ざまぁされた人間はそれでも頑張りたい

嘉矢獅子 カヤ

第1話

「よし!お前ら休憩するぞ!!時間にはかえって来いよ!!」


「「「うい~っす」」」


 てきとうな返事をしながら男たちは思い思いの場所へ移動する。かくいう俺もその辺の木陰に腰掛ける。


「どうしてこうなったんだろうなぁ……」


 青空を見上げながら独り言ちる。昔はなんでもできると思っていた。いや、まぁ、まだ20の半ばなんだが。期待のルーキーやら次期エース候補なんて持ち上げられてさ、調子にのった結果が今の俺だよ。


 こうやって毎日、毎日その場しのぎの仕事を請け負って少ない金を受け取って暮らしている。やることもほとんど変わらずただ日々を消化しているだけ。


 班長に呼ばれ次の作業に移る、ここにはこういったやつばかりだ。はみ出し者として故郷からここまで来て、夢を追い、敗れ、それでもまだ死にたくない、まだ最後に何かあるんじゃないかと今日に、明日にすがっている奴ら。


 俺たちは夢見た冒険者だったのだ。今でこそこんなしみったれた仕事をしているが、かつては田舎から都会に出てきて若さで突っ込んで壁に当たり倒れていく。


 ふと、隣を見る。


 金色の髪を後ろに縛り、赤い宝石のような目。なんとまぁ、顔立ちの良い少年だった。


こういうタイプはギルドから顔つなぎのために来ている将来のエース候補だ。仲がよくなった現場監督から聞いた話だと、見習い冒険者がどれだけ勤勉かどうかを見ているらしい。


 冒険者はなにかと不安定な職業だ。しかし、大体の人間は安定を欲する。冒険者と取引する商人も例外ではない。


 彼らは魔石や副産物を安定的に供給してくれるように冒険者を名指しで依頼を出す。ここでの作業はとても地味で給金も低い。それでも腐らず頑張っている冒険者見習いはそれだけで取引の対象になる。


 俺は見習いのころを思い出す。昔はこんなところで働きたくなくてただこねてぶつくさ言いながら仕事していた。思えばそこから間違っていたのかもな。


 「よし、今日の作業はこれで終わり!!帰りに事務所によって給金もらってから帰ってくれよ!あ、あとそこの少年は話があるからちょっとこっち来て。ほんじゃ解散!!」


 「「「うぇ~い」」」


 俺たちは少年をチラ見した後、給金を受け取りに行く。もらえる給金は銅貨5~7枚。安宿代が4~5枚それに食事代がいると考えると生活はギリギリだ。


 俺は宿に帰って、自分の部屋に入り、ベッドに仰向けの状態で天井を見つめる。


 今日の少年を見ていてなにか感じることがあったのか、ふと、昔のことを思い出す。


 昔はなんでもできると思っていた。俺にはそこそこ剣の才能があったようでほかにいた見習いや新人の冒険者を倒し、次代のエース候補としてもてはやされた。気のいい仲間もでき、キレイどころの女達をパーティーに入れて、男4女2のパーティーで活動していた。そして、上級者といわれるCランク冒険者になれるまで秒読みだといわれた。


 剣士の俺、盾役のマグル、レンジャーのジョン、雑用のクロード、魔法使いのマルカ、僧侶のリーネ。今思うとバランスのよいいいパーティーだったと思う。


 すべてはあいつを、クロードをパーティーから追い出した時からだ。俺は調子に乗っていた。なんでもできると思っていた。だから、何にもできないクロードが許せなかった。


 クロードがパーティーにいた時の役職は雑用だった。テントを張ったり、パーティーの荷物を持ったり、ダンジョンのマッピングなどなど…。


 今思うといいパーティーほど雑用の質が高い人を選んでいた。そんなことも考えず俺はクロードを追放してしまった。今思うと、パーティーの女達がクロードばかりをかまっていることに嫉妬していたのかもしれない。


