朝-残像

目を覚ますと、寝室にはもう朝の光はなかった。二日酔いではないが、普段よりも体に重さを感じる。明里は壁に掛けられた時計の時刻を確認したあと、ベッドに横たわるフィアンセの寝顔をぼんやりと眺めていた。ふと、ここ最近自分が一人でいる時間を失っていたことに気がつく。昨夜のバーでの時間と同じように、明里の意識はまた過去へ向かった。



明里が大学生の頃、母親は再婚した。相手は客商売をしていた母を懇意にしていた複数の男のうちの1人だった。

再婚した父親は明里の血縁上の父親よりも年上で、明里が中学生の頃には既に母のとの交際が始まっていたが、母は明里に負担をかけまいとして明里が高校を卒業するまで打ち明けることはなかった。

再婚の話を聞いた明里は母の幸せを誰よりも喜んだ。自分が母の重荷になっていたことに気づかないほど明里は鈍感ではなかった。

ある日、明里が急に体調を崩したとき、母は献身的に看病をしてくれたが、その日の夕方母は窓の外を眺めながらひどく落ち込んでいた。

よく自分では探しきれない白髪がないか明里を呼んで確かめさせた。普段忘れてしまうような些細な出来事が、まるで現実を納得させるかのように思い起こされた。

明里は自分自身が二人にとって不適切な存在になるであろうと思った。

最悪の場合は彼女の存在によって二人の関係は予期せぬ破滅に見舞われるかもしれない。直感的ではあったが、強烈に。

そして明里は家を出ることを決意した。大学の寮も選択肢としてはあったが、明里は江古田の住宅街にある1Kのアパートを選んだ。

こざっぱりとした街並みで、活気のある商店街の中にある静けさが好きだった。

明里は大学生のサークルで出会った男と適当に交際をはじめ、そしてとくに何事もなく大学を卒業した。



5秒ほどの硬直あと、明里はフィアンセを起こさないように、そっと洗面台に向かった。キャミソールと下着を脱ぎまじまじと自分の身体を眺めながら、ふと自分の毛髪に一本の白髪が光っているのが見えた。仮に白髪まみれになったとしても私は無力にそれを受け入れるだろう。明里はそれが可笑しなことのように思えて、ため息を混ぜながらとても小さく笑った。


浴室から出て支度を整え、寝ぼけ眼のフィアンセと作り置きの朝食を食べた。(シャワーを浴びた後白髪は抜いた。)

「ゆう君。今日行ってくるから。作りおいてたもので適当にやりくりしておいて」と明里は事務的に言った。

「おお」とフィアンセはいつも通りの調子でそれにこたえた。


明里はフィアンセのBMWのエンジンをかけ、瀬尾が待つファミリーレストランへ向かっていった。

-あなたもそうなのね- 明里は今、自分自身にこの言葉を反芻していた。

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