第5話

ドイツ補給基地に着く頃にはすっかり日が落ちていた。


二人のレギオンパイロットは基地に到着するなり、一緒に連れてきた少女の事をゴルト博士に話す。


「なるほど。そうだったのか。直ぐにでも新しいデータについて話してもらいたいところだけど、まずは飯にしよう。お腹空いているだろう?私の自慢の料理を振る舞うよ。」


少女は少し恥ずかしそうに首を縦に振る。


「あー忘れてた!」


突然、ヤナギが叫びだすと、ジンとリンドの肩を掴んでゴルトの部屋の隅に引っ張る。


博士は嬉しそうに食堂へ一人で向かってしまった。


「どうしたんですか?」


リンドがヤナギに問いかけると、彼はこの世の終わりの様な顔を向けて小声で話す。


「いいか。博士の料理はクソ不味い。誰が作っても美味しくて有名なカレーを紫色のゲテモノに変えちまうくらいだ。」


「……」


もう一人の少年は黙っている。


「そんな、大げさな。」


少女が博士を庇うように言う。


「いや俺は一切誇張していない。今話したのは紛れもない事実だ。とにかく食堂に行けばわかる筈だ。」


3人は博士の後を追って食堂の近くまで行くと、異様な刺激臭がする。


鼻がひん曲がるどころではなく、腐り落ちそうなほどの激臭だ。


「……これは酷いな。まぁ、俺はもとより博士の手料理を食べる気はないがな。」


ジンは鼻を摘まんでそう答えると、ズボンのポケットから軍用携帯食の袋を取り出し、中から長方形の薄茶色の固形物が顔を覗かせる。


それを満足気な表情でゴリゴリと噛るジンの姿を見て、ヤナギは大きなため息をついた。


「お前それ、旨いのか?」


ヤナギは嫌悪を示した表情で問う。


「旨いか、不味いかは問題ではない。効率良く栄養を取ることに俺は重きを置いている。実際、この携帯食3本で1日に必要な栄養分は全て摂取できる。」


ジンは得意気にそう答えたが、次の瞬間、少女からの罵倒が飛んできた。


「信じられません。そんな棒切れがご飯だなんて。仮にも、貴方はパイロットなんですからしっかり食べないとダメです!私が今から栄養も考えて料理を作りますからそれを食べてください。」


ジンは自慢の携帯食が貶されて、酷く不服そうな顔で反論しようとするが、ヤナギの言葉によって塞き止められる。


「本当かよ、リンドちゃん。ようやくまともな飯が食えるよ。期待してるぜ。」


ヤナギは心の底から安堵した。


「はい!任せてください。私、料理の腕にはそれなりに自信があるんです。」


自信満々に少女は答えると、魔境と化した食堂に勇ましく足を踏み入れ、調理場を見つけるも、そこは大惨事になっていた。


魚の干物、チーズ、納豆等の発酵食品ばかりが散乱して、腐敗臭を漂わせている。


隣では博士が薬を調合する魔女さながらに不気味な笑みを浮かべて鍋をかき混ぜていた。


彼女の存在に気が付くと、博士は鍋の禍々しい中身をスプーンですくい上げ、ジリジリと詰め寄って行く。


「リンド君。良いところに来たね。丁度、特製クリームシチューが出来たよ。召し上がれ。」


凶器と大差ない汚物をスプーンで彼女の口に無理矢理突っ込もうとするが、次の瞬間、ゴルト博士は床に崩れ落ちた。


「すまんな、博士。少し眠っていてくれ。」


気絶した博士の後ろにはジンの姿があった。


「邪魔者は片付けた。俺自慢の携帯食を罵ったんだ。それなりに俺が満足できる品を作れよ。」


そう告げると、博士の体を引きずりながら食堂の外へと出ていった。


リンドは苦笑いしながらその光景を見送ると、調理場の片付けに取り掛かっる。


10分もすればそこは見違える様に綺麗になっていた。


そして、早速調理に取り掛かるのであった。


40分ほど経過した後、彼女は男性陣に声を掛ける。


「ご飯出来ましたよー。」


男3人が食堂に入って来て席に着く。


テーブルにはパンと魚の煮物、マッシュポテトにサラダ等が並べてあった。


感動のあまりにヤナギが思わず声をあげる。


「おぉ!旨そー。いただきまーす。」


各々、自分の飯に食らい付きながらも最年長の男性は冷静に話を切り出す。


「リンド君が知っているという新型インターフェイスとは一体どんなものなんだい?」


すると、椅子に腰かけたリンドは眉間にシワを寄せて気難しそうに話す。


「あれは疑似神経接続ネオスイッチシステムと言います。脊椎に電極パッドを装着する事でRAと神経を接続するんです。そうすることでモニターを見ることなく、RAから直接情報を受け取ることが出来ます。更に、電極パッドは情報を送信するだけではなく、脳の化学物質を弄ってパイロットに機体の性能を限界まで引き出させます。これだけじゃありません。他にもパイロットの脳から戦闘の情報を抜き出し、相手の戦術パターンを分析し、パイロットの脳に指令を送って、無理矢理操縦させようとします。。しかし、刻一刻と状況が変化する戦場における膨大な情報をフィードバックされればすぐさま脳の限界容量に到達し、記憶が侵食されます。肉体も負荷に耐えられなくなり、崩壊するでしょう。システムはあくまでもパイロットをRAの部品としてしか認識していません。最終的には廃人と成り果てます。あのシステムは危険過ぎます。」


場は凍りつく。


そんな凶悪なシステムを自機に組み込もうとしていたと思うとジンは恐怖で足が震えた。


しかし、同時に僅かに期待する。


自分は他の兵士の何倍も鍛練しているという自覚が彼にはあった。


そんな自分ならばシステムに押し負ける事無く、むしろ使いこなせるのではないかと。


「すまない。食事中に振る話題ではなかったね。」


「いえ、私こそ遠慮せずに話してしまってすいません。」


2人は互いに頭を下げて、食事に戻る。


もはや誰も先ほどの話題について触れようとしなかったが、ジンは気になってその日の夜は満足に寝つけなかった。



翌日の朝、起床するなり、ルーティーンである銃の整備を始める。


デザートイーグルを一旦解体して、薬室や銃身バレルにブラシを通して蓄積した鉛汚れを落としていく。


弾丸を射出するだけ汚れが溜まる。


そして、その弾丸で人を殺す事を想像すると、眠気など吹っ飛んでしまう。


整備が終わると、良い匂いが漂う食堂に自然と足を運ぶ。


そこには銀髪を靡かせる少女が立っていた。


「あっ!ジンさん、おはようございます。もう朝御飯出来てますよ。」


こちらに気が付くと、元気よく挨拶してくる。


「…あぁ。」


無愛想に返事をする。


携帯食で充分事足りると思いながらも、彼女の用意した朝食を口に運んだ。


食べ終わり、博士の部屋に行って任務の話を聞こうとすると、既にヤナギが博士と話していた。


「今度の任務はなんだ?」


部屋に入るなり、質問する。


2人は、ジンが挨拶もしないことに呆れながらも、こういった系統の人間の扱いに慣れていた博士は問いにすぐさま答えた。


「今度は、ベルギー要塞を落としてもらうけどそこには現在、地球連合のガラオン・ワイド大将が滞在している。これはチャンスだ。もし、ガラオンを殺す事が出来れば、敵の戦力を大幅に削げる。心して臨んでくれ。」


「了解」


少年2人は声を揃えてそう返事をすると、出撃準備に取り掛かるのだった。

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