夜の国

西順

夜の国

 見上げれば満天の星がある。夜空一面に宝石をちりばめたように輝く星々で、月の無い夜でも明るく感じる。


「はあ……」


 息を吐けば白く霞み、私に寒さを思い出させ、二枚重ねのコートの襟元をもう一度締め直す。


 夜の国は極寒だ。陽の光が差し込まず、大地を熱する事が無い。夜の国の大地は砂漠だ。陽の光が差し込まず、植物が育たないからだ。行けども行けども砂漠で、行けども行けども夜が明けない。それが夜の国である。私はそんな夜の国を、一人でもう千年以上彷徨している。


 人間ならばとっくの昔に死に絶えていただろう。エルフであっても食べ物の無い極寒の砂漠を生き抜く事は出来まい。私が千年以上も夜の国を彷徨えているのは、偏に私が吸血鬼の真祖であるからだ。


 吸血鬼の、その中でも真祖である私は不老不死である。食事をしなかった所で、いくらでも生きている事が出来る。ならばどこかに家でも建てて、そこでのんびり無窮の生を生きる選択肢もあるかと言えば、真祖の私の選択肢は多くなかった。


 まず意味もなく人間に襲われる。真祖は他にもいるのだが、その者たちが吸血鬼を増やしていった為に、人間たちが怒り憤り、吸血鬼狩りを始めたからだ。なので私には人間の国に安住の地は存在しなくなってしまった。


 旅をした。人間の国を、獣人の国を、エルフの国を、ドワーフの国を、妖精の国を、世界は広く、山を、野を、林を、森を、川を、海を、逃げるように世界中を旅して回った。何十年、何百年と旅しても、人間たちは追ってくる。真祖たちが生み出した吸血鬼たちは、とっくの昔に絶滅したと言うのに、奴らは真祖を追い求めた。何故か?


 真祖の血には不老長寿の力があると、人間たちが知ったからだ。流石に不老不死とはいかないが、真祖の血を飲んだ者は、不老長寿となれるそうだ。捕まった真祖の中には、その時代の王に献上された者もいれば、実験の為に学舎の檻に監禁された者もいる。また、それを嫌った真祖の中には、自ら陽の光を浴びて死んだ者まで出る始末。そのお陰で、世界に吸血鬼の真祖は片手で数えられるだけになってしまった。


 不老不死であるからこそ死ぬのが怖く、私は人間が生きていけない環境、夜の国に逃げ込んだ。それでも人間たちは追い掛けてきた。所々に中継地を作り、それらを馬やラクダで行き来し、夜の国は徐々に徐々に周辺から人間たちに侵略されていった。そこまでして不老長寿となりたいのなら、自分たちが真祖となれば良いのに。と思ったが、吸血鬼は夜しか活動出来ない生き物だ。そこまではなりたくないのだろう。


 俗に途方も無い労力を掛ける事を、砂漠から一粒の砂を探すと言うが、私の安住の地探しも、人間たちの真祖探しも、同様であった。場所が砂漠であるからこそとても皮肉であった。


 私は人間に追い付かれないないように、夜の闇に隠れるように、夜の国を逃げ回り、彷徨し、更に二千年、夜の国で人間の手から逃げおおせてみせた。


 その間も夜の国は人間の進出でどんどん変わっていった。有為転変は世の習い。初めは夜の国の外から馬やラクダで物資を運び入れていた人間たちだったが、いつからかそれが車に変わり、建物も現地の砂を凝縮させたブロック造りに変わり、光源や熱源も薪や炭だったのが、夜の国の外からケーブルを引いて、電気を使うようになっていった。


 私は気付いていた。人間たちの目的がいつの間にやら私から違う物に変わっていっていた事に。それは砂漠の砂だ。夜の国の砂漠の砂は、便利な素材だったのだ。だからこそ人間たちはこぞって夜の国へと進出してきたのだ。そうやって気付けば、夜の国はいつの間にやら建物だらけとなっており、空の星々の明かりが掻き消される程に眩い光にいつも包まれる国となっていった。


「真祖? 何だいそれは?」


 ある時思い切って夜の国に来ている人間に、夜闇に紛れて尋ねてみた。


「吸血鬼? そう言えば昔話でそんなのを聞いた気がするよ。たとえこの夜の国にいたとしても、もう僕らには必要ないね。だって僕らはもう生身の身体を脱ぎ捨て、この夜の国の砂を使ったロボットボディになってしまったからね。不老不死になったのと同じだよ。真祖の血なんて必要ないね」


 ここに私の願いは叶ったのだ。正に逃げるが勝ち。その後の人間たちの栄枯盛衰は面白いものだったよ。

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夜の国 西順 @nisijun624

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