第10話 主人の努力と従者の誓い

(あー。疲れた)

 馬車に乗ってしばらくして、シエルは大きく息を吐いた。そのままずりずりと席にもたれかかる。行儀は悪いが同乗者もいないし、御者には気心知れたイザークだけだ。誰も咎めやしないだろう。

 目を瞑ると馬の蹄の音と車輪が転がる音に紛れて小さな笑い声が聞こえた。薄く瞼を開ければ御者台からこちらを振り返る従者と目が合った。

「流石に疲れたか?」

「……そりゃ当たり前じゃん。緊張し過ぎてどうにかなりそうだった」

「ははっ。そんな感じにゃ見えなかったから上出来だぜ」

 彼の言葉から揶揄いの要素が一切感じられないことに、シエルは安堵の溜め息をついた。彼がご機嫌取りをする性格ではないことなど百も承知である。

「うまくいって良かったな」

「……うん」

「うまくいくと良いな」

「うん」

 ようやく一歩踏み出しただけだ。目指す理想はまだまだ遠く、その道程は不透明だと言っていい。だってこの後の作戦なんて全く無いのだから。

「あとは何ができるかな」

 小さな呟きに、イザークは何も返すことができず口を閉ざした。そして心の内で一つ息を吐く。どうしてこんなに親身になるのかと。

(……正体がバレねぇようにだけはしてくれよ)

 学院での日々を毎日楽しげに語るシエルの笑顔を見ていれば、その願いを声に出すことが憚られた。でも願わずにはいられない。会ったことのないこの国の未来よりも、側に仕えるシエルの方が何倍も大切だから。

「今日の鍛錬はやめとくか?」

「んー? やるよぉ」

「今にも寝落ちそうな奴がよく言うぜ」

「大丈夫だもん」

「とりあえず少し休憩してからな。アマリアになんか軽食頼んどくから部屋行っとけ」

 ベンダバール邸とトルメンタ邸は同じ貴族区に居を構えているため、実はご近所さんだった。と言ってもこのあたりは由緒ある高位の貴族の邸が集中する場所で、タウンハウスといえど一軒一軒ある程度の土地を有しているため、徒歩だと遠く感じてしまうが。

 だから休息らしい休息を感じる暇なく家に着いた。出発する前はやる気に満ち溢れていて、「帰ってきたら魔法と剣技の鍛錬をするぞ!」と息巻いていたが、その勢いは今はない。でもここで大人しく休むなんて、プライドが許さなかった。

 休日ではあるが、今日は皆出掛けており、邸の中はいつもより静かである。邸内を管理してくれている使用人たちがいるのだが、仕事熱心で有能な彼ら彼女らはその気配を悟らせることなく仕事をこなすため、まるでこの広い邸の中に取り残されたような感覚に陥り、シエルは小さく笑った。 つい数ヶ月前まではそんな感傷に浸ることはなかった。周囲が静かなのは『日常』だったからだ。でも学校に通うようになってからは賑やかな方が『日常』になりつつある。その事実に気がついた瞬間でもあった。

「シエル様?」

 玄関ホールで立ち尽くすシエルに驚いたように声をかけてきたのは、彼女の専属侍女であるアマリアだ。物心ついた時から側にいてくれるシエルにとって姉のような存在のその侍女は薔薇を思わせる真紅の瞳を丸くさせている。

「如何なさいました? もしかしてお加減がっ⁉︎」

「ううん。ちょっと疲れたけど、大丈夫」

 慌てる侍女を落ち着かせるようにゆっくりと首を振る。これが両親や兄相手だったら、笑顔で目一杯否定するのだが、そんな虚勢を張る必要がなかった。イザークよりももっと深いところまでを曝け出した、正真正銘シエルが一番信頼している人物がアマリアだ。

