第8話 名前を持つということ
木の柵に覆われた村の近くに降り静かに近づくと、頭にカゴを乗せた少女と遭遇する。
少女の歳は十歳から十二歳ほど、髪は長い金髪だが汚れてくすんで見える。
服装は麻布を張り合わせたようなシャツと半ズボン、肌は日焼けをしたように浅黒く、全身に毛がある事もない。
「人間……人間の少女だ!!」
思わず大声を上げてしまったツトムの声に驚き少女はカゴを頭から落としてしまい、中に入っていた果物らしきものが地面に散らばる。
少女は怯えて転び縮こまってしまった。
何かを言っているが言葉がわからない。
「あ、あ、あ、えっと、ごめん、驚かせるつもりはなくって……」
動転したツトムは翻訳する事を忘れてオロオロしている。
しかし涙を流し始める少女を見てようやく正気を取り戻し翻訳を使う。
「えっと、僕はツトムっていいます。あの、君は近くにある村の人ですか?」
泣いていた少女だが言葉が通じて少し安心したようだ。
「名前を……お持ちなのですか?」
「え? うん? ツトムです」
「し、失礼しました! 知らなかったんですごめんなさい!」
土下座をして必死に謝ってくる少女。
今度はツトムが混乱して泣きそうになる。
ようやく人間が誕生して喜んでいたのに、いきなりこんな扱いをされれば仕方がない。
「あ、頭を上げてください! どうしていきなり土下座なんてするんですか!?」
「そんな! 恐れ多いです! 神官様に失礼な事をしたのに!」
神官様。
その言葉にツトムは少し考える。
少女は名前がある事に驚いていた、そして出てきた神官という言葉。
「僕は神官じゃありませんよ。ただの――」
ただの旅人です、と言おうとして言葉に詰まる。
今のツトムをあらわす言葉をツトムはしらないのだ。
神様だなんていう訳にもいかず、かといって旅人なんて存在するはずもない。
『こうなったら仕方がない』とある程度の覚悟をする。
「僕は神官じゃありませんが、少しは神の言葉を聞くことが出来ます。ですがそんな態度を取られるほど偉いわけじゃありません」
「神託を⁉ 確かに神官様では神託を聞けませんからもっと上の御方なのですか!」
あー失敗した、と反省するが、ここまで来たら流れに任せる事にした様だ。
「う、うんまあそうかな。君の村に案内してくれる?」
「もちろんです! さあこちらへどうぞ!」
と言ってカゴを拾わずに行こうとするので、ツトムがカゴと果物を拾い集めると少女は慌てて自分で拾い集める。
終始畏まっている少女だが、見た目の年齢が近い事もあり会話は弾んだ。
どうやら少女の村には五十人ほどおり、村長や神官が村の方針を決めている様だ。
「私のお父さんは狩りをする人で、お母さんは服を作る人なんです」
「へ~、狩るのはイノシシとかですか?」
「イノシシの時もありますが、人数が揃えば龍を狩る事もあります」
龍? 思わずツトムは聞き返すが、姿の説明を受けるとツトムが知っている龍とは少し違うようだ。
どうやら四本足で首が長く翼のある龍ではなく、巨大化したトカゲや亀の類を龍と呼んでいるようだった。
「村に龍の背中が飾ってありますから、是非見てください!」
そしてしばらくして村の入り口に到着すると、そこからでも見える巨大な亀の甲羅が村の中心に飾ってあった。
「む? 門の右に住む狩人の下の娘か。隣にいるのは誰だ?」
「ただいま門番三番目。果物を取った帰りにお会いしたツトム様です。神託を聞くことが出来るそうです」
「な、なにぃ!? こうしちゃおれん、神官様と村長に話をしなければ!!」
門番の中年男性が慌てて村の中に入り、そして二人を連れて戻って来る。
一人はお年寄り、もう一人は麻布の服だが白く染められている。
「あ、あなたが名前を持ち神託を聞けるという御方ですか!?」
「おお、おお! ついに、遂にこの村にも神託が与えられるのじゃ!」
神託といっても神であるツトムの意思を言うだけなのだが、思ったよりも大ごとになっている様だ。
「は、はい……ツトムといいます」
「は! これは失礼しました。私は神官のムントトンです」
「ワシは村長のムベラロですじゃ」
どうやらこの村で名前を持つのは役職者だけのようだ。
なので少女や門番は役職や○○の娘といわれる。
神官ムントトンは年齢は三十五歳ほどで、背が高く見えるが百五十センチ程だろうか。
村長は老けて見えるが四十半ばごろ、腰が曲がって随分と小さく見える。
先ほどの門番もそうだが、この時代の人間はまだ背が低い様だ。
「ささツトム様、こちらへどうぞ!」
神官と村長に案内されて村の中心に近い集会場に案内される。
しばらくは色々と会話をしていたのだが、そろそろ日が沈みそうな頃になると食事が運ばれてきた。
「皆の衆! 今日は我が村に降臨されたツトム様をたたえるのだ!」
神官が発酵された飲み物が入った陶磁器を高く掲げると、村の人達は大いに喜んで大量に飲み始める。
隣にいる少女も一緒に飲むのだが、少女は常にツトムの側におり離れない。
恐らくは豪華な食事なのだろうが、野菜や果物が並べられ焼いただけの大きな肉の塊が並べてあるだけだ。
しかし前世を含めても初めての宴会だ、ツトムは味を二の次にして雰囲気を楽しんだ。
そして日が完全に沈んでしばらくすると、村の人達は酔ったのか集会場で雑魚寝を始める。
隣にいる少女も眠そうなのだが、必死に目を開けてツトムに食事を勧める。
「寝てもいいですよ。僕も適当に寝ますから」
「ツトム様の寝床は用意してあります。こちらへどうぞ」
少女に案内されたのは集会場の何件か隣にある
木を大雑把に切った低いベッドに藁をしき、麻布をかぶせただけの簡単な物だ。
ツトムがベッドに横になると、少女も一緒にベッドにはいる。
「ぴひゃ!? どどど、どうしたんですか!?」
「え? ツトム様、まぐわいごとしないんですか?」
そうして麻の服を脱ぎ始めた。
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