第6話 前夜、後に開戦

大会前日、病室にて


    

 「おや、歌純かすみ。来てくれてありがとうねぇ。」

 

 

 「ううん、最近来れなくてごめんね。」


 

 「週に一度は必ず来てくれているから、充分だよ。」



 「そうかな?本当はもっと来たいけど、おばあちゃんが満足しているのなら、良かったよ。


 ところで...さ、手術の日っていつになったの?」



 「手術はねぇ、来週末だよ。先生が言うには、今のところ転移はしていないから、手術が成功すれば、良くなるって言っていたかねぇ。


 とはいっても、出来ることなら手術はしたくなかったよ。自分の年齢を考慮すると、やっぱり不安にーー」



 (って、何を都合の良い言い訳をしているんだろうねぇ?手術を嫌う本当の理由は、自分が一番分かっているんだよ。


 歌純の母で、私の娘の聡子さとこが出産時の手術で亡くなった事。もう16年位前の事だけれど、今でも鮮明に覚えているよーーー



 「聡...子っ。ねぇ、嘘でしょう?なんで、あの子が亡くなって、お腹の子だけが生きているの?なんで...どうしてよっ!」


 

 「律子りつこ、我が子が亡くなって、悲しいのは分かるが、ひとまず落ち着こう。なっ?


 生まれてきた子に当たっても、良いことなんて、何もないじゃないか。」



 「ふふっ、貴方はいつも、誰に対しても分け隔てなく優しいわねぇ。


 でも、私は違うわ。聡子を犠牲に生まれてきた子に対して優しく接するなんて...無理よ。


 だからなるべく距離を置いて、関わらない様に...」


 

 「それはダメだ!律子、考え直してくれ。あの赤ん坊は、聡子が遺した唯一の子。つまり、俺達のたった一人の孫でもある。


 その子を愛さないで、聡子に顔向けできると思うか?


 もしくは、自分の人生を微塵みじんも後悔なく終えられるか?」



        「・・・」


 

 「確かに、もう一度聡子と再会する事が出来たとしても、胸を張って会いに行けないだろうねぇ。


 ...分かったよ、私なりに努力してみるから、貴方も一緒にお願いね。」



 「あぁ、必ず愛すよ。律子と同じ位、いやそれ以上に。」


 

 なんて、約束はしたけれど、あの人も事故で亡くなってしまったからねぇ。


 しかも、ただの事故では無くて、見知らぬ子供を庇った結果というのが、何ともあの人らしくて...)


 

 「ーーちゃん、おばあちゃん!大丈夫?」


 

 「おや、ぼうっとしていてごめんねぇ。何の話だったかな?」


 

 (誤魔化しているみたいだけど、不安だよね?よしっ、明日の意気込みを言って、元気づけよう。)



 「手術が不安だって話をしていたの。でも、大丈夫だよ。おばあちゃんが元気になる様にって願いを込めて歌うから、ちゃんと観ててね!」


 

 「うん、明日を楽しみにしておくよ。」


 (ねぇ、貴方。見ているかな?私達の孫は、こんなにも立派に育ったよ。


 けど、もう少し成長を側で感じて、支えさせて欲しいねぇ。)


       

       ◆◇◆◇◆

 

 

 次の日、カラオケ大会に参加するメンバー12人が会場に集合した。そこには、因縁のあの人も...


 

 「やぁ、まさか本当に君も出場するとはね。」



 (うわぁ〜、弦司げんじ君も出るの?強気な事を言った手前、気まずいよ。)



 「そうだね、私も知人に会うとは思っていなかったよ。弦司君はピアノだけで無く、歌も上手いんだね。」


 

 「はっ?馬鹿にしないでもらいたいね!僕はピアノ以外にも、様々な習い事をしているし、その全てに対して真剣に取り組んでいるのだから。」


 

 (まぁ、今回の大会に関しては、番組側がネームバリューを欲したという理由もあるだろうけど。


 でも、結果を残せば知名度は上がるんだ。そうすれば、きっと両親も...)


 

 「皆さ〜ん。ようこそっ、カラオケ大会へ!今からルール説明をするので、聞いて下さい。


 ちなみに...生放送なので、スタジオにカメラを回していますよ。


 まず、AとBの二つのリーグに分かれて頂き、予選を行います。これは順番に歌ってもらい、点数の最も高かった人が勝ち上がる形式です。


 次に各リーグを勝ち上がった人同士でぶつかってもらい、それに勝った人には、前回大会の優勝者との決勝戦を行なって頂きます!」


  

       "ザワザワ"



 「は〜い、静かにしてね。それでは、説明も終わったので、予選を始めますよ。組み合わせは...こちらっ!」



 (えっと、私がAで弦司君がB。よかった〜別リーグだ。


 さて、歌うチャンスは最大で三回...確か望音もねはこう言っていたよねーーー



 「大会に出るなら、何曲か歌う事になるはずだけど...あの曲は、いつ歌うのかな?」



 「えっ、最初に歌うつもりだけど...ダメ?」


 

 「う〜ん、勝ち上がる度に上手い人と当たる事になるから、最初は勿体無いよね〜。決勝か、準決勝辺りがイイかも。


 勿論、最初も点数を取れる曲を選ばないと失敗するから、気をつけてね!」



 ーーーよしっ、最初は好きな曲より、高得点を出せる曲にしよう。)



 歌純の選択は功を奏し、0.3点差で予選を勝ち抜いた。そして迎えた準決勝、相手は...



 「この光景に、既視感を感じるんだが...てっきり敗退したかと思ったのに。」



 (えぇ〜、準決勝で弦司君と当たるの?

重圧プレッシャーでいつも通りに出来ないかも...。)

                  

                  続く

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