第4話 味方と敵との垣根

 ハインツからの連絡があってからしばらくして、バールデン共和国大統領のハインマール公爵ことベルク・ハイゼリア・クランマーク・ハインマールから星海ネットを使っての直接通信ががはいった。

 私はちょうど執務の合間のお茶の時間だったので、ラパームと会話を楽しんでいたところだった。

 正直、団欒を邪魔されたようで気持ちはよろしくはなかったが、そうもいってられないので、執務室に通信をまわしてもらった。

 ベルクは壮年の男性でブロンドの長い髪の毛をしていた。イケオジともいえなくもない。というかかなりハンサムだ。もてるだろうなぁと僻みの感情を抱いた私だった。

 ベルクはこちらの貴族らしい、前置きを省いて、単刀直入に用件を切り出した。

『我々の案を飲んでいただいて感謝している。まずは、現在の味方と確定している宙域と敵方と確定している宙域、そして中立の宙域を色分けした宙域図を送る。』

 執務室の中に大きな宙域図のフォログラムが表示される。メゾン・プライム・コロニーのバウスマン侯爵領の周りは味方だが、それに隣接しているハインツのハインダール子爵領は【ルエル】側とバウスマン領以外の場所が敵対領主の宙域となっている。

『いま、この通信はバウスマン侯爵領のほうへ迂回して連絡している。』

 ははあなるほどなと思った。ハインマール公爵領へ直結させろということだろう。

 わたしがわかりました。とりあえずそちらへ領土を伸ばしましょうというとベルクはうれしそうな顔をした。

「周辺の、敵対領は抑えてしまってもかまいませんか?」

 わたしのその問いに、ベルクは少し考えた様子だが、是と答えた。

『はやく君と轡を並べれる日が来ることを願うよ。』

 そのあと雑談に興じたが、居住惑星のないコロニー系の領主は補給に四苦八苦しているそうだ。

 ベルクもハインマール公爵としてそういった領に自立できるように支援はしているが、いまだ十分ではないらしく、領主間で貧富の差がはげしいらしい。

『自立させるには、採掘設備の構築や生産プラントの構築が必須だ。だがそれらはかかる予算が膨大になりやすい。向こうについている領主のなかにはプラントを質にされて、仕方なくしたがっているものも多い。プラントの維持用の資材がネックだ。』

 貴族言葉はわかりづらいが、資材の生産をするか、その生産用のプラントを援助しろってことね。

「できる限りそういった領を取り込む努力はしてみます。確約はできませんがね。」

 ベルクとの会談はなかなか含蓄のある内容となった。

 三日後、バールデン共和国・大統領府の名前で、独立コロニー【ルエル】への救援要請が発表される。

 それまでに最初の標的となる領五つに対し、その領境にペルセウス級要塞艦を三艦づつ、合計十五隻派遣することをその場にいた幹部クルー全員と相談して決めた。

 ローディにいわせるとさいしょからあと三十隻くらい送り込んで、いっきに占領したほうがいいのではないかという話だったが、あくまで要請をうけて動いたというのを印象付ける必要があるとテリー老が主張して、今回の方針となった。

 もちろん追加の派遣部隊はすでに用意させている。


 三日後、予定通り、バールデン共和国・大統領府の発表は行なわれ、それと同時に敵方領主の領有宙域へペルセウス級要塞艦の進撃が開始された。

 相手の貴族はベッケンバウワー男爵、シルクスムント侯爵、カーネルラント伯爵、ルイゲンシュタット子爵、ガブエラント男爵の五家で、それらのまとめ役の寄り親がシルクスムント侯爵だ。伯爵家と侯爵家は複数の恒星系とはいっても三つだが、構成されており、領星があり、居住型惑星なので、完全制圧にしばらく時間がかかった。

 今回標的とした貴族家はハインツのところやメゾン・プライム・コロニーに攻めてきていた事がある戦犯であることもあいまって、対応は厳しいものとなった。

 対応を決めたのはレリアで、一族郎党根切りと、どこの戦国大名かといえるほど苛烈なものとなった。

 私自身は、どうせどっかに親類がいるんだろうから。責任者だけ処刑しておけばいいと考えていたが、将来の禍根になると、レリアだけでなくレイナやテリー老まで反対するので、押し切られた形だ。

