Day5

 ぼくらが拘束されてから1日が経った。兵士たちからうける扱いは、思っていたより紳士的で不当な扱いを受けることはなかった。


 いつものように朝食にありつけたぼくらは、それでも楽しい気持ちになることはできず、だされた食事を機械のように口に運んで、胃のなかに送り込む作業を行っていた。


「自由がねえな」キョウスケはきっとあえて聞こえるようにいったのだろう。見張りの兵士がぎろりとこちらを睨むが注意されることもなかった。


「きっと、わたしたちに危害を加えられないのね」


 クーデターとは交渉が肝になるから、ほくら人質の存在は貴重らしい。いっそ拷問でもして従わせてしまえばいいと思うけれど、支配とはどうやらそう単純でもないのかもしれない。


「言うとおりにしておけば、おれたちは安全だ」


 キョウスケの言うとおりだ。ぼくらはクーデターどころではない。きちっと勉強する時間を確保して、幽霊のカストロと戦わないといけない。

「とにかく、刺激をせず、ぼくらの安全を確保するんだ」


「安全なわけないだろう」


 どこから現れたのかニシサカがにゅっと顔をのぞかせた。「まったくきみたちは平和ボケしてるな」


 ユキコは嫌悪感を隠そうとせずに「急に現れないでください」とニシサカを睨み付けたが、ニシサカは悪びれるそぶりもなく「きみたちに協力してもらいたいことがある」と一方的に話し始めた。


「おいおい、おっさん」とキョウスケが制しようとしても止まらない。小さな声でキョウスケに耳打ちをする。


「正気かよ」

「当たり前だ」


 ニシサカは、捕らえられた人たちで暴動を起こそうと企てているらしい。


「でも、どうやって」


 よくぞ聞いてくれたとニシサカは、崇高な理念ともっもらしい理屈をこねたが、いくら聞いても作戦とか具体的なものはひとつも出てこなかった。


「それじゃあ命を捨てるだけよ」

「じゃあ、おまえたちは具体的な作戦は思い付くのか」


 そもそも暴動に賛同していることを前提にニシサカはぼくらを問い詰めた。やろうなんて一言もいってないといくら言ったところでニシサカの耳の奥には届いてくれない。


「とにかく、やるからな」と叩きつけるようにニシサカはその場を後にした。


 残されたぼくらは、顔を見合わせた。


 クーデターどころではないぼくらの事情など誰も知らないし理解もしてもらえない。手伝ってもらうこともできないのだから、仕事を増やされるだけではわりにあわないではないか。


 *

 監禁場所に連れ戻されたぼくらは、途方にくれていた。


「今日は大丈夫でも、明日は」


 キョウスケの言うとおりだ。今日はユキコが答える番だから、恐らくカストロの課題は乗り越えられるだろう。けれど、明日は「ぼくが、答える番だ」


 とても対策の勉強ができる状況ではない。なんとかして勉強する時間をつくらないと「ぼくたちに、明後日は来ない」


「それに、ニシサカさんの言うことも間違ってるわけじゃないわ」


 クーデターの人質とはいえ、身の安全が保証されているわけではない。「いま、行動を起こさないとわたしたちは殺されてしまうかもしれない。いえ、わたしたちが何もしなくても、ニシサカさんが蜂起すれば、わたしたちだってどうなるかわからないわ」


 でも、どうすればいいんだ。


「まさかユキコ、いい案があるのか」キョウスケの問いかけにユキコは頷いた。


「たぶんだけど、わたしたちには切り札がある」


「もしかして、ぼくのこと?」

 呼んでもいないのにカストロが姿を表した。ユキコは不服そうに「まあ」とだけつぶやいた。


「もしかして、ぼくのこと頼りにしちゃってるの?」


 しつこくぼくらに聞いてるが、ユキコの真意をしらないぼくらは首をかしげる。すると段々と不安になってきたのかカストロは「あれ?」と登場したときの勢いを失っていった。


「えっと、帰ろうかな」カストロが身体を薄くして姿を消そうとすると、ようやくユキコが口を開いた。


「そうよ、カストロがわたしたちの切り札」


 ユキコの真意がわかるや否やカストロは、はっきりとした姿で飛び回った。「そうだよね、やっぱりそうだよね」


 カストロはしばらくわめき散らしたあとに「で、ぼくは何をすればいいの?」と尋ねた。


 ユキコは「いるだけでいい」と答えた。


 嬉しそうに身だしなみを整え始めるカストロに勘違いしないでとユキコは冷たい眼差しを向けた。


「カストロがでてるとき、わたしたちだけは自由に動けるでしょ」


 確かに、とぼくらは辺りを見回した。ぼくたちを捕らえている兵士たちだけでなく、捕らえられているニシサカたちも動かない。


「ニシサカさんの作戦を成功させるためには、時間を止められるわたしたちが協力が不可欠なの」


 確かにユキコの言うとおりだ。


「でも、大事なことを忘れているよ」カストロは勝ち誇ったように冷笑を浮かべた。


「どうしてぼくが手伝わないといけないんだ」


 カストロの言うとおりだ。ぼくらを呪い殺したいやつが、ぼくを生かすために手伝う理由がない。


「いいえ、あなたは手伝うわ」ユキコもまた、確信しているような口調だった。


「どうして」


「カストロ、あなたはわたしたちを呪い殺して、道連れにしたい、違う?」


 カストロは「そうだね」と頷いた。

「それが答えよ。クーデターなんかに巻き込まれてわたしたちが殺されたら、道連れにできないんじゃなくて?」


 カストロはしばらくぼくらを見つめた。そして「バレたか」と舌を出した。「初めから、クーデターなんかに君たちを殺させるわけにいかないと思ってたんだよ」


 道はできた。


 夕食時、ぼくらはニシサカを説得した。「学生に任せられるか」拒否していたが、ユキコが説得することで、最終的に任せてもらうことができた。


 その晩、ユキコはカストロの問題にあっさり答えた。




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