは「直感」と言い張るしかない。

「……伯爵家が滅亡したことは俺も知っている。だが、それを子爵家の報復だとすることは、不可解な点があることから否定されたはずだ」

「日数の件か。子爵家の当主が殺害されたのは令嬢が盗賊に襲われる数日前だが、子爵家の者がそれを確認したのは伯爵家滅亡のわずか四半日前。確かに、報復にしては早すぎると言われている。しかし、もしもお前が両家の不仲を知っていて、もしも子爵家の当主が殺害されたことも知っていたとすれば――そして最初から伯爵家を滅ぼすことが目的だったとすれば、全て合点がいく!」

 ソレイユはそう言い切ったが、ザインはただ呆れたように首を振るだけだった。

「合点も何も、根拠が全て貴様の想像ではないか……」

「し、しかし――」

「しかも、仮に全て貴様の想像通りだとして、どうして子爵令嬢を襲えたんだ? まさか単なる偶然だとでも言うつもりではないだろうな?」

「ぐっ……むぅ……」

(確かにそこだけがわからない……。子爵令嬢は伯爵領に向かう街道を通った理由を話していない。あくまで偶然だと証言していると記載されていた。しかし、盗賊は明確に子爵令嬢を狙っていたらしい。名すら聞かずに子爵家に身代金を要求すると言っていた、とも。いったいどうやってその日に子爵令嬢が通ることを知ったのだ……?)

 ソレイユはザッハトルテ子爵家とサーターアンダーギー伯爵家の確執を知らない。いや、知らなくとも両家が卸している塩の価格と品質を知っていれば推理できたはずなのだが、定期連絡にはそのことまで記載されていなかった。

 だから詰めが甘くなる。

「…………き、きっと何かから予想したのだ! そうだろう!?」

「何かとは何だ……それではただのこじつけだな」

「むぐぅ……」

「もういいか? そもそもだな……ザードという男が俺なわけないだろう。俺は魔法どころか魔力すら使えんぞ」

 そう、確かにザインは魔力すら扱えない。

 だが、ソレイユは知っている。ザインがラプラスの使徒だということを――十番目だということを。

 ラプラスから与えられる力に、魔力など必要ないということも。

「――いいや、まだだ」

 告げると同時に、弓を構えるソレイユ。

「……どういうつもりだ?」

「お前がザードか否か確かめる方法が一つだけある。時間はかかるが、子爵令嬢に面通ししてもらう」

「それは困るな。俺達は気ままな旅中の身、誰に指図されても道は変えん」

 弓を引きしぼる音が鳴る。

「……ならば――力尽くでも連れていく!」

 矢は寸分たがわず狙い通りザインの右足へと吸い込まれていき――

ウォール

 ――突如出現した黒い壁に弾かれた。

「……魔力を感じない……その力、魔法じゃないな?」

「さてどうだろうな?」

 これは「異端の影」の力の一端である。影でありながら物理的な影響力を発揮する。しかも魔力を纏わせた矢を防ぐほどの強度で。

 だが、何も知らない者が見れば奇妙な魔法だと思うだけのはずである。にもかかわらず、ソレイユは一度見ただけで魔法ではないと看破した。

 魔法ではあり得ない現象を起こす力を知っていたからだ。

「「カロン(ちゃんは)、下がっていろ(いなさい)」」

 問答している間、ずっとオロオロとしていたカロンに、二人同時に同じことを告げる。

 それが合図だった。

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