day6


 ついに決行の日は訪れた。

 ぼくらはいつものように朝食をとったあとに、いつものように同じ場所に拘束された。


 合図はぼくらがだす。ニシサカはぼくらに目配せをしてその時を待っているようだった。


 本当にうまくいくのだろうか。敵は引き金ひとつで人を殺せる道具を持っている。たかが学生三人が発起したところで鎮圧できるなんて、普通では考えられない、まるでおとぎ話だ。


 でも、やるしかない。


 ユキコ、キョウスケと目を合わせる。ふたりも自信に満ちているわけではない。けど、ぼくらは力を合わせるって約束したんだ。


「頼むぞ、カストロ」


 彼の名を呼ぶことで空気は一転した。どんよりとした嫌な空気があたりを支配すると、兵士たちは動きを止めた。


 本当止まっているのだろうか。ぼくらは心臓が飛び出しそうになりながら、物音をたてないようゆっくりと立ち上がった。


「大丈夫だよ、だれも動けない」カストロだけは唯一いつもの調子だった。ふわふわ浮きながら動かない兵士の前でおどけてみせる。


「拘束するわよ」ユキコは、兵士たちを手際よく動けないように拘束した。


「これ、持ってくか?」キョウスケは兵士から取り上げた拳銃を持っていた。


 使い方もわからないのでは意味がないとユキコに言われて、それもそうかと手放す。


 そうだ。ぼくらは戦うだけの力を持っていない。いざ兵士たちが動き出したとき、万が一ぼくらの拘束から逃れてしまったら、抵抗するまでもなく制圧せれてしまうだろう。


 本当に、うまくいくのだろうか。


「やるしか、ないの」


 ユキコと目があった。


「そうだね。もう、戻れない」


 なんだか懐かしい気持ちになった。「前にも、似たようなことがあったかな?」


「雑談はそれくらいにしときな」とキョウスケに言われて改めて気持ちを引き締める。ぼくたちは戦いの中にいるんだ。


「そう難しく考えることもないぜ」なんてカストロはふわふわ浮きながら呑気だ。「戦いなんて真剣になればなるほど周りが見えなくなるもんさ」


 真剣にだってなるさ。ぼくらは命懸けなんだ。なんてことを考えながら、他の兵士たちも念入りに拘束していった。そしてついに残るはクーデターのリーダー、カストロだけになった。


「この人が?」幽霊のカストロはまとわりつくようにしげしげとクーデターのカストロを見つめた。


 やはり生前と関係があるのだろうか。と思っていたけれど「思っていたよりもかっこいい奴だ」とだけ言って、幽霊のカストロは離れてしまった。


 気になるけれど、他のことを気に掛けている余裕はない。ぼくらは他の兵士と同じようにクーデターのカストロを拘束した。


「これで、終わりね」


 ぼくらは戦わずしてクーデターを鎮圧した。「本当に、大丈夫かな」気にしたって仕方ないのだろうけど、あまりに呆気なかったのだから不安にもなる。


「駄目ならまた出てきてあげるよ」と幽霊のカストロはぼくらにピースサインをしてから、溶けるように消えた。


 そして、時間は動き出した。


「これは、どういうことだ」クーデターのカストロは拘束されていることに気づくと、少し抵抗したもののすぐに諦めた。「どうしてぼくが捕まっている?」


 問われたものの、ぼくらもなんと説明をすればよいのかと頭を悩ませた。「正義は勝つってことで、ひとつ」


 カストロはぼくらを追及しなかった。「ぼくらは、悪だったのか」ぽつりとつぶやいて、カストロはうなだれた。「正しいと、思い込んでいただけなのか」


 カストロはふと顔をあげるとようやくぼくらに気づいたのか「きみたちは?」と尋ねてきた。「警察のひと?」


「いいや、ただの学生だよ」


 カストロは驚いた表情をした。まさか観光客に制圧されるとは思っていなかったのだろう。


「いや、なんのためにきみたちはクーデターを止めたんだ」


 それは、もちろん、生きるために。ぼくが答えるとカストロはわからないと首をふった。「ぼくらはだれにも危害を加えなさった。なのに、生きるために君たちは命を危険にさらしたのかい?」


 矛盾しているのだろうか。ぼくらは正しい回答をもっていなかった。恐らく、ぼく以外のふたりもニシサカの顔が浮かんでいただろう。ぼくらはだれかに言われたから戦った。目的もなく、与えられた大義名分だ。


「きみたちは、本当に生きたいの。それとも、かっこよく死ぬために戦ったのかい?」


 ぼくらは答えをだすことができなかった。


 沈黙を破るようにニシサカが、ぼくらのもとに駆けつけた。気づいたら決着がついていたことの驚いてはいたが、あとのことは任せろとニシサカはカストロを連れていってしまった。


 ぼくらには、勝利の余韻すら残されていない。


 *

 クーデターを制圧した功労者であるはずのぼくらは、陰鬱な空気にまみれて部屋のなかで腐っていた。


 どうにもすっきりしない。しかしその原因がわからなくて解消のしようもない。


「わけわかんねえよ」


 キョウスケの言うとおりだ。


「ねえ、もしかしてだけど」とユキコが口を開いた。いつもなら解決策をすぱっとだしてくれるユキコが言葉を探しながら喋っている。


「珍しいね。どうしたの」

「わたしたち、カストロに会わないといけないのかもしれない」ユキコは付け足すようにクーデターのほうと言った。


 どうしてそう想うのか。とは聞かなかった。「ぼくも、同じことを考えていた」と言うと、キョウスケも実はおれもと続いた。


 ぼくらの胸の中にずっと引っかかっていたものは、きっとカストロの目的なのだろう。なぜ彼は命をかけてクーデターを行ったのか。その答えを聞くことができたら、胸のなかで充満しているモヤモヤも晴れるかもしれない。


「行こう」とユキコが足早に部屋を出たので、ぼくらも続く。ユキコがいうにはカストロはホテルの地下に連れていかれたらしい。ニシサカたちが話しているところを盗み聞きしたようだ。


 はやる気持ちを押さえてホテルの地下へ向かう。予想通り警備が立っていたが、幽霊のカストロに頼んで、ぶつくさ文句を言われながらも動きを止めてもらった。


 そして、地下の扉をあけたとき、ぼくらは決して心のモヤモヤが晴れないと悟った。


「嘘でしょう」ユキコすら想像できなかった。


「カストロが、いない」


 だれもいない地下室で、ぼくらは幽霊のカストロが出した問題を答えた。





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