第6話 エルフと女王
動物達が生息し、穏やかに暮らしている姿が確認出来る。
森の中を歩いていてキャンプやピクニック感覚で行っていれば緑と動物という組み合わせで心安らぐ光景となるが今歩いている者達はその目的で此処を歩いているという訳ではなかった。
女勇者カリアと魔王の少年シュウ、二人はエルフの女性であるテシの案内でエルフの里を目指してこの森を歩いている。
エルフの一族の長である女王が魔王と会う事を望んでいるという事だがエルフという一族は滅多に人前に姿を見せるような事は無い、人間や魔物達いずれもが足を踏み入れるような事はないとされているエルフの里。
今そこにエルフ以外の人間と魔族が初めてその里に訪れようとしていた。
「しかしまあ、カリアも大変だったねぇー。むっさい騎士団達と一緒に魔王倒しに向かったはずが裏切られちゃったりして、そりゃあ激おこで王国の為に戦うとかやってらんないよ。あたしも絶対そうしてるし!」
カリアがヴァント王国の騎士団と共に同行して魔王軍を討伐しようとそこで裏切りにあったという話はテシも聞いていた。人々の為に魔を滅ぼそうとしていた勇者が魔王と共に戦うなど何も知らない人々にとっては裏切りになるだろうが先に裏切ったのは騎士団の方、つまり人間側だ。
「そんでその騎士団長を魔王のキミが派手に焼き尽くしちゃったと、いやー。魔王なのにやってるのがお姫様の危機を救った勇者みたいだよねー」
からかうようにテシはシュウの肩をバシバシと気軽に叩く、彼が魔王であるというのを忘れているかのような接し方だ。
「……カリア、エルフという一族は皆こうなのかな?」
「いや…テシだけ例外、のはずだ」
シュウにとってのエルフというものは少なくとも活発という感じではなく、人前を避けて一族のみで暮らしているような種族なので淑やかでつつましいイメージに思えたのだがテシを見てそのイメージは崩れつつあった。
まさかエルフ全員がテシのような感じという訳ではないだろうとカリアも思ったが彼女もエルフの里に行くのは勇者の身分でもそんな機会は無く、これが初めてだ。
そもそも魔王のシュウだけでなく何故勇者のカリアまで共に行くのかと言うと女王や他のエルフ達に実際に勇者と魔王が並び立つ所を見せた方が分かりやすく手を組んでいるのが事実だと伝わるというテシの提案だった。
カリアも魔王とはいえシュウ一人向かわせるのもどうかと思ったので護衛のつもりで同行している。
「お、あれ里への土産にしよっと!」
その時テシの目に飛び込んで来たのは凶暴そうなイノシシ、向かって来たらまさに猪突猛進の勢いで体当たりを仕掛けて来そうだ。
その刹那
ピシュッ ドスッ
テシは瞬時に弓矢を構えて放ち、それは真っ直ぐ正確に素早く飛びイノシシを捉え矢が突き刺さった。あっけなくイノシシは倒れ、テシは手応えあったとばかりにスキップ気味の走りで近づき獲物を運ぶ。
活発なエルフの女性という印象だったが弓矢においてかなりの実力者のようで、此処までのレベルの者はおそらくそうはいないかもしれない。
「エルフって、猪の肉とか食べるんだな…木の実とかそういうのしか受け付けなさそうなのかと」
「どんなイメージ持ってんのさぁ?肉なんて普通に食べるし、魚も食べたり酒だって飲んじゃうよ」
エルフに関してあまり情報が無いせいか、もっと神聖な感じに思えたがそこは意外と人と変わりはしなかった。中には木の実しか好んで食べない者もいるかもしれないが、確実に言える事はテシはそれには該当はしそうにないというぐらいか。彼女はそれこそ肉も魚も食べて酒も飲みそうだ。
猪を慣れた様子で背に担ぐテシを先頭にカリアとシュウは森の奥深くを歩き進んで行った。かなり奥深くまで進み、普通なら迷っているのではと思われるがテシの足は迷いなく歩き続けている。この中で唯一エルフの里を知る彼女なので道を間違う事は無いだろう。
薄暗い道へと入り一本道が見える。
「此処を真っ直ぐ行けばもうすぐそこだよー」
