day7
翌日は激しいノックで起こされた。
扉の奥でニシサカが叫んでいる。どうやら祝勝会をやりたいらしい。しかし、昨日ですっかり気力を失ってしまったぼくらは、空返事を繰り返した。
最初のうちはニシサカも聞き分けがよかったけれど、いっこうに動き出さないぼくらを待ちきれなくなったのか、いよいよドアの前から離れなくなってしまった。
「なんで、しつこいのかしら」ユキコは、ぼうっと外を眺めていた。「外は、晴れているわね」
ユキコがあまりに元気のない様子だったので、キョウスケは「仕方ねえ、顔だけでもだしてやるか」と重い腰をあげた。
ユキコはどうすると尋ねる前に「わたしはいい」と断られてしまったので、仕方なく男たちだけで参加をすることにした。
祝勝会といっても、いつもの朝食バイキングに酒が足されたくらいで目新しいものはなかった。唯一の違いはニシサカがやたらしつこかったことだ。ぼくらが部屋に戻ろうとすると退路を防いで帰らせないようにした。
いよいよ解放されたときには、夕日が沈みかけていた。
命をかけた呪いと戦っているというのに、気楽に遊んでしまったぼくらは怒られるのではないだろうかとびくびくしながら部屋に戻った。
ユキコは怒るどころか、お帰りと今朝と変わらない体制のままぼくらを迎え入れた。いくら無気力になったとはいえ、ユキコにどうしたのかと尋ねた。
「ようやく呪いから解放されるかもしれないんだぞ」
勉強してないくせに。とぼくがおどける。するとユキコが返す刀で「もう、必要ないわ」と答えた。
すると、ぼくが止めるよりも早くキョウスケは、ユキコに詰め寄る。「まさか、諦めたわけじゃないだろうな」
「諦める?」とユキコは怯むことなく怪訝な顔をした。「まだわかってなかったの?」
「生憎、おまえよりずっと頭が悪いもんでな」
ユキコは「悪かったわ」とため息をつく。「てっきりふたりとも気づいたのかと思ってた」
「だから何にだよ」
ユキコは頭のなかを整理するように間をおいてから口を開いた。
「この世界は、わたしたちが生還できるように作られた世界なの」
作られた世界。ぼくにはすんなり受け入れられない言葉だった。「いったい、だれに」
「そうでしょう、カストロ」ユキコが呼び掛けるとどこからともなく幽霊が姿を表した。
「ユキコは賢いな」とカストロが言うとあなたがやりすぎただけとユキコは否定した。
「クーデターの犯人が消えるなんて、あり得ないもの」ユキコがいうにはつくりが甘いらしい。
「ぼくは映画監督でもなんでない。ただの幽霊だ」
「ただの幽霊がやる演出とは思えない」
目的はなに? とユキコに尋ねられてもカストロは「なんのことやら」と知らぬふりだ。
もちろんぼくらはついていけていない。「ぼくらは、生き残れるの?」
今日、問題に答えられたらという条件に代わりはない。「ぼくは加減するつもりはない。生き残るつもりがなければ間違えればいいさ」
「死にたいなんて」思うわけがない。普通なら。
「わたしたち、本当に旅行にきたのかしら」
*
カストロが消えた後、ぼくらはユキコから提案を受けて話し合いの場を設けた。議題は「わたしたちは生きたいのか」だった。
「どういう意味だよ」とキョウスケは納得がいかない様子だ。生き残るためにずっと努力をしてきたし、遊ぶことだって我慢した。「それを、いまさら諦めるってことか?」
「そうじゃなくて」とユキコは冷静に返した。
「おかしいと思わない? クーデターにしても、ニシサカにしても、ここで起きる出来事はわたしたちにとって都合が良すぎる」極めつけは捕らえたはずのクーデターの犯人が消えている。「まるで、役目を終えたみたい」
言われてみれば、ぼくらはニシサカに誘導されるようにクーデターと対峙することになった。カストロから与えられた課題だって、直前までぼくらが勉強をしていた就職活動の課題だ。「じゃあ、カストロは、ぼくらを呪い殺すつもりなんて、なかったってこと?」
ユキコに聞いたところで解をもっているわけではない。「でも、ナオキの言うとおり、わたしにもカストロの目的が呪い殺すことだって思えないの」
じゃあ、カストロは何がしたいんだ。
「おれはわかったぞ」しばらく沈黙が続いたあとにキョウスケが切り出した。
「お前たちも、カストロが作り出した罠なんだろ」
突然なにをいいだすかと思えば「ぼくたちが偽物だっていうのかい?」
「だってそうだろ、カストロは偽物の人を作り出せるっていうんだから、お前たちが偽物じゃないっていう証拠はどこにある」
生きていることを証明しろといわれて、ぼくには方法がわからなかった。「ぼくらは、ずっと友達だったじゃないか」
「ああ、おれもそう信じてたよ」
