第4話 英雄誕生
ベニは警備兵の詰め所へ行き、一人の警備兵に声を掛ける。
「あの……」
「どうしましたか?」
警備兵はマニュアル通り、必ずと言って良い程絶対に返す言葉を口にする。それにベニもまたすかさず返す。
「警備隊長のノショウさんて今どこにいるかわかりますか?」
警備兵は少し表情を曇らせながら再度ベニに返す。
「君は?」
警備兵の少しベニを小馬鹿にしたような態度。ベニが幼い子供だから。それに気づいたベニは口調を変え警備兵を威圧する。
「偉大なる師、ジュソの弟子です。先日の事件についてお話したいことがあるのです。今すぐに連絡を取ってはいただけないでしょうか」
ベニの思惑通り警備兵は少し驚いた表情をしながら話を続ける。
「隊長も忙しい身ですので、私が話を聞き、それを隊長に伝えましょう」
「いや、ノショウを呼んでください。ノショウにしか話すつもりはない」
焦り、いや怒りであろうか。ベニを子供とみなしまともに対応をしようとしないこの警備兵に対してではない。この大きな、重要な問題を抱えながらも上手く事を運べない自らの力のなさに。ほぼ数時間前に一人の少年の命が空しく失われたというのに平然と廻り続ける世の中に。
「お前じゃ話にならない」
ベニはそう告げ詰め所を後にした。そう言われた警備兵は顔を歪ませ、ベニをキツく睨もうとするが既にそこにはベニの後ろ姿しかなく、警備兵の無意味な攻撃はベニに届くことはなかった。
ベニは今王宮の門の前にいる。警備隊長ならこの道を通るだろうという少年の考えである。単純で愚かではあるが確実である。待つこと三時間ほど、見回りという名の町観光の仕事から帰ってきたノショウが現れた。ベニは立ち上がりノショウの元へ駆け寄る。
「ノショウ!」
ベニに声を掛けられたノショウは驚いた顔をし、ベニを見つめる。昨日あんなものをみた少年が元気あふれた顔で自らを見つめているのだ。少しの心配の後、ベニの心の強さにノショウは感服しベニを受け入れた。なるべく陽気に明るく、ベニの心を労わるように、それでもってそれを悟られないように。
「よう! 坊主、飯は食ったか?」
「いや、あんたを待ってたからまだ食べてない!」
「そうかそうか、じゃあ王宮で食べていけ。用意させるから」
「本当! ラッキー」
ベニは王宮での食事というイベントに胸躍らせ本来の目的を忘れノショウを追いかけていく。やはりこういうところは子供と言えるだろう。ベニは歳相応の表情で楽しそうにノショウについていく。
この都市では金属が希少なため王宮は木材をメインに作られている。鮮やかな木彫り細工や木の像など。それら数々の作品は値がつけられないような物ばかりだが、幼いベニにとってはなんの価値もない物であった。そして長い廊下を抜けると大きな食堂が。
「よしっ、坊主。好きなモノ頼んでいいぞ」
ノショウは席に荷物を置きベニにそう言った。卓に並べられた食事。野菜メインで作られたこれらの食事は全て王宮の料理長が指揮し作られたモノ。国で取れた一級品の野菜をふんだんに使った食事となっている。
ベニは最初にミネストローネに手を付ける。赤く禍々しく見えるそれはトマトをベースに作られているから。スプーンですくいそれを口に運び一口、トマトの香りが鼻を突き抜け様々な野菜の味が口の中で踊る。きゅっとした酸味と具材の野菜の甘みが調和し素晴らしい一品となっている。次に手を出したのはクルミが混ぜ込まれたパン。植物油をベースに作られた調味料を一匙パンに掛け、齧り付く。小麦の香りと植物油の自然を感じる匂い。パンとしての甘さに調味料の微かな塩気が加わり甘さを引き立たせる。
