第17話:遊び相手
「支えに括っとった、紐なり針金なりが解けたとかでしょ」
甲冑をただ積み重ねたのでは、人間が身に着けているように飾ることはできない。俺も鎧飾りなんて触れたことはないが、普通の洋服をマネキンに着せるのと同じだろう。
あのお土産屋さんでも甲冑の崩れ落ちた後、支えの木材はしっかりと立って残っていた。すると固定が外れ、自重で落下したに違いない。
それ以外の理由は思いつかなかった。
「と思うでしょ」
「違うんです?」
「実はあたし、病気って分かった頃から見えるようになったんよ」
声を潜め、ニヤニヤとうさんくさい笑み。自分の病をも活用して言われては、問い返さないわけにいかなかった。
「何がですか」
「この世のものでない、いう奴。病院の暗いとことか、普通に街中歩いとっても、よう見るわ。逆に錦帯橋みたいな自然の多いぃとこには
両手を胸の前に持ち上げ、力なく指を垂らす。ベタな幽霊のポーズで、もっともらしくウイさんは言った。
「じゃね、言われても。俺は見たことないし」
「あ、そうなん?」
「ですね。ほいで、鎧にも何か?」
どう纏めるか、面白そうではある。こちらも真面目な顔を作り、頷いて見せた。
「実はあの鎧、関ヶ原にも参加した
「へえ。じゃったらかなりの値打ち
「うん。じゃけどね、何だか知らんけど苦渋を舐めさせられることが多かったらしいんよ。それで今もあの鎧に広家の無念が——」
四十点。最後が雑だ。
「怖いですね。ところでウイさん、ちょっとスマホ見してもらえんです?」
「なんで?」
「いや何となく、吉川広家のことが画面に出とる気がして」
膝に載せた彼女のスマホが、さっと遠退く。
「
「えー」
なるほど、そういうレクリエーションか。理不尽な悪口に、怒りの表情で抵抗する。
「ぷっ。急に変顔せんとって」
「え。いや、すんません」
何だか惨敗の気分。
反撃の方法はないか考えていると、バスのエンジンがかかる。余韻みたいなものはなく、ドアが閉じるとすぐに出発した。
時間帯のせいもあるだろうが、岩国駅前に人通りはまばらだった。ちょうど信号待ちの人々の鼻先をかすめたが、それでさえ四人くらい。
外を眺める了は、嬉しそうに手を振る。残念ながら、気づいてもらえなかったようだが。
「了も風呂で聞いたんか?」
「
呼ぶと、勢い良くこちらを向いた。嬉しくて、俺の声も弾む。
「ウイさんが、お化け見えるんじゃって」
「お化け? ううん、聞いとらん」
「さっき、鎧が倒れたじゃろ。あれ、お化けがやったらしいわ」
「えっ、そうなん?」
怖がれば、俺が居るから大丈夫と言うつもりだった。のに、どうも彼の顔には興味津々と書いて見える。
「お化け、好きなんか」
「ええとね。お化けはね、ひとりぼっちでね、迷子になるんよ。じゃけえ、おやつあげたり、一緒に遊んであげたら友達になってくれるんよ」
ワクワク、と聞こえてきそうに語る。やけに具体的なのは何だろうと思うけれど。
「ん。お化け、
「うーん? 絵本に書いてあったんよ」
「ああ。いや、うん。ほうじゃの、友達になってもらえたらええの」
そういうことか。もちろん彼の夢を壊すことはしない。おそらく了にとって友達とは、俺が思うよりもっと大切な存在のようだし。
「了くんには見えんかった? お化け」
俺の肩にのしかかり、ウイさんが顔と声を突き出した。風呂上がりのいい匂いが、俺自身のとは違う。
「見えんかった。どんなかった? 白いん?」
「ええとね、お侍さん」
また吉川広家の話を、子供にも分かるように簡略版で始めるウイさん。了も悔しそうに口を窄め、「見たかった」と唸る。
引き返すとなったら大変なのに、勘弁してくれ。
きりの良さげなところで、割って入った。
「ほ、他は? 風呂で何のお話したんや」
「ええと、何じゃったっけ」
「普段、何して遊ぶかいうて聞いたでしょ」
「あ、そうじゃった」
ちょっと無理やりな話題の転換でも、異議を表明されずに済んだ。さらに提供された情報は、俺も興味がある。
というか今まで、どうして思いつかなかったのか。
「絵本、好きなんじゃろ?」
「うん。絵本読むし、海も行く」
「一人でか?」
「ううん、じいちゃんとばあちゃんと。じいちゃんが魚とか貝獲るけえ、ばあちゃんと海苔拾うん。石んとこで、ゴシゴシって」
磯場で天然の海苔を獲る海女さん。指先で摘むような量を、丹念に集めていく姿をテレビで見たことがある。
了の手つきは、それに似ていた。
——お前、そりゃあ漁師の仕事じゃろうが。
声が出ない。どこを見ていいやら、目も泳ぐ。途中、頷くウイさんとも視線が交わった。
「た、楽しそうじゃの。他は、他にもあるんか?」
「他?」
「かくれんぼとか、ケイドロとか。そういうのは最近の子はせんのかなあ」
言って気づいたが、もしかすると了の歳では早いのかも。
しかし彼は「したことある」と。
「あるけど、みんな幼稚園行っとったけえね」
そうか。
近所に遊び相手もなく、祖父母の仕事に着いて出かける。それが了の日常だったのなら、分かりきっているけれど問いたい。
「他は? じいちゃんばあちゃんじゃのうて、幼稚園行く友達じゃのうて。他には遊ぶ相手、
酷い大人だ。歯を食いしばってまで、幼い了の口から言わせようとは。
「じいちゃんとばあちゃんと、幼稚園の子も違うん?」
ぎゅうっと眉根が寄る。それ以外に誰が居るのか、彼は懸命に考えてくれた。
だが遂に、新たな候補の挙がることはなかった。
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