「……シエル様。お部屋にミルクティーを用意してあります。それに料理長特製のベリーのタルトも。一緒にお茶にしませんか?」

 彼女の心遣いにシエルは微苦笑を浮かべた。気疲れして帰ってくることをあらかじめ予想して準備してくれていたのだろう。

「ありがとう、リア姉」

 差し出された手をそっと握り返して、そのまま手を繋いで上階の自室へと向かう。本来の主従関係ではあるまじきその行為を、咎めるものは誰もいなかった。

 自室に戻って着替えを済ませたタイミングでノックが一つ。シエルの許可にアマリアが扉を開ければ、そこには同じくラフな服装に着替えたイザークが立っていた。

「……めちゃくちゃ不細工だぞその顔」

「御母堂のお腹の中に戻ってレディへの振る舞いをもう一度勉強し直してきたら?」

「あ? んなとこで学べるモンじゃねぇだろ」

「それじゃあ地獄で学べるように手配しましょうか?」

「さらっと殺そうとしてんじゃねぇよ。んなモンしまえ。主人の部屋で出すなっつの」

 扉のところで向かい合って言い合う従者と侍女のやり取りを、シエルはくすくす笑いながら見守っていた。そしてここぞというタイミングで口を開く。

「戯れ合いはそのあたりにして、お茶にしようよ」

「ナイフ使って戯れ合うなんて勘弁だっつーの」

 シエルの言葉に、アマリアは諦めたかのように溜め息を吐いてイザークへと道を空けた。従者は些か疲れた顔でシエルの向かい側の席に腰掛ける。そのことに一瞬アマリアから不穏な気配が放たれたが、シエルが目配せ一つで落ち着かせた。

 シエルの私室には1人で使うには少し広すぎる円形のティーテーブルがある。これは領地にあるマナーハウスのサロンで使われていたものだった。

 焦茶色の凜とした佇まいのティーテーブルは、シエルが生まれる前までは現役だったとのことだ。

 シエルの母シシリアは社交界の花だった。そんな彼女が開催する茶会は華やかで、サロンには女性たちの笑い声で溢れていたらしい。

 しかしシエルはその光景を知らない。物心がつく頃には、茶会はすっかり開催されなくなった。

 表向きの理由はシシリアの体調不良だと言われているが、シエルには判っている。

 茶会が開かれなくなったのは、自分の秘密を隠すためだ。

 貴族夫人の仕事は客人をもてなすことである。シエルはその仕事を奪ってしまったと、罪悪感に苛まれた時もあった。しかしそれを母に進言したことはない。ただ、サロンに取り残された調度品を、いつの日かまた使いたいと思ってもらえるようにと、いくつか家の中で使用する許可をもらったのだ。このティーテーブルと同じものが、夫婦の寝室にも置かれている。

 元が茶会用なので1人で使うには広すぎるが、シエルにイザーク、それにアマリアが座ればちょうどいい。切り分けられたタルトとそれぞれ好きな飲み物を用意すれば、楽しいティータイムの始まりだ。

「ん〜〜! 美味しい!」

 口の中に広がるアーモンドの香りと、ベリーの甘酸っぱさに感じ入るかのように、シエルは頬に手を当てた。

 さすがはベンダバール家が誇る料理長である。

 普段の食事はもちろんだが、彼が作るタルトは別格だと、シエルは改めて実感した。王都に来てからいくつかのカフェでタルトを食したが、彼の腕を超える職人にはいまだに出会っていない。

「シエルはほんとフルーツが好きだな」

 あまりの美味しさに口いっぱいに頬張ってしまっていたせいで、揶揄いの眼差しを睨みつけることしかできない。しかしそれは彼を更に愉快にさせるだけだった。

「美味しいものを美味しいと素直に言えるのは良いことでございます。こんな捻くれ者の言葉など気にすることはありませんよ」

 文句を言いたいところだったが、せっかくなら味わって食べたい。その葛藤からゆっくりと咀嚼していれば、アマリアに擁護される。シエルはタルトをしっかりと味わってから、ミルクティへと手を伸ばした。多分このあとしばらくは喋る必要はないだろう。

(仲良しだよなぁ)

 声に出したら全力で否定されることが判っているから、あえて心の中に留めておく。しかし多分自分以外も同じ感想を抱くだろう。目の前で繰り広げられる舌戦は言葉の応酬のテンポや内容からも、彼らがお互いのことをしっかりと理解した上で成り立っていることが伺える。

