B―1 右

 右だ。

 左は家とは反対方向。真ん中の道から行くのが一番近いが、真ん中の道は、この程度の雨でも、すぐに大きな水たまりができる場所がある。

 このスニーカーは絶対にらしたくないから、今日は右から行こう。

 ジムの行き帰りは、お気に入りのスニーカーで気分を上げるのだ。

 これ、ウィメンズがめちゃめちゃ人気で、手に入れるの大変だったんだから。

 大好きなスニーカーで、湿った空気の中を走りつつ、チーズカレーまんの匂いを吸い込む。

 モンブランは、甘さが控えめなのを、栗の香りや食感でカバーして、満足感バツグン。抹茶ラテも、人工甘味料不使用でお砂糖控えめ、その分、抹茶とミルクが濃厚で美味おいしい。チーズカレーまんも、皮が薄くて油分が少なく、お肉とチーズがたっぷり。たんぱく質のかたまりよ。

 いやあ、この地域は、健康に配慮しつつも、美味しいおやつが沢山あって、嬉しいなあ。

 特に、このモンブラン。

 ここの特産品の栗だなんて、大したことないだろうと舐めてかかっていたけれど、けっこう美味しいのよ。

 はあ、楽しみ。

 ご褒美がなくっちゃ、トレーニングなんて続かないでしょって。

 美味しい予定で心を一杯にしていた、その時――

「あなたでしたか」

 不意に後ろから聞こえた声に、私の足は急ブレーキをかける。

 誰――!?

 振り返ると――

「あっ……!」

 いつものコンビニの、店員の彼――。

 コンビニの、オレンジ色の制服に身を包んだ彼の姿は、閑静かんせいな住宅街の中にあって、異様だった。

江上えがみけん間諜かんちょうがこの辺りに潜んでいると、聞いてはいましたが……」

「くそっ……」

 ばれたか……!

 私の表情を見た彼が、長い前髪の下で、にやりと笑う。

 すると、オレンジ色の制服が、砂嵐をかけたように崩れて――。

 一瞬で組み直され、台世たいせいけんの軍服になる。

 ホログラム服だ――。

何故なぜ……!」

 一年以上、誰にもばれなかったのに……!

「カ シ カ」

 彼は、むかつく笑みを浮かべて、ひと文字ずつ、懇切丁寧こんせつていねいに発音してくれる。

「そんな田舎じみた言い方をするのは、お前らだけだ」

 そうだ。

 台世県では、『CASHICA』を、『カシカ』ではなく、『キャシカ』と読むのだ。

 台世弁たいせいべんは、猛練習もうれんしゅうしたのに!

 長期の潜入で、気のゆるみが出たか……!

 しかし、こうなったら仕方ない。

 過去をいても、どうにもならない。

 彼を始末し、ついでに軍の情報を頂いて、さっさと江上えがみに帰るのみ。

 今日は非番ひばんで、ももに仕込んだエガミスティックくらいしか武器はない。服も、ただのトレーニングウェアだ。

 だが、それで十分。

 雨で足場はすべりやすいが、このスニーカーがかなりの助けになる。

 私は、美味しいおやつたちを道のはしに置き、エガミスティックを取り出して構える。

「ほっほー! それがうわさのエガミスティックか! 噂よりダセえな!」

 大笑いしながら彼が取り出したのは、タイセイピストル。

 反論する価値も無い。

 私は予備動作無しで跳躍ちょうやくし、げきダサピストルの銃口じゅうこうの前に立つ。

 彼は表情を変えないが、わずかに銃口がぶれる。

「ごにゃだらたまねではばふてーせーぴとるんもほげにめんめねらとるが(テメエのような根性無しじゃあ、クソダセえタイセイピストルも超絶ちょうぜつカッコよく見えるわ)!」

 私はそう叫んで、左手に持ったエガミスティックを使う――と見せかけ、右手の甲でタイセイピストルをはたき落とす。

 ダサいタイセイピストルが、ダサく、アスファルトの地面に転がる。

「何言ってるか分かんねーよ!」

 彼は、私の、江上特産江上牛えがみうしの力を授かった右エガミウシパンチを、後ろに跳んでかわし、今度は台世特産の激辛辛子からしを浸み込ませたカラシナイフを取り出す。

「じゃばごってなんもがってえかまらしゃらぐねげんど(そちら様こそ何をおっしゃっているのか全く理解できませんけど)!?」

 怒鳴どなった私の左目をめがけて、カラシナイフのスーパーフレッシュ投擲とうてきが飛んでくる。

「げなほっからほーりゃんてばくさねのがなあ(そんな所から投げるなんて、意気地いくじがねえなあ)!?」

 私は身をひるがえし、また間合まあいを詰める。そして、彼が次の武器を取り出す前に、ナガナガネギネギキック!

 しかし、受け止められて、両脚をつかまれる。

 まあ、そんなものは想定内。

 エガミスティックの先端を手首にお見舞いし、力がゆるんだ隙に、胸にホタテカマボコ踏み付けバージョンセブンを食らわせてのがれる。

「やるじゃねえか」

 彼が、フカヒレチェーンを引っ張り出しながら、余裕よゆうの笑みを浮かべて言う。

 次の瞬間、彼がノームーブで、フカヒレうまうまアタックを繰り出した。

 私はかろうじて、よもぎ餅もちもち回避でけるが、危なかった。

「だごめえなあ(テメエもなあ)!」

 そこからは、乱闘だ。

 彼の、キャベツ餃子ジュージュータックル。

 私の、煮干しうどんずるずるパンチ。

 彼の、うぐいす豆すっとこジャンプからの、レッサーパンダぽにぽに饅頭まんじゅうり。

 彼の、せせらぎニジマスホッピングからの、じゃがいもほくほくぎっしりがため。

 私の、山芋ねばねばがたがえしからの、さくさく里芋コロッケソース無し地獄――が、雨で濡れてべちょべちょになり失敗。すぐに切り替えて、里芋ごろごろ煮込み熱々鉄鍋地獄。

 彼の、ブルーサマー紫蘇しそかき氷クラッシュビーム。

 私の、あずきホイップなめらかローリングかわしからの、エガミスティック特売失神ミラクルデンジャラスアタック。

 彼の、初競はつせり安心安全冷凍マグロの詰め合わせ連撃。

 私の、食物繊維たっぷり有機玄米もぐもぐ体当たり。

 彼の、ヤギさんのヨーグルト美味しいから食べてみてねブロー。

 私の、来週からりんご狩り始まるので来てねアッパー。

 彼の、台世豚たいせいぶたは豚汁にするのがおすすめだよレーザー。

 私の、枝豆揚えだまめあげはそのままでもいいしおでんにいれても最高だよ踵落かかとおとし…………



          END4 美味しいものは、世界を平和にする

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