第4話
牢屋の中で空腹に耐えながら暇を持て余していると、突然銃声が工場に鳴り響く
驚いて音の発生源を探すと工場の兵士を自分と同じくらいの歳の少年が射殺していた。
兵士を殺し尽くすと、少年いや、殺人鬼がこちらへ向かって来て目が合う。
命の終わりを感じた。
鉄格子の向こうには返り血を浴びた殺人鬼。
拳銃の銃口をこちらに向けて、尋ねてくる。
「お前は誰だ?何故工場に捕らえられている?」
返答次第では殺すぞと言わんばかりの低い声だった。
リンドは恐怖のあまりに動かない喉を精一杯鳴らして、かすれた声で答える。
「リンド・クレアです。色々事情があって捕まっています。」
満足に回らない頭のせいで、捕まった経緯までは詳細に話せなかったが、殺人鬼は納得の表情を浮かべていた。
何故なら彼女の名前を、殺人鬼改めジンは知っていたからだ。
偉大なる科学者がフヌス・クレアを祖父に持ち、祖父の知識と技術のほぼ全てを継承したという少女。
ナハト爺から話は聞いた事はあったが、自分と同世代だとは思わなかった。
恐らくは地球連合の新型兵器の開発の為に身柄を拘束されていたのだろう。
彼女はガフヌス博士が開発していたという新型インターフェイスの研究に携わっていたはずだ。
もし、そのデータを自機に組む込む事が出来たなら飛躍的に性能は向上するだろう。
殺すには惜しい人材。
しかし、聞いた話によれば反戦主義者だというのでそのデータを快く渡してくれるとは思えない。
最悪の場合は脅しで協力させる事もできるが、それでは地球連合とやっている事は変わらない。
協力させるからにはなるべく火星側に良い印象を与えなければならない。
銃口を下げて穏やかな口調を心がけて口を開く。
「我々は火星連合だ。そして俺は火星連合のパイロット、ジン・マヒロだ。地球連合とは対立関係に在る。地球を降伏させて火星に安寧をもたらす為に戦っている。君の持つ知識や技術、RAの研究データを必要としている。我々に協力する気はないか?協力してくれるなら直ぐにそこから出してやる。」
「ごめんなさい。それは出来ません。貴方の様な殺人鬼に手を貸すぐらいならここでの飢え死にを選びます。」
少女は翡翠色の凛とした瞳を、自分に真っすぐに向けてそう言い放つ。
ジンは思惑通りにことが運ばない事に苛立ちを覚えたが、まだ説得の余地はあると判断した。
再び口を開くと、自身の戦う理由についても詳しく述べる。
「俺は殺人鬼ではない。俺だって別に好きで人を殺している訳ではない。どんなものにも対価は必要だ。俺が殺した人達は火星の平和という結果を得る為の対価だ。俺は火星の為なら自身の命を投げ出す事も辞さない。殺す為じゃない、争いを終わらせる為に戦うんだ。改めて問う。我々に協力してくれ。」
これは嘘偽りの無いジンの本心だった。
少女は沈黙を続けている。
考えてみれば今までリンドは戦争をする理由について考えた事があっただろうか。
世間一般の、戦争は良くない事だという思想を鵜呑みにして本質とむきあった事があっただろうか。
少年の言ったことに間違いはない。
誰だって好きで戦争を起こす訳じゃない。
互いの要求を通すために仕方なく武力行使に打って出ているだけで争いを望んでいる訳ではない。
少し考えれば理解る事だ。
少女は自身の考えの幼さを痛感する。
リンドは少年の提案に対して真剣に考え直した。
先に述べた事が真実ならばこの少年は協力するに値する相手だろう。
そしてリンドは徐に口を開いた。
「わかりました。これは契約です。私に平和になった火星を、世界を見せてください。」
「了解した。」
込み上げてくる嬉しさを押さえて、落ち着き払った口調で答えると、牢屋の前にある小さな台に置いてあった鍵を手に取り、解錠する。
少女が牢屋から出てくる。
着ているものこそ汚れていたが、爽やかな銀色の髪と翡翠色に輝く瞳が際立つ美貌はいささかも衰えていなかった。
一瞬目を奪われてしまうが、すぐに思考を切り替える。
「今から我々の拠点に来てもらう、詳しい話はそれからだ。ついてこい。」
ヤナギにこの状況を説明しない訳にはいかない。
先ほどヤナギと別れた工場裏口付近に行くと彼はそこで待機していた。
こちらの存在に気付くと、驚いた表情で駆け寄って来た。
「誰だよ、その美人な女の子!状況説明してくれよ!」
ジンは呆れた表情で答える。
「彼女はリンド・クレアだ。お前も名前ぐらいは知っているだろう?」
「勿論だ。あの有名なガフヌス・クレアの孫だろ?まさか俺達と同年代だとは。しかもこんな美人だなんて。俺はヤナギ・レイだ、宜しくな。」
「宜しくお願いたします。」
リンドは緊張しながらも丁寧に挨拶する。
一応、これからお世話になる身なのだから失礼のないようにかしこまった言い回しで接するつもりだったが、ジンとは対照的な明るく、話しやすい少年に安堵する。
「話はそれくらいしろ。今は基地に帰還する事が最優先事項だ。」
「少しぐらい良いじゃねーかよケチ野郎。」
ヤナギは愚痴を言いながら渋々、工場の外に待機させていたラーディヤに搭乗する。
「俺のレギオンに乗れ。」
ジンからそう指示された少女はモルドレッドのコックピットに遠慮しながら入る。
「捕まっておけ。」
モルドレッドにエンジンが掛かる。
少女はモルドレッドを操縦する少年の背中にしがみつく。
少女がしっかりと自分に捕まったのを確認すると少年は操縦レバーを倒すのであった。
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