 今年16歳になるアマリアと、22歳のイザークはその年齢差を感じさせない。それがどういう意味を成すか考えるとなんとも言えなくなってしまう。最初こそ年上らしくあしらおうとするイザークだが、頭の回転が速いアマリアの言葉にどんどん挑発されて、最終的には詰り合いに発展するのだ。

 しかし2人ともお互いをどう思っているか知っているから、シエルはこの喧嘩を止めるつもりはない。それどころか、二切れ目のタルトに手を伸ばす始末である。

(あとで料理長にお礼言わないとなぁ)

 トルメンタ邸から帰ってきたときはあんなに疲れていたのに、美味しいタルトとミルクティ、そして気心知れた2人と一緒にいることによってすっかり癒やされていた。これならこの後の鍛錬も問題なくこなせそうである。

 先程までは鈍っていた思考力も戻ってきたようで、この後の鍛錬メニューを頭の中で反芻する。まずは準備運動や筋力トレーニング。そのあとは剣術指南をしてもらって、その後は今練習中の『水鏡』の魔法を練習する予定である。

 水鏡を作り出すことはできるようになってきたが、シエルが目指しているのはその先だ。水鏡を通して映像だけではなく音声伝達もしたいのである。それができれば遠方との情報伝達がスムーズになる。

 魔法の中には遠方に声を届ける魔法が存在する。だが声の伝達は「風が運んでくれる」ため、どうしても遅延が発生する。遠ければ遠いほどそのタイムラグは大きくなる。これでは完璧な情報伝達手段とは言えないだろう。

 それに同時に2つの属性を操るこの魔法は、汎用性に欠けている。シエルは可能だが、他の人たちがその域に達するには相応の年月と鍛錬の日々が必要だろう。

 だからサフィロと魔法研究をするようになって真っ先に提案したのが、この通信魔法の開発だった。魔法分野の神童と謳われる彼ならきっといいアイデアをくれるのではないかと。

 しかし残念ながら今のところ解決手段は全く見つかっていない。

(水を通して音を伝えようとすると、くぐもってなんて言ってるか判りづらいんだよなぁ。だったらもういっそのこと水じゃなければいいんじゃないかな)

 これは打開策を模索中にシエルが零した妄論だ。もちろんサフィロに一蹴されている。

 しかし魔法とは奇跡の力だ。端から出来ないと否定する権利は誰も持ち合わせてはいないはずである。

 (水鏡を作る要領で、水属性じゃなくって別の物にすれば割といけるんじゃないかなぁ)

 そこでシエルはふと壁際に目を向けた。そこには身支度を整える鏡台がある。あの鏡の材質は一体なんだろうか。

「……あのさ」

 いまだに口論を繰り返している従者たちに声をかけると、2人がぱっとこちらに視線を向けてくる。多分だが、彼らもこの不毛な争いを区切るきっかけが欲しかったのだろう。先に引いてしまえば負けた気分になる。それは嫌だから引くに引けない状況だったのではないだろうか。そう思うとおかしくって、シエルはくすりと笑った。

「鏡の素材って何か知ってる?」

「……は?」

「鏡…ですか?」

 予想の斜め上どころか、背後から投げつけられた問いかけに、シエルよりも年上の彼らが揃いも揃って目を丸くしている。

 呆然と確認する彼らに、シエルは一つしっかりと首肯すると、真っ直ぐに彼らを見つめた。深く澄んだ青空の輝きは、見つめる相手に平静さを取り戻させる。

「鏡は確か、金属を磨いたモンじゃなかったか? 刀身だって磨き上げると自分の顔が映るだろ。あれと一緒だ」

「あぁ、なるほど! ってことは土属性の魔法で作り出せるか」

「金属の生成は難しいのではありませんか?」

 アマリアの疑問に、シエルは眉を顰めいて呻いた。実はシエルが挫折した魔法の中に「剣を作り上げる」と言うものがある。

 理論は理解しているはずなのに、いくら試してもどうしてもボロボロと崩れ去ってしまってうまく形にならなかった。何日どころか何ヶ月も費やした結果、「魔力が足りていない」と結論付けて、その魔法は頭の片隅にそっとしまってある。もっと強くなったら、再びチャレンジしようと誓いながら。