くるっとカリアとシュウの方へと振り返りテシは目的地がすぐであるというのを伝える。此処まで相当歩いたかもしれない、かなり森の奥深くまでは来ており簡単にはエルフという種族には会えない、会わせないと森がそう言って厳しい洗礼を与えてるかのようだ。
その道も終わりが見えており、先に光が見えて来た。一行が一本道を抜けると…。
「はい到着ー♪」
テシが再びカリアとシュウへ振り返り、その後ろに映る光景は木で作られた家がいくつもありテシと同じ耳が尖っている。それが人ではなくエルフと証明されていた。人間の街で使われるような鉄等の素材はあまり使われておらず自然の家という感じだ。
エルフの老若男女達がテシの姿を見るとそこへと集って来る。
「おお、テシ!戻ったかー!」
「外の世界どうだったの?」
「これお土産ー?」
「わーあれが人間と魔族ー!?」
それぞれのエルフの声が飛び交い、その中には人間であるカリア。魔族であるシュウの姿を珍しがる者も少なくはなかった。テシは土産を皆へと渡す、あの猪は後でエルフ達が美味しい御飯として調理していただく事になるだろう。
「警戒して恐れる事を想定したんだけどね…中々好奇心旺盛のようだ」
「外の世界に出る事が皆無だからか、珍しいという方が強かったかもな」
魔王としてその存在を恐れられているシュウ。そういった反応には慣れているが珍しがられるというのはそうは無い。カリア共々エルフ達から視線を浴びる形となっていた。
「さて、それじゃあ女王に会うとしますか」
猪を手渡し、身軽となって肩を回した後にテシはカリアとシュウを連れて女王の元へと案内する。女王の住む場所は分かりやすく、一番大きな木の家、いや。それは城といってもいい大きさだ。その入口には男のエルフの騎士二人が剣を腰にさしてしっかりと守っている姿が見える。
「お勤めご苦労様ですー」
「テシか、もしやその者達が?」
騎士の一人へとテシが何時もの調子で話しかけていた。それを咎める事なく騎士はカリア、シュウの顔をそれぞれ見た。どうやら彼らも勇者と魔王という事を知っているようだ。
「よかろう。女王がお待ちだ、通るが良い」
騎士二人はそれぞれ左右へと一歩移動し、入口を大きく開けた。つまり通って良いという事らしい。
3人は木の城の中へと入り、奥へと進む。
自然の香りのする城の中。その玉座にその者は座っていた。金髪のロングヘアー、頭にサークレットを付けており手には先に緑の宝玉が付いた杖を持ち、白いロングドレスを身に纏っている。座っているので正確な身長は分からないがスラリと高そうでありカリアぐらいあるかもしれない。世間でいう美女という事に間違いは無い。
女王の前へと進み出るとテシは女王の前に片膝をつく。陽気な彼女も女王の前ではその顔は潜めるらしい。
気品に溢れており女王というオーラが確かに伝わり、エルフ達を纏めるカリスマ性が兼ね備えられているようにカリアとシュウは玉座に座る女性を見て感じ取れた。
王には影武者という替え玉を使う場合もあったりするがこの雰囲気は影武者ではいかに似せようが出す事は出来ないだろう、つまり彼女は正真正銘のエルフの女王と見て間違いは無い。
「女王ヘラ様、勇者と魔王をお連れしました」
片膝をついてこうべを垂れた状態でテシは女王、ヘラに二人を連れて来た事を報告する。
「エルフの里へよくぞ来た、勇者カリア。そして魔王シュウ」
テシの言葉を受け、目を閉じていた女王がゆっくりと目を開けると二人の姿をそれぞれ見た。
「……どういう風の吹き回しかな?人前に現れる事を嫌うエルフがこうして現れ、しかも神聖であろう里に人間と魔族を招き入れるなんて」
ヘラが一体どういう意図があって自分達をこの場所まで呼んだのかそれはシュウにも読めない。敵意があるならそれはすぐ伝わるのだがそれは感じられない、それは此処まで会ってきたエルフ達に対しても言える事だった。
人間のカリアや魔族のシュウに対しても敵意というものは感じられなかった。罠を仕掛けて自分達を纏めて一網打尽にして倒すという想定も考えていた、知らない間にエルフが人間に協力して魔王軍を倒しにかかるかもしれないという万が一の可能性を。
