第4話〈猫の柴田に連れられて〉

 柴田と名乗る猫(?)に連れてこられたのはーーユユが住んでいる桜荘だ。

 門の前に立つと「にゃあ」と柴田の一声で施錠が解除される。静かな音で門が開く。

 先に続く柴田を追う形でみよりが敷地内に入ると、勝手に閉まっていく。

 呆気に取られている間もなく、しゃーっと柴田が車輪を回転させて進むものだから、みよりも早足になってやっと柴田に追い付いた。

 鉄骨の建物の裏に、木造の建物が存在していた。

 鼻につく木の匂い。

 柴田に続いて中に入ると、長く続く廊下は小学校を思い起こさせてなんとなく懐かしい気持ちになる。

「おいこっちだ」

「う、うん」

 柴田は点にしか見えない両目とくるんとした形で閉じている口と尻尾を震わせてみよりを誘う。

 扉を引いてみよりは恐る恐る挨拶を口にした。

「お邪魔しま~す」

 そっと室内を見回す。するとすぐにベッドに気づいてその上で上半身を起こしている銀色の物体を確認。

 それは間違いなくユユだった。

 衣服を脱いでおり窓から外を眺めている。

「ユユさん?」

 顔が見えないのでまだ疑心暗鬼になるものの、振り返って返事をしたその顔はユユで間違いない。

「はあい」

「・・・・・・っユユ、さん」

 小走りで駆け寄るとユユが服を着ていないので恥ずかしがり、ベッドに潜ってしまう。

 その見た目はSFに出てくるロボットそのもので、前より光沢があり、光を反射しているようだ。

 ユユは突然姿を見せなくなった事について謝罪するとベッドの中から状況について説明する。

 身体のメンテナンスの為に手術を受けていたという。

 ユユは50歳を越えており、生身である脳と内蔵が衰えてきて、更に身体を構成しているメタル素材も劣化が著しいとの事。

 腕のいい医師と技師が政府から派遣されたので、一月は安静が必要との事らしい。

 ならばその間はお見舞いに通うと言い張るみよりに、ユユは顔を振る。

 不満の声を上げるみよりに柴田が答えた。

「ここは関係者意外は本来は立ち入り禁止だ」

「え、そうなの」

「今日は特別に許可をもらったから連れてこれたんだよ」

 そういう柴田が興奮して尻尾をぶんぶんする。

「なに笑ってんだ、ああん?」

 子供が見たら飛び付きそうだなと思っていたら、表情に出たらしい。

「みよりちゃん目は大丈夫?」

 その質問には曖昧になるみより。右目はかすむので、見えにくいのだ。

 みよりは話題を変えた。

「メンテナンスが終わったら、またカフェにいきましょう」

「ええ。いつまで行けるかしら」

「?」

「だいぶ身体が衰えちゃってね、いつまで自由に外へ出れるかわからないの。もしかしたらベッドから出れなくなっちゃうかもって」

「そんな」

 絶句するみよりに柴田が口を開く。

「ユユみたいに脳と内蔵意外メタル化っていうんだと、どうしても生身の方に負担が大きいんだよ。もう味覚も視力も聴力も衰えてるはずだぜ」

「ぜんぜん、わからない」

 驚くみよりにユユが笑いかける。

「自業自得だもの。仕方ないわ」

「あの、なにかできる事があれば」

「ありがとう」

 みよりはカフェでの会話を思い出していた。

 味覚はほとんどわからない、それは聞いていた。

 それだけでも生きている意味はあるのかと疑問が沸いた。

 ーー苦しい筈なのになぜ黙って生きているのだろう。

 普通の人間だった頃に戻りたいとは思わないのだろうか。

 普通の頃にできていた事を思い出して悲しくならないのだろうか。

 ーー例えば、普通に目が見えていた頃に戻りたいって。

 みよりは漠然と何かできないかと考える。

 だが、その場では結局なにも伝える事はできなかった。

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