第212話
さらに数日が経ち、自宅で大人しくしていた効果が現れ俺の周囲もようやく落ち着いてきた。というわけで。
「ミルさん、今日の鍛錬は河川敷に行きたいです」
自宅にずっと引きこもっていたから思いっきり身体を動かしたい。
時間的にもほとんどの人が仕事をしているだろうし学生は授業中、大丈夫だと思うんだよね。
「……そうですね。分かりました」
ミルさんはあまり乗り気ではなかったけど、人が集まってきたらすぐに帰るという条件で許可をくれた。
それからスケートボードを飛ばして河川敷に。
久しぶりにスケートボードを飛ばしたら楽しくてしょうがない。
ふふふ。今日こそはと思い、隣を飛んでいるミルさんを引き離そうとしたけど無理でした。
「ふぅ……」
念力操作の鍛錬になるので、いつもなら限界がくるまで河川敷の上空をくるくると旋回しているんだけど、少しブランク(引きこもっていたから)があるから今日は無理をしないつもりだ。
「ん?」
そんな時だった。蹲っている1人の少女を見つけた。一瞬、晶(肥田、スケボー)先輩かな(願望)と思ったけど、晶先輩はあんなに小柄じゃない。
よく見たら近くにテントが張ってあるじゃないか。少し荷物が多い気がするけど簡易テントがね。母親と遊びに来ているのだろう。
そう思い、その子から視線を外そうとしたところで、その子が立ち上がり川の方に向かって歩き出した。
立ち上がって歩くその姿はやはり小さい。小学校の低学年生か未就学児くらいかも。
「ちょっと君!」
危ないと思いその子の近くに着地したのだが、俺よりも先に動いていたミルさんがその子を抱えて戻ってきた。
「あれ? おねえちゃんだれ?」
抱えられてきたその子はキョトンとしていて何が起こったのか分かっていない様子だった。
「私はミル。1人で川に入ったら危ないですよ」
「でも、ふたちゃんおなかすいたの。あそこおしゃかなさんいたの」
お腹が空いたと言っているだけあって、その子はすごく痩せている。
これはちょっと心配になるレベルだ。
何かの病気かと思いこっそりヒーリングを使って見たら特に悪いところはない。
ということは、普通に栄養が足りてないってことだろうね。
不意にさちこに無関心になった母親のことを思い出す。
「えっと、ふたちゃん? はお母さんと来ているんだよね? お母さんはどこにいるのかな?」
「おかさんはしらない。おねえちゃんならいるよ」
「そうなんだ」
その子が指を指した先には簡易テントがあり、誰かが横になっているのが見えた。
小さな子と遊びに来ていて昼寝をしているなんて、なんて無責任な人だと思い、そのテントに近づけば……
「え」
ウチの学校の制服を着ている女の子が横になっていた。
よく見れば同じクラスの前唐一子(まえからいちこ)さんだ。とはいっても2年生になってからのクラスメイトだから話した事はあまりない。
そんな前波さんの顔色は悪く、とても体調が悪そうに見える。
「前唐さん?」
一瞬、寝ている彼女を起こすのにためらいが生じるが、ミルさんに抱かれたまま大人しくしている女の子をこのままにしておくのもどうかと思ったので、心を鬼にして声をかける。
その際にヒーリングを使ったのはその罪悪感を消すためだ。
「前唐さーん」
「ふ、たこ? どうしたの……ん、んん……あれ? なんか身体が……え、ええ! たたたタケトくん!? じゃなくて剛田くんがなんでいるの」
目を擦りながら身体を起こした前波さんは俺に気づくと同時に素早く後退して側に置いてある荷物に背中をぶつかった。
「ごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど、あ、同じクラスだしタケトでいいよ。
俺はちょっと河川敷で息抜きをしていたんだけど、そうしたらふたちゃん? が川の中に入ろうとしていたら……」
俺がここにいる経緯を簡単に説明すると彼女は顔色を悪くして頭を何度も下げてきた。
その間、ミルさんが前唐さんに断りを入れてから非常食(ビスケット)っぽい食べ物を取り寄せ、ふたちゃんに食べさせている。あ、前唐さんもどうぞ。
「あ、ありがとうございます。タケトくんたちが二子を止めてくれていなかったらと思うと、ゾッとします。二子ごめん。お姉ちゃん失格だね」
申し訳なさそうにする前唐さんだけど、前唐さんもかなり痩せているんだよね。
「余計なお世話だと思うけど、何があったのか聞いてもいいかな?」
「えっと、それは……」
前唐さんも誰かに話したかったのだろう、少し躊躇しながらも、家庭の事について教えてくれた。
お母さんがここ数ヶ月帰ってきてなかったこと。
バイトをしていたお金とネッチューブを配信して得たお金でどうにかやり繰りしていたけれど、家賃が払えるほど稼ぎがなく昨日、追い出されてしまったとのこと。
児童施設に行けば保護してくれるだろうけどそうなると歳の離れた妹(幼稚園の年長さん)と離れ離れになってしまうからそうはしたくないこと。
高校をやめてバイトを増やそうかと考えていたところで体調を崩して寝込んでしまったらしいことを。
「追い出されたアパートの近くのゴミ捨て場で、このテントを拾えて助かったんだけど、思ったよりも夜が寒くて」
たしかに、ゴミ捨て場で拾っただけあってあちこち穴が空いている。
荷物を周りに置いているのは風除けだったのだろうけど、それでも夜は冷えるからね。
「行くとこないなら……とりあえずウチに来る?」
話を一緒に聞いていたミルさんも頷いてくれたので、大丈夫だろうと思ったのだ。
「そ、そんな悪いですからいいですよ」
「ここだと、ふたちゃん1人残してバイトもいけないと思うよ?」
「あ」
若干無理矢理感があったけど、彼女の話を聞いてしまった後では放っておけないからね。
それから荷物を運びやすく片付けウチまで歩くことしたんだけど、念体資質レベルの高い女性はすごいね。
荷物を運ぶのを手伝おうかと思ったけど、前唐さんは1人で抱えていたよ。さらにふたちゃんを背負うというので俺が代わりに背負ったよ。
ミルさんは人が集まってきた時に動けないとマズイからね。
道中、ふたちゃんは俺が背負ってからすぐに寝息を立ててしまったけど、前唐さんはずっと申し訳なさそうにしているんだよね。
「前唐さんはどんな動画を配信していたの?」
暗い雰囲気のまま歩くのもどうかと思ったので、そんな話題を振ってみたんだけど、
「う、歌をちょっとだけ」
あれ? 触れて欲しくなさそうに感じるのは気のせいか? もしかして『◯◯を歌ってみた』というような動画で教えたくない?
「美鈴ちゃんねるで登録者もやっと4桁になったばかりなんだ。恥ずかしいけど、見てみる?」
と思ったらただ恥ずかしかっただけらしい。
『気づいてい〜ますか〜』
——え!?
ただそこで歌っていた動画は今世ではなく前世では割と有名なアニメソングだった。
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