第5話〈偏見の目〉

 お見舞いを終えたみよりは門前まで柴田に見送られて、去る間際にある疑問を口にする。

「ねえ、貴方はロボットなの?」

「ああ。そうだ」

「そっか」

「ユユのことは心配すんな、佐野がついてるからよ」

「佐野さんって?」

 柴田は鉄骨の建物に尻尾を向けて指し示す。

「政府から派遣された技師で普段はここにこもってる」

「へえ」

 ぼんやりと灰色の建物を見つめていると、ふいにその入り口が重い音を立てて開かれたので困惑した。

 中から男性が出てきたのだ。

 汚れた作業服を着ており恐らく「佐野」だろう。

「こんにちは」

「お、どうも」

「おう。ちょうど良かった。こいつはユユの友人のみよりってんだ」

「へえユユさんの。佐野といいます」

「あ、飯田みよりです。よろしくお願いします」

 ぺこり、そんな感じでみよりが一礼すると、佐野がへらっと笑って挨拶を返してきた。

 佐野の顔をじっくり見ようとしたみよりだったが、右目のかすみ具合が酷くてしんどさに目を閉じる。

「どうかした?」

「い、いえ」

「暗くなってきたしよ、駅まで送ってやってくれ」

「え、いいですよ、そんな!」

「あ~まあ、どうせ、俺も帰るんで。着替えてくるんで待ってて」

 そう軽く言い捨てて佐野は木造の建物へと入っていく。

 十分後、佐野がスウェット姿で戻ってきた。

 柴田と別れ、下り坂を連なって進み、秋葉原駅に向かう。

 途中で会話を交わすものの、妙なところで途切れてしまう。

 だが、佐野の言葉が気になってみよりは問いかけた。

「そんな宗教団体があるんですかこわいですね」

「そ。身体をメタルに変えた人間は、ロボットになる事で自分の命を捨てた。だから、人間扱いをする必要はないっていう考え」

「私には酷い考えだなって感じます」

「まあ、世間の捉え方は複雑だわね」

 佐野がおどけたように笑う。

 技師としてはどう考えてるのか、少し気になってしまうが、出会ったばかりなので躊躇した。

 秋葉原駅までたどり着き、みよりは佐野にお礼を述べるとまっすぐに改札に歩いたつもりが、無様につまづいて転びかけた。

 そこを佐野に支えてもらい、事なきを得る。

「あぶないあぶない」

「す、すみません、ありがとうございます!」

「気を付けなよ~」

 明るい佐野に救われたと思った。

 それから佐野と連絡先を交換したみよりは、彼と連絡を取り合うようになり、その都度ユユの状態を確認していた。

 今のみよりはどうしても暗い方向に結末を考えてしまうのだが、佐野からの連絡内容は明るいもので安心を覚える。

 その返信になんとなくみよりは「佐野さんの力でも、ユユさんの悪くなったところを直せませんか」と書き込んだ。

 衰えた味覚、視覚、聴覚。それには佐野からの返答はなく、最後のやり取りから一週間後。

 みよりは桜荘に呼び出され、ユユが味覚を取り戻した事実を聞かされて喜んでいた。

 ユユはベッドからすでに起き上がり、見慣れたワンピースに身を包んでみよりにお辞儀をする。

「ありがとう。みよりちゃんがお願いしてくれたのね」

「え、えっとべつにそんな」

「いやあーあいつはやっぱ天才だよ」

 柴田が楽しそうにくるくる回る。

「でも、すごいですね、いったいどうやって」

「わたしの舌は生身なんだけど、味覚を感じる為のチップをいれてもらったの。ごく微少でなんの違和感もなくて助かるわ」

 おっとりとした口調で固い手のひらをあわせて喜ぶユユ。

 そのくぼんだ目も柔らかくなっている気がしてみよりも嬉しくなる。

 相変わらず右目は霞んで悪化しているが、表情に気を付けた。

「そういえば佐野さんは」

「あいつ今日は休み~」

「そうなんだ」

「せっかくだから一緒になにか食べに行けたらっておもっってたんだけどね」

 ひとまず今回はみよりとユユの二人で食事に行くこととなった。

 いつものカフェに入ろうとするユユをみよりが止める。

「お寿司とかどうでしょうか?」

 と誘ってみるとユユは興奮した様子で何度も頷いた。

 この時、ユユは帽子を忘れてしまっていたのだが、みよりも気づかずに、そのまま寿司屋に入ってしまった。

 店主がユユを確認してどこかに連絡をいれたのでみよりは肝を冷やす。ユユも同じように緊張している様子だった。

 小声でユユに話しかける。

(大丈夫ですか)

(ええ)

 確認を終えて店主はぎこちない表情でカウンター席に座るよう促す。周囲の客は時々こちらを見ては黙々と寿司を食べていた。

 みよりは始めは気にしていたが、ユユが感激の声をあげてお寿司をぱくぱく食べるので、やがて気にしないでおこうとやり過ごした。

 満足したみよりとユユはお寿司屋を出て、西日の中を並んで歩いていたのだが、すれ違う人々を眺めていたユユが突然叫んで立ち止まり、みよりは驚いてしまう。

「帽子忘れちゃった!!」

「え、あ」

 ようやく帽子がないことに気づいた二人。

「もしかして桜荘におきっぱなし?」

 頷くユユを確認して、みよりは頭に被れそうなものを持ってなくて後悔する。

 なんとなく嫌な予感を覚え、スマートフォンでSNSを覗いてみた。

 お寿司屋にいた客がやたら静かだったのが怖い。

 検索をするとある呟きが目に入る。


『ロボットが寿司食ってた』

『見た目やばいグロい。食欲失せた』

『一緒にいた女の人、監視の人なのかな、普通の人にしか見えなかったけど』


 それは数名の呟きであり、それぞれ秋葉原にいるという公言のあとに書いていた。

 呟いているだけならまだマシだったが、極めつけは写真つきでほぼ特定できるレベルのものがアップされていて、血の気が引く。

 ーーどうしよう、あんな大きいチェーン店に入るんじゃなかった。

 ーー私、まだ次の会社見つかってないのに。

「みよりちゃん? 大丈夫?」

「あ。だ、だいじょうぶ」

 すっかりユユを忘れていたと自分にショックを受けたのもつかの間、突然の吐き気が込み上げてうずくまる。

「みよりちゃん!」

「え、なに、これ、やばい」

 みよりの世界は暗転した。


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みよりとユユのメタルなご縁 青頼花 @aoraika

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