第218話 七章 ウタコ視点

 8月吉日朝のニュース番組(おはよう朝)


「……続きましてエンタメ情報のお時間ですが、今日の注目はこれです! サイコロバトル大会です」


「ずっと話題になってましたからね。

 もちろん、ウチでも特番を組んでサイコロバトル大会の様子をお伝えしていきますからね。あとネッチューブの方でもLIVE配信されますのでみなさん見てくださいね」


「楽しみですよね……はい、そうですか。分かりました。

 みなさん、開場時間までもうしばらくありますがウタコさんとオトカさんがすでに現地に入っているとの情報が入りましたので今の様子を伺ってみましょう。ウタコさーん。オトカさーん」

 

————

——

「はーい。みなさん『おはようございま〜す』ウタコです「いつも元気いっぱいのオトカでーす」」


 スタジオにいる先輩の声に応えてカメラに向かって手を振る。

 これは打ち合わせの通りなんだけどね。


『今最も注目されているサイコロバトル大会が本日いよいよ開催されますよね。今の時間、そちらの様子はどうですか?』


 他の局も来ていましたから同じような内容をお届けしても面白みも何もないのですが、開場前ですのでしょうがないんですよね。


「もうすごいですよ。視聴者のみなさんもご覧ください。 

 まだ開場時間前にもかかわらず入場ゲートの前には楽しみにしている方たちの列ですごい事になっています」


 申し遅れました。私はウタコ(相田詩子)、テレビ女性局でアナウンサーをしています。

 第77回歌王夜のMCを勤めてからは歌番組のMCだけでなくバラエティーやスポーツ番組の方からもMCアシスタント(人気芸能人がMCを務めるため)の仕事が入るようになりました。

 

 そして今日はサイコロバトル大会。リポーターとして現地入りしました。


 今最も注目され私も楽しみにしていた大会でしたので、この仕事が回ってきた時には小躍りしてしまったくらい喜んだものですが、インタビュー予定者リストに目を通して、なぜこの仕事が回ってきたのか納得しました。


 今回の大会は不思議なほど男性の参加者が多く、その中の1人にあの沢風和也の名前があったのです。『MC泣かせの沢風和也』の名前が。


 最近、テレビ業界ではまったく見かけなくなっていた沢風和也がシード枠で参加していたのです。胃が痛い。


「ウタコさん?」


 これはいけません。今は朝のニュース番組【おはよう朝】の時間をお借りしているのでした。今日の見どころをしっかりお伝えしないと。


「そうなんです、すごい人ですよね。それだけ今日という日を楽しみしていたんですよね。かく言う私もサイコロにハマってしまって……」


 今も助けられてましたが、何だかんだで息の合う後輩のオトカ(望月乙花)とは一緒に仕事をする事が多い。

 彼女は持ち前の明るさで場を盛り上げるのがうまいから、とても助かる。


「ウタコちゃーん」

「オトカちゃんかわいい」


 ただ、私よりも人気が……いえ、なんでもありません。


「はーい」

「ありがとう。みんなもかわいいよ〜」


 番組放送中だけど開場されるのを待っているお客様から声をかけられたので笑顔で応える。

 かわいいと言われたオトカがまだにやにやしているけど、まあいいです。


 オトカに途中で終わっていた話の続きをするように促す。


「えっと、私オトカもサイコロにハマっていまして、サイコロバトル大会に応募してみたんですよね」


「そうなんですか? それでオトカさん、どうなりました……」


 どうせ外れたのでしょうけど……みなさんにはキチンとお伝えしておかないと。ご迷惑をおかけするかもしれません」


「はい、なんとオトカはテレビ女性局のアナウンサーチームで参加しちゃいまーす。みなさんも応援してくださいね〜」


 ——は?


「ええ!! 初耳なんですが!?」


 スタジオの先輩がその事に驚いていないのが気になりますが、今は入場ゲートの観客に向かって手を振っているオトカの肩に手を置き説明を求める。


「視聴者もびっくりサプライズ企画の一つです」


「そんな企画あったの!? ですか」


「あったんですよウタコさん。でもちょっと聞いてくださいよ。誰とは言いませんがウチの上司が、お前はいてもいなくても一緒だからサイコロバトルの方に参加しなさいって笑顔で言ってきたんですよ。失礼だと思いません?」


「それは……まあ」


「それは……まあってなんですか。そこはウソでも否定するところですよ」


「まあまあ。それでオトカさん、本当のところはどうなのかしら?」


「サプライズ企画の一つですからもちろんサイコロバトルに参加しますよ。ですが心配はご無用。

 私が試合の時にはちゃんと代わりの方が来てくれるようになってますから楽しみにしていてくださ……ぃ!? ウタコさん! あそこ見てください! 武装女子のみなさんです。タケトくんですよ」


 ——?


