第6話 魔法士エドワード
――まずは一匹。
エドは墜ちていく妖精を見据えたのち、すぐにデコイとして魔力源をばらまいた。
今回は逃げるのではなく、残りの三騎の妖精を迅速に討ち取らなければならない。
そのためにもエドがまだ補足されていない今が絶好にして唯一のチャンスだ。
「えっ……!?」
突然の援護にスカーレットが声をあげる。
「何、この精度の魔術。これは威力……いえ、密度がおかしい」
エドは混乱する妖精に向けて、さらにもう一撃分の呪文を即座に筆記。解放。
自動筆記でなく、即興でもっともこの状況下において威力のであるマナ配分と呪文構成を割り出す。
青の閃光が武装妖精に連射され、翅を穴だらけにしていく。
「逃げて大丈夫ですよ、隊長」
「び、BX099!? なんで逃げてないのですか!? 貴方はまず自分の生存をまず第一に――」
その間にエドはスカーレットの前に躍り出た。
スカーレットが後ろで甲高い声でわめいていたが無視した。
翅をもがれた武装妖精にトドメを指すべくエドは魔導書を開く。そして次の瞬間、突風が刃となって妖精の身を裂き、終わらせた。
「……二匹目」
その姿にエドはたしかな高揚を覚えていた。
確かに慣れない戦場に浮足立ってはいた。突然の強襲に恐怖した。
だが一度戦うと決めたのならば――この人生を賭けて学んできた魔導の力は世界にも確かに通用する。
その高揚と、安堵がいけなかったのだろう。
「バカ――上ですわ!」
スカーレットが声を上げると同時に、武装妖精の影が頭上より振ってきた。
補足された――エドは魔導書を力強く握りマナを開放。その接近を押し返す。
「dsafad! odbso! bsb! sbs!」
武装妖精がわめきながらその針を突き立ててくる。
それをマナの開放により必死に押し返そうとする。赤い色彩の障壁がエドの頭上に展開され、それが鋭い針をギリギリのところでとどめていた。
魔導書のページがばらばらとものすごい勢いで捲れていく。自動筆記と即興で起こした呪文がガリガリと音を立てて記されているのだ。
――残りページ数が尽きる前に、ぶっ飛ばす。
マナを乱暴に上に放り投げて時間を稼ぎつつ計算を進める。
マナ濃度、演算可能な呪文容量、魔導杖の耐久性能、そして己の心。
頭の隅々まで冴えわたる想いだった。極限集中により世界がずっと遅くなっているように感じられた。
――行ける詠唱が完了。あと、三秒。これで……
「に、逃げなさい!」
後ろで少女の声がした。
うるさいな──魔術の完成はあと一歩なのに、なんだこの甲高い声はこの――そして次の瞬間には激痛がやってきた。
「が、あ、ぁあああああああああああああああああああああああ!」
バカみたいな声を出してしまった。
真っ赤な鮮血が灰色の街に飛び散っていく。鈍い痛みが全身を駆け巡っていく。
見れば――腹に大きな穴が開いていた。
「vafvda……vvfadfvaba……」
後ろから声がした。
四匹目の武装妖精だった。
三匹目の対応にかまけている間に背後に回られていたのだった。
その鋭利な針がエドの横腹を貫通し、真っ赤な血をぶちまけていた。
「vafvda……vvfadfvaba……」
武装妖精は何かを言っている。
無論その言葉の意味はわからない。妖精符丁を理解できる人間などそうそういない。
だがエドは激痛の中、ぼやけた視界の中その言葉に込められた意味がわかっていた。
――名前、か。僕が墜とした妖精の……。
自然とそれが理解できていた。
そう、これは戦場だ。相手も、自分も、対等の立場にある。
学生たちの目線から見れば暴虐の限りを尽くす悪魔にみえたが、結局のところ彼らだって生き残るために必死だった訳だ。
エドはその身に針を突き挿されながら、その事実をはっきりと認識した。
「vfaav!」
そして押しとどめていた三匹目が隙を見計らってエドに襲い掛かってくる。
さらなる衝撃と、激痛。三匹目は右腕を狙ってきた。
針を鋭利な剣に見立ててエドの右を薙いでいった。
――ああ、この右腕はもう一生使い物にならないだろうな……。
だらりと力なく伸びた自身の右腕を見て、エドは
衝撃によってメガネは割れ、ローブは鮮血に染まっている。意識は混濁し、もはや自分が何故ここに立っているのかさえわからない。
――ああ自分はここで終わりなのか。
でも、不思議と後悔はなかった。
あそこで戻らないという選択肢は、どのみちなかったように思うのだ。
「バカ! バカ! バカ!」
ああ、うるさいな。そうエドは思った。
「なんで逃げなかったのですの! 私を――私なんかのために」
ぴくぴくと頬が痙攣していた。もしかすると自分はその時、笑おうとしていたのかもしれない。
少しだけ、悔いができていた。
このままだとスカーレットは、自分のことを勘違いするだろう。彼女を助けるためにのこのこと戻ってきた馬鹿な魔法士として、エドの名をその記憶に刻むことになるだろう。
──君のためなんかじゃない。これは自分自身のためだ。
そう面と向かって言ってやらないと――何か、少しムカつく。
――そうだよ、エドワード。
頭の中で声がした。
それは懐かしい、ひどく聞き覚えのある、だけどもう思い出せない誰かの声だった。
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