 現地の行政府は解体し、アンドロイドたちによって行政府が構築されることとなった。


 完全制圧に一週間かったが、その間に追加のペルセウス級を三十五艦派遣し、先の敵対領主の領土へ侵攻を続けていた。

 後方の流通経路を確保しだい、ペルセウス級を次の戦場へ向かわせるというやり方だ。

 その間、各地から集められる情報を精査し、判断を下さなければならない仕事が思いっきり増えた。

 テリー老の発案で、追加製造されたペルセウス級を合わせて五十艦で編成された、大編制隊をメッサリーナ同盟へ派遣することになった。

 ここまでくるともうめちゃくちゃだと正直思う。

 普通なら人口の関係で、産業バランスなどを考え、戦争に投入できる戦力は制限される。しかし、コピーAIをインストールしたアンドロイドは工業製品で、材料さえあればいくらでも作ることができる。つまり、制限されるのは工業資源の量と生産時間によってのみである。

 そのうえ、こちら側は物質ジェネレーターというエネルギーを物質に転換する装置を、無尽蔵ともいえる次元縮退炉から生み出されるエネルギーで動かし、賄っている。

 合成できる元素に制限はなく、単原子プレートなどの高度科学技術がひつような物品も自由に生産できる。

 ゲームでの資材があるからこそできる荒業である。

 2000km級のペルセウス級からすれば、せいぜい300mか大きくても450mクラスの戦闘艦など芥子粒に等しい。

 物量、技術双方がそろうとここまでいくのかと正直思う。

 問題は私を送り込んだ管理者がこの状況を想定していたか否かだ。想定してたのなら、何が目的だろうか。

 科学技術の発展か・・・宇宙のさらなる発展か・・・あるいは宇宙に訪れる危機の打開か。

 いずれにしても、いつその日が来るかわからないのがもどかしく、どうじに不安だ。



 数日後、思わぬ事件が起きた。

 ペルセウス級八番艦ノエリアで寝起きしていたハインツが人質にとられ、ノエリアの居住区に犯行グループに立てこもられているという連絡が入った。

 犯行グループの要求はバールデン共和国のメッサリーナ同盟諸国からの撤退だった。



 会議室で幹部会議を開き、対応を考えたが、正直友人のハインツを失いたくないのが私の本音だ。貴族ながら、相手に合わせるのが巧く、気の置けない関係になっていたから余計だ。

 しかし、古今東西の歴史において、テロリストと交渉した国家は悲惨な目に合う。いまや私や仲間たちはハイザンス帝国の支配者であり、帝国民の命の背負っている。

 軽はずみな決定はだせない。

 会議室の中は沈痛な雰囲気だった。


 しばらく、発言もせず考え込んでいたレイナが手終あげた。

「この際、卑劣と言われてもハインツさんを救うてはこれしかないと思う。」

 卑劣?と聞いた。

「相手の正体と出身地は割り出せてる?」

 するとレリアが頷いた。机の上スクリーンが展開し、犯人グループの出身地と交友関係者、背後関係までも表示される。

「だったら・・・・ここらへんのひとを拘束しちゃえばいいでしょ。あるいは・・・・見せしめにどこかのコロニーないし、惑星を攻撃して虐殺するか。それで逆に開放しなければ、彼らを殺すって表明するのよ。」

 民衆を逆に人質にとるとはまさか考えも及ばなかった。

「おなじ土俵に上がる必要はないのよ。こっちの土俵で勝負すればいい。それでもしハインツさんが殺されるなら・・・・あきらめるしかない。かわりに現地を更地にわたしはするけどね。私たちも歴史に悪名を残すけど彼らも悪名を残すでしょうね。どちらが悲惨か身をもってしればいい。」

 しんとしたが、皆頷いた。ほかに方法がない。


 そして翌日、犯人たちの出身地の居住型惑星の政府機関の直上に艦隊を派遣し、一気に制圧にかかった。

 そして指示を出したらしい、特殊軍の上官や同僚を拘束し、ハインツを開放しなければ、彼らを一人ずつ殺していき、ハインツを殺せば、この星を破壊すると現地で堂々と発表を行った。

「・・・まあ、こういう解決策もありますけどね。」

 レリアがそう呟いてたいたのが印象的だった。

 ハインツの拘束されている様子は常に監視していたが、発表が行われてからしばらくして犯行グループ内で争いになった。

 一人はハインツを殺そうとし、別の二人は開放して投降しようと説得する。あとの五人は考え込んだ様子で沈黙をしている。

 よくよく考えていればペルセウス級のなかだ・・・・管理AIに命じれば、打開策の一つや二つ出てきてもおかしくはない。レリアが何故しなかったのか。そう考えると、なんとなく見えてくるものがある。

