第4話:笑えない話
レジ袋を敷き、冷たい地面に座り込む。落ち葉を追いやり、小枝を寄せ集めた。
見上げれば高い天井は隙間だらけで、青空が覗く。火事も雨も心配なさそうだ。
百円均一のフライパンを火にかけると、了がせっせと薪を集めてくれた。なぜこんな生活になったのか、いまだに不思議に思う。
「
「僕もカナブンのお世話しとったよ」
肩を押しつけるように、了も石の上へ座った。拳一つだけ離れる代わりに頭を撫で、自由になった右手へ箸を持たせてやる。
「
見境なく集めた薪は、湿ったのが当たり前に混ざる。おかげで火も暴れて落ち着かない。その動きに合わせ、了は突き出した箸を動かす。大きくなると右へ、小さくなれば左へ。
どうやら彼には、日本でも指折りの企業より、焚き火の状態を示すメーターのほうが大事らしい。
「よう知っとるなぁ」
「じいちゃん忙しい時、ユーツーべ見よったけえ。何でも知っとるよ」
自慢げにニッと笑う。何とも答えられず、焼けたカルビ肉にタレをぶっかけて皿へ入れてやる。
エビマヨとツナマヨ、おにぎりの選択権も譲った。遠慮なく、エビマヨを持っていかれた。
「出産じゃったかなあ。その浮橋さんが急に辞めて、人手が足らんなったらしいわ。ほしたらなんでか俺も、手伝えいうてサーバー室の管理者にされた。パソコンとか、決まった伝票打つくらいしかできんのに」
「うんうん」
タイミング良く頷いたのは、肉が旨かったらしい。思わず笑って、バナメイエビも放り込む。
「契約の更新手続きなんかの、誰でもできることじゃったけど。エアコンの効きまくった部屋に
タレと脂でベタベタの小さな手が、皿を置いた。もうエビの殻を剥くのにかかりきりだ。
ちょうどいい、ここから恥ずかしい部分になる。
「サーバーから抜かれたデータが、よその会社に渡ったいうて。俺にできるわけないのに、お前しか
直属でもない上司だった、湯摺課長の顔が浮かぶ。
助けると思って認めてくれ。懲戒解雇となったら退職金もクソもないが、特別に五十万円をやるからと。
丸二日、一対一でのにらめっこに疲れていた。辞めるとして、俺の歳では退職金があっても雀の涙。
それならと頷いたのが間違いだった。
再就職を求めても、どこへ行っても門前払いだ。終いにハローワークで「なんでこんなこと、しちゃったんです?」などと真顔で問われたのには笑うしかない。
離職票にきっちりくっきり、解雇理由が書いてあった。社内機密の漏洩と。
「ヘイちゃん食べんの?」
ふと気づけば、目の前に了の顔があった。膝枕でもするように、俺の懐へ頭を突っ込んで見上げる。
「いや、食べる食べる」
フライパンの中身が炭になっていた。了の皿もエビの殻しかない。直ちにウインナーを一袋、空っぽにする。
「会社、辞めたん?」
「お。聞いとったんか」
「聞いとるよ。誰かが話しとったら、ちゃんと聞けいうて」
「じいちゃんか」
「ううん、ばあちゃん」
人の話はちゃんと聞け。これほど身に沁みる、耳に痛い言葉もない。湯摺課長の話を、もっときちんと理解しなければいけなかった。
「そりゃあ、ほんまで。笑い話にもならんけえ」
「なんで?」
「俺がそうじゃ。先月、同期の人から連絡
子供が相手でも、真面目に言えることでない。へらへら自分を嘲笑しながらでないと、涙腺が壊れそうだ。
「横領か何かで、会社が俺を訴えたんじゃと」
「おーりょ? うったえって
新入社員研修で交換した電話番号を、四歳上の同期が初めて使ってくれた。周囲を憚る「お前、大丈夫か? 被害額、億単位らしいで。今日にでも警察が行く思うわ」という声が、当人の鼻息で掻き消えそうだった。
すぐさま、独り暮らしのアパートもそのままに俺は逃げ出した。
「さあ、なんじゃろう? 俺にも分からん」
「分からんと面白うないねえ」
「ほんまよ」
プシッと、泡の出る大人のジュースを開けた。了のオレンジジュースに軽くぶつけ、逆さまに呷る。
苦いばかりで、おいしく感じたことはない。しかし酔っ払いでもしなければ、眠ることもできなかった。
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