この味に飽きたら少し余っているミネストローネを付けて食べるのもよい。パサつきが気になるパンにスープが沁みこみ、また別の食感を生み出す。ところどころはパリッと。
そしてデザートにはフルーツの各種盛り合わせ。酸味が強いフルーツから口にしていく。
見た目が同じような果物でも食感や味は全然違う。ベニはそれらのものを楽しそうに口へ運んだ。
腹が満たされたことでベニは本来の目的を思い出す。ノショウが手を止めるのを見計って話し始める。
「ノショウ、話があってここまで来たんだ」
その言葉にノショウは真剣な眼差しでベニを見つめた。
「あのじけ――」
ベニは話しかけたところで言葉を詰まらせた。ノショウも国の人間、師とカブトを殺そうと画策した人間の一人なのかと。もしノショウがそれを画策した人間の一人なら、この事実に気付いた自分も危ない。カブトが自分に求めたことを成せなくなる。そのことに気付いたベニは瞬時に話題を、話す内容を変えていく。
「あの掲示板のお触れについて」
「掲示板のお触れ? 観測者のことか?」
「そう、地上の観測者。それについて教えてくれないか。選考の時期はいつなのか。どのような技術が必要なのか」
「急にどうして?」
「回りくどく言っても面倒くさいな。一言で」
ベニは一旦口を閉じ、ノショウの目を真摯に見つめる。ノショウもその目線に実直に応える。
「ノショウ、俺は観測者になりたいんだ。俺を観測者として育ててほしい。何もない自分を鍛えてくれないか?」
ノショウはベニの真剣な眼差しを静かに受け取り、この心の強さ、これならば、と密かに確信する。
「お前を観測者としてか。ああ、選考の時期は五から十年後の予定だ。時間はたっぷりある。お前の強さは素晴らしいものだ。俺が責任もってお前を観測者にしてみせよう」
ベニとノショウは固く、あの日交わさなかった握手を交わした。
一か月の後。
高らかに鳴り響く打撃音。ベニが剣を振るい、それをノショウが弾いていく。
「脇を閉めろ! 振りが甘い!! 風のように動き斬撃を行う時にのみ下っ腹に力を入れ全力で振り下ろすんだ」
その指示通りベニは力を入れ剣を振り下ろす。風を斬りベニの腕から振り下ろされた直剣はノショウの剣を強く叩き、ノショウの腕を麻痺させる。この小さな体から自らの腕を麻痺させるほどの力強い一撃が出るとは思っていなかったノショウは、ベニの底知れぬ実力に開いた口が塞がらない。
ノショウは一度手を止めさせる。
「そうそう、その調子だ。次は昨日教えた技を使ってみろ」
そう言われたベニは華麗な手さばきで直剣を鞘に納め、片方の足を後ろに引きノショウを見る。
「行くぞ!」
その言葉と同時に大きく一歩踏み出した後、抜刀し勢いのある振りでノショウの構えている剣に強く自らの剣をぶつける。凄まじい勢いに捉えられたノショウの剣は成す術無く空へと舞う。これがベニがノショウに教えられた剣技、一閃。大きな踏み込みにより繰り出される抜刀の勢いは凄まじく確実に敵の武器を弾き飛ばす。警備兵という役職が故に犯人を無傷で捕縛するために編み出された技、それが一閃だった。
今ベニは観測者の選考に向けて日々鍛錬を積んでいる。朝起きて正午まではジュソに教わった武術を磨き、昼から夜にかけてはノショウと共に剣術やサバイバル術を。夜からは観測者に必要な機械的な知識などの勉強を。ベニは自らの目的のため日々強くなっていた。
再び一か月の後。
ノショウは腕から蔓を伸ばし、鞘に収まった剣をその蔓で取り出し手へ運んだ。
「俺たちが持つ能力として具現という能力がある。具現というのは主に二つの能力に分かれる」
「植物の体現と光剛生」
「そう、よく勉強してるな」
ベニは褒められたことを嬉しく思い、昨日具現について勉強した自分を静かに褒めた。