 レリアにそれを聞くと、

「こういう場面はよく発生するものです。大切な人を人質に取られた時に、それに対する対抗措置をとるぞという喧伝行為は重要です。

 いささか、レイナの考え方には驚きましたが・・・・基本方針は復讐法で対応するのが抑止となります。」


 そういったあと、レリアは現地AIに命令し、現場の区画を封鎖の後に、酸素濃度を調整したうえで催眠ガスを送り込み、犯人グルプを昏睡させ、サイボーグでガスが効かない三名は、壁に仕組まれたレーザーガンで始末をするというやり方で対応しをした。

 その後、犯人グループの実行犯と、命令をだした特殊軍の上官や同僚、その家族と、この件を了承した軍官僚とその家族ににいたるまで、公開処刑をおこなわせる徹底ぶりだった。

 そのあと病院におくられたハインツと会話すると、

『いやぁ・・・・面目ない。会合に来た連中が全員特殊部隊だとは気づかずだよ。それにしても惑星一個の民衆と同じ重さなんていわれて正直ぞっとしたけどね。』

 どうもハインツは会合に乗り気ではなかったが、現地の人間との融和を部下の一人に説かれてしかたなく会合を開いたらしい。

 その部下は公開処刑のあとに、心痛で入院してしまったそうだ。そりゃ、自分の提案が利敵行為になれば心を病む。


 その後の様子だが、該当惑星上では公開処刑された連中に民衆が石をなげたり、汚物をかぶせたりと随分なことになっている。

 現地政府の要人たちも民衆に襲撃される事件が頻発している。

 抑止としては十分にはたらいたようだが、民衆心理とはよめないものだとつくづく思った。



 現在メッサリーナ同盟諸国派遣部隊の統括AIをしているのはギルド仲間アリサの残してくれたAIであるメセナだ。

 彼は割と堅実・確実という特性があたえられており、【ルナミル】の拠点攻防戦ランキングイベントでよく参謀長をするアリサの相棒にふさわしいAIだ。

 彼は高度思考型アンドロイドという、通常のアンドロイドより、ゲームのなかでは、計画立案能力が高い特性のある義体にインストールされており、アリサはそれを自分の船とリンクさせることで運用していた。

 現在アリサの旗艦である戦略航宙母艦クイーン・ハートは、本部である【ルエル】の第三区画格納庫の一つで保管中だ。

 仲間の作った船をつかうきにはなかなかなれない。

 しかし、ギルド仲間の忘れ形見というべきAI達はそういった船を使ってくれるようにと最近特に陳情が多い。


 そんななか、メセナから、メッサリーナ同盟諸国のひとつ、ラグタイト連邦の居住惑星に拠点を構築完了した方向とともに、戦略航宙母艦クイーン・ハートの派遣要請が届いた。

 戦略航宙母艦クイーン・ハートはペルセウス級より大きい6500km級と最大級の航宙母艦で、基本的に情報分析に優れており、複数の恒星系、それも十個以上の情報を一括で処理できる能力がある。

 搭載されているのは50km級の船舶修理用の工作船から、対大型要塞用の5km級高速戦艦や打撃航宙母艦、偵察航宙母艦。ほかにも攻撃機や偵察機、迎撃戦闘機、随伴用戦闘機、戦略爆撃機などの20m級~150m級の小型宇宙船も配備している。

 生産能力はそのかわりペルセウス級と比べて、若干落ちるが、自己の展開する部隊の補給は大体が賄える。そして、戦略航宇母艦としては、580光年の範囲の味方艦隊に指令を送ったり、情報を受け取ったりできる。

 ほかの保有船舶より通信能力が圧倒的に高いのだ。

 ただ、艦体の防御力は低めではある。ペルセウス級みたいな、強襲突撃艦の移動要塞バージョンは間違ってもできない。というか・・・ペルセウス級の運用で、今回初めて強襲部隊運用を見たといっていい。補給艦あつかいの船を前線に突入させられたようなものだ。


 要請内容について、会議室でレリアを中心にして相談していると、ジェフが要請があるなら送るべきだろうとあっさりとした返答をかえしてきた。

「現場指揮官のAIの判断だから、拒否する理由はないんじゃないか?」

「わしもそう思う。じゃがキョウスケには出したくない理由があるんじゃな?」

 しぶしぶ私は仲間との思い出の艦だから出したくない事を白状した。

「元の世界とのよすがか・・・・・じゃが、今行っている戦争で、被害を増やすのと、減らすのはどちらが得策じゃ?」

 テリー老が鋭く突っ込んでくる。

「いいかたは悪いが、形あるものはいずれ壊れる。メンテナンスを行っているからこのコロニーはわし等が生きてるうちはこわれんじゃろうが・・・・。それでもいつかはなくなるはずじゃ。お主にとってメセナも大切な思い出を共有するあいてではないのかの?」

