第2話 無念の合唱コン
「えっ...
「はぁ...今までやんわりと伝えていたのに、気付かなかったの?
一言で説明すると、君は裏声で歌わないで、地声で歌っているから、君がいるだけで全体の調和が乱れるって事。
だから、明日の合唱コン、君には歌わないで欲しい。」
(まぁ、理由はその他にもあるけどね。良くも悪くも、
本番は僕の親含め、沢山の観客が来るのに、僕の演奏より目立つ人がいたら、僕が一番じゃなくなる。そんなのは...嫌だ。)
「えっ...いきなりそんな事を言われても、私、どうすれば良いか分からないよ。」
「迷っているみたいだけれど、もし君のせいで、このクラスが最優秀賞を逃したら、どうするつもり?責任を取れるの?」
(それって、私が歌う事で、皆の迷惑になるって事?もし、皆から責められたら...私、きっと耐えられないよ。
それなら、弦司くんの言う通りにするしか...)
「分かっ...た...。私、明日は歌わないことにするね。」
「うん、そうと決まったら、今から皆に伝えに行こうか。君が歌わないって事を。」
音楽室にて
「皆、少し聞いて欲しい話があるんだ。明日の合唱コン、歌純さんは歌わない事になった。」
"ザワザワ"
周りがざわつく中で、クラスの女子生徒が、発言をした。
「あの...何でそんな事に?歌純って、歌が上手だった様な...ひぇっ」
彼女は酷く動揺した。それは、かつて見たこともない程、酷い
そのため、彼女には黙る他に選択肢は無かった。
「僕はこの選択が僕達のクラスが最優秀賞を目指す上で、ベストだと判断したんだ。
皆も賛同してくれるかな?」
「弦司さんが言うなら、その通りに決まってるっす!」
『そうだ、そうだ!』
「歌純っ、本番は歌わないでよね。」
(皆もこう言っているし、私が歌いたいって気持ちを我慢すれば良いだけだよね。)
「うん...分かった。」
◆◇◆◇◆
歌純の家の食卓にて
(うぅ、辛い顔してたら、おばあちゃんを心配させちゃうから、なるべく隠さないとね。)
「おばあちゃん、食器運ぶの手伝うよ。」
「あらあら、ありがとうねぇ。今日は歌純の為に、カツ丼にしたから、沢山食べてね。」
「うん...ありがと。確か明日の合唱コン、おばあちゃんは来る予定だったよね?」
「そうだよ。本当は地域の清掃ボランティアの日だけど、孫の晴れ舞台の方がずっと大切だからねぇ。」
「わぁっ、おばあちゃんが来てくれるの、楽しみだよ。」
(本来なら、そうなるはずなんだけどね。明日は来て欲しくないよ。
だって、折角来てくれても、私の歌を届ける事は出来ないんだからね。)
「うぅん?何か歌純、無理している感じがするねぇ。体調は大丈夫かな?」
「えっと...最近歌の練習を頑張っていたから、疲れが溜まったのかもね。今日は早めに休むよ。」
「うんうん、体調には気をつけてねぇ。」
(何だか体調が悪いだけには見えないけど...何かあったのかねぇ?でも、今は疲れているみたいだから、そっとしておこうかね。)
合唱コン当日、学校にて
「ついに、合唱コンの日がやって来たね。皆のベストを尽くして、最優秀賞を掴み取ろう!」
『おぉっ〜!』
(私達の順番はニ番目だから、そろそろ移動しないとね。
あっ、おばあちゃん、もう観客席に来てるの?わざと遅めの時間を伝えたのに...
とにかく、やり切るしかないよね。)
「次は、三年三組の合唱です。拍手で迎えましょう。」
指揮者が合図をすると、皆の姿勢が整う。その後すぐに、ピアノの伴奏が始まった。
"♪〜♬〜"
優れたピアノの腕前を持つ弦司が奏でる音色が、会場中の注目を惹きつける。勿論、歌純の祖母も同様に。
(あの男の子、ピアノが上手だねぇ。これは、歌純達の歌声も、より一層引き立つはずだよ。)
少し間を置いて、歌純を除く全員が歌い出した。
『空高く〜 飛び立つ〜 鳥の様に〜
なりたい〜』
(うぅん?歌純の声が聞こえてこない様な...合唱だから、周りに溶け込んで、分からないだけかねぇ?)
祖母が思考を巡らせている間に、合唱は、サビパートに到達した。
『自由を〜 求める〜 僕ら〜は〜
いつか〜』
迫力があり、調和の取れた伸びやかな歌声が、会場中に響き渡る。
(確かにすごい歌声だけど、歌が大好きなはずの歌純が、笑顔じゃないのはおかしいねぇ。
ためらわず、後で理由を聞こうかね。)
その後、三年三組の合唱は大絶賛され、見事最優秀賞を勝ち取った。クラスメイト達は大層喜び、弦司も誇らしげな表情をしていた。
ただ一人を除いて、三年三組は一つになったのだ。
✴︎ ✴︎ ✴︎
帰り道にて
「最優秀賞、取れて良かったねぇ。でも合唱中、全然楽しんでいる感じがしなかったけど、どうしたのかな?」
「おばあちゃん...あのねっ、私、今日歌ってないの。私だけ、口パクしてたの。
なのに、クラスは最優秀賞を取っちゃって、私、喜ぶどころか、悲しくて、悔しくて...」
"ポタッ、ポタッ"
「うっ、うわぁぁぁん!私も、歌いたかったのに、弦司くんが、皆が歌うなっていうから、自分の歌の全部を否定された気がして...
私の歌が好きな人なんて、きっと居ないんだって」
"ギュッ"
「居るよ...ここに居るんだよ。おばあちゃんは、歌純の歌声が好きで、楽しそうに歌っている姿も、一生懸命頑張っている姿も大好きだからねぇ。
お願い、それだけは、忘れないでねぇ。」
「おばあちゃん!ありがとぉ〜」
(この時に、私は決めたの。もし、この先おばあちゃんが辛い目に遭っている時、絶対に助けようって。
だって、ずっと側にいて欲しいから。)
続く
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