「魔王シュウよ、一つ聞く。お前を此処に呼び出したのはこの度の人間の国へ侵略を開始した事だ」
「………」
ヘラはシュウを真っ直ぐ見据えた、まるで全部を射抜くかのような鋭い目。その目に対してシュウも真っ直ぐヘラの目を見る。
「聞けばお前は人と魔、両者が共存出来る世界を目指しているという。その言葉………偽りは無いか?お前がその世界を手にして支配したいから滅ぼすという事は無いか?」
「支配するより人も魔も仲良く暮らせた方が楽しい世界だと思うよ、世界を支配して…それで世界の王になって一人偉ぶっても虚しく寂しいだけで終わるだろうから」
シュウは改めて変わった魔王だと傍らで聞いていたカリアは思った。魔王というのは人々にとって恐怖の存在であり世界を支配、または破壊しようと企むようなものと人々のイメージは大抵がそれだ。しかしシュウは魔王であるにも関わらず自らの魔王軍で人も魔も共存して暮らせる世界を目指す。
共存する世界が真の平和と信じて戦っているがひょっとしたらシュウという変わった魔王に興味あったというのもあるのかもしれない、彼の行く道がどうなっているのか。それは見てみたい。
「人だけではない、魔だけではない。人も魔も平等に暮らせる世界、そういう世界の方が縛り付けて世界を支配するよりもよっぽど良い。勿論貴女達エルフも例外じゃない」
エルフだけ省くような事をシュウはせず、彼らもまた平等に自由に暮らす権利はあるだろうと。すべての種族が平和に暮らせる世界、その実現を目指そうとしている。偽りは無いとばかりに女王ヘラの目を一切そらさずに言葉を彼は言い切ったのだった。
「…我々エルフは長い歴史の中を生きてきた、しかしエルフとて永久に生きられる訳ではない。時代の流れと共にその数は徐々に減り続けている…なのでテシのように外界に興味ある者を武者修行として外へと旅立つ許可を出してきた。人と魔で争う今の世に出すのはどうなのかと迷ったものだったが、直に会って対面しなければ分からんものだったな」
冷静にシュウを見るヘラ、その顔には微かな笑みが浮かべられたように見える。
「我が望みはエルフの一族が栄える事、お前達の作ろうとしている新たなる世界…実に興味深い。良ければ我々エルフも微力ながら力になろうではないか」
「!女王、よろしいのかな?魔王軍に協力というのは世間的にイメージ悪くなりそうなんだけどね」
「どのみち此処でこのまま里に閉じこもるままでは遅かれ早かれ待っているのは滅びのみ、ならばお前達の言う理想の世界、それに賭けてみる価値がある。そう判断したまでだ」
シュウにとってもまさかの展開だ、エルフの長である女王が魔王軍を援護すると言い出した事。対面して話をするつもりではあったが協力までしてくれるとは思ってもいなかった。
滅びを待つよりも自分の世界を飛び出して新たな可能性に賭けてみるべきだと。
「本来は敵対し争う勇者と魔王の作り出す世界、皆が興味を持つと思うぞ?」
勇者と魔王、その二人が共に進む姿が新たな協力者を呼び込んだ、エルフの女王ヘラ。彼女とエルフの一族による助力はかなり有難い事だろう。
魔法において魔族にもひけをとらないと言われており森の戦いを大得意としている。敵に回していたら中々厄介な存在だったかもしれない。
「という訳で、魔王様改めてよろしく♪」
女王との対話が終わり城から出て来たカリアとシュウ、テシはこのまま魔王軍に同行して協力するという形だ。
「まさか魔王軍で再びお前と共に行く事になるとは思ってなかった。人生どうなるか分からないものだ」
この中で唯一カリアはテシと一緒だった時期がある。その次の機会が共に魔王軍とは互いに当時は思っていなかっただろう。
「さて…とりあえずまたあの距離歩くのは手間だから、行こうか」
そう言うとシュウは移動魔法を唱え、3人の周囲に魔法陣が出現すると次の瞬間フッと姿を消した。
人と魔が初めてエルフの里を訪れた日はこうして終わった…。
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