 そこまでいわれるとさすがに認可せざるをえない。認可するかとうなだれていると、レリアが付け加えた。

「念のため護衛は厚めにしておきます。補給能力に問題はありませんが、無補給となるといろいろ制限がつくので、ペルセウス級を二艦補給艦として同行させます。」


 塩漬けにしていたせいで整備に一週間ほどかったが、戦略航宙母艦クイーン・ハートは出航した。

 移送中は、クーレリアのコピーAIが指揮を執るらしい。


 それから二週間後、メセナから、お礼の連絡と、現在遂行中の作戦計画についての説明などが、光子場変調通信での秘匿回線で送られてきた。

 リアルタイムで通信を行うにはまだ技術的な問題がある距離らしく、今回の通信はメール送付のようなかんじだ。


 メセナの報告によると、居住型惑星のない、岩石惑星だらけの恒星系が、メセナのいるメッサリーナ同盟諸国のひとつラグタイト連邦の首都星系のとなりにあり、そこの恒星にダイソン球型の要塞を構築中とのことだった。

 ダイソン球型の要塞構築ってゲームではネタ扱いされていた要塞構築だ。まさかAIがロマンをりかいしてやったわけではないだろう。

 メセナの説明によると、最終的には多次元縮退炉の炉心に恒星自体をつくりかえるそうだ。それにより、より物資生産が増えるだけでなく、現在【ルエル】でしか作れないような大規模戦闘コロニー艦なども生産できるようになり、【ルエル】の姉妹艦あるいは、今以上の大きさの戦闘コロニー艦を建造できるようになるそうだ。

 ワクワクはする。新しい要塞と聞いてときめかないSFファンの男性はいないだろう。しかし、自分たちは一体どこに向かっているのだろうか。

 最近、ようやく皇帝業も板についてきたが、それでも基本的に自分は一般庶民であるという認識から抜け出せないでいる。

 現段階でハイザンス帝国を民主化するという計画はない。民度が低すぎて、実行できないのだ。まずは教育制度から整えていって、そのなかで一般民衆が受け入れれる形の政治参加の段階をつくっていってと・・・途方もない労力がいる。

 おまけに今はこのペネーナン銀河とよばれる銀河のあちこちで戦争がおきていて、議会なんか設置すれば、判断の遅れが生じて、攻められたときに防御や一般市民の避難などの対処ができない。

 絶対王政ならぬ、絶対帝政だからいまはまわせているが、将来を考えると、統治システムを作り直す必要は必ずある。

 地球での仕事では係長待遇課長補佐だった自分がどうにか皇帝業をやれているのはもちろんAIとしてのクーレリア、そして人間レリアとしての存在があってこそだ。

 あるいみAIに頼り切りであるため、そこに危険性やリスクがあることは十分に理解はしている。

 もっとも私が管理者にもちこんでもらったAIには私への忠誠がシステム的に組み込まれているから、彼らが私を裏切ることはないだろう。あるとすれば私が逆に裏切ったり拒絶して彼らを追い込む可能性だ。


 子供たちの世代にかわったときに動かせる仕組みをつくっておかなくてはならない。




 また、一カ月が過ぎた。

 ハイザンス帝国歴579年五月のこの日、私は仲間と話し合って、国の名前を変える方針をうちだした。

 新たな国名は【ルエル】連邦だ。もっとも国号の変更はまだ先だ。

 現在帝国における官僚組織は行政官僚用にカスタマイズされたアンドロイドによって運用されている。

 面倒なので旧来の官僚を追い出した形だ。

 失業者となる元官僚たちはメッサー運輸で吸収した。階級的には【旧メッサー運輸】の正社員のすぐしたに、テクノラート社員とゼネラリスト社員という枠組みをつくり、そこを組織化して受け入れた。

