第5話 二人の歌声
「何気にカラオケ来るの、久しぶりかも!
歌純っちは、よく来るのかな?」
「えっと...実は、初めてなんだよね。」
「えっ、マ?今までどうやって練習していたの?」
「おばあちゃんが、家用のカラオケ機器を買ってくれたの。」
「あぁっ、なるほどね...」
(歌純っち、羨ましいなぁ。望音の家族も、それ位協力的だったら、今頃はーー
なんて、考えるのは止めよっと。今は、歌純っちの歌唱力アップが最優先だよね!)
「それじゃあ、得意な曲を数曲聴かせてくれるかな?
「採点機能?私、今まで使ったことがないかも。」
「えっ、本当に?歌が上手くなりたいなら、絶対使うべきだよ!音程バーが出るから、音が取りやすくなるし...」
「分かった、使ってみるね。」
(今まで、自分の歌を評価する必要が無かったから使わなかったけど、大会に出るって事は、評価されに行くって事だもんね。
大丈夫かな?酷い点が出たりしたら、自信無くしそう。)
「えっと、試しに二曲歌うね。」
◇◆◇◆◇◆◇
「う〜ん」
(二曲歌って、点数が87点と91点だから、かなり上手いとは思うよ?よく通る声で声量もあって、聴きやすかったし。
でも、今まで音程バーを使わないで歌っていたからか、音程が安定していない気がするね。
まぁ、この問題は練習していく内に改善できると思うから、一旦置いておくとして、もう一つ、重大な欠点があるんだよね。
これは、伝わるか分からないけど、とりあえず言ってみよう!)
「ねぇ、歌純っち。この画面に表示されている、小さい記号の意味って、分かるかな?」
「ごめん、分からないから、さっきは無視して歌っていたの!」
「謝る必要は無いよ♪初めて採点機能を使ったのだから、分からなくて当然だしね。
これは、『ビブラート』という記号で、声を震えさせるってイメージかな?
他にも強調したい時に使う『こぶし』とか、低い音から元の音にもどす『しゃくり』なんかもあるから、今度から少し、意識して使ってみてね、加点になるから。」
「うん、今度から試してみるよ。」
(望音ってカラオケの事、詳しいんだね。もしかして、歌も上手いのかな?)
「あのっ、良ければ、望音にも歌って欲しいの。
(どうしよう、今は歌純っちと二人きりだけど、それでも、人前で歌う事には変わりないよね。
やっぱり、望音には無理なんだよ。)
「ごめんね、歌純っち。事情があって、歌えないの。情けなくて、嫌になるなぁ〜。」
「あっ、ごめん。嫌な思いをさせるつもりは無くて...」
「全然大丈夫だよ〜。」
(そっか、歌純っちには望音のあのことを伝えていなかったっけ?歌純っちを信頼して、話そうかなっ、望音の秘密♪)
「ところで、気になるよね?カラオケに詳しいのに、望音が歌わないの。」
「うん。実は、結構気になっているよ。」
「そんな大した話ではないんだけどねーー
望音も幼い頃は、Mionに憧れて、歌手になりたかったの。だから、家や学校、とにかく場所を問わず、
でもある日、弟が望音に対して、『変な歌声だね』って言ったの。
その時、弟はまだ五歳だったから、悪意があって言ったんじゃないってことは、分かっているんだよ。
けれど、身内がこんな評価をするなら、実際に沢山の人の前で歌ったら、どれ程多くの批判が望音に向けられるのかなって、怖くなったの。
だから歌うのは止めたんだけど、音楽が好きって気持ちだけは残って、聞き専になったって訳。」
(望音の境遇、少し私と似ているかも。特に、誰かに低い評価をされて、自尊心を傷つけられた所とかね。
だからこそ、私が元気づけたいな。)
「望音、一瞬でも良いから、歌ってくれないかな?直接聞かれるのが嫌だったら、録音した物でも良いから、お願い!」
「歌純っち、さっきの望音の話を聞いていたの?もう、歌うのは止めたって...」
「また、歌う事を続けて欲しいって意味では無くて、ただ、誰かに認められる事の喜びを知って欲しいだけなの。
私の場合は、おばあちゃんが認めてくれたけど、望音の周りには、そういう人が居なかったんだよね?」
「確かにそうだけど...気を遣って褒められても、
「そんな事しないよ、私の正直な気持ちを望音に伝えるから。」
「分かった、そういう事なら、一曲だけ...」
◇◆◇◆◇◆◇
「正直に言うと、
「いや、大丈夫だよ!でも、何か不思議な感じ。あんなにも歌う事が怖かったのに、今は大したことの無い様に感じられて...」
「そう思ってくれたなら、良かったよ。ところで、さっきの曲はMionのデビュー曲だよね?
私、あの曲で応募したいんだけど、どうかな?」
「いや、止めた方が良いと思うな!」
「何で?歌詞は全部覚えているのに...」
「歌詞を覚えているかの問題じゃ無くて、技術力の問題かな。
この曲は、音程の変動が激しいのに加えて、ビブラートも多用するから、今の歌純っちとは相性最悪なんだよね。
練習を続ければ、応募する時までに相応のクオリティにはなるかもしれないけど、リスクが大きいから、出来れば止めた方が...」
(確かに、難しい曲より、歌いやすい曲で勝負した方が、勝算は高くなるよね。
私の本来の目的は、大会に出る事なのだから、合理的に考えて、自分のエゴは抑えないと。)
「分かった、応募曲にするのは止めるね。
でも、もし大会の時までに望音を納得させる位、上手くなっていたら、その時は歌っても良いよね?」
「望音がというよりは、採点で98点以上出せる様になったら、大会で歌っても良いと思うよ。」
「98点...分かった、頑張るよ!」
その後、約一か月間、歌純は練習を重ね、得意な曲で大会に応募した。
結果は見事、大会出場を勝ち取り、二ヶ月後の本番に向けて、更に練習に励んでいた。
そんな中迎えた大会前日、歌純は祖母の入院している病院へと向かったのだった。
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます