第3話 無力な幼き手のひら

 もう日は雲の下に落ち、町には点々と常夜灯が付き始めていた。その灯は蛍火の如く、心を寂しくさせる。常夜灯の合間にある影が自分自身の心の暗い部分に付け入ろうとして来る。それを振り払うために人々は火に縋り、町にそれを残した。

 ベニはカブトが入れられた牢獄からの道を独り歩いていた。カブトに会いに、事の真相を確かめるために。しかしカブトは面会を拒絶。会うことすらできなかった。何度も頼んだが、向こうが拒否した場合、会うことは出来ないらしい。そのためベニはレナに大口を叩きながら何もできなかった。ベニはそれよりも拒絶されたことが何より辛かった。自分の力を本当に必要としてない。カブトにお前は必要ないと言われたような。ただただそれが辛かった。

「ベニ……」

 道の先には常夜灯に弱く照らされているレナがいた。表情は固く、顔は腫れている。瞳の奥には暗い冷たさがあり、夜の闇より暗い。レナはベニの力無い足取りで全てを察したようだった。

「レナ……だめだった。真相を突き止めるどころか、カブトに会うことすらできなかった」

 その言葉にレナは尚、強張った表情を見せるが、優しく柔らかくベニに笑顔を向けた。

「大丈夫、カブトはなにか考えがあるんだと思う」

 長年共に過ごしてきた友への信用、それよりも大きな、好きな人への絶対的な信頼から。ベニだって辛いだろう、が多分レナの方が辛い。自分の好きだった人が生きるか死ぬかの瀬戸際にいるのだから。それでもレナは笑って見せた。ベニを元気付ける為に。だがその優しさはベニにとっては辛かった。その笑顔はただベニの心を締め付けた。


 ベニはそれから来る日も来る日もカブトがいる牢獄へ足を運ぶ。が、一度も会うことは許されなかった。そして一度も会うことは許されずに、今日、カブトは王国で裁判を受けている。しかしノショウが言った通り、証拠は出てこなかった。ベニ自身調査を進めたが目撃情報も何もなかった。しかもカブトは自ら罪を認めたようなのだ。血塗れた剣を手に持ち、人を殺した、と警備兵に伝えたらしい。

 ますますベニの頭は混乱へと落ちていった。なぜ自らの師を殺したのか。一時の感情に任せ殺してしまったのなら自首するだろうが、それでは腑に落ちない。カブトはとてもジュソを尊敬していた。またあの日の帰りにカブトはまだまだ強くならなければ師に追いつけないとも言っていた。どんなに頭に血が上ったとしても、冷静なカブトは感情に任せ師を殺すなんてことしないだろう。

 なにか大きな理由があったに違いない。ベニの頭にはずっとこれがグルグルと廻り続けていた。廻り続けていた。いや信じられなかっただけかも知れない。信じたくなかっただけかも知れない。現実という大きな残酷を、凄惨を、理不尽を、不条理を、受け入れられなかったのかもしれない。

 閉められた門の前で多くの野次馬が集っている。殺人者、カブトの判決を見るために。ベニは人を押しのけ、野次馬の最前列へ足を運ぶ。そして王宮の中から一人の兵士が巻物を持ち門へと歩いてくる。

「これより、罪人カブトの罰を発表する!」

 普通の盗人や暴力沙汰の事件ではこれほど大きな野次馬を生むことはない。また殺人だとしてもこんな大きくはならないだろう。じゃあなぜこんなに大きな問題になったのか。

 このことの大きさがジュソの実力を、影響力の大きさをひしひしと伝えていた。ジュソは昔警備軍の大隊の隊長を務めていたこともあるそうだった。しかしなぜあんな町の外れで道場を営んでいるのか。国との見解の相違があったらしい。いや国というより宰相。スカイエンドの宰相アザミとなにか政策について意見の食い違いがあり、それでも自らの意思を曲げなかったジュソは王宮の中で孤立。結果王宮から追い出され、政治から追い出され、町のはずれで道場を営むように。そのような者を殺した。いや殺せたカブトはやはり大罪人なのだ。国にとってカブトは脅威でしかないのだ。

 兵士は門の内側で巻物を広げ、宣言する。その瞬間個々が思い思いに言葉を交わしていたというのに、それが一気に静まる。

「カブトは追放の刑に処す!」

 野次馬はどよめきだす。面白半分で来ていた女性は友達だろうか、共に来ていた女性と話しながらその場から立ち去る。なにか刺激的なものが見れるのではと思って来た若者はにやりと笑いその場から立ち去る。人が集まっているから気になってきた脂っこい男はくだらねえと唾と言葉を吐き捨てその場から立ち去る。

 ベニの頭に、いや体に衝撃を受けた様な感覚に陥り視界がゆがむ。ジュソが死んだ時、道場の前で起きた目眩より酷い。足に力が入らなくなり、その場に膝を付く。どうしようもない絶望が再びベニを包み込む。

 国の判断は絶対。この決定が覆ることは絶対にない。この瞬間にカブトの追放が、カブトの死が決定したのだ。ベニは何もできなかった。何も。

 いや、ベニは何度も手を差し出した。しかしその手をカブトは取ろうとしなかった。ベニの責任ではないのかもしれない。ベニの責任ではないのだ。だがベニはただひたすら自分を責め続けた。必要とされない自分の力の無さに。一つの約束も守れない自分の力の無さに。


 訪れるのは闇。追放が行われるのは今も昔も絶対に夜だ。罪人を闇へと誘う。植物が生きていくのに不可欠な要素、それは光。それを失わせ、永遠の苦しみを与える。そういう意味がこの追放に含まれている。どちらにしてももう光を見ることはないだろう。常夜灯が点々と付いている中、ベニとレナは体を寄せ合い”世界の端”を不安そうに見ている。今からあそこにカブトが立ち、手を拘束されたまま落ちていく。

 死ぬことは免れない、帰ることも許されない。冥界の片道切符を渡され。そして”世界の端”へ繋がる王宮の出口から腕を拘束され、多くの警備兵に囲まれたカブトが現れた。周りを五月蠅そうに見、暴言を貰えばその場に立ち止まり暴言を吐いた者をきつく睨む。しかしそれを行うと警備兵から体に蹴りを喰らい無理矢理歩かされる。

 よく見ると体中傷らだけだ。脚や腕には枷による生々しい傷がついており、左目は腫れ、白い囚人服に点々と赤黒い染みがついている。それを見たレナは悲しさ、悔しさ。行き場のないそれらを涙として流す。しかしベニはレナをその場に置いて、カブトに近づこうと人の間を掻き分けた。

「カブト! カブトぉ!」

 ベニは町を駆け抜け”世界の端”へと走る。今まで拒否され続けたベニは、今しかないと思い走り続けた。転んでもすぐ立ち上がりカブトの元へ。

「カブト!!」

 多くの警備兵に取り押さえられながらも、ベニは手を伸ばせば届くほどの距離まで近づいていた。多くの警備兵を避け、ここまで来た。その身のこなしは全てジュソとカブトに教わったモノ。

「ベニ……」

 カブトは憐みだか、悲しみだか。いやそれが混ざったような目でベニを一瞬見たが、その足を止めることはなかった。その目付き、似合わない怪我だらけの顔。自分のヒーローはこんなじゃない。こんな周りから憐みの目で見られるものじゃない。自分が憧れたヒーローはどんな時も周りから一目置かれ、どんな嫌がらせも涼しい顔で通り過ぎる、そういう男だった。暴言を吐いた人間をキツく睨むなど。それがどこからかベニの中に怒りを生み出し、それを尚、沸々と湧き上がらせる。

「何か言えよ!」

 ベニは無性に叫ぶ。警備兵の拘束をなんとか解きながらカブトの手を取ろうとするが、警備兵もそこまで甘くなくベニを逃さない。

「放せ、俺はカブトと話さないといけないんだ!」

 その言葉に耳を貸す者は誰一人いない。警備兵はただ自らの仕事を全うしているだけ。ここで情けを掛ける必要はない。

「待てよ! 待てよ、カブトぉなんでだよ」

 ベニの目からは涙があふれ出る。十二歳の少年には耐えがたいこの状況。良くここまで涙を堪えたものだ。しかし現実は一人の子供の涙で変わるような物じゃない。ベニは怒りに任せ樹力を使う。辺りに胞子が立ち込め、その不意打ちに怯んだ警備兵はベニの拘束を解いてしまう。その隙を逃さず、ベニは走り出すが次に覚えた感覚は頬から伝わる衝撃。

 殴られた――衝撃。

 ベニは頬を殴られ、後ろに吹き飛ばされた後地面に尻もちをつく。自らを殴った相手を痛む頬抑えながら確認する。

 図太い腕に普通の警備兵とは違う甲冑、そこにいたはノショウだった。

「坊主、傍から見てる分には構わねえがこれ以上俺たちの邪魔をするようならお前も犯罪者として扱わなきゃいけなくなる。ここで黙ってみてろ」

 ノショウは先日とは考えられない程、冷たい声音で言葉を放つ。その言葉一つ一つがベニの心を深く突き刺していった。それこそ、ここで冷たくあしらい、ベニの意を喪失させられなければ、この少年の未来を罪という悪で失わせてしまうと思ったからなのだが、幼きベニにそんなことわかるわけがない。ベニは今、頬よりなにより心が痛かった。ここまで来ても何もできない自分が憎かった。そしてノショウに腕を引っ張られ立ち上がる。

「本当に愛する友なら最期をしかと見届けろ」

 ノショウはその大きな手でベニの細い腕を掴みながらカブトの方を向く。枝の先端に立たされたカブト、その周りを警備兵が逃げないように取り囲んでいる。槍を構え、カブトに堕ちろと催促するように槍の先をカブトにちらつかせる。もう、どうしようもない。

 ベニはもう抵抗はしなかった。カブトの最期を見届ける、それが自分にできる最後のことだと思ったのだ。だからこそベニは泣かなかった。人前で涙を流すなと言われたカブトのその教えに全力で従おうと思った。でもどうしようもなく目には涙が溜まってくる。下唇を噛み締めカブトの汚れた髪を見た。あんなに綺麗だった髪は土に塗れ、絡み合い、荒んだ青紫をしている。表情はいつも以上に強張り、カブトの悪い部分を露呈させたような、とてつもない恐ろしさを感じさせた。しかし目にはどこか熱い光が灯っているように、見えなくもない。

 そしてカブトは追放を命ぜられる。突然と訪れる静寂。人々は息を飲み、カブトが追放されるのを他人事として、嬉々として見る。

 しかし、その瞬間強い突風が吹き荒れる。それに合わせるように突如として倒れ始める警備兵。カブトの周りにいた警備兵は槍を力無く落とし、その場に倒れこむ。その事態に周囲の人々は先程とは別の静寂に飲まれていく。が、すぐさまどよめきが走る。警備兵たちは慌てふためき、その追放を見ていた国の重鎮でさえ場の状況を掴めず行動を起こせない。

 異変。その一言以外でこの状況をあらわす言葉はない。ノショウもその事態に呆気を取られ掴んでいたベニの腕を離してしまう。

「カブト!」

 ベニはカブトに近づこうとするが、カブトのプレッシャーというものか、なにか測り知れない力で体を押さえつけられるような、そんな感覚に陥り一定の距離から近づくことが出来ない。そしてカブトの瞳に何か薄い緑の光が灯る。

「ヴァン……シャルフ……バレト……」

 カブトがそう呟くと腕を拘束していた縄が切断され、地面の上に無秩序に落ちた。カブトは拘束を解かれた手を振りながら辺りを見回す。その腕は何日も食事を摂っていなかったかのように細くやつれている。縄で拘束されていた部分は青く痣ができ、薄らと血が滲んでいる。

「時間を取られ過ぎたな」

 カブトは闇の底を覗いた後、ベニを招きよせる。今までの優しい笑顔で静かに。

「カブト!」

 その仕草を見たベニはカブトに飛びつき、溜まりに溜まった感情をぶつける。しかしそれは言葉としてではなく涙として。カブトは歳相応の態度を見せるベニに対し静かに微笑み、頭を優しく撫でた。二人の少年のその姿は多くの人の心を打ち、二人の接触を止めるような真似を誰もしない。泣き付くベニを優しく離し、カブトはベニに優しく小さく告げる。

「レナをいつも心に……」

 カブトはそう呟くと立ち上がり、もう一度ベニの頭を撫でベニの涙を拭った。そしてカブトは”世界の端”の端へ歩いていき、一度こちらを振り向く。目に焼き付けるように木城を見つめた後、手を広げ重力に身を任せる。

 罪人カブトはベニの目の前で闇へ堕ちて行った。




 ベニの脳裏に焼き付いているのは、カブトが落ちた瞬間。あのカブトの何とも言えない表情。いや、カブトは笑っていた。

 満面の笑みという程では無かったが微かに口角は上がり、目は緩んでいる。なぜ、これから死を迎えるという状況であんな穏やかな表情をしていられるのか。ベニはどうしてもそれがわからなかった。ベニの幼い、この世界を何も知らないに等しい頭では何もわからなかった。カブトのベニを思っての行動。カブトの優しさ、自らが苦しんで死んだという印象を与えないように、と。しかしその行動は空しくも裏目に出てしまった。ベニを一層悩ませ、カブトという存在を心に深く焼き付けてしまった。そしてベニに行動を移させる。

 ベニは紙とペンを持ち、事件の経緯を全て書き出していく。幼き頭と手で事件の概要を整理しながら、凄まじいスピードで。それこそ烈火の如く。

「事件の切欠は……わからない。でもカブトが師を殺したというのは事実? カブトが認めたからって本当にそうなのか? 誰かを庇って……。レナ――」

「カブトがレナを庇って罪を――。いや、それはないな……レナは師を知っているけどまともに会ったことはない。カブトのことを好きなレナが、カブトが一番慕う人間を恨むはずがない。じゃあ他に誰が。いや、もっとほかの目的が……」

 ベニは尚も思考を巡らす。

「師はこの都市を、唯一ノ木を嫌っていた。それならなにか、他に」

 ベニは知っているのだ。ジュソの経歴を、それをカブトから聞いたから。

「じゃあカブトはそれを誰から聞いたか? 師は国の嫌われ者だったのなら師の話をしたがる者はいないはず。しかも証拠を聞いて回ったとき師のことを知っている人はほとんどいなかった」

 ベニの中で何かが繋がる音がする。

「カブトは師と国のゴタゴタに巻き込まれた……?」

 ベニはこの結論に辿り着いたとしてもそれを丸飲みすることはしなかった。流石にぶっ飛び過ぎてる。国がジュソを邪魔だと考えて、その思想を継ぐカブトをも殺した。いや違う。なぜカブトはジュソを殺した? ジュソを殺したのはカブト、国ではない。カブトはなぜ自ら堕ちた。ベニの頭の中でグルグルと言葉が廻りつづける。しかし今は規則正しく、はっきりと。そして考えに考えた後、ベニは一つの結論に辿り着く。カブトは確かな意図があって自らの意思で落ちた。

「地上になにがあるんだ……」

 ベニは地上が忌み嫌われているのは知っている。魑魅魍魎が大地を闊歩し、人々はそれらに恐怖しながら細々と生き抜いている。その中でも未だ人々は戦争を続け、日々血と憎しみと恐怖に塗れて暮らしていると。地上はしばしば地獄と形容される。そんなところになぜ自ら行こうとしたのか。しかも囚人服のみということは裸とほぼ変わりない。地面に叩きつけられて終わりだと気付かないのか、と考えているうちベニは昨日の出来事を思い出した。

 何らかの力によって切断された縄、そしてその直前カブトが呟いた言葉。

「魔法……?」

 ベニは共にカブトと魔術の勉強をしていた。しかしベニにはカブトも、うまく魔法を扱えず苦笑いをしていた覚えがある。この都市の歴史上、先祖は魔法を後世に伝え忘れた。いや伝えたのだがそれはかなり複雑で、自由に扱えるようになるには五十年の時間を費やし、使えるようになったとしても使えば一日は動けなくなると。