 一番強いのは俺だ、俺を称えろ、俺についてこい。……バカみてぇ。


 それからだ、まず女達がパーティーに抜けた。クロードが町を出て行ってからすぐのことだった。女達はクロードの後を追いかけるように町を出ていった。


 残った俺らは臨時で人を増やし何回か依頼をこなしたがなぜかうまくいかない。その結果、臨時で組んだ奴らと折り合いがつかなくなって、離れていった。


 そんなことを続けていた俺らは当然冒険者たちから嫌がられて誰も組んでくれなくなった。冒険者はつまはじき者が多い場所だがそれでもなお、つまはじきになるものなのだ。


 そして俺らは堕落していった。はじめは給金が低い仕事も受けていたのだ。それがだんだん少なくなり最後にはとうとう仕事をしなくなった。


 俺とマグルは酒に入りびたりになり、ジョンは夜の街に消えていった。


 事件はすぐに起きた。ジョンが消えたのだ。まぁ、正直そうなると思っていた。あそこは金がかかる。いくらこれまでの貯金があったとしてもそこにいるだけで大量の金がかかる。


 そして、ジョンの借金が俺たちにかかった。パーティーはいわば家族なのだ。だいたいの冒険者は身寄りのない人が大半だ。村から追い出されたやつ、孤児、実家から出ていったやつ。そいつらは一人だと暴れることもある。だからパーティーを作って一つの共同体とすることでまとまりを作り、行き過ぎた行動を抑える目的がある。


 まぁ、早い話が連帯責任だ。それはもちろん借金も含まれる。


 やれ冒険者だ、やれ強いとしても金には勝てない。俺とマグルは多額の借金を返済するためにそこそこ高かった自分たちの装備を売ることにした。


 そのせいで俺たちはもう、冒険者としても立ちいかなくなった。


 もう、ダメだと思ったマグルは実家に帰った。今は農家兼自営団のリーダーとしてうまくやっているとこの前わざわざ俺のところまで来てくれて話してくれた。


 俺は実家から追い出されたはみ出し者だ。帰る場所もなく、かつての夢も目標もなくなった空洞。それが俺だ。


 そういえばクロードのやつAランク冒険者となって、どっかの国の国王に認められて男爵位をもらったんだとさ。女の数も増えていて、絶世の美女と呼ばれている王女様がぞっこんらしい。


 はぁ、もうやめよう思い出を並べて他人と比べて浸るのは自分がみじめになっていく。


 目を閉じる。眠れない。寝てしまえば、寝てしまえばくそみたいな明日が待っていると思うと眠れない。


 このままでいいのかとそれでいいのかと俺の心臓が聞いてくる。仰向けになっているのに背中が重い、足先の感覚がなくなっていく。


 大きく三回深呼吸して目に溜まった水をこらえて、そして意識を遠のかしていく。




 朝、まだ日が上がりきらない時間に起きる。睡眠を短くすます冒険者の必須スキルだ。


 眠い目をこすり、剣を携えながら宿を出る。


 少し広いところに出て剣を抜き、振る。


 ジョンが借金した後、その返済にありとあらゆるものを売った。それは鎧のような防具からポーションのような消耗品、果ては解体用のナイフや服まで。


 ただ、この剣だけは売れなかった。なんとなくこの剣を売ってしまえば俺は俺でなくなると思ったからだ。素振りするだけならこの剣じゃなくてもいい。この剣を売っぱらえば三か月は遊んで暮らせるだろう、それを元値に安物の剣を買う。これでいくらかましな生活をするかその分を貯蓄にできる。


 「辞めたくねぇんだろうなぁ、俺」


 剣を強く握り素振り再開をする。力強く、正確に、自分のイメージと実際に動いた体を合わせる。いざ、というときに思うように体が動かない、狙い通りの場所に剣を差し込めないこんなことがあると命の危機に陥ることになることもある。