「このように体から植物を発現することで自らの武器を体に固定したり相手の動きを封じたりするわけだ」
ベニの脳裏にはあのジュソとカブトとの最後の実践訓練が浮かんでいた。腕から蔓を伸ばし相手の腕を拘束する。
「でもそれじゃあ昨日まで勉強してた一閃はどうなるんだよ」
「具現は体の一部を植物に変えて外に出してるんだ。これを腕から引き千切られてみろ。強烈な痛みが体を襲うぞ」
「強烈な痛み……」
「だからこその一閃。その具現を引き千切り、武器をも吹き飛ばす。相手に大きな隙を生むことができる技だ」
ノショウは蔓を巧みに使い剣を鞘に収めつつ話を続けた。
「まずは具現の蔓を使いこなせ」
「うん」
ベニはまず腕から蔓を出そうと腕に力を入れるが何も出ない。
「力んじゃだめだ。お前は樹力を使えるだろ。あれと同じイメージで」
「樹力と同じイメージ……」
ベニは目を閉じ、集中し蔓を意識してそして一気に腕に力を入れる。
すると腕から勢いよく蔓が飛び出た。しかしそれは直ぐにへたり込み、剣を手に持ってくるなんて出来そうにない。
「まずは第一段階」
ベニはそう自分に言い聞かせた。
一週間の後。
ベニは腕から蔓を伸ばし、鞘に収まった剣をその蔓で取り出し手へ運んだ。
「よっしゃ!」
「すごいじゃないか! ここまで呑み込みが早いなら本当に選考を突破しちまうかもしれねえな!」
ノショウは自らの息子の成長を喜ぶように、ベニの頭を撫でた。
「これができれば具現はできたようなもんだ。あとは応用になる。それはまた今度にして次は光剛生をできるようになろう」
具現の中で蔓を扱うのが一番難しいものだ。細く長い蔓を自分の思い通りに扱い、剣という重いものをそれで運ぶというのはとても難度が高い。それを一週間で、しかも初めての具現でやってのけたベニの実力は凄まじいものだろう。
「光剛生……。言葉だけはなんかかっこいいけど何をすればいいのか全然わからないな」
「光剛生ってのは光と水さえあれば行える技だ。基本は栄養補給のための光合成と一緒。光と水を使って栄養を体に供給する。それを強化したのが光剛生」
「じゃあ一瞬で満腹になれるのか?」
ベニはノショウの言葉を自分なりに解釈して、答えを出す。
「その栄養を体にうまく作用させるのが光剛生だ。栄養をエネルギーとして体に即時供給し瞬発力や筋力などを一時的に強化することができる」
ノショウは近くに置いてあったカップに入った水を一気に飲み干し、太陽の方を向く。するとノショウの綺麗な白い髪が緑に染まりあがり、ノショウの鼓動が早くなる。そして近くにあった巨大な丸太に向かって凄まじい速さの一閃を放つ。その瞬間、その巨大なは見るも簡単に一刀両断されてしまった。兵士と称される彼らが手にしている武器は揃って木製であるというのに。
「え、おい。まじかよ……」
「これが光剛生の一つ目の恩恵、強化だ。まあ岩を砕くのはかなり練度が必要だ。お前はこの木刀で一閃を行い、この岩を削って見せろ」
ノショウは剣をベニに渡し、やれと促した。
ベニは木刀を持ち、丸太を強く殴打する。しかし丸太を削るどころか剣の刃に小さな傷を作る程度。人の力、小さな子供の力なんてこの程度だ。ベニはその現実を認識し、もう一度木刀を構える。水を飲み、太陽の方を向き体に光を当て続ける。普通にしてるだけではただの日光浴だ。
どうにかして光剛生を発動させたい、そのためには光剛生がどのようなものか自らで確立しなければ。ベニは具現と同じように樹力を扱うという意識で心の中で念じる。しかし何も起こる気配はない。
何度も何度も、水を飲みそれを繰り返すができるどころか、何も起こらない。そこでベニは一旦木刀をおき王立図書館へと向かう。具現の操作に悩んでいたベニはノショウにあるアドバイスを貰った。