 現在帝国国内では、生産プラントと物資生成ジェネレーター、重力縮退炉の大量生産と設置を行っており、その労働の対価に新しい通貨、ルエット通貨を支払っている。

 帝国のもとの通貨のエミートとの交換も行ってはいるが、一人の交換限度額を指定し、資産家がすぐにすべての通貨を交換できないように調整をかけている。

 これはもちろん通貨危機が発生するのを防ぐのを目的としている。ルエットは兌換通貨であり、国が発行する定型のエネルギーユニットと交換するしくみにしてある。

 エネルギーユニットは、一種の電池のようなもので、それを用いて生活に必要なエネルギーを賄える仕組みだ。

 エネルギーユニット対応の家電製品や通信機器をそろえるのに時間がかかったが、ようやくルエットが浸透し始めてきて、現在帝国の旧帝星を中心に対応器具がひろまりはじめた。

 このあたりの通貨と兌換エネルギーユニットの発行量はクーレリアが直に統制しており、経済状況に応じて調整している。

 それと、衣類や食事、家屋などの保障制度も進めている。

 これは最低限の生活を保障し、その一方で、競争力も維持するためのものだ。

 貧乏になりすぎれば、そこから抜け出すことは不可能になってしまうのが現実だ。かといってなんでも平等にしてしまえば、頑張っても結果が同じで、産業が育たたなくなる。

 必要なのはだれしもが最低限文化的に生活できる保障と、その保障で与えるのはお金ではなく、現物であるということだ。

 その現物は売買を禁止させた。必要がなければ生活保障省へ返品するしくみだ。

 その一方で、努力してお金を稼ぐ、あるいは資格を取ってキャリアアップを図れる仕組みも整備した。

 ただ、医師や看護師、建築などの特定の職種を除いて、資格を就業条件に加えることを原則禁止した。資格があれば手当がつくかたちにした。

 この理由は、資格を必須にすると、固定化が行われ既得権益化してしまうからだ。そのせいで産業が育たなくなる。だから手当がつけることを義務化するいっぽう、採用時に必須にするのを禁止にしたのだ。

 いっぽうで教育は基本無償化の方向で進めた。学びがなければ貧困や最低限度の生活から抜け出すのは無理だからだ。


 これらの政策貴族階級からの反発はもちろんあった。意外なことに帝国貴族からはあまりなかったが、バラード公爵派からは特に強い反発があった。

 敗者に優しすぎるというのがその理由で、敗者を保護すれば、それは成功したものが作ったものを奪い取っているのも同じだというのが彼らの主張だった。

 私は一度の勝者がつねにおごり高ぶるのは正しい事かと反論をしたため、また、レリアも実例をあげて反論の文章を反発した貴族家になんども送った。

 叛乱となれば、また軍を送り込んで制圧となるので、できる限りそれは避けたかった。

 もっともレリアにいわせると、叛乱を起こしたければおこせばいい。直轄領がふえるだけですからと冷めた反応だった。


 それから半月後、また騒ぎが起きた。

 バラード公爵エイン・アーダ・ド・ブレマンド・バラ-ドから、通信要請がはいった。

 また抗議かとおもったが、相手はバールデン共和国の要人であるからでないわけにはいかず出てみると、彼はずいぶん疲れた様子だった。

 口ひげがあり、ブルネットの頭もポマードで撫でつけていて、本来なら風采があるだろう人物だった。

「ハイザンス帝国皇帝キョウスケ・クサカベだ。」

『お初に、お目にかかる。エイン・アーダ・ド・ブレマンド・バラ-ド、陛下にご挨拶を申し上げる。』

 バラード公爵はさすがに季節のあいさつを省いたりはしなかったが、早く本題をいいたそうだった。

「それで、今回、連絡されたお話というのは?」

 私の言葉にすこし息を飲み込んでからエインは口を開いた。

「・・・陛下におかれましては、少しばかり、いたずらがすぎるのではないかと思い、諫言申し上げに参った次第です。」

 いたずらと聞いてそんなことをしかたかなと私は首を傾げる。反対意見に対して、書簡で説明をおくったくらいしか、バラード派の貴族とはつながりがない。

「・・ほう、いたずらですか?私としては何がそのいたずらにあたるか分かりかねますが・・・・あなた方の抗議文の返信をおくったのをいたずらといわれるのなら、どうしようもないでしょう。」