 あの時よりは少しは強くなったはずだ。1度目で成功するとは思わないが、それでも成功への道程は前よりもぐっと縮んでいると思いたい。

 確認するように、ともすれば縋るように、シエルはイザークをまっすぐに見つめた。彼は少し難しい顔でしばし黙した後、何かを諦めたように大きく息を吐いた。

「お前が泣き出すまで付き合ってやるよ」

「え? 成功するまでじゃねぇの?」

「……お前、2年前のこと忘れたんか」

「あの頃より強くなったっしょ?」

 さも当然と言わんばかりの問いかけに、イザークは大きく溜め息を吐いた。そしていまだにきょとんと首を傾げる弟子の頭に手を乗せる。

「生意気言ってんじゃねぇぞこのガキ」

 まるですり潰すかのようにぐりぐりと押し撫でれば、悲痛な声がシエルの口から発せられる。

 本来であればその横暴さを諌めるアマリアはただ黙してそのやり取りを見守っていた。これは主従ではなく、師弟としての行いである。その関係性にアマリアは一定の信頼感を持っていた。

 強くなることに貪欲なシエルは、たびたび自身の危険を顧みない行動を起こしては、その度にイザークに助けられ、そして怒られてきた。シエルがイザークを側に置くのは、自分を本気で叱ってくれる存在だからである。つまりイザークはシエルのブレーキ役なのだ。

 そして今アマリアの目の前で繰り広げられているこの光景もまた、突っ走ろうとしているシエルを立ち止まらせるためのものである。

 思いついたら即行動。そしてできるまで諦めず挑戦し続けるその気概は素晴らしいが、歯止めが効かずに倒れるまで続けるのは看過できない。いい加減そろそろ『自制』と言うことを覚えてもらわなければ困るのだ。

「とりあえず付き合うが、俺が終わりっつったら終わりだからな」

「……っうん! ありがとう、ザク兄!」

 ともすれば実の兄を呼ぶよりも気安いその声音は、ともすれば幼い子供が少し甘えているような、まさしく末っ子特有のものだった。


 

 裏庭に出て準備運動やら剣技の鍛錬による体力作りを無事終了させたシエルは、早速金属生成の魔法に取りかかった。本で読んだ知識をフル動員させ、金属が出来上がる仕組みを反芻する。これが彼女なりの構築式だ。その仕組みを自分なりに理解していることが重要だった。その知識が頭の中にあれば、あとは使くれる。

 だから彼女は貪欲に知識を詰め込んでいる。自分が使うためだけじゃない。魔力が、魔法が、それを必要としているから。

 あとは思いっきりやるだけだ。構築の過程でどれだけ魔力が必要になるかわからないから、それなら臆せず全力で挑む。それがシエル流の魔法に使い方だ。

(……マジかよ)

 構築過程の魔力の流れを見るのはイザークの役目である。だから少し離れたところから見守っていたのだが、シエルから発せられる魔力量に、無意識のうちに息を呑んだ。

 魔力は使えば使うほど強くなるとは言ったものの、シエルの魔力量は明らかに常軌を逸している。

 毎日鍛錬を欠かさない彼女だが、普段はすでに習得している魔法の練度を上げることに注力しているから、ここまで魔力を爆発させることは少なかった。そんな彼女の全力の魔力は、練度が上がったことにより、その上限を大きく変動させていたのだろう。

 魔眼保有者でしかこの光景を見ることができないのが歯痒い。

 立ち上る魔力はまるで旋風のような力強さで吹き荒ぶ。かと思えば、シエルの周りはまるで深い海の底のような静謐さで彼女を穏やかに包み込み、深い青の煌めきが彼女を輝かせている。それはまさに幻想的で、言葉を失いただただ見惚れていた。

 しかしその魔力の奔流は、徐々に威力を失い、やがてぽすんと小さな爆発を起こして収束する。シエルの目と鼻の先で起きた小爆発の跡地には、小さな金属片が所在なさげにふわふわと空を漂っていた。

