A―2 文庫本に見せかけた盗聴受信機

 ふう。店内への、指紋しもん残しは無し、と。

 さて、今読んでいるのは、文庫本に見せかけた、盗聴受信機である。

 まあ、読んでいるというか、聞いているというか。

 中学からやっていた演劇でつちかった演技力を買われ、高校生活のかたわら、スパイの副業ができることになったけれど――。

 傘を買うお金も無いんじゃ、世話がないね。

 女子高生って、大変。

 朝から、別の仕事を二本して、それから学校へ行って、今また仕事をしている。それも、すずめなみだみたいな報酬ほうしゅうで。

 とまあ、文句もんくを言っていても仕方しかたない。

 それなりに、やりがいはあるしね。

 ん、おいし。

 私は、ほかほかのチーズカレーまんを頬張りつつ、文庫本型受信機に、無線イヤホンを接続する。

 距離が遠くなればなるほど、音声は聞き取りづらくなる。家からだと少し遠いので、雨が降っているのを幸いに、店先で堂々と、彼のそでに忍ばせた盗聴器が拾う音を聞くことにする。

 受信機の本体は、表紙と裏表紙に仕込まれている。私は、何てことない小説の文章を目で追うふりをしつつ、自然なペースでページをめくりつつ、イヤホンから流れて来るざらざらした音に、耳を傾ける。

『らっしゃっせー』

『おうかがいしまーす』

『二点で、三八〇さんびゃくはちじゅう円になりまーす』

『前、失礼しまーす』

 しばらくは彼が、店を出入りする客に応対する声が続く。

 そのうちに、雨が強くなってきた。

 風も吹いてきて、受信機にも、小さな水飛沫みずしぶきがかかり始める。

 いくら常連の女子高生だとはいえ、流石さすがに、四十分もここに立っているのは不自然だ。

 諦めて、雨の中を移動するか、残り少ない小遣いをはたいて、傘を買うか――。

 悶々もんもんと考えている所に、とある音声が飛び込んできて、一気に全神経が耳に集中する。――それでも、ページを捲る手は止めないが――。

『お受け取りですねー』

『お名前、お荷物の送り主様、中身は、これでお間違いないでしょうかー』

 コンビニ店員の彼の本性は、密売人。

 荷物のコンビニ受け取りサービスを装い、ありとあらゆる違法な物品を、購入者へとつなぐ。

 私の所属するスパイ組織は、警察から依頼を受け、違法物品取引の現場調査をしている。

 とはいえ彼は、密売組織のした

 機密情報の一つすら教えられていないであろう彼を捕まえたところで、密売組織には何の影響も無い。

 しかし、私が掴んだ証拠によって彼が逮捕されれば、わずかな間でも、ここで行われる密売を止めることができる。

『代引きで、きっかり二五〇〇にせんごひゃく円になりまーす』

 “きっかり二五〇〇円”――隠語で、“二十五万円”のことである。

 そのうち、彼に支払われるのはいくらなのだろうか。

 まあ、高くても五千円くらいだろう。

 コンビニ店員の時給よりははるかに高く、それでいて、辞められるほどに金が貯まる訳でもない金額。

 何故そう思うかって、私がそうだから。

 こんなにリスキーな仕事をしているのに、そんな組織の思惑おもわくめられて……。

 分かる。分かるよ……。

『こちら領収書になりますあらしたー』

 自動ドアが開く。

 彼から違法物品を買った客が、出てくる――。

 四十代男性。

 白髪交じりの短髪。

 身長一七一センチメートル、小太り。

 疲れたような顔から、かすかに漏れる緊張。

 なかなかいい表情だが、私の目は誤魔化ごまかせない。

 彼の抱えている紙の包みは、かの国の麻薬組織の下部組織がカモフラージュにしている、架空の通販ショップのもの。

 私は制服のスカートのポケットに手を入れ、裏地にい込んだボタンを押して、隣のラーメン屋で待機している警察にGOサインを出す。

 …………。

 ……来てくれたら、もっと面白いんだけどね。

 でも、なかなか楽しいスパイごっこだった。

 何より、家族に隠れてエロ本を買った男性の表情が、秀逸しゅういつだった。

 それに、能力はあるのに出席が足りなくて、大学を二年浪人ろうにんしている彼の雰囲気も、とてもいい。

 なぜそんなことが分かるかって。

 中学から演劇をやっていた私は、演技力――そして、それを培うための、表情や仕草、行動を観察する力が、人一倍ひといちばい優れているから。

 ただ、それだけ。

 こんなことができても、一銭のお金にもならないから、こうやって、ひとりで遊んでいるの。

 私は、それ以外には何もできないんだ。

 さて、ちょっと面倒だけれど、お片付けをしなくては。

 盗聴器――をした合成音声発信機を回収だ。

 本物の盗聴器も作れるけれど、遊び目的で仕込むのはまずいと思うので、動きや温度を感知するセンサーによって割り出した店員と客の行動に合わせて、あらかじめ合成しておいた音声を言語として自動的に組み上げ、受信機に送る機構きこうにしてみた。

 ほどよく音質を悪くするのが、けっこう難しかったかな。

 店員の袖に仕込んだ発信機の回収だが、雨がまた強くなってきたし、傘を買うついでに、というのが自然だろう。

 あぁ、チーズカレーまん、もう一個食べたくなってきたよお……。

 でも、傘買ったら、お金なくなっちゃうし……。そうは言っても、この雨だし……。

 いや、モンブランと抹茶ラテは、後悔していない。

 だから、受信機とイヤホンの接続、無線じゃなくて、有線にすればよかったんだ。

 無線のパーツ高いし、組むのも面倒だったし。

 でもなあ。

 文庫本にイヤホンジャックすとか、明らかに怪しいもん。

 だからといって、スマホで受信とか、つまんなすぎるし。

 はーあ。

 女子高生って、大変。

 でも、楽しいな。



          END2 どうか、人を助ける側の人間になりますように

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る