 エインがつばを飲み込んだ。どうやら言いたいことと私の認識が違うか、誤解をあたえた雰囲気だ。

『・・最近、我が方の領宙が騒がしいのです。』

「公爵、私は平民上がりの皇帝ですから、雅な貴族言葉をすべて解せるほど、高貴ではないのですよ。」

 私は言いたいことがあるならはっきり言えといったわけだ。

『・・そうでしたな。・・・・・ペルセウス級要塞艦を我れらは派閥の領宙境に派遣され、軍事演習を連日行われておられることについてです。』

「軍事演習ですか・・・・・。」

 その言葉をきいてピンとこない。ペルセウス級は増産体制にはいっているが、バラード公爵派のところにおくった記憶はない。

 横にいたレリアに視線をむけると。

 さらりと一枚の書類を向こうにみえないように私の机の前に滑らせてきた。

 そこにはペルセウス級を軍事演習目的で23隻派遣したことに対する、事後<・・>報告が書かれていた。

「確かに軍事演習の申請は許可はしましたが・・・。」

『失礼ながら、あれでは我々への恫喝です。』

 まあ、そうだろうなと思った。バールデン共和国内のバラード公爵派の宙域近辺にペルセウス級を一隻ずつおくりこんで、そこで実弾演習を艦隊で行わせるということをレリアとレイナ、ローディが私に内緒でやってくれたらしい。

 いまになって報告されても対処に困る。

 わきにいたレリアが口をはさむ。

「・・・あくまで帝国の方針<・・・・・>ですのでご理解頂きたいところです。」


 帝国の方針という部分に力をいれて、レリアは言葉を発音した。

 お前らが従わないならそのまま実力行使するぞという脅しだ。えげつない、まったくもってえげつない。意見の隔たりがあるとはいえ味方の貴族にすることとは思えない。

「さて、公爵、今回の戦争が終わればバールデン共和国は帝国に併合されるという方針は変わりません。変わらないのであれば、あなた方の領宙は半ば自治区あつかいとして、これまで通り治められるという方針はいかがでしょうか?こちらとしても他の家の庭まで整備するのは憚れますので。」

 つまりお前らの領地には口は挟まないから、こちらのほかの貴族領や直轄領には口をはさむなというわけだ。

 妥協点としてはこのあたりだろう。私自身、まだギデアン公爵派が健在な現状で、バラード公爵派まで敵に回したくない。

 物量から言えば平らげることはできるだろうが、あまりそこで無理してもよくない気がするのだ。反政府主義者の温床となるだろう。

『領邦は同じ法律、同じ考えでまとめるほうが後々の為にはなるのですが・・。こちらとそちらの隔たりは大きい。致し方ありません。』

「こちらとしては、いまはこちらの方針を変える必要は感じませんが、領邦全体の統治についての相談のチャンネルを閉じるつもりはありませんよ。」

『わかりました。今回の件はこちらが引きましょう。』

「・・・・軍事演習もそろそろおわってるころですから、お騒がせした艦艇はひきあげさせましょう。」

 エインは頷くと、深々と一礼して、通信を切った。

 通信が切れたのを確認してからレリアに視線をこくる。

「隠れてなにしちゃってる!!」

「幹部会議の決定ですので。」

「俺がその会議にでてないんだけど?」

「疲れてねていらっしゃいましたから。それにこうでもしないと敵方につきかねない情報がでてましたからね。」

 そのことばにぎょっとした。レリアが付け加える。

「通信ではなく、使者ですが、バラード公にギデアン公爵の部下が何度も訪れてます。バラード公は話を聞いていただけのようですが・・・なんらかの計画のマイクロチップも渡されていたようです。」

「おぃおぃ・・・・・そういや一家をのぞいてバラード公爵派の家は遠征には参加してなかったな。」

「そういうことです。貴族のとる行動に無駄はありません。バラード派としては勝ち馬にのる立場でいたかっただけでしょうけど。」

 要するにハインツ達遠征組の貴族が戻ってきたときに挟撃するのにバラード公爵派も参加する可能性もあったわけだ。

 ハインダール子爵領をねらったのも帝国との接続をギデアン公爵派が得るため。メッサリーナ同盟諸国が帝国と同盟を組んでいた可能性は多分にある。

 帝国内で内務調査をしていたが、その手の情報は得てない。おそらく、滅ぼしてしまった貴族家が関わっていた可能性が高い。

 となると、ギデアン公爵には早々に退場頂いたほうがよろしそうだ。

 自らの王位を得るために外患を呼びこむような貴族は百害あって一利なしだ。

「・・・レリア、軍事演習の部隊を全軍ギデアン公爵領にむけてもらえるか?」

「ほかの貴族の領地を通過することになりますが・・。」

「今回はしかたない。強引にいく。」

「わかりました。拙速は巧緻に勝るですね。」

 ハイザンス帝国歴579年六月二日、この日バールデン共和国の運命は決定づけられた。後にルエル連邦の先走りと言われる戦いが始まろうとしていた。


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