第14話

 ダチョウはサラを乗せたまま、羽を広げて左右に揺れるダンスを始めた。3.5キロ先の動物を見分けられる驚異の視力は、求愛ダンスの相手を探していたようだ。


「あらあら、ピーちゃんはオスだったのね」


 炊き出しが終わり、すっかり日が暮れたあとも、天使は教会に残って雑用をしていた。鍋釜を洗い、掃除をするのをサラも手伝った。片づけ終わると彼は教会の長椅子の下に潜り込んだ。


「あのう、いつもここで寝ていますの?」


「手伝ってくれてありがとうよ。でも、ここで眠るのは俺だけの特権なんだ。ボランティアの見返りに寝泊りさせてもらってる。あんたは他をあたってくれよ」


(見透かされていたのね、残念だこと)


「スープをご馳走さま。とても美味しかったわ」


「うん」


「私だけならホテルに泊まれるんだけど、ピーちゃんがいると難しいのよ。今夜一晩だけピーちゃんを預かってもらえないかしら。教会の片隅で充分なのよ。これ、スープ代と預かり代」


 レストランのデザート代に該当する金額を差し出すと、天使は長椅子の下から這い出してきた。


「金があるのか?」


 天使の目がきらりと光る。

 

「臨時収入があったのよ。ドレスを売ったり……」


 余計なことは言わないことにした。

 天使は差し出された札を受け取ってポケットにしまった。そして他のポケットというポケットに手を突っ込み、小銭を集め出した。その小銭をサラの手に戻す。


「……なあに?」

 

「つり。もらいすぎるのはよくない」


 天使はほぼ全額をサラに返した。これでは紙幣を小銭に換えただけだ。


「1ジェニーだけいただいた。炊き出しはホームレスには無料なんだ」


「ピーちゃんの宿泊代が1ジェニーなんて格安ですわね」


「あんま俺を信用すんなよ。ダチョウを売っちまうかもしれないぜ」


「……あら、そうでしたわね」


 天使は、ダチョウを売らないかとサラに言ってきたことがあったのだ。自らの警戒心のなさを指摘された気がして、サラは恥じた。だが今夜は少し疲れすぎている。頭がうまく働かない。休息が必要だ。


「格安ホテルよりももっといい方法がある。どうせあんた、しばらく町にいるんだろ」


 明日の午後に法律事務所に行く。その後の予定はないが、町に働き口を求めるためには居を構える必要がある。


「どういうことかしら」


「教会の裏にボロボロの激安フラットがある。大家と知り合いなんだ。紹介するぜ。ホテルもいいが、何日も泊まれば、借りた方がはるかに安いぜ」


「フラットを借りる……」


 天使に提案されるまで思いつきもしなかった。これからは自分が主体となって生きていかねばならないのだ。

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