音殺し

@k0905f0905

第1話

 音が消えた。

 声も消えた。

 不気味な静寂の中で烏崎(からすざき)は

パソコンの編集画面を食い入るように見詰めていた。

「どうした、烏崎」

編集長の今沢が心配そうな視線を烏崎に送って

声を掛けた。

「いえ、何も」

烏崎が適当に誤魔化した。

夢だったのか。

それとも。

「高窓池の件、片づけてくれたか」

「ああ、あれ」

烏崎が気乗りしない、例の件だった。

「いいでしょう、あれは」

「何がだ」

「だって蛙の啼き声が聴こえないってだけでしょう」

「バカ野朗。ああいうのがいいんだよ」

烏崎には何がいいのかまったくわからなかったが、

今沢は敏腕で、今まで数々のスクープを

モノにしていた。

だから烏崎も頭が上がらなかった。

「行ってこい。新人さん、つけてやるから」

「新人さんって、まさか」

「こんにちわ、足立蛙です」

「勘弁してくれよ」

蛙は新入社員で、声も蛙のような

ゲロゲロ声だった。

「まあ、蛙づくめでめでたい、めでたい」

「何いってるんですか、編集長」

烏崎が呆れて、薄笑いをした。


「ここか、高窓池っていうのは」

夏の夜の池の周りには人影は見当たらなかった。

「おい、蛙、ライトで辺りを照らしてみてくれ」

「蛙って、気安く呼ばないでくださいよ」

「だって、蛙じゃないか」

「あのねーっ」

「ホラ、蛙。蛙を見つけ出せ」

「まったくーっ」

蛙が池の周りをライトで照らしだした。

「いませんーっ」

「すぐにあきらめるな。蛙」

「もーっ、いっぺん殺したろかしら、このオッサン」

「何か言ったか、新人」

「いえ、何でもありません」

その時、蛙が何かに躓いた。

「どうした」

「いえ、何かを踏んづけたような」

蛙が恐る恐る足元に視線をやった。

「何だった」

「蛙だと、思われます」

「啼かなかったのか」

「ハイ」

「死んでるのか」

「いえ、生きているようです」

蛙が蛙をつまみ上げた。

「どうして、啼かないんだ」

「そんなことわたしに聴かれても」

「啼かしてみろ」

「イヤですよ」

蛙が蛙を烏崎の方に放り投げた。

「なっ、なにするんだ」

「意気地がないんですね。先輩」

烏崎が蛙をつまみ上げた。

「たしかに生きている蛙のようだ」

「ねっ」

「それじゃあ、なぜ啼かない」

「専門家にでも見せましょうか」

「そうだな。そうするか」

烏崎は蛙を捕獲して、容器に入れた。







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