第13話
サラはさりげなく体の一部をさすった。イヤリングもネックレスもリングもブレスレットも髪飾りもない。金銭に代わるものは一切身につけていない。着替えるときに気がついていたが、改めてみすぼらしい格好でいたものだと思う。
「お帰りはあちらです」
去り際、ホテルのドアガラスに映った自身に思わず目を逸らす。
(年齢を重ねるたびに人は内側から輝きを増す。それが当然だと思っていたけれど、外側の輝きを失うとこんなにも哀れなものなのね。もうごまかすものは何も持っていないんだわ)
とぼとぼと歩いているうちに、復讐の天使と会った公園に戻っていた。ベンチに腰を落とす。
(ここをベッド代わりにするしかないかしら)
ダチョウは傍らで雑草をついばんでいる。彼らの食べ物は草や木の実、昆虫である。寒さにも暑さにも強い彼らは公園に野宿することに何ら問題はない。
「ピーちゃんはいいわねえ。ひもじい思いをしなくてすむんだもの」
邸を飛び出してから、何も食べていない。ホテルは諦めるとしても、せめてビスケットのひとかけくらいはつまみたい。腹の虫がぐうと催促した。近くに店は見当たらない。そもそもサラは滅多に町に来たことがなかった。ゆえに土地勘がない。
あたりは急に暗くなり、無情にもぽつぽつと雨が降ってきた。
ふいに、ダチョウがひょいと首をもたげた。何かに気を取られているようだ。ベンチに飛び乗り、首をまっすぐに立てて、遠くの一点をみつめている。
「ピーちゃん、なにか見えるの?」
ばさばさと羽ばたく姿はまるで戦闘準備のよう。サラははっとなって、ダチョウの背にまたがった。
ダチョウは猛スピードで駆けだした。公園を横断し、路地をすり抜け、煉瓦道をひた走る。やがてさびれた教会の前で停まった。教会の入口には薄汚れた衣服の男女がたむろっている。
「ピーちゃん、ここ?」
ダチョウに乗ったサラが近づくと「順番だぞ」と怒声が飛ぶ。
教会で浮浪者への炊き出しを行っているのだ。
「さすがね。ピーちゃん。あんなに離れた場所からよく見つけたわ」
ダチョウは目が良い。40メートル離れたアリの動きが見えるほどだ。大きく美しい瞳は奇跡を捉える。だがダチョウが目をつけたのは炊き出しではなかった。
「あんた、ずいぶんとさっぱりしたな。庶民の格好もいいもんだろ。身体が軽くなった気がしないか?」
聞き覚えのある声。振り向くと復讐の天使がいた。天使は寸胴鍋を掻きまわしていた。教会で炊き出しのボランティアをしているようだ。
「俺の作ったキャベツのスープは絶品だぜ。飲んでいけよ」
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