 カブトはそれを齢十七歳で体現し、扱った後難なく歩いて見せた。なぜか。ベニは気付いている。地上では魔法をスカイエンドより簡単に扱う方法があるということを。カブトは地上となんらかの繋がりがあったことを。そしてベニには新たな疑問が生まれた。カブトは敵か味方か。いや、これは正確ではない。ジュソ側か国側か。

 カブトが魔法について嘘をついていたという事実がベニのカブトに対する信用を損なわせた。カブトはもっと大きな嘘をついているのではないか、と。

「道場に通っていたのも師を殺すため?」

 しかしそれは違うだろうとベニは確信している。

「師を殺すのが目的なら自ら地上へ落ちようとはしないはず。カブトを葬ることまでが国側の計算か? 国側が裏で手を引いてカブトに師を殺させた……。それだと辻褄は……」

 ベニの頭では合っているように思えた。しかし一番の謎であるカブトがなぜジュソを殺したのか、それを見落としていた。カブトの真の意思を掴むことは出来ずに。

 ベニは様々な考察を一旦自分の中で完結させ、自分の部屋を出た。

 そこではベニの母親が小瓶に差してある白い花の水を取り替えているところだった。

「あ、ベニおはよう」

 ベニの母親は柔らかな笑顔でベニに言う。

「おはよう、母さんそれは?」

 ベニは返事をした後、母親が持っている白い花を指さして言う。

「ああ、これはカーネーションよ」

「白いのにカーネーション?」

「カーネーションの色はいくつかあるのよ」

「そうなんだ。で、なんでそれを父さんの写真に?」

 部屋の一室に作られたスペース。そこには警備兵だったベニの父親の写真と父親が使っていた剣が置かれている。ベニの父親は警備兵だった。その仕事でとある凶悪な殺人事件の犯人を追っている最中、その犯人に殺された。しかし紅の父親の命を賭した戦いの結果、犯人を捕まえることが出来、その時の功績が讃えられベニの家は国から援助を受けて生活をしていた。

 そしてベニの母親はその写真の隣に白いカーネーションを添えた。

「なんでまた白のカーネーションなの? カーネーションて普通赤じゃない?」

「白のカーネーションはね『純粋な愛』と『私の愛は生きています』っていう花言葉を持ってるの。父さんは少しロマンチストだったから、喜んでくれるかなって」

「そうなんだ……」

 ベニの母親は少し寂しそうに写真を見つめた後、優しくベニに微笑んだ。ベニは母のその笑顔が作り笑いだと、気付くことは出来なかった。

「花言葉ねぇ。そんなロマンチ……花言葉!」

 ベニの中でもう一つ、最後のピースが嵌る。カブトが残した言葉。

『レナをいつも心に……』

 もしカブトがレナを守れと言う意味であれを言ったのであれば、レナを大切にしろ、とそのまま伝えればいいはずだ。しかしそうしなかったということはカブトの中になにかベニに伝えたいことがあったのではなかろうか。ベニはそのことに気付いた。

 もう一度先程の紙を確認しながら父親が遺した植物図鑑を開く。

「この図鑑には花言葉も載ってたはず……。ワ、ワ、ワ……。あった」

 ベニが開いたページは勿忘草のページ。

「勿忘草、花言葉は……『真実の愛』と――」

 ベニは全てを放り投げ、家を飛び出す。

「カブトが求めことが本当に――なら!」

 ベニは国からの御触れが張り出される役所の掲示板へと走った。そして息を切らしながら掲示板に手を付きとある書類を確認する。観測者募集と書かれた書面。そこにはこう書かれている。

『唯一ノ木の衰えを考慮し、地上の開拓を計画中。それに伴い地上がどのような様子になっているかを確認、連絡する人員、観測者を募集する』と。

「もしカブトが地上で生きているなら、俺をこれに……? カブト、お前は何を考えてるんだよ……」

 ベニに浮かぶ新たな疑問。しかし手に入れた新たな希望。ベニはそれを心にある者の元へ向かう。


 勿忘草の花言葉は『真実の愛』と――。

「私を忘れないで」

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