「ベニ、お前お伽話は読んだことあるか?」
「お伽話ってあの絵本とかそういう?」
「そう、そのお伽話だ」
「そりゃ子供のころは読んでたけど、今は全然読まないな」
「この技を編み出した先人が主人公の本を何でもいいから読んでみるんだ。それこそお伽話でもいい。ヒントになることが書いてあるかもしれない」
「ヒントって、ノショウは教えてくれないのか?」
「こういうのは自分でやり方を見つけることに意味がある。自分なりでいい、自分で技を発見してみろ」
ベニはその言葉に苦い顔をしながら物静かに図書館へと向かった。自分で発見することが重要。ノショウのその言葉を胸にベニは一つの本を手に取る。ベニは一つの絵本を手に取り、それを持って席に座る。本の題名は『竜と緑の剣』。唯一ノ木を襲った空の覇者、竜とそれに立ち向かった一人の若者の話。
空を舞う竜の火炎によって唯一ノ木は燃やされ、木城都市は滅亡の危機にあった。そして一人の若者が町一番の鍛冶屋が鍛えた竜の剣を持ち、それを討たんと立ち上がる。しかし竜と人間とでは力の差は歴然。仲間たちは無残に殺され、剣も黒く焦げてしまった。その時雨が降るはずのない木城都市にどこからともなく雨が降り注ぎ、剣の呪われた煤を祓い、若者に力を与えた。
人々を守りたいと強く思った若者はその雨により力を取り戻し、竜へ立ち向かう力をもう一度手に入れる。その時の剣は明るい緑に輝き、竜の火炎を断ち切り竜の進撃を防いだという伝説。
「強化はもう一度戦おうとする力……。護りたいと強く願う時に与えられる力……」
ベニの脳裏にはあのカブトが堕ちた夜が浮かぶ。泣き叫ぶレナ、助けられなかったカブト。そして地獄と呼ばれる地上への唯一の切符。ベニはもう一度、熱く堅く決心し訓練場へと向かう。
カップに水を注ぎ、持ち手が血に塗れた木刀を持ち、もう一度岩に対峙する。朝方訓練を初めて、もう日が落ち始めている。ベニの手には多くの水膨れができ、それが潰れ傷だらけになっていた。岩を削ることはもうできている。しかしノショウは砕いて見せた。
木城にいる者たちより優れていなければ、観測者になんて選んでもらえるはずがない。堅い決意がベニの異常な動力源となり、未だ剣を持ち続ける力にしていた。
「まだだ、俺は地上に……。カブトがいる地上に!」
疲弊した体で力を振り絞り、奥歯を噛み締め剣を振り上げたその瞬間。ベニの明るい赤色の髪の毛が明るい緑に輝き、それと連動するように剣も明るい緑に輝く。そして異常と言えるほどの力をベニに与え、ベニの体は異様な速度で丸太に剣を振り下ろした。その瞬間、丸太は巨大な爆発音かと聞き違えるほどの轟音をを鳴らし粉々に崩れ落ちた。剣は力を留めることを知らずそのまま地面を抉り、そこに深く突き刺さった。
その音に驚き王宮の人々が訓練場へと駆け込んでくる。その中にノショウもいた。ノショウはボロボロのベニに近づき、事の顛末を尋ねる。
「これは、お前がやったのか……」
三メートル近くあった巨大と言える丸太はすでにその形を留めていない。
「お前光剛生を促進剤なしで……」
「やったぜ……。ノショウ……」
ベニは力を使い果たし、地面に倒れ込んだ。その騒ぎを聞きつけた宰相アザミはノショウに尋ねる。
「なにがあったのだ」
「観測者を志願した少年が促進剤なしに光剛生の強化を体現しました……」
「あの英雄の、竜を打ち負かした強化をか……」
「はい……」
「ノショウ。お前はこの少年の訓練を続けよ。彼は強くなるであろう」
「はい、もちろんです」
ベニはノショウの腕の中で静かに寝息を立てていた。
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