第28話 取引

『あなたがたの要求をのみましょう。』

 サンドリオン夫人はそう伝えてきた。

『ですが、こちらとしても筋を通さねばなりません。そちらがいらないとおっしゃる以上、預かっているニホンジンはすべて即日処刑します。』

「構いませんよ。どうぞご随意に。」

 レリアの返答にサンドリオン夫人が苦い顔をした。どうやら最後の賭けをするつもりだったが、それが失敗したというところだろう。

『かわいそうに・・・・・・』

 そういって三歳くらいの黒髪の男の子を抱き上げていう。

『同じ故郷を持つのに、あちらの方々はあなたをいらないとおっしゃるのよ。』

 そういって抱き下ろすと、兵士につれていかせる。演技過剰ともいえる。

「それでは30時間内に迎えの船を向かわせます。それまでに準備なり、後始末なりやられるとよろしいでしょう。」

 レリアの言葉は冷淡に切って捨てていた。

 事前の調査で、捕まってる日本人関係者はこちらに引き込むと厄介の種になりそうな人物ばかりだった。

 非武装平和原理主義ともいうべき思想の持主で、侵略戦争を是としている我が国の実情に合わない。親の犠牲になる子供はかわいそうだが、それに情けをかけて、こちらの国民が犠牲になるような混乱を招くリスクは負うわけにいかなかった。

 言い方悪いが、相手が殺してくれるというのなら万々歳だ。


「予想通り、向こうにとらわれている人間の中に、向こうで工作員教育をうけた日本人が紛れてました。それとは別口でこちらに接触させようと画策していたグループもあったようですが、処理済みです。」

 レリアの報告に、私は頷く。

「・・・嫌なことさせてすまんな。」

「いえ。」

「修一は?」

「今回の日本人犠牲者の遺体の回収作業をやってもらってます。」

「そうか。」

「普通の人間ですから、かつての仲間の死は堪えるでしょう。それが袂を分かった相手だとしても・・・・。」

「ハイザンス帝国を倒した直後の自分なら、間違った判断を下していたかもしれん。日本人ということでバイアスが掛かっていたことにようやく気付いた。」

「それはあるかもしれませんね。ですが、今のあなたはきちんとした為政者です。」

「ありがとう。」

 レリアがふいに私を抱く。

「泣きたいなら泣けばいいのです。元AIとはいえそれくらいの情緒はわかります。」

「すまん・・・。」

 私はレリアの胸に抱かれたまま口を食いしばった。



【銀河ユニオン歴】19年11月20日。この日、パワール星系のネメシス級球形要塞艦アーリエルの国際会議場で、ブリザンス星系帝国パワール辺境伯家辺境伯サンドリオン夫人とルエル連邦終身大統領である私日下部恭介はブリザンス星系帝国全土の【ルエル連邦】への併合条約に調印した。

 このことはバービル銀河の宇宙社会にショックを与える。

 後にこれはルエル連邦の大躍進と呼ばれる始まりだった。



 調印式典が終わると、保護を名目にサンドリオン夫人とその家族は辺境に建設したコロニーへ移送されていった。

 保護とはいっているが完全に監禁に近い扱いになるだろう。

 獅子身中の虫を飼っておくほど私の心は広くない。すでにほかの選帝侯家へ送った通信などから、内部にもぐりこんで、レジスタンスを組織することを計画していたこともつかんでいる。

 彼女は彼女なりにブリザンド星系帝国への愛国心をもっていたのだろうことはわかる。しかしやり方が悪辣すぎた。

 相手の情を利用して、修一を引き込むことまで計画に入れていたらしい。もっともその手段となるはずだった洗脳された日本人はこちらですでに処理済みだ。修一には正直に告げてある。最悪会議メンバーからの除籍も覚悟したが、修一は、それに対して、

「洗脳を行ったやつが悪い。俺にあのとき、お前にのように決断出来てれば・・・・・もっとたくさんの仲間を救えたはずだ。いまの状況はあのときの俺の甘さが招いたことだ。お前は悪くない。」

と逆に慰めてきた。

 もちろん、私も処分した・・・いや、言葉を飾るのは止そう。殺すように命じたメンバーの中に知人もいた。

 ゲーム内ではあるが友人づきあいしていた人間もそれなりにいた。

 だが、今の仲間や国を考えると、殺すほかに手段がなかった。

 為政者というのは孤独とはいうが、それでも今の仲間たちがいるから私は絶望に沈むことを免れていた。


 調印のあと、ブリザンド星系帝国の残存地域に降伏勧告は一応出したが、どの勢力もなしのつぶてだった。

 増強されたネメシス級を各地に送り込み、一挙に占領を行うこととなった。


 一方、船団会議の下の作業班が担当していた別の宙域の戦争はこちらの一方的な勝利で終わっていた。





【銀河ユニオン歴】19年12月10日。ナダトール選帝侯家であるバルトム侯爵家の艦隊とわが軍がアンダルム星系で交戦中に、トンド王国軍が乱入。

 しかし、ネメシス級三隻の砲撃により、乱入直後にトンド王国軍は壊滅した。

 シールドの技術程度が低い艦船だったらしく、荷電粒子砲のプラズマ砲弾の爆散で生じる電磁放射だけで、艦船が爆散していったらしい。

 しかし、さらにそこへ、元【スリースターズ】の本拠地である8000万km級球形移動要塞であるガリムス要塞が転移してきて、増援の新型艦船を吐き出したと総旗艦ヴァンスに連絡が入った。

 どうやら【スリースターズ】の裏切り者を利用して要塞の再起動にトンド王国は成功していたらしい。

 要塞砲の攻撃で、こちらの艦船に被害が出始めた。

 事態を重く見て、我が方はネメシス級の増派と直接投入を決定。ここに三機の5000万km級要塞対8000万km級要塞の対決が開始された。

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