一度疑われてから再度信頼されることは難しい。ぼくがいくら説明をしたところでキョウスケは聞く耳を持たない。
「おれはもうお前たちとはいれない」
キョウスケは部屋を飛び出した。
ぼくらは最終日にして最悪の形で仲違いをしてしまった。
*
結局、ぼくらは仲直りもしないまま最後の夜を迎えてしまった。
「思い残すことは?」カストロはあえてぼくらに尋ねたのだろう。
できることなら仲直りをしたかった。仮にぼくらがキョウスケのいうとおり偽物の存在だったとしても、七日間必死で助け合った事実は揺るがない。だけど、耳を覆いたくなるくらい恥ずかしいセリフをはくことはできなかった。
「わたしはキョウスケを信じている」
キョウスケは、ユキコの視線に応えようとしなかった。
まさかと思った。「キョウスケ、いま、何を考えているんだ」
ぼくはついカストロをみてしまった。「キョウスケ、きみは」カストロの仲間だっていうのかい。なんて、怖くて口からだすことができない。
「おれは、偽物なのか?」
キョウスケは、ぽつりとつぶやいた。聞き逃しそうになったけれど「キョウスケ、きみはぼくらの友達だ」もすぐに返した。
「けど、不思議なんだよ」
キョウスケは天井にむけて語り出した。「おれは、生きたいって、ずっと思ってたんだよ。でも、自分が偽物じゃないかって思ったら、生きたいって思いすら、偽物になっちまったんじゃないかって」
キョウスケは怖いんだ、とつぶやいた。「仮におれだけが本物で、おれだけ生き残ったとしても、お前たちがいない世界で生きている意味はあるのか」
照れくさいことを平気でいうやつだな。と思った。「ほくだって、キョウスケがいないと寂しい」触発されて一層恥ずかしい。
「おれだってそうさ」
ユキコはといえば決まり悪そうにもじもじしている。「ユキコは?」とぼくが尋ねてようやく正直に「わたしも」と答えた。
「みんな、自分だけじゃない。大事な人が消えることも、怖いんだよな」
張りつめていた空気が和らいでいくように感じた。「カストロ、おれは決めた」
待ちくたびれたよとあくびをするカストロは「問題、だしていいの?」と鼻をほじる。
キョウスケは準備ができたと言った。
「きみたちが勘違いしないよう言っておくけど、ぼくは手加減しないよ。油断したり、手を抜いたら容赦なく絶望させてあげるから」
「分かってる」キョウスケは答えた。「おれは、本気だよ」
結構。そういってカストロはいつも通り問題をだした。難易度もいつもどおり、きちんと勉強さえしていれば解ける問題だった。「資本の三原則を答よ」
そう、きちんと勉強さえしていれば。
キョウスケは固まっていた。青ざめた顔で何度もぼくらに視線を送っている。
「まさか」ぼくとユキコは信じられないと首をふった。いや、きっとそのまさかだ。キョウスケは答えがわかっていない。クーデターや余計なことに気を回してしまって、勉強をさぼったつけがでたんだ。
「さあ、どうする」カストロは陽気な小躍りをしながらシンキングタイムを待った。「言ったろ、手を抜いたら絶望するって」
時間はみるみるすぎていった。試験を何度も受けたことのあるぼくらだからこそ、焦れば焦るほど正解から遠のいていくことも知っている。
「キョウスケ、落ち着いて」なんていったところで気休めにしかならない。キョウスケはわかってると親指たてるがその表情に余裕はない。
「キョウスケ」とユキコが呼び掛けてもぎこちなく返事をするだけだ。まずい、このままではぼくたちはカストロに呪い殺される。
「もう、間違えてもいいよ」ユキコは言った。
なんてこというんだ。とぼくらはユキコに詰め寄る。「諦めるのかよ」とキョウスケがいうとそうじゃなくてとユキコは首をふった。
「分かってる。キョウスケは、本当は答えを分かってる。でも、勇気がでないだけ。あなたの頭に浮かぶ答えをいえばいい」
キョウスケは「いいのか」とぼくらに確認した。
「わたしは信じてるわ」それにとユキコは付け足す。「この七日間は本当に充実してた。この事実は不変よ。だから答えを確定させて」
ユキコは繰り返しそういった。「さあ、キョウスケの頭に浮かんだ答えを言うの」
キョウスケは答えた。
カストロは首を傾げた。「それが、きみたちの答え?」
もう引き返せない。「おれたちは、生きるため戦い抜いた」
カストロはふわふわと浮いたままぼくらを見つめた。「生きたいのなら、それが答えだ」
おれの答えはあってたのかよ。キョウスケに尋ねられてもカストロは首を正解も不正解も伝えない。「目を覚ましたとき、きみたちの目にはいったものが、何だろうと、どうか答えを忘れないでおくれ」
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