Day4
4日目、ぼくらはいつもどおり部屋にとじ込もって勉強をしていた。いまさらバカンスにきたのにと嘆くこともなく、愚直に勉学にうちこむ。
「就活のときより勉強してるぜ」というキョウスケにぼくは心のなかで頷いた。
人生がかかっているはずの就活ですら、ぼくは真剣に取り組むことはなかった。どうせなんとかなることを知っていたからだ。
「呪いさえなければなぁ」ぼくのつぶやきは部屋の中にふわりと浮いて、消滅した。
「なんか、外が騒がしいわね」
リゾート地なのだから、ぼくら以外ははしゃいでいるにきまっている。「当たり前じゃないか」と珍しいユキコにツッコミをいれたが、どうやらおかしいのはぼくのほうだったようだ。
ユキコはしっと口に指を当てた。静まり返った部屋の中に小さく外の音が入り込んでくる。「これ、何の音?」
ユキコに答えるように部屋の扉か乱暴にノックされた。ぼくらを呼び掛ける声がする。どうやらニシサカらしい。
キョウスケが扉をあけると飛び込むようにニシサカが部屋の中にはいってきた。
「クーデターだ!」
ニシサカの声に応じるように足元で爆音が鳴った。
ぼくらは身動きひとつとることができず近づいてくる足音を聞いていた。しばらくすると覆面の人間が複数部屋の中に飛び込んできた。
武装した人間にぼくらは抗う術をもたない。飛びかかってきた人間に組伏せられて、あっという間に顔に布を被されて、どこかへ連れていかれてしまった。
次に視界がひらけたときには、武装集団がぼくらを囲うように見張っていた。
「これ、呪いはどうなるの?」
*
ぼくらはホテルのロビーに集められていた。
ホテルに残っていた観光客は全員連れてこられているようだ。みんなまさか本当にクーデターが起きるとは思ってなかった平和ボケしたひとたちだ。
拳銃を肩からぶらさげた覆面のやつらがぼくらをじっと見張っている。とても隙をついて逃げられる様子ではない。
「おれたち、どうなるんだ」キョウスケが小さな声でぼくらに耳打ちをした。すると、ぼくらが答えるよりも早く「私語は慎んでもらおう」と声が差し込まれた。
集められた人たちの視線が声の主に集まる。ひとりだけ覆面をつけていない青年がたっていた。
「おれたちと同じ年くらいじゃねえか」
私語をやめないキョウスケを青年は強い視線で睨み付けた。「まだ、お分かりいただけてない?」
青年の視線にあわせて銃口がキョウスケに向けられた。「うそ、わかった、喋らない」とキョウスケは慌てて口を手で塞いだ。
「お分かりいただけてなにより」青年は捕らえた人たちをぐるりと見渡した。その落ち着いた様子から彼がクーデターチームのリーダー的存在であることがわかった。
「さて、みなさんは不幸だ」
だれのせいだ。と言いたくなる。
「みなさんはいまの平和ボケした日本の象徴だ」青年はクーデターがいかに崇高で素晴らしいものであるか教えてくれた。「誇り高き日本国を取り戻すため、諸君らには人質になってもらう」
反論異論などあるわけもない。ぼくらはうなずくこともなく青年の話をきくしかできない。
「わたしたちをどうするつもり?」
ユキコがたずねると青年はゆっくりユキコに近づいて、そして、ユキコの頬を平手で打った。
「私語をつつしむように」
いきり立つキョウスケを、ユキコは「大丈夫だから」と制した。「ごめんなさい、でも、なぜかしら、わたしたちがどうなるのか、どうしても気になるの」
「死にたい?」
青年にたずねられてぼくは不思議な気持ちになった。怖いわけではない、むしろ殺させることが解放されることのような気持ちになっていた。
「晒し者にされて殺されるくらいなら、いま反抗してすんなり殺されたほうがましと思っているのかもしれないわ」とユキコが言っていたので、そういうものかと思った。
「安心してください、いまのところみなさんを殺すつもりはありません」
改めて口にしてくれるとほっとする。ユキコもそれ以上は追及をしなかったが、調子づいたのか、同じく捕らえられているスーツをきた男が「じゃあ」と何か提案しようとするよりはやく、銃声と共に男は血を流しながら倒れた。
「反逆は死刑です」私語を慎むようにと青年はそえた。
ぼくらはまだわかっていなかった。相手は国の転覆を目指すやつらだ、まともなわけがない。
「あぁ、そうだ」と青年はぼくらに深々と頭を下げた。
「改めまして、ぼくはカストロと申します」
*
「どういうことだ?」
ぼくらはカストロに尋ねた。カストロといっても呪いをふりまくほうのカストロだ。
カストロは、ぼくらが捕らわれているとか関係なしに出てきた。他の捕らえられている人たちといえば嘘みたいに眠りこけてしまっているのか、ぼくらがいくら騒いでも起きることはなかった。
「どういうこと、とは?」カストロはとぼけた。
「無関係とは言わせないわよ」
ユキコに言われると、ばつが悪そうにカストロは黙秘した。「ぼくだって、知らないよ」
カストロは、クーデターの主犯であるカストロとは本当に面識がないのだという。ユキコとキョウスケがいくら詰め寄ろうともカストロは知らぬ存ぜぬをつらぬいた。
いくら詰め寄ってもでてこないだろうと、ぼくらは追及を諦めた。「でも、たまたま被るような名前じゃねえだろ」
「そうだね、ぼくは本名だけど、彼はどうだろう」
「たしかに」とキョウスケはうなった。「本名じゃなかったとしたら、なんでやつはカストロなんて」
四人でしばらくうなってから「あっ」と声がでた。
「もしかして、クーデターのカストロもかつてのぼくらのように呪いに出くわしてたとか?」
いわれてみれば話がつながるとカストロを除くぼくらは納得していたが、肝心のカストロが腑に落ちない様子だった。
「覚えてないとか?」
「そうだね。ナオキみたいなやつらは何人もいたから。逃げたやつも、呪い殺したやつも、いちいち覚えてないね」
どうやら答えにはたどりつきそうにない。「そんなことより、今日はキョウスケの番だ」
勉強してないことを知っているのだろう、カストロはキョウスケが間違えることを期待していたようだが、キョウスケは難なく答えた。
「でも、このまま勉強ができない日が続けば」カストロは不適な笑みを浮かべたまま暗闇に溶けるようにいなくなった。
ニシサカがごろりと寝返りをうった。
「明日から」ぼくらは、生き残れるのだろうか。
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