 死にかけの魔物の最後のあがきほど怖いものはない。仕留めるときは確実にそれでいて一瞬でなくてはならない。


 ほんと何言ってんだろうな、笑ってくれよ。冒険者じゃねぇのにさ。今日も日雇いで日銭稼いでる身でさ。


 適当なところで切り上げ、冒険者ギルドによる。日雇いの斡旋は冒険者ギルドの仕事の一つだ。だから俺みたいな冒険者を辞めたやつも冒険者ギルドを利用する。


 俺みたいな武器を持たず冒険者ギルドに入るやつを世の中の人はこういう。『冒険者くずれ』だと。


 まったくその通りだと思うよ。夢も希望も安定もなくただ生きているだけのゾンビ。そのゾンビどもはだんだんと居場所がなくなり、やがて一人になって、精神やられてスラムに入るか犯罪者へ。あー俺もいつかはこうなるのかなって思う。


 冒険者ギルドに入り、受付の人に今日の仕事場所を教えてもらいその場所で働く。そこに俺の意思なんてものはない。ただただ言われた通りに動けばいいだけ。


 たまに、この生活のほうが現役だった時よりも楽だなと思う。それでも自分の中にある強烈な劣等感、不安感は消えたことがなく、それが非常に、つらい。





 「は?護衛依頼?」


 「ええ、頭数が足りなくてぜひ、あなたにと」


 あれから三か月後、俺は今日も日雇いの仕事をもらいに今日も冒険者ギルドに来ていた。


 護衛依頼というのは商人が商品を別の町に移動する際、商人や商品を盗賊や魔物から守るための仕事だ。腕っぷしの強さはもちろん索敵能力、そして信頼が必要になる仕事だ。普通俺みたいな木っ端冒険者には依頼なんて来ないし、ベテランの奴でも簡単には依頼されない仕事だ。


 「いや俺はその、しばらく荒事の仕事をしていないし…仲間だって…いない。」


 護衛任務は複数人で行うことが多い。それは警戒するのは一方向ではなく、多方向にわたり、野宿する場合は見張りを一人残さないと寝られないからだ。だから、パーティーの有無というのはこういうときでも出る。


 「あ、いえ。人数は大丈夫です。この前あったスタンピードで冒険者の何人かが亡くなりまして、スタンピードで出た魔物の素材や魔石を運ぶ人が少なくなったための数合わせです。今回は10以上の商隊で行くのでそのような心配はないかと。」


 そう聞いて俺はギルドの中を見渡す。スタンピードは強い魔物が突然暴れだして、それから逃げてきた弱い魔物たちが人里へ降りてくる。ほとんど予兆がないので準備しきれなかった場合はそのまま近くの村や町を滅ぼすという結果を残す。もちろん対処する冒険者達に準備期間は少なく、亡くなるやつも多い。


 スタンピードなど魔物のいざこざを対処するのは冒険者の義務になっていて、拒否権はない。その代わり、スタンピードを生き残った冒険者は少しだけ同じランクの冒険者の中でも地位が上になる。


 みんなこころなしか表情が暗い。きっと仲間を失った、怪我で活動が出来ないなどの問題を抱えて不安になっているのだろう。こんな状態じゃ働けないし俺にお鉢が回ってくるのは道理か。


 「わかった。依頼を受けるとするよ」


 「ありがとうございます。護衛は明日からで、今日は荷物の積み込みを行ってください」


 「ああ、では」


 正直に言おう、嬉しかった。もうなくなったと思っていたチャンスが目の前に転がってきたのだ。もし、ここでいい成績を出せたら、もし、ここで商人と渡りをつけられたら、もし、もし、もし………。


 思わず、ギルドから出て少し小躍りしながら現場へ向かって行ってしまった。今日はいつもよりキビキビと仕事をしていたような気がする。





 いよいよ、護衛任務当日。護衛依頼を受けている冒険者に頼み込んで、いろいろな情報をもらい、準備してきた。


 今回の依頼はここから4日離れた首都へ魔物の素材やらを運ぶことになる。どうやらよくある依頼らしく、いくつか決まりごとがあるらしい。例えば先頭は一番ベテランが担当して、依頼料が一番高いとか。夜の番の交代の仕方とか。


 準備は万全。この4日この4日にすべてをかける。

 

 そして、護衛任務が始まった。俺のポジションは真ん中より少し後方。この位置は一番新人や弱い、いわば一番信頼されていないポジションに配置された。


 俺はそれでも不満はない、それが今の俺の評価だから。




 護衛任務開始して4日目の昼。ここまで順調だった。いや、順調すぎた。どうやらこの前のスタンピードの影響で近くの魔物が少なくなっていて、イレギュラーが発生する心配はなかった。それもあって、俺のような未経験の信頼できない人間を入れているのだろう。


