第213話

「いい曲だね。これは前唐さんが作った曲なの?」


 偶然、だろうか? 詮索はよくないけど、反射的につい尋ねてしまったよ。大丈夫かな?


「うん。なんとなく思い浮かんだ曲なんだ」


 よかった、普通に答えてくれたよ。嫌な顔されたらどうしようかとちょっと焦っちゃった。


「そうなの、すごいね」


 前唐さんとはクラスメイトではあるけどあまり話したことがなかったから、仮に前世の記憶があったとしても話すわけないか……


 ちなみにミルさんからは「タケト様はタケト様です」と言われたことがあり、ななこからも「問題ない」と突然親指を立てられたことがあるからたぶん前世の記憶があることはバレていると思う。


 まあ、前唐さんに前世の記憶があったとしても共通の話題が出来て俺がうれしいだけなんだよな……

 ここが異世界なら話は違ったかもしれないけど。


 とはいえ、前世のアニメ、宇宙戦機バル・キューレの『私の愛気づいてますか』は俺も好きな曲だ。


 聴けないと思っていた曲なだけに、ダメだ、うれしくて顔がニヤけそう。


 ——よし、もう1回聞こう。


 話を切り上げると、迷わず繰り返しボタンに触れた。


『♪〜』


 ——やっぱりいい……


 隣を歩く前唐さんは、俺の反応が気になるらしく、ちらちらとこちらを見てくる。

 落ち着かないのだろうけど今はこの曲を聴かせてね。


「……気づいてい〜ます〜か♪」


 動画の曲(前唐さんの歌声)に合わせて口ずさんでいれば、あっという間に曲が終わってしまった。


「うん。やっぱりいいね、とてもいい曲だね」


 懐かしいと感じるから余計にそう思う。


「そう、かな。えへへ。ありがとう。でもタケトくんの歌ってる声が少し聞こえたけど私とは全然違うね。思わず聞き入っちゃった」


 しまった。思っていたよりも、声が出ていたようだ。


「そうかな……前唐さん、すごくいい声してるよ。俺がアカウントもっていたらすぐに登録しているレベルだよ」


 俺自身、記憶が朧気なところがあったけど、曲を聞いたら(動画を見たら)思い出したよ。たぶん歌声も似ている。


「そうかな、あはは。タケトくんにそう言ってもらえるとウソでもうれしいよ……、……や、やだ、なんか涙が……おかしいな」


 ——ぇ、ぁ、ど、どうしよう。


 突然、ぽろぽろと涙を流す彼女にかける言葉が思いつかない。

 表情には出さないようにしているが俺は今とても焦っている。


「突然泣いちゃってごめんね」


「ぜんぜん大丈夫。それより前唐さんの方こそ大丈夫? ちょっと休憩しようか?」


「ううん、大丈夫だよ。気を遣わせてごめんね……」


 この曲も音楽作成アプリを使って作ったらしいけど、住むところさえ失っている彼女は、決して恵まれた環境にあった訳じゃないんだよな。

 なんて事を考えている間も、前唐さんはよほど恥ずかしかったのか、少し恥ずかしいそうにしながら言葉を続けた。


「私さ、夢があってね、なのにこんな状況になっちゃって……稼がないといけないから、夢なんて諦めてしまおうって思っていたところにタケトくんが現れて、久しぶりにやさしくされて、うれしい言葉をもらったら涙腺が緩んじゃったみたい。あ〜恥ずかしい」


 涙を拭っていた前唐さんが、パタパタと顔を両手で仰ぐ。


 ——夢、か……


 その夢について触れていいものなのか迷うけど、嫌なら夢なんて言葉は使わないと信じて尋ねてみる。


「……もしかして夢って歌手?」


「ん? ああえっと……近いけど、ちょっと違うかな」


 嫌な顔をされたらすぐに話題を変えようと思ったけど、大丈夫っぽいね。しかし、


「近いけどちょっと違うってなんだろう?」


「あ〜そんな大した夢じゃないんだよ。ただ、私が思いだ、じゃなくて思いついた曲をみんなに知ってもらいたいなぁって、ね。だから歌うのは私じゃなくてもいいんだ」


「作曲家さん?」


「そう、だね。それが近いかも。でも、それだけじゃなくて他にも色々とやりたいことがあって、あはは」


 そこまで言った前唐さんは、少し紅潮した顔に、パタパタと両手で風を送っている。


「あのさ、前唐さんが作った曲、もしよければ武装女子のチャンネルで俺が歌ってみてもいいかな? 概要欄に前唐さんの曲だって入れておけば少しは役に立てるかもしれないしさ」