「……あれ?」

 予想外の展開に、シエルが間抜けな声を放つ。

 この結果にどう反応していいのかわからないのだろう。金属片を見つめて難しい顔をしている。そんな弟子の様子に、イザークは思わず苦笑した。

 2年前に比べたらその成長は著しい。だってあの頃はまともに形を保持することなく、跡形もなく崩れてしまうものしか作れなかったのだから。

 でも視線の先には鈍色の物体が、今もその形を保っている。崩れ落ちるような危うさは感じられなかった。

「……まさか一発で成功させちまうとはな」

 呆きれ混じりの賛辞に、シエルは苦笑を浮かべるしかなかった。

 成功というにはあまりにもお粗末だ。だって自分が目指した物には程遠いから。鏡のような研ぎ澄まされた平面などどこにもない。ゴツゴツとしたただの鉄の塊でしかないのだ。

 だからシエルはぐっと拳を握った。

「もう一回やってみる」

「……っはぁ⁉︎ 無茶だ! 今全力でやってただろ!」

「まだ大丈夫」

「騙せると思ってんなら大間違いだぞ?」

 イザークは諭すように低く低く呟く。その方が声を張るよりもよっぽど効果があるのだ。

 彼の言うとおりだった。たった一回の魔法で魔力が底をついているのは理解している。それでもどうしてもここで諦めたくなかった。今挑戦することによって何かをつかめるような、そんな微かな予感がしているのだ。

「あと一回だけ。お願い」

 決意をぶつけるかのように真っ直ぐにイザークの瞳を見つめる。

 痛いくらいの沈黙が2人を包んだ。

 シエルは自分の意思を。そしてイザークはシエルの体調を考慮して、どちらも引くに引けない状況なのだ。でもこの静かな戦いの勝敗は初めから決まっていた。

「……あと一回だけだからな」

「っ! ありがとう、ザク兄!」

 弾ける笑顔にイザークの眉尻が下がる。どうやったって勝てないのだ。彼女の師になったあの日から――




 

――おにーさんって本当に魔眼持ちなの?


――あぁ? って領主様の末の坊っちゃんじゃねぇか……ッ!?


――その反応は見えてるんだね。じゃあさ、俺に剣を教えてよ


――脈絡なさすぎるんで遠慮させてもらいまーす


――俺は強くなりたい。この呪いに打ち勝つために


 シエルに取り憑く禍々しい呪いの影。その呪縛から逃れようともがく澄んだ青い魔力の輝き。ともすれば呪いに握りつぶされてもおかしくはない小さな小さな輝きは、でもどうしてかイザークの目を惹いて離さない。そしてそれは彼女の持つ瞳も同じだ。

 真っ直ぐに見つめる強い輝きは、イザークを縛り付けた。それは本能だったのだろう。気がつけばイザークは彼女の目線に合わせるように片膝をついた。

 それは騎士の敬礼と同じだった。


――ったく、我侭な姫さんだな


――姫じゃない。俺は騎士になりたいんだ。だから騎士のなり方を教えてくれる?


 差し出された手。親指を上に向けて広げられた小さなそれが求めるものに気がついて、イザークはふっと小さく笑った。そして痛みを与えないようにそっと握り返す。

 それは友好の証だ。受け入れられたことに、幼い笑顔が花開いていく。


――よろしくお願いします、師匠!


――こちらこそよろしく頼むぜ、ご主人様


 まだ無垢なシエルは、イザークの言葉を冗談と受け取ったのか、どこか照れくさそうに笑った。

 今は気づかれなくとも構わない。

 それでも心の中でそっと誓いを立てる。

(その輝きを守り抜くと誓うぜ)

 思い返せばそれは一目惚れだったのだろう。

 夏の晴天を思わせる力強い輝きに魅入られた。


 そして今、イザークはあの時の自分を誇りに思う。

 だって生涯の主にと選んだ少女は、着実に大きな存在になりつつあるのだから。その魔力量も、知識量も、度量も、何もかもが大物になるであろう予感をひしひしと感じさせ、それが楽しみで仕方なかった。

 だからこそ改めて誓う。


 命に懸けても守り抜く、と――


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