 そして俺は焦る。理屈ではわかっている、俺が必要になるようなイレギュラーなんて普通おこることはないし起こっても対処できるから数合わせがいると。


 だが、それでも俺の最後かもしれないチャンスなのだ。頼む、頼むと心に刻む。


 「う、うわあああああああああ!」


 突如、前のほうが騒がしくなった。馬車が止まる。中段にいたベテランの一人が様子を確認するために商隊の前へ走る。


 しばらくすると前のほうから煙が立つ。増援が欲しいという合図で、中段にいたベテラン冒険者達は一人を残し前線に向かって行った。


 その直後、近くの森からゴブリンどもが出始めた。パッと見て10体以上。俺らは指揮官の指示のもの剣を抜き応戦する。ゴブリンはA~Fまである強さのランクの中でE級といわれている。E級は武器を持った新人三人が集まってやっと倒せるぐらいの強さだ。


 もともとDランクだった俺は格下のE級の魔物など屁でもない。しかし、俺の周りの奴はそうでもなく、未経験者や単純に弱いやつはなかなか踏み込めない。森からはどんどんゴブリンが来ており、いずれはジリ貧になるだろう。


 「お前は後ろに状況を連絡しろ!荷馬車を捨てて王都に行くぞ!後ろの奴が来たら全員前に進むぞ!!」


 指揮官の激が飛ぶ。伝令を任された新人らしき冒険者は後方へ連絡する。通常ゴブリンは群れても最大数が20~30体で現在倒した数、見える奴でも40は超えている。


 だから指揮官は記憶に新しいスタンピードの可能性を見出したのだろう。このまま何も用心がないままスタンピードと対峙するのと半日でつく王都にまで逃げ込むのだと後者のほうが生き残れると考えた結果だと思う。


 やがて商隊の後方から冒険者や商人たちがやってきて商人たちはさらに前へ冒険者たちはゴブリンの対処を行い始めた。


 かれこれ10分が経ち、ゴブリンどもの死体が70を超えたころそいつは来た。


 俺の背を優に超す巨体、丸太のように太い腕、血管が浮かびあがり嗜虐に満ちた顔は初めて見る人間全員を恐怖に陥れる。右手に持っている血を吸って赤黒く変色した鉈は俺たち冒険者に死を直観させた。


 C級の魔物オーガ。小さな村程度なら息をする前に滅ぼすことが出来るポテンシャルを持つ化け物の中の化け物。ベテランといえどもDランクとCランクの壁は厚く、このいくら10の商会が集まる商隊であってもCランクの冒険者というのは雇えない。


「に、逃げろおおおおおぉぉぉぉ!!」


 一人の叫び声を皮切りに一斉に逃げ始める冒険者達。もはやなりふり構わない。走りながら重たい武器や防具を捨てる奴さえもいる。


 さすがは冒険者、あっという間に先に避難しようとしていた商人たちに追いつく。そして冒険者と商人がもみくちゃになり現場は混沌とし始める。


 「グオオォォォォォォオオオ!!」


 嗜虐の笑みを浮かべながら追いかけてきたオーガは逃げ惑う人間を見て興奮したようでたまらず雄叫びを上げた。


 高まる恐怖が限界を迎え、人々はただ逃げ惑う肉の塊と化す。


 「キャッ!」


 ついにでた塊のほころび。


 女の子がバランスを崩して倒れる。


 仕方ない、彼女は商人の家族で守られる側の人間だった。あまりに緊急事態、こんなの人生で1回も合わない人のほうが大半でなってしまったらしょうがない。


 女の子と目があう。


 その目は生きることを諦めているようで、それでいて縋っているような目で、どうしようもなく俺に似ていた。


 頼むよ、俺にそんな目で見ないでくれ。


 オーガがゆっくりと確実に右手に持っている鉈を振りおろ



――――――――キンッ!!