 突然、騒がしくなった会場の入り口辺り。オトカの視線を追って会場入り口付近に視線を向ければ、


「きゃー」

「タケトくーん。こっち向いて」

「きゃー」

「カッコいい」

「きゃー」

「サインください〜」


 武装女子のみなさんに黄色い声を上げて群がろうとしている観客のみなさん。

 そんな観客のみなさんとの間に、数十人の警備員が両手を広げて遮っている光景でした。


「前座を務める武装女子のみなさんがあちらの関係者入り口から会場に入るみたいですね」


 そこでスタジオの先輩から声が届く。


『武装女子はつい先日にミニアルバムを出されたばかりですね。

 たしか、ファンの声に応えてミニアルバムを出したとか。発売してまだ数日ですが、売上枚数はすでに200万枚を突破しているようです。

 ウタコさん、武装女子のみなさんからひと言もらえませんかね? 時間的に、そこまでが限界だと思うのですが、どうかお願いします』


「分かりました。オトカさん、行ってみましょう」


「はい」


 スタッフのみなさんを引き連れて、急いで駆け寄ってみると、私たちの事に気づいた武装女子のみなさんが立ち止まった。


「あれ、ウタコさんとオトカさんですか?」


 久しぶりに会ったタケトくん。半年振りなのに覚えてくれていたことに感激する。


 そして、実際にお会いして気づいた。以前よりも背が少し高くなり顔つきも大人っぽくなっていることに。しかし言動は以前と変わらず丁寧。こんな理想的な男性は他にはいないだろう。

 やだ、胸が高鳴る。落ち着くのよ私。


「おはようございます。みなさんお久しぶりですね。ウタコです」


「おはようございますオトカです」


「「「「「おはようございます」」」」」」


 朝のニュース番組(おはよう朝)だと伝えたら、朝から大変ですね、と笑うタケトくん。笑顔が素敵。


「あ、あの……」

「わ、私オトカもテレビ女性のアナウンサーチームでサイコロバトル大会に参加するんですけど、武装女子のみなさんの応援歌楽しみにしていますから」


 ちょ、ちょっとオトカ。今それを言ったら話を広げる前に終わっちゃうじゃない。ひと言もらえないよ。


「ありがとうございます。そうですか、オトカさんも参加されるのですね。

 俺たち武装女子は、参加される選手のみなさんを応援したくて精一杯練習して来ましたからオトカさんのチームも精一杯応援しますね」


 その流れで、しれっとタケトくんと握手をしてしまったオトカ。口元がにまにましているのが分かるからなんか悔しい。


「ウタコさんも参加されるのですか?」


「へ? ああ私はリポーターです。みなさんの活躍をお伝えするのが今日の私の仕事です」


「そうでしたか。大変なお仕事ですけど、楽しみにしている皆さまには感謝されるお仕事ですね。俺も応援してます」


 タケトくんが、な、なんと私にも握手を……突然の事に思考が追いつけずに固まってしまった私。


 それから武装女子のみなさんが、スタジオのみんなや視聴者の皆さんに向けてお礼を述べてから会場の中に入っていったところで、スタジオの先輩にバトンタッチ。


 画面がスタジオに戻ったのを確認してからスタッフさんからお疲れ様との声がかかった。


「実物は違いますね。タケトくん少し見ないうちに大人っぽくなっていましたよ。私ドキッとしちゃいました」


「私はオトカが変なこと口走らないかドキドキしてたけどね」


 そう言って誤魔化してみたけど、実物のタケトくんはとても素敵だった。

 どうしよう別れたばかりなのにもうタケトくんの顔が見たくなっている。


 ふとタケトくんと握手をした右手に視線を落とすと、途端に顔が熱くなるのを感じた。


 しまった、夏の暑さは念体をうまく使えばそれほど苦でもないのに顔の火照りには効かないみたい。


「あれ? ウタコさんだって顔が真っ赤じゃないですか〜」


 ぎくっ。


「そう? 気のせいじゃない」


 オトカから逃げるように、お祭りの時のように並んでいる出店の店主たちに声をかけて回る私だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る