第12話
玄関を出ると、道ばたに佇んでいた老婆にぎろりと睨まれた。
「近所の者だけどね、あんたあの娘っこを訪ねてきたのかい」
「アンのことでしたら、ええ、そうですけど」
「変な商売すんなって言っといとくれよ。人相風体の良くない男を何人も出入りさせて、風紀が悪くなったら近隣が困るんだよ」
「あら、まあ……」
サラは少なからずショックを受けた。零落して身を持ち崩していたのだとしたら、悪びれずに金の無心をするサラを疎ましく思うのは当然だろう。後悔する、という言葉も腑に落ちた。
路頭に迷っている分際でアンに説教などできるわけもない。
(第一、説得力がないわ。わたくしはただの『公爵夫人の抜け殻』なのだから)
着ていたドレスを古着屋に売った。代わりにデザインがシンプルな服を選ぶ。肌触りは良くないが水洗いができそうだし、ウエストを締め付けないのでよしとする。差額を受け取ったサラは落胆した。
(この金額で泊まれるホテルなんて本当にあるのかしら)
古着屋に教えてもらった安いホテルに赴いた。
ホテルマンの青年はダチョウを引き連れたサラを見て口をぽかんと開けた。
「ごきげんよう。一泊おいくらかしら」
「……えと、宿泊料は、その──」
差額分でギリギリ泊まれそうだ。ほっと安堵したのもつかのま、ホテルマンの次の言葉にサラは首を傾げた。
「はい? もう一度おっしゃってください」
「お客様は、お泊めできません」
ホテルマンは営業スマイルを保ったまま、明瞭な発声で繰り返した。
「どうしてなの?」
ホテルマンはダチョウを指さした。
「ピーちゃんはとってもいい子よ。人間の子供より聞き分けがいいの」
サラは感じのいい笑みを意識した。庶民的な服を着ていても上流階級の気品は隠しようがないはずだ。無下に断られてなるものか。
ダチョウは愛嬌たっぷりに、首をゆらゆらと揺らしている。と思いきや──
「ひー!」
ホテルマンの悲鳴が上がった。ダチョウがホテルマンの手を噛んだのだ。
「あら、ピーちゃん、駄目よ」
ホテルマンは手を引き抜いて飛び退った。
「じゃれているだけなんですよ。ピーちゃんは無邪気ないい子なの」
「帰れ、ばばあ!」
「ペットは駄目って言ってるでしょう」
このやり取りは4回目だ。悉く断られたことでサラもようやく気がついた。世の中はお金があっても不可能なことはある。だが、もっともっとお金があれば可能なこともある。馬を預けられる高級ホテルならばダチョウも預かってくれるだろう。
「わたくし、こう見えましても、公爵夫人ですのよ、まだ。ですから、ポータリー公爵家に請求書を回してくれればいいのよ」
物は試しで言ってみたものの、苦笑されるのがオチだった。公爵夫人に見えないのか、貴族の信用が地に落ちたのか、それともポータリー公爵が嫌われているのか。きっと最後の理由に違いないが。
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