 「ウオッ!っぶねえ!!」


 気づいたら俺は女の子とオーガの間に入って、攻撃の方向をずらしていた。振り下ろされた鉈が俺の足元で砂埃を作る。


 改めて対峙する。オーガから圧倒的な存在を感じる。生物の格の違いをこれでもかとうぐらい見せつけられる。


 体が震え、膝が笑う。落ち着いて剣を構えるも虚しくその手はなお恐怖で剣を持つのがやっとの状況。


 「スーー、ハーー、スー―、ハーー、スーー、ハー―」


 3回大きく深呼吸をする。だんだん落ち着いていた。


 「なぁ、てめぇ今笑ってんだろ?なぁ?こっちは毎日毎日頑張って働いてる俺をよぉ!冒険者崩れとかゾンビとかバカにしやがってぉ!!」


 オーガは対峙している雰囲気が変わったからか行動を止める。だがその目には嘲りがありありと浮かんでいる。それもそうだ、目の前の人間がちょっと何かやったところで覆ることはない。


 「なんか言えよ。なぁ!わかってんだよ!自分が一番悪いってことはよぉ!一回痛い目みたのに自分を変えることが出来なかったクソみてぇな性格引っ提げて、死にたくないだけで一日生きているクソ野郎だよ俺は!」


 あること、あることをあいつにぶつける。まぁ相手は魔物どうせ言葉もわからん。怒りを表すと体が落ち着いてきた。


 体が怒りで落ち着いても心は冷静に。まず、目標を設定する。目標は後ろで腰が引けている女の子と一緒に逃げること。そのために足を狙う。


 叫んでいる俺に飽きたオーガが鉈を再び振り下ろす。狙いはもちろん俺。さっきのでターゲットが俺に変わったようだ。


 「うおッ!あぶねぇ!」


 振り下ろされた鉈を紙一重で躱す。さっきの攻撃でまともに受けることが出来ないことが分かった。よほどがない場合受けることが難しいだろう。



 俺は突撃する。もちろん勝機はある。実は俺の剣、C級魔物に対応できる剣だ。いくら格が違うといっても少なくとも刃が通る。


 オーガが応戦する。


 俺の剣とオーガの鉈が合わさる瞬間、俺は力を抜いて上半身を前かがみに倒す。オーガは高身長の巨体、自分のわきの下は死角になる。その死角にもぐりこみ、足の腱へ切りつける。


 狙いは完璧、動作も完璧、効果は。


 腱を切り裂いた。完璧。


 「うぉしゃあああああああ!!逃げるぞおおぉぉぉぉ!!」


 俺は腰が引けている女の子の腕をひったくり、逃走開始する。


 「ヴァ――――カ!!あほ――――!!俺がまじめに戦うわけねぇじゃん!!いええええええええええい!!」


 走る、走る、走る。スタンピードの原因ぽいやつがこっちにいるということは今逃げている商隊の先頭は安全ということだ。


「ヴオオオォォォォォォォ!!」


 オーガが大地を揺らし、迫ってくる感覚が背中から感じることが出来る。後ろを見るとオーガは鉈を振り下ろそうとしているところだった。


 俺は女の子を突き飛ばし、それと逆方向へ回避する。


 よぎるのは『超再生』。魔物の特性として怪我をした場合、周囲の魔素を吸収し回復することが出来る。それでも体力を著しく消費するし、再生する時間も長い。


 しかし、それをもろともしない個体がいる。『超再生』といわれる個体だ。この場合、倒すのは非常に厄介で強さの階級が上がるやつがいる。


 奴が『超再生』持ちということは地獄の果てまで追いかけてくる可能性が出てくる。さすがに『超再生』といえども疲労はするし不死身というわけではない。それでも、万全の状態が長い『超再生』持ちに弱い人間が逃げられる道理はない。