 しばらくはウチで生活してもらうとしても、今後の生活のことを考えれば、少しでも稼いでおきたいだろう。そうなると、あまり作曲はできないかもしれない。それだと夢を叶えるどころか、夢から遠のいてしまう。


 だから、彼女の曲を武装女子チャンネルで歌うことで、彼女の曲に興味を持ってもらえればと考えた。

 彼女は知名度が低いだけで、いい声をしているし曲だっていい。聞いてさえもらえれば登録者数だって増えてくる思うんだ。

 半分はそうなってほしいと思う俺の願望が入っているんだけどね。


「え、ホント、ですか。実はタケトくんとのコラボ企画に応募したかったけど、同じクラスだし迷惑かなって考えていたら応募ができなくなっていて後悔していた、んです……

 それで、別の企画の『夢応援プロジェクト』の方に応募しようと準備していたんだけど、突然こんなことになっちゃって……あははって、ごめんなさい……そんな話がしたかったわけじゃなくて、ですね。えっと、それで曲の方ですけど、この曲はダメですかね? 『夢応援プロジェクト』に応募しようと準備していた曲なの、です」


 なぜか途中からぎこちないながらも丁寧な言葉遣いをする前唐さん。

 そんな前唐さんが見せてくれた動画(曲)は宇宙戦機バル・キューレの続編にあたるバル・キューレヘブンという作品で流れていた『ときめきライクハート』という曲だった。

 この作品はバル・キューレシリーズでも、唯一男性がボーカルを務めていた作品でもあったのだが……


 ——おお……


 動画(曲)が流れ出すと自分でもよく分からない気持ちが溢れてくる。


『俺と〜駆け抜けようぜ〜』


 ——なんだこの気持ち……懐かしい、とは違う?


 その曲にしばらく耳を傾けていると、なぜか胸の奥から熱いものが溢れてくる、感じがした。


『おぉれ〜と〜う〜たを歌えば〜』


 気づけば前唐さんの動画(曲)に合わせて、


「『……ときめきラィクァハ〜ッ♪』」


 思いっきり歌っていたらしい。


「タケト様」


 はっ!?


 ミルさんの困ったような声を聞き我に返れば周囲が騒がしい。


 素早く見渡せば俺たちの周囲には胸の辺りを押さえた女性たちがたくさん。


 やってしまった。


 そんな女性たちの顔は紅潮しているのに、なぜか今にも泣き出しそうな顔をしている。

 

 これは騒ぎになる、一瞬身構えたが、次の瞬間にはそんな女性たちから盛大な拍手を受けていた。


 ——ま、まずい……


 拍手はうれしいしありがたいけど、このままここに居ればさらに人が集まり騒ぎなる。つまり周りに迷惑をかけてしまう。そんなことを瞬間的に考えた俺は、 


「えっと、皆さま、突然お騒がせしてしまい申し訳ございませんでした。

 俺が今歌っていた曲は、ここにいる彼女、前唐一子さんが作った曲です。この場で歌うつもりはなかったのですが、とてもいい曲で、つい歌ってしまいました。よかったら皆さまも聞いてみてください。

 ちなみに彼女のチャンネルは美鈴ちゃんねるです。では失礼します」


 周囲の女性たちに素早く謝罪をすませてミルさんに合図を送ると、ミルさんが大きな布を器用に広げて周囲の女性たちから死角を作ってくれる。

 俺はそのタイミングでテレポートを使った。


「ふう」

「うぇ!?」


 突然の事に、前唐さんから驚きの声が上がるが、それは当然だろう、俺たちは今、自宅の玄関の前に立っているのだから。


「安心して、ここが俺の家だから」


 俺が悪いんだけど、間一髪ってところだった。ミルさんありがとう。


 それにしても、花音ちゃんもそうだけど、子どもって1度寝るとなかなか起きないんだね。

 ふたちゃんはまだ俺の背中で寝息を立てている。よかった。


「ただいま」


「タケトくん?」

「おかえり」

「かえり〜」

「お客様?」


 玄関を開けて中に入れば妻たちとネネさんに抱かれた花音ちゃんがすぐに出迎えてくれた。


「彼女はクラスメイトの前唐一子さん」


「は、初めまして剛田くんと同じクラスの前唐一子と申します。あ、この子は私の妹で前唐二子です」


 彼女たちの姿を見れば普通じゃないことは分かるだろうけど、ここは玄関なので簡単に事情を説明するだけにとどめて、不安そうにしている前唐さんを使っていない部屋へと案内した。

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