第10話:ウイの提案

「そりゃあ珍しく、若いお父さんが一人で。連れとるのは、こんな可愛い男の子で。挨拶くらい、しとうなるでしょ? でも聞いたら、違ったみたいじゃけど」


 疑われている? だとしても、それは勘違いだと自信を持って言える。ただ、それで通報などとなったら面倒では済まない。

 どう答えるべきか、考えるのにひと呼吸の時間を必要とした。


「——な、何じゃいうて言いたいんです? この子の保護者にも、話を通して一緒にるんです。心配してもろうたんは感謝しますけど、お門違いいう奴です」


 あせるな、力むようなことでない。そう自分に言い聞かせても、きっとガチガチの表情だった。「そうなん?」と了に確認がされればなおさら。

 彼の返答は首を傾げての「んん?」と唸る声だったが。


「じいちゃんとばあちゃんに、挨拶してから来たじゃろ」

「うん。ヘイちゃん、じいちゃんに叱られたけど、ママんとこ一緒に行く言うてくれた」

 

 叱られた、は余計だ。が、ウイさんは何となく察したらしい。眉根を寄せ、さっきとは違う湿った声で「そうなん」と。咄嗟に作った笑みを了に向け、また俺に問う。


「その、ママはどこへ?」

「福岡です」

「遠いぃねえ……え、こっからどうやって?」

「まず岩国まで行って、そっから高速バスで」

「へえ」


 なぜ広島駅から新幹線で行かないのか。逆の立場なら、間違いなく聞いた。

 しかし彼女はもう、この話題に触れなかった。了の祖父母の名を聞いたり、昼は何を食べたかなどとばかりだった。

 幼い子の気持ちを慮ったからと思うが、なんだかスッキリしない。


「次は玖波くば。玖波です」

「あ、次じゃ。了、ピンポン押して。うん、そのボタン」


 とは言え、このバスに乗る間だけのこと。あえて蒸し返さず、およそ四十分ほどを乗りきった。

 いや二人の始めたしりとりに参加したり、退屈せずに済んだと言ったほうが正しいか。


「じゃあウイさん、お世話になりました」

「ウイ姉ちゃん、ありがと」


 俺達の他に乗客はなかったが、いそいそとバスを降りる。彼女も「じゃあね」なんて手を振り、最初の緊張感はどこにもない。

 あの身なりでどこまで帰るのか知らないが、結果としていい人ではある。

 と、バスを見送るつもりだった。


「なんでウイさんも降りとるんです?」

「ここ、終点じゃし」


 振り返ったバスから彼女が出てくるのは、何の冗談かと。けれども小豆色のマイクロバスは、普通に走り去った。


「ウイさんの家、この辺じゃないでしょ」

「よう分かるね」

「まあ、遠出する感じじゃないんで。その、買い物とか」


 仮にも女性に、だらしない格好と言う勇気はない。ゆえに、白ネギのはみ出したレジ袋を指さす。


「ああ、そっか。父親と飲んどったんじゃけど、おつまみないなって。『ちょ、ウイ買ってこいやぁ』いうて偉そうに言われたけど、お小遣いに敗北したいうとこ」

 

 モノマネなのだろう。男っぽく言った声はよく似ている気がした。当然に彼女の父親と会ったこともないけれど。


「ええと、じゃあ帰らんと」

「ううん。平気」


 言い終わる前に、ウイさんはスマホを取り出した。どこかに電話をかけるらしい。


「あ、父ちゃん。あたし、うん。ちょっと友達とうて、遊びぃ行くことになったんよ。うん分かった、じゃあね」

「ちょっ……」


 彼女のこれからの予定について、もう何の説明も要らない。分からないのは、なぜそんなことをするのか。

 呆気に取られ、問う言葉もうまく出てこないが。


「あの、ええ? いやウイさん、なんで。ええと」

「ん。ずっと暇しとって、父ちゃんと飲むより面白そうと思ったけえ」

「はあ? い、一応確認ですけど。俺らと一緒に行こう思うとるんですよね」


 そんな自分勝手な。確認と言いつつ、断る口調で言った。が、ウイさんはしゃがんで了の手を取り、味方を増やそうとする。


「ね、了くん。あたしも連れてってや」

「えっ、ウイ姉ちゃんも一緒に行くん? ええよ、僕嬉しい!」

「ほんま? あたしも嬉しいわ」


 ぎゅっと抱きしめながら、彼女の目が俺に向く。


「だいじょぶ。財布は持っとるし」

「いや、そういうことじゃのうて——」

「うん。あんまり詮索されとうないんじゃろ? イチイチゼロ、とか」


 拒否する声に覆い被せて、にいぃっと。美人というよりイケメンめいた満面の笑みに、返す言葉を見失う。


「大丈夫。あたしは味方したげるけえ」


 ありがたい申し出を、俺は黙って頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る