 ここで、やるしかない。


「スーー、ハーー」


 呼吸を整え再び剣を構える。狙うは心臓。一撃必殺。


 もう、オーガに嗜虐の目は無い。俺は人生に後がない。


 なら、進むだけ。いざ、尋常に勝負。






「怖えぇぇぇぇぇぇ!!!なんで俺なんだよおぉぉぉぉ!!ほかの冒険者さん!?ちょっとは手伝ってもらえませんかねぇ!!え?いない?そんなぁ………」


 オーガが振る鉈を間一髪で躱す。その際、腕をちょっと切りつけてみる。案の定、傷はすぐに塞がり何事もなかったかのように次の攻撃に入る。


 同じことを何回か繰り返す。幸いにもオーガの攻撃は威力こそあるものの大振りで回避しやすい。


 オーガの顔にどんどん焦りが出始める。自然界で頂点だったオーガにとってこれほどまでに自分の攻撃が利かず、少しでも傷を入れられる経験なんてなかったのだろう。圧倒的な経験の無さ、それがオーガの知らないところで不安や焦りに変わり、それが動作にも出てくる。


 「なんだぁ?焦ってんじゃねぇのか?おめぇ、戦いは焦ったほうが負けだぜ?」


 さっきの悪態とは逆のことを言う。精神の戦いでは俺の場にまで引きずり落としてやった。


 「おう、そのまま降りてこいよ、せいぜい踏み台になってくれ」


 俺はオーガに嗜虐の目を向ける。さっきとは逆、いくら魔物といえども目の前の生物がなめているのは態度や目でわかるというもの。


 「グォォォォオオオ!!」


 ストレスを感じ、それを開放しようとする咆哮を上げるオーガ。それをよそにあえて俺はオーガを切りつける。


 切りつけた後後退し、あえて相手の目を見る。そして笑う。


 くすぐられる野生の本能。焦りや不安を倍増させるふてぶてしさ。


 そして遂に出るほころび。


 オーガが鉈を振るう。しかし、この攻撃はこれまでの相手を倒すための攻撃ではない。精神的に追い詰められた逃げの攻撃。力が弱く、迫力のない。ただ、逃げただけ。


 「そいつだよ、坊や」


 鉈を剣で受け流す。次の攻撃が来るまで猶予ができ、相手が無防備になる。


 確実に心臓を狙う一撃を想像する。いつもと同じように、まるで素振りをするかのように。イメージと体を合わせていく。


 実にゆっくりだった。


 このまま永遠にこの時間を過ごすような感覚。ゆっくりとそれでいて確実に心臓を狙った一撃を放つ。


 剣が心臓に刺さった瞬間に時が戻り加速する。


 「グ?グ……グオオォォォォォォォ!!!!」


 オーガが状況を理解し、叫ぶ。そのまま、倒れこみ暴れ始める。『超再生』を試みているが効果が薄い。集中できていない状況で心臓などのコアな部分は難しい。


 「あばよ、俺のために死んでくれ」


 とどめに首を落とす。オーガは、先ほどまで恐怖の象徴であったモンスターはただの肉の塊となり、生命活動を停止させる。


 意識が押し寄せてくる。震える手、目には涙、押し寄せる感情を支えきれずに膝を曲げる。


 あふれ出る感情。それは果たして、興奮か、安心か、歓喜か。


 「う……うぉぉぉぉぉぉおおお!!!」


 大地が揺れる。しかし、先ほどまでの恐怖の揺れではない。歓喜の、一人の男が一度死に生まれ変わった歓喜の揺れ。


 男は前に倒れ込み意識を失った。




 数日後、俺は王都にある冒険者ギルドに呼ばれてきていた。


 「リアスリットさんですね?」


 「ああ、そうだが…」


 冒険者ギルドに出向くと受付の人がこちらに走ってきて何やら紙を広げ始めた。


 「リアスリットさん、今回のスタンピードで原因となる『超再生』持ちのC級魔物オーガを倒した功績により、FランクからCランクに階級を上げることを通達します。本来は2階級が限界なのですが、もともとDランクパーティーで活動していたこと、C級魔物を一人で倒した功績により異例の昇級になりました。それに伴い、冒険者ギルドから【回剣】の2つ名を与えます!!」


 そのとたん、ギルドの中が拍手で包まれた。


 かつて、若い頃でさえも体験したことのない、周りからの声に気分が高揚する。


 また、歩き